SOUL LOVE
(中編)




「アンジェリーク」
 翌朝、朝食を取るために落ち合ったジュリアスは、困惑したような表情でアンジェリークに告げた。
「皇帝がどうしても、私に乗馬を教えて欲しいというのだ。別荘で教えることになるので、2・3日、オーディーンには戻れぬかも知れぬ」
「だって、ジュリアス様、今日は・・・」
「そうだ。今日はそなたと共に、この宇宙の養護施設を視察に行く予定であったな。覚えている。そして明日は、病院を視察する予定であった。スケジュールは全て、私の頭の中に叩き込まれいる。そして、皇帝にもそう申し上げたのだ。しかし・・・」
 アンジェリークは、ジュリアスを困らせたくなかった。
 だが、この宇宙で一人で行動する、となると、それは勇気の要ることだった。
 全く知らない土地なのだ。しかも、何故かこの宇宙の要人は、男性が多かった・・・。
(そんな中で、一人で行動しないといけないなんて・・・)
 思わず瞳を潤ませるアンジェリークを見て、ジュリアスはますます困惑したようだった。
 アンジェリークの髪を優しく撫で、子供を宥めるような口調で、
「大丈夫だ。そなたなら、一人でも」
 そう言ったが、それは全く慰めになっていなかった。
 アンジェリークがポロリ、と泣きそうになり、
「分かった。皇帝の用は断って、そなたと共に予定通り行動することにしよう」
 慌てたジュリアスがそういった時。
「ジュリアス卿」
 ケスラーが現れたので、アンジェリークは慌てて涙を飲み込んだ。
「ああ、ケスラー殿。私は今日は、このアンジェリークと共に養護施設を見に行く予定・・・」
「ジュリアス卿、皇帝がお待ちですぞ」
 ケスラーの有無を言わさぬその態度に、
「・・・・・・」
 ジュリアスは気の毒そうにアンジェリークを見つめ。
「済まぬな、アンジェリーク。そういう事なので、くれぐれも後を頼んだぞ」
 今にも泣き出しそうなアンジェリークを置き去りにして、ケスラーと共にその場を立ち去ってしまったのだ。
「・・・何がそういうコトよ。ジュリアス様の意地悪っ!!それもこれも、ラインハルト様がジュリアス様を取り上げちゃうのがいけないんだわっ!」
 可愛い唇を尖らせてブツブツと呟き、半ばヤケに近いような状態でデザートのフルーツヨーグルトをパクつこうとしたアンジェリークの背後から、
「フロイライン・リモージュ」
 穏やかな声が聞こえてきた。
 思わず唇を尖らせたままの不機嫌な表情で振り返ってしまったアンジェリークの目に映ったのは。
 困ったような顔をしている、ナイトハルト・ミュラー上級大将であった。
「フロイライン、何かご不快なことでも??」
 そうミュラーに訊ねられ、アンジェリークは自分がミュラーに対して不機嫌な顔を見せてしまった、ということに気付き、狼狽した。
「ええっと・・・」
「顔が赤いですね、フロイライン?具合でもお悪いのでは・・・」
 優しく手を差し伸べてくれるミュラーに申し訳ないような気分になり、アンジェリークは正直に申告した。
「違うんです!今日はジュリアス様と一緒に視察に行く予定だったのに、ジュリアス様がラインハルト様に・・・」
 今日だけではない。明日も明後日も、ジュリアスはいないのだ。
 再び心細い気持ちになって、アンジェリークは思わず。
 ポロリと涙を零してしまった。
「ごっ、ごめんなさいっ!!」
 焦ってハンカチを取り出し、涙を拭うアンジェリークに、ミュラーは同情の眼差しを向け、申し訳なさそうに告げた。
「その件についてなのですが・・・。皇帝から、ジュリアス卿不在の間のスケジュールをあなたと共にするよう申し付けられております。私ではジュリアス卿の代わりにならないとは思いますが、ご了承いただきたい」
 その言葉を聞いて、アンジェリークの瞳に安堵の表情が浮かんだ。
 男性が一緒に付いてきてくれるのであれば、それは心強いことだった。
 その男性が、ミュラーであれば、尚更。
 アンジェリークはミュラーの腕をしっかりと掴み、真剣な表情で言った。
「ぜひぜひ!よろしくお願いしますね、ミュラー提督」
 それから数日間。二人は下手な恋人同士よりも、多くの時間を共にすることになったのである。


聖地の女王補佐官アンジェリーク・リモージュの日記より

「フロイライン・リモージュ!」
呼び止められて振り返ると、ロイエンタール元帥が笑って私に手招きをした。
「時間があったら、私とお茶でも飲みに行きませんか?」
断る理由もなかったので。私は元帥とお茶をしに行くことにしたわ。
元帥は、とても素敵な方だ。女性の扱いにかけては百戦錬磨だと、ビッテンフェルト提督に聞いているけれど、なるほど、と思う。
物腰がとってもスマートで、キチンと気遣いが出来る人。オスカー様を髣髴とさせるような。
そういえば、元帥の名前もオスカー、なのよね。すごい偶然。
思わずクスリと笑ってしまった私に、元帥が優しく訊ねてくれた。
「毎日お忙しそうですね?」
「はい。でも、皆さんに色々とお気遣いいただいているので、気持ちは楽ですわ」
穏やかに微笑みながら、ロイエンタール元帥は私の答えを聞き、更に質問してきた。
「ところでフロイライン。ミュラーはどうですか?良くやっていますか?貴方にご迷惑をかけていないか、心配で・・・」
「ミュラー提督は、素晴らしい方です。一緒に行動していただいて、とても助かっています」
私の答えを聞いて、元帥は首をかしげた。
「それだけですか?」
「え?それだけ、って、どういう意味ですか??」
「ミュラーは、貴方のことをかなり意識しているようですが・・・」
「えええ〜!?」
思わず叫んでしまった私に、ロイエンタール元帥はやっぱり優しく笑いかけた。
「本当ですよ、フロイライン」
それから先、私は元帥と何を話したのか、良く覚えていない。

ミュラー提督が私を?
そんなコト、考えられない。
ロイエンタール元帥ったら、私をからかっていらっしゃるんだわ!
確かにあの人は優しいけれど。
優しさと思いやり。それはあの人の身に備わっている、美徳だもの。
だからあの人は、誰にでも優しいの。私は知っている。
でも。あの人が本当に、私を好きになってくれたら・・・。
私にとって、それ以上の幸せはない、と思う。


帝国上級大将、ナイトハルト・ミュラーの日記より

「で、首尾はどうなのだ?」
ロイエンタール元帥に訊ねられ、
「はい。ご報告しましたとおり、フロイライン・リモージュの視察は順調です」
そう答えると、ロイエンタール元帥は呆れ顔になり。
「違う、違う。そんな事は聞いていない。俺が聞きたかったのは、卿とフロイライン・リモージュがどこまで進んでいるか、という事だ」
「そそっ、それは、どういう意味なのですか!?」
「告白ぐらいはしたのか?それともキスぐらいまでは行ったのか??とか、そういう意味だ」
「元帥!!確かに私はフロイラインが好きです。しかしっ!フロイラインが私をそういう意味で想ってくれているとは到底考えられませんし、しかも彼女には、ジュリアス卿が・・・」
「・・・卿がそこまで鈍いとは、知らなかった・・・」
呆れ顔を更にレベルアップさせて、元帥が呟いた。
「卿の恋を実らせようと、皇帝がせっかく、ジュリアス卿を連れ出してくださっているというのに、肝心の卿がそれでは皇帝が嘆かれるぞ?」
皇帝が私のために、ジュリアス卿を連れ出してくださった?
それは、思いもかけないことだった。
呆然とする私に、ロイエンタール元帥は人の悪い微笑みを頬に浮かべた。
「卿と違って、女性に関しては百戦錬磨の俺が教えてやろう。フロイライン・リモージュは、卿に対して好意以上の気持ちを抱いているぞ。その気持ちにどう答えるか。それは、卿次第という事だ。それから、もう一つ。ジュリアス卿は確かにフロイラインを好いているが、それは妹のような存在として、だ。俺の言うコトが分かったか、ミュラー」
衝撃から立ち直れず、私はただ、頷くことしか出来なかった。
「ではな、皇帝には俺からご報告しておこう」
『何を報告するのか?』聞く間もなく、ロイエンタールは颯爽と去っていった。

アンジェリークが私を?
まさか!ロイエンタール元帥の勘違いだ。
私に向ける微笑みと、他の提督たち(ビッテンフェルト等)に向ける微笑みに、違いがあるとは思えない。
彼女は・・・誰に対しても、天使のように優しく、愛らしいのだから。
でももし、彼女が私を好きになってくれるのなら・・・。
その瞳が、私だけを見つめてくれるのなら・・・。
私は、どうすればいいのだろうか?



〜 後編へ続く 〜






     
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