SOUL LOVE
(後編)
結局。ラインハルトとジュリアスが戻ってきたのは、ジュリアス達が聖地に帰る予定の1日前であった。
「ジュリアス様〜!!」
やはり、心細い思いをしていたのだろう。
アンジェリークが嬉しそうにジュリアスに駆け寄り。
ジュリアスがその姿を優しい瞳で見つめた。
ミュラーは二人のその様子を見ていたが、ジュリアスがアンジェリークを妹のように思っているのか、はたまた一人の女性として好意を抱いているのかを見分けることは不可能だった。
(ロイエンタール元帥は、どうしてそういう事がわかるのだろう??)
心の中で疑問に思うミュラーを他所に、ジュリアスとアンジェリークとの会話は進んでいた。
「アンジェリーク。長い事一人にして、済まなかった」
「すっごく淋しかったです〜」
思わずウルウルとしてしまうアンジェリークを見て、ラインハルトが笑った。
「フロイライン・リモージュ。長い間ジュリアス卿をお借りして、申し訳なかった。ところで、ミュラーはきちんと貴女のお役にたったかな?」
「はい!色々と良くしていただきました」
ジュリアスが提督たちに向き直り、礼を言った。
「この度は、アンジェリークの面倒を見ていただき、感謝します。何かご迷惑をおかけしなかっただろうか?」
ミュラーが一同を代表して、答える。
「フロイライン・リモージュは、大変良くやっておられました」
「そうか・・・」
ジュリアスはホッとしたように、アンジェリークに微笑みかけた。
「そなたも、大分成長したようだな?」
「はいっ!!」
そんな二人の様子を眺めながら、ラインハルトもまた、彼の提督たちに爽やかに告げた。
「余もすっかり、乗馬が上手くなったぞ!今度、卿らにも教えられるぐらいだ」
ニコニコ笑顔のラインハルトに、提督たちは、複雑な表情であった。
(誰が皇帝の乗馬に付合わされるのだろうか・・・!?)
彼らの表情は、一様にそう語っていた。
が、そんな提督たちの表情など歯牙にもかけず、ラインハルトはニコニコ笑いのまま、更に彼の提督たちを驚愕させるような発言をした。
「という訳で、ジュリアス卿とフロイライン・リモージュを慰労するために、今夜は盛大なダンスパーティを開くぞ!」
「ええーっ!?」
その場にいた者達が、一斉に叫んだ。
提督たちは、普段ダンスパーティなどに縁がなく、踊り慣れていないために。
ジュリアスとアンジェリークは、パーティ用の正装を持ってきていなかったため、である。
「皇帝。申し訳ありませんが、私達はパーティ用の正装を準備しておりませんでした。従って、パーティには参加できないかと・・・」
「何を水臭いことを!卿と余の仲ではないか。パーティ用の正装ぐらい、こちらで準備するぞ。勿論、フロイライン・リモージュの衣装もだ」
それからラインハルトは、ちょいちょいとロイエンタールを手招きした。
「ロイエンタール」
「はっ。何用でしょうか、我が皇帝」
「フロイライン・リモージュのドレスは、卿が見立てるように。ミュラーが思わずクラクラっときてしまうような、そんなドレスを選ぶんだぞ!良いな!?」
「お言葉ですが、皇帝。ミュラーは既に、フロイラインにクラクラですが?」
「卿も人が悪いな。そのように分かりきった事を言うな。もちろん、ミュラーが更にクラクラしてしまうようなドレスを選ぶのだっ!!」
「御意」
二人がひそひそと話している様子を、ミュラーはボーっとしながら見つめていた。
不意にロイエンタールがミュラーの方に視線を向け、その視線がミュラーとぶつかる。
瞬間。
ニヤリ、と意味深に笑ったロイエンタールに、ミュラーは非常に不吉な気配を感じ取った。
(皇帝とロイエンタール元帥で、何か企んでいる!?)
その夜。
淡いパープルのドレスを身に纏っい、ジュリアスにエスコートされながらパーティ会場に現れたアンジェリークは、ラインハルトの提督たちばかりでなく、パーティに招待された全ての男性を魅了するほどに輝いていた。
「そのドレスを選んだ者は、なかなか良いセンスをしているな。その色、なかなか似合うではないか。そなたはいつもピンクか白のドレスが多いので、目新しい感じがするぞ」
ジュリアスだけが平然と、アンジェリークに対してドレスの評価をしていた。
「本当に似合います?あんまり着た事のない色なので、ちょっとドキドキなんですけれど」
「大丈夫だ。とても良く、似合っている」
「ジュリアス様がそう仰るなら、大丈夫ですね!」
ジュリアスはお世辞を言えない、と知っているので、アンジェリークは嬉しそうに微笑んだ。
ラインハルトが、上機嫌な様子で二人の方に歩み寄る。
「本日はようこそ!ジュリアス卿、フロイライン・リモージュ。存分に楽しんでもらえると、余も嬉しいぞ」
「お招きいただきまして、ありがとうございます。皇帝・ラインハルト」
ジュリアスの挨拶を受けた後、ラインハルトはアンジェリークに視線を向け、満足そうに笑った。
「フロイライン・リモージュ。そのドレス、とても良くお似合いだ。ところで最初の一曲は、勿論、余と相手をしてくださるのだろうな?」
アンジェリークがジュリアスを見上げると、
「アンジェリーク。皇帝に失礼の無いようにな」
そう告げて、ジュリアスは近場にいた女性に声をかけた。
「フロイライン、宜しければ最初の一曲は、この私と踊ってもらえないか?」
「はい。喜んでっ!!」
その様子を見て、アンジェリークも笑いながらジュリアスに言った。
「ジュリアス様も、女性の皆様方に失礼の無いようにお願いします」
「分かっている」
軽やかなワルツの曲が流れ出した。
皇帝の腕の中で踊るアンジェリークは、蝶のように軽やかに見える。
男性陣の視線は、もう、彼女に釘付けであった。
(なんて美しいんだろう・・・)
ただでさえダンスは得意ではないというのに、ミュラーもまたアンジェリークに思わず見とれてしまい、相手の女性の足を踏ん付けてしまう。
「これは失礼・・・」
女性に謝罪しながらも、やはりアンジェリークの方に視線が向いてしまうミュラーなのであった。
一曲目のワルツが終わると、ミュラーは早々に、壁際に退散した。
彼は、本当にダンスが苦手だった。
ダンスだけでなく、女性をエスコートする、というコトも。
彼が積極的にエスコートしたいと思うただ一人の女性は、ラインハルトの次にロイエンタールの腕に抱かれて、ダンスを踊っていた。
(本当に軽い身のこなしだな・・・まるで宙に浮かんでいるようだ)
などと考えながら、なおもアンジェリークを見つめていると。
アンジェリークと、視線が合った。
ニコリ。
アンジェリークがミュラーに微笑みかけてくれたが。
ミュラーは赤くなって、慌てて彼女から視線を逸らしてしまった。
ビッテンフェルト、ファーレンハイト、ミッターマイヤーと、アンジェリークは申し込まれるがままに、ダンスを続けた。
ミュラーはやっぱり、その様子をただ黙って見つめていた。
ファーレンハイトが2度目のダンスを彼女に申し込んだ時。
「ちょっと失礼」
愛らしい仕草でファーレンハイトに微笑みかけて場を中座すると、アンジェリークはミュラーの方を目指して、歩き出した。
「ナイトハルト・ミュラー上級大将?」
アンジェリークは、男なら誰でも骨抜きにされてしまうような、極上の笑みでミュラーの目の前に進み寄り、ミュラーの名を呼んだが。
その瞳は、全く笑っていなかった。
それどころか、多分・・・怒っていた。
丁寧だがよそよそしい口調で、アンジェリークはミュラーに訊ねる。
「ミュラー提督?私と踊ってくださるおつもりは、ありませんの??」
「申し訳ありません。私は、ダンスが苦手なのです」
「よーく分かりました。ミュラー提督は、私が他の男性と踊っていても、全く何とも思われない。そういうコトですね?」
アンジェリークは、冷ややかな視線でミュラーを一瞥した。
「フロイライン・リモージュ?」
困惑しながらミュラーが名前を呼ぶと。
「・・・バカ」
ミュラーに向かって小さくそう呟き、アンジェリークはミュラーに背中を向けた。
そして、小走りにダンスの輪の中に戻っていった。
ロイエンタールが、にこやかに笑いながら、アンジェリークに次のダンスを申し入れる。
アンジェリークは愛らしく微笑み返すと、ロイエンタールの手を取った。
ロイエンタールの腕の中で、アンジェリークが踊る。
ミュラーはやっぱり困惑したまま、その様子を見つめていた。
『バカ』
アンジェリークは、ミュラーに対してそう言った。
あれはどういう意味なのだろうか、と、ミュラーは考えるが、考えが全くまとまらない。
その時、踊っているロイエンタールがミュラーの方を向いて、ニヤリ、と意地悪く笑った。
そして、アンジェリークの耳元で何事かを囁く。
アンジェリークが赤くなり、首を振る様子が見て取れた。
どうやらロイエンタールは、アンジェリークにキスを迫っているようで。
無理矢理彼女の顎を持ち上げてキスしようとするロイエンタールの姿を見て。
ミュラーは思わず立ち上がり、叫んでいた。
「ロイエンタール元帥っ、一体何をされているのです!?フロイラインが嫌がっているではありませんか!!」
何事か、と、皆が注目する中、ロイエンタールはまたまたニヤリと人が悪そうに笑い。
アンジェリークの腕を引いて、ミュラーの前に歩いてきた。
「ミュラー。卿が一緒にダンスをしないので、フロイラインはご立腹だぞ。脇目も振らずにフロイラインを見つめているのなら、一緒に踊ったらどうだ?」
帝国上級大将、ナイトハルト・ミュラーの日記より
私は、ひどく困惑しながらアンジェリークとロイエンタール元帥を見た。
アンジェリークは、プイと顔を逸らす。
いつの間にか皇帝までが私の前に現れ、私を責めた。
「ミュラー。このように美しいフロイラインを前にしてダンスを申し込まないとは、卿は男の風上にも置けんぞ」
私は、覚悟を決めた。
そして、恐る恐る、私がただ一人敬愛する女性にダンスを申し込んだ。
「フロイライン・リモージュ。先程は申し訳ありませんでした。至らぬ私をお許しください。もし貴方さえよろしければ、私と次のダンスを・・・」
チラリ、と、アンジェリークが私に視線を走らせた。
先程とは正反対で。怒ったような表情のアンジェリークだったが、瞳が笑っていた。
「ミュラー提督がどうしても、と仰るのなら、お相手させていただきますわ」
そう言って、アンジェリークは私に手を差し出す。
軽やかな仕草で。
私はその手を取り。
「私は本当にダンスが下手なのです。貴方の足を踏んでしまっても、許してください」
音楽が流れる。
私の腕の中で、アンジェリークが踊る。
言葉はもう、必要ない。
高鳴るこの胸の鼓動がアンジェリークに聞こえてしまうのではないか、と、私はドキドキした。
「ミュラー提督とこうして踊ることが出来て、私、とっても嬉しいです」
それは、私が言わなければいけない言葉。
私は、貴方だけを待っていた。私の、運命の女性。
聖地の女王補佐官、アンジェリーク・リモージュの日記より
ミュラー提督の腕の中で踊れる喜び。
素直に、嬉しいと思った。
『私はダンスが苦手なのです』
真面目な顔でそう言われた時。もう絶対に、一緒に踊ってもらえないと思っていたから。
胸が、ドキドキする。
このドキドキが、ミュラー提督に聞こえてしまったら、どうしよう?
胸の鼓動を押し隠すようにして、私は彼に話しかけた。
「ミュラー提督とこうして踊ることが出来て、私、とっても嬉しいです」
心なしか、私を抱いてくれるミュラー提督の手の力が、強くなったような気がした。
私は、あなたを探していたの。私の、運命の男性。
あなたは、私を必要としてくれないのですか?
「フロイライン・リモージュ」
耳元で囁かれ、はっとミュラー提督を振り仰ぐと。
硬い表情で、彼は私にこう告げた。
「フロイライン。貴方は私の、運命の女性です」
ウソ。
今のは、空耳?
言って欲しいと思っていた、その言葉を本当に言ってもらえるなんて。
そんな、ウソみたいな本当の話って、ありなの??
思わずマジマジとミュラー提督を見つめると、彼は可哀相なほどに赤くなって、続けた。
「貴方が、好きです」
あまりにも幸せすぎて。
私はもう、このまま世界が終わってしまっても構わないわ。
「ほう。ミュラー。卿はとうとう、フロイラインに想いの丈を告げたか?」
間近で聞こえたラインハルトの声に、ミュラーとアンジェリークの二人は、飛び上がらんばかりに驚いた。
「皇帝!?」
ほとんど同時に叫んだ二人を見て、ラインハルトはまるでロイエンタールに弟子入りしたかのように、ニヤリ、と人が悪く笑った。
「卿らは純情なので、このまま関係が進展しないかと心配したぞ」
「はあ・・・」
何が何だか分からない、というような顔をしているミュラーに、
「卿には明日から1週間の休暇を与える。フロイラインの宇宙に一緒に出向き、フロイラインの女王陛下に挨拶してくるのだな。ちゃんと意思表示するのだぞ、フロイラインをいただきたい、とな?」
「皇帝っ!!!」
「まさか、嫌とは言うまいな?」
返事もできず、消え入りそうに赤くなるミュラー。
アンジェリークも赤くなりながら、それでもボソリと呟いた。
「皇帝って、結構強引な方だったのね・・・」
その強引な皇帝の手引きにより、翌日、ミュラーとアンジェリークはジュリアスに引率されるが如く、女王陛下の待つ宇宙へと旅立って行った。
「これにて、一件落着、といった所でしょうか、皇帝?」
ラインハルトは豪奢な金髪を機嫌よく揺らし、ロイエンタールの言葉に答えた。
「余は、満足だぞ」
アンジェリークを妹のように可愛がっている、女王・ロザリアからミュラーが様々な試練を与えられ、苦しむことになろうとは露知らず。
二人は顔を見合わせて、満足そうに微笑むのであった。
〜 END 〜
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