HOWEVER
(オマケ)




 自分達の宇宙に戻ってきたロイエンタール一行を待っていたのは、上機嫌な、皇帝ラインハルトであった。
 彼らの皇帝は、アイスブルーの鋭い光をやや和ませて、問い掛けた。
「たまには他の宇宙を見て、良い気分転換になったのではないか?女性だらけで、卿らは驚いたかもしれないが」
 そう言って可笑しそうに笑うラインハルトを見て、ロイエンタールはちょっと嫌な予感がした。
(皇帝の矛先が、自分に向くかも知れない・・・)
 と、思ったからである。
 ロイエンタールの予想通りであった。
 皇帝は、笑いを収めると、常日頃あまり見せないような冗談めかした表情になって言ったのだ。
「特に、ロイエンタール。卿はあちらの宇宙で美しいフロイラインと仲良くなったそうだな?」
 心の中でロイエンタールは大きく深呼吸して。
「はっ。恐れ入ります」
 つつがなく、答えた。
 あまりにも変わり映えのしないロイエンタールの回答に、これでは面白くない、と思ったのか、ラインハルトは更に、
「ミュラー。実際のところ、ロイエンタールの相手の令嬢は、どのような女性なのだ?」
 今度はミュラーに尋ねた。
「本当に美しく、天使のような女性です」
 答えながら、ミュラーの頬が、気の毒なほど赤くなっる。
「ほほう、どうやらミュラーもそのフロイラインを好いていたようだな?で、メックリンガー、ビッテンフェルト、卿らはそのフロイラインについてどう思っているのだ??ミッターマイヤーは愛妻家で鳴らしているからな、そうそう浮気はしていないと思うが」
「皇帝!お戯れもいいかげんになさいませんと」
「そうですぞ、皇帝!フロイライン・リモージュは、ミュラーの言うとおり花のように美しい女性だった。それだけではいかんのですか?」
「と、言うことは、ビッテンフェルト。卿も、そのフロイライン・リモージュを好きだったのか?」
「皇帝っ!!」
 ラインハルトは、本当に嬉しそうだ。
 そんな皇帝を見て、提督達は一様に思った。
(我が皇帝は、こんなキャラクターだったろうか???)
 楽しげな皇帝の様子は、聖地でアンジェリークをからかって喜んでいた、女王・ロザリアを彷彿とさせて。
(皇帝は、あのロザリア女王の影響を受けすぎているのではっ!?)
 と、提督達を不安がらせるのであった。
 とにかく話を変えようとして、ロイエンタールは平静を装って、皇帝に帰還の挨拶をした。
「あちらの宇宙は、非常に平和なところでした。女王陛下が不思議な力で、世界の安定を保っておられます。我が皇帝に置かれましては、そのような不思議な力こそお持ちではありませんが、政治の取り方次第で、この宇宙も平和に出来ることと思います」
 ミッターマイヤーも、ロイエンタールに続けた。
「我が皇帝よ。そのために、我らも尽力させていただきます。この度は、我らのために長期の休暇をいただき、本当にありがとうございました。すっかり気分の切り替えも出来ましたゆえ、これからも何なりと我らにお申し付けください」
「うむ。卿らは余にとって、かけがえのない友人達だと思っている。これからもよろしく頼むぞ」
「はっ」
 提督達はそろって彼らの皇帝に礼をし、謁見の間は、普段どおりの重々しい雰囲気を取り戻しつつあった。
 このまま無事に謁見の間を退出できれば…。
 そう、提督達は切に願った。
 ところが、である。
「私宛に女王・ロザリアから丁寧な礼状が届いていてな。土産も一緒に届けられていたのだ。折角のロザリア殿の心づくし、卿らも見ていくが良い」
 謁見の間の重々しい雰囲気を払拭するような微笑で、ラインハルトがそう言ったので。
 提督達は退出するにも出来なくなってしまった。
 ラインハルトは、重々しく呼びかける。
「…ケスラー」
 名前を呼ばれると同時に、
「聖地のロザリア様からのお届物、この場にお持ちいたしました、我が皇帝」
 ケスラーの声が、皇帝の玉座の後ろから聞こえてきた。
 彼が持ってきた『ロザリア女王からの土産』は何であろうかと、提督達が声のした方向に視線を向けると。
「!?」
 提督達の目は、文字通り点になった。
 ケスラーの後ろには、先だって別れてきたばかりのはずの、アンジェリーク・リモージュがニッコリと笑いながら立っていたのだ。
「アンジェリーク!?」
 思わず叫んでしまったロイエンタールを見て、ラインハルトはニヤリ、と笑った。
 それは今まで見たことも無いような、皇帝の新しい表情であった。
「フロイライン・リモージュ。余がラインハルトだ。噂は、ロザリア女王から飽きるほど聞かされていたが、なるほど、彼女が自慢するだけあって天使のように美しい女性だな」
「ラインハルト様のお噂も、我が女王から聞いておりますわ。でも皇帝は、陛下から聞いていたより、もっと素敵でいらっしゃいますね」
 大輪の花のような華やかさはないが、心が温まるようなアンジェリークの微笑みに、ラインハルトも自然に優しい笑顔になった。
「我が提督達が、フロイラインに夢中で困っていたところなのだ。あのロイエンタールの表情を見て欲しい。いつもの気取った顔をかなぐり捨てて、ポカンとした顔をしているではないか」
「あら、皇帝。そんなことを仰っては、いけませんわ。ロイエンタール提督は、気取ってなんかいませんもの」
「フロイラインには、そう見えるのですか?」
「ええ」
 ラインハルトはやはり、ニヤリとしか表現できないような笑い方で、
「フロイライン・リモージュは、姿形だけでなく、心の方も美しいようだな、ロイエンタール?」
 もう、完全に面白がっているとしか思えなかった。
 それから皇帝は、更にロイエンタールを驚愕させるような一言を、アンジェリークに向かって発した。
「ところで、フロイライン・リモージュ。これは私からの個人的な質問なのだが、貴女はオスカー・フォン・ロイエンタール元帥夫人になってくれる、という気はないのかな?」
「我が皇帝!!」
 普通ならば。ラインハルトの提督達の中で、最も美しく『我が皇帝』と呼びかけることが出来るのは、ロイエンタールであった。
 が。この時の彼の『我が皇帝』は、『その時、ロイエンタール元帥は狼狽して、非常に情けない声で、皇帝に呼びかけた』というような表現で帝国史上に残ってしまいそうなほど、情けなく謁見の間に響いた。
「困ります。皇帝」
 慌ててそう言ったロイエンタールに、ラインハルトはしれっとした表情で言った。
「何が困るのだ?卿はまだ、この花のようなフロイラインに求婚をしていないのであろう?卿はそういう点では疎そうなので、余が代わってフロイラインの気持ちを確かめてやっているのではないか」
「フロイライン・リモージュは、迷惑されていると思いますっ!!」
 ロイエンタールも、何時の間にかキャラが変わっていた。普段の彼は、『っ!!』というようなキャラクターではないのだ。
 自分達はどうやら皇帝の魔の手から逃れられたようだ、と安心した他の提督達は、事の成り行きを面白く見守ることにした。
 アンジェリークのほうも、ラインハルトとロイエンタールの掛け合い漫才(?)が長く続きそうだと見たのか、相変わらずの軽いステップで、ミッターマイヤー達のほうにやって来た。
「アンジェリーク、これは一体、どういう事なのです?」
 ミッターマイヤーの問い掛けに、アンジェリークは困ったような笑顔を見せた。
「先ほどお別れしたばかりのような気がしますけれども。陛下が、ラインハルト様にご挨拶に行くようにとうるさくて、とうとうこちらの宇宙に派遣されてしまいました」
「我々は、再度お会いできて光栄です、フロイライン」
 メックリンガーがアンジェリークにそう告げた時。
「フロイライン・リモージュ!余はまだ、先ほどの質問の返事を聞いていないが?こうしてロイエンタールと言い争いをしていても埒があかないので、お答えをいただきたい」
 ラインハルトの声が、アンジェリークを指名した。
「皇帝っ!」 
「ロイエンタールは、フロイラインが迷惑していると主張して聞かないのだ。フロイライン、貴女の気持ちは如何?」
 焦りまくっているロイエンタールとは打って変わって落ち着いた表情で、アンジェリークはラインハルトを振り返った。
「私の返事はただひとつですわ、皇帝陛下。ロイエンタール提督が望んでくださるのなら、今すぐにでもロイエンタール元帥夫人にしていただきます」
 ふんわりと微笑みながらのその答えを聞いて。
 ミュラーが、やっぱり気の毒なほどに青くなった。
 メックリンガーは自慢の口髭をひねって、俯いた。 
 ビッテンフェルトが、ガックリと肩を落とした。
 彼らはロイエンタールとアンジェリークの二人が相思相愛である、と薄々感付いてはいたのだが、明確な意思表示があるまでは希望を捨てずに頑張っていこう、と思っていたのである。
 しかし、今のアンジェリーク発言により、その希望は跡形もなく打ち砕かれてしまったのだ。
 ミッターマイヤーだけは表情を輝かせ、思わず叫んでいた。
「やったな、ロイエンタール!」
 そして、ラインハルトは。
 してやったり!
 という表情になって、ロイエンタールに自慢気に言ったのだ。
「どうだ、ロイエンタール。案ずるより生むが易しとは良く言ったもので、余がフロイラインの気持ちを確かめてやったおかげで、フロイラインから承諾の返事を貰えたではないか?卿は一生、余に感謝せねばならんぞ」
「…………」
 礼を言って良いのか怒って良いのか判断に迷うロイエンタールに、ラインハルトは重ねて言った。
「という訳で、ロイエンタール。早速、フロイライン・リモージュと華燭の典をあげるが良い。式の費用は余が持つので、盛大に執り行うぞ!ケスラー、式の準備は全て卿に任せる。ロイエンタール元帥のために、素晴らしい式にしてやってくれ」
 そんなこんなで、オスカー・フォン・ロイエンタール元帥と、アンジェリーク・リモージュの結婚式が、盛大に執り行われることになったのである。


3日後。
 ロイエンタールは黒いタキシードを着せられ、目も覚めるような花婿姿を仲間の提督達に披露していた。
「おめでとう、ロイエンタール!卿にもようやく、幸せが訪れたな。アンジェリークと一緒なら、素晴らしい家庭生活を送ることができるだろう。俺は、誰よりも今日の日を嬉しく思う」
 そう言ってロイエンタールの手を握り締めたミッターマイヤーの瞳は、ほんの少しだけ潤んでいた。
「ミッターマイヤー元帥も、感極まるものがあるだろうな…」
「出来の悪い息子にようやく嫁が来た、父親のような気持ちなのだろうか?」
 ミュラーとビッテンフェルトが、その様子を見てヒソヒソと言葉を交し合ったが、それは彼らなりの、ささやかな負け惜しみだったのかも知れない。
 しかし、ロイエンタールの微笑みがあまりにも幸せそうなので、アンジェリークに憧れの心を抱いていた提督達も、
(これで良かったのだ…)
 と、自分の心に言い聞かせ、彼女を諦めざるを得ないのであった。
 更に。
 誓いのキスの場面でロイエンタールが見せた表情に、彼らは完全にノックアウトされてしまった。
 ヴェールを上げてキスをしようとしたロイエンタールに、この世で一番美しい花嫁が優しく微笑みかけた時。
 ロイエンタールは幼い少年のように、はにかんだ表情になった。それは、彼の親友であるミッターマイヤーでさえ見たことのない、ロイエンタールが見せる初めての表情だった。
(ロイエンタール元帥からこのような表情を引き出すことが出来るのは、後にも先にもフロイライン・リモージュだけに違いない。そして、フロイライン・リモージュののふんわりと優しい微笑みを、通常以上に優しく輝かせることが出来るのも、ロイエンタール元帥ただ一人なのだな…)
 悲しい諦めの境地で提督達がそう思う中、ロイエンタールはやはり照れながら、アンジェリークの唇に、触れるだけの優しいキスを落としたのだった。


 祝福の嵐の中で微笑む、世界一幸せなこの二人の今後の話は、また、改めて。



〜 FIN 〜




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