Christmas
アンジェリークから問い詰められ、言葉に詰まりかけたロイエンタールであったが、ここで負けるととんでもないことになる、と、必死で言葉を探した。
「初めて一緒に過ごすクリスマスなのだから、二人きりで過ごしてみたい、と、そう思うんだが・・・」
ロイエンタールの言葉に、アンジェリークは愛らしい仕草で首を傾げた。
それから、しばらく何事かを考えていたようだったが。
「そうね。もうずっと一緒にいるような気になっていたけど、考えてみれば初めて一緒に過ごすクリスマスなのよね。二人っきりで、過ごしましょう」
笑顔を見せて、そう答えた。
ロイエンタールがホッとしたのは、言うまでもない。
それから、クリスマスまでの間、ロイエンタールはアンジェリークがオーディーンに来ていることを、同僚たちにひた隠しに隠した。
バレたら最後、彼らが『フロイライン・リモージュ』に会いに押しかけて来ることは、明白であったからだ。
アンジェリークがミッターマイヤー家を訪問した関係で、ウォルフガング・ミッターマイヤーとその夫人だけはその事を知っていたが、ロイエンタールはその二人にもアンジェリークの事を秘密にしてくれるよう、頼み込んだのだ。
『まあ!ロイエンタール提督は、よっぽど奥様がお好きなのね。ウォルフ、この事は、ちゃんと秘密にしておいてあげないと駄目よ?』
『任せとけ、ロイエンタール!結婚して初めてのクリスマスだもんな、楽しく過ごしてくれよ』
二人は快く秘密を守ることを約束してくれたので、あとはロイエンタールが、周りの提督達の目をいかに誤魔化すか、に勝負がかかっていた。
あまりヘラヘラしないように気を付けてはいるものの、家にアンジェリークが待っていると思うと、思わず頬が緩んでしまい、同僚の疑惑を招いたりするのであった。
それでも何とか秘密を保持したままで、クリスマスの日がやってきた。
執務終了後、ミッターマイヤーと連れ立って、そそくさと帰途に着くロイエンタール。一応今日は、ミッターマイヤー家のクリスマスディナーに招かれている事になっていたので。
それを口実に、ロイエンタールは花束を買って帰ることにした。
「フラウ・ミッターマイヤーに、花を買っていかないとだな、ミッターマイヤー。花屋に寄ってくれよ」
ミッターマイヤーは、ニヤリ、と笑った。
「OK、ロイエンタール。エヴァもきっと、喜ぶだろう」
そんな経緯で、ロイエンタールは他の提督達に怪しまれないよう、アンジェリークに贈る花束をゲットしたのである。
花束を入手した後、ダッシュで自宅に戻るロイエンタール。
無事に玄関のドアから室内に入ると、ホッと胸を撫で下ろした。
これで、正真正銘、アンジェリークと二人きりのクリスマスを過ごせることになるのだ。
ドアの閉まる音でロイエンタールの帰宅に気付いたのか、アンジェリークが奥から出てきて、彼を優しく迎えてくれた。
「オスカー、お帰りなさい!」
「ただいま、アンジェリーク。・・・お土産だ」
ロイエンタールが差し出した花束は、ピンクの薔薇の花束だった。
情熱的な色をした真紅の薔薇も良いと思ったのだが、ふわふわと柔らかなアンジェリークの印象に合わせて、優しいピンク色をした薔薇を選んできたのだ。
薔薇とカスミソウというゴールデンな取り合わせの花束を見て、アンジェリークは瞳をキラキラと輝かせた。
「私に??」
「そうだ」
「とってもキレイね!」
受け取った花束を抱きしめて、アンジェリークは本当に嬉しそうな微笑みを見せて。
「ありがとう、オスカー。大好きよ」
ロイエンタールの頬に、お礼のキスをした。
それから。
「食事の準備が出来てるわ。手を洗ってから、リビングにいらっしゃい。うがいも忘れないでね」
母親のような口調でロイエンタールに指示を出して、アンジェリークは再び、奥の方に引っ込んでしまった。
アンジェリークから指示された事項をクリアしたロイエンタールが、リビングに足を踏み入れると。
「メリークリスマス!!」
クラッカーが弾ける音がして、ロイエンタールの頭上に紙ふぶきが落ちてきた。
「どう、オスカー?バッチリ、クリスマスっぽいでしょ??」
部屋の中の明かりは消され、キャンドルの光がテーブルを暖かく照らしていた。
その中央には、ロイエンタールが買ってきた花束が、綺麗に生けられ。
どこから調達してきたのか、小さなクリスマスツリーまで準備してある。
そして、暖炉の火が、赤々と燃えていた。
全てが。ロイエンタールが幼少の頃に望んでも得られなかった風景だった。
「・・・・・・」
驚いて言葉も出ないロイエンタールに、アンジェリークは、
「驚いた???」
一言、尋ねた。
そして、コクコクと頷くロイエンタールを見て、楽しそうに笑った。
「さ、席について。シャンパンで乾杯しましょうね!」
そして。
二人だけの、クリスマスディナーが、始まった。
「家族でクリスマス、なんて、初めてかも知れないな・・・」
アンジェリークが腕によりをかけたご馳走を口にしながら、ロイエンタールが感慨深げに呟くと。
アンジェリークが若草色の瞳に優しい色をたたえて、ロイエンタールを見つめた。
「そうね、私達、家族なのよね。私も家族と一緒のクリスマスなんて、久し振りだわ。何だか、とっても懐かしい感じね」
その言葉に、ロイエンタールが不思議そうな表情を見せた。
「アンジェリーク。おまえはまだ若いし、ご家族も健在なのだろう?」
「・・・オスカーは知らなかったのね。私の宇宙では、聖地とその他の惑星では、時間の経ち方が違うの。私はいつまでも若いままだけれど、両親は・・・」
アンジェリークの表情が、一瞬、悲しみの色で覆われるのを見て、ロイエンタールは迂闊な事を言ってしまったと後悔した。
「すまない、アンジェリーク」
アンジェリークの手を自分の手で覆って、ロイエンタールは一言、謝った。
「なんて顔をしているの、オスカー。いいのよ、気にしないで。私の両親はもういないけど、これからはオスカーが、私と一緒に、ずっと過ごしてくれるんだもの。寂しくなんかないわ」
「アンジェリーク」
「今日は聖なる夜なんですもの、湿っぽいのは、無しにしましょう。ね、オスカー?」
そう言って気丈に微笑んで、アンジェリークは席を立った。
それから、話題を変えようとしてか、
「今日は夜から雪が降る予報だったけど・・・」
アンジェリークの白い手が、窓に掛かっていたカーテンを開けると。
「まあ!見て、オスカー!!」
「雪だ・・・」
何時の間にか降り出していた雪が、辺りの風景を白く色づかせていた。
「ホワイトクリスマスなんて、嬉しいわ」
開け放った窓から身を乗り出して、アンジェリークが空に向かって手を差し伸べた。
その白い手のひらに、白い雪が、幾つも舞い落ちる。
「わー。本当にキレイ!私、雪って大好きよ!!」
ロイエンタールを振り向いて笑う、その笑顔は、舞い落ちる雪よりも、輝いて見えて。
「アンジェリーク・・・」
ロイエンタールは後ろから、アンジェリークの細い身体を抱きしめる。
「どうしたの、オスカー?」
「そんなに外気に触れていると、風邪をひくぞ」
「平気よ!」
「駄目だ」
窓を閉じ、カーテンを閉めて、ロイエンタールは、アンジェリークを自分の方に向かせ、その耳元で囁いた。
「『大好き』は、俺に対してだけにしてくれ、頼むから」
「だって、雪なのに・・・??」
抗議の口調で唇を尖らせるアンジェリーク。
その可愛げのない唇を自分の唇で塞いで、ロイエンタールは彼女の反論を封じた。
ロイエンタールが買ってきた薔薇の花。
その中の一本が、小首を傾げるかのように、自然に、向きを変えた。
仲の良い一対の夫婦の、優しい時間を見守るように。
メリークリスマス!
皆さんも、素敵な聖夜を迎えられますように!!
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