HAPPINESS


 ジュリアスは、聖殿の廊下を歩く。
 青い瞳の女王陛下に用事があり、彼は女王執務室に向かっている途中であった。
 考え事をしながら聖殿の廊下の角を曲がったジュリアスは、とんでもない場面に遭遇する。
 ジュリアスの忠実な部下である炎の守護聖の腕の中に、ピンク色のドレスを身に纏った女性の姿。
 オスカーの腕の中にいる女性は・・・優秀な女王補佐官であると同時に、ジュリアスの恋人でもあるアンジェリークだった。
 石のように固まってしまったジュリアスの腕の中から、バサリと書類の束が落ちた。
 音の方向に視線を向けたオスカーの顔から、サーっと血の気が引いていく。
「じゅっ、ジュリアス様!?」
 オスカーの腕の中からジュリアスを見やったアンジェリークは、赤くなった。
 二人をいないものとみなし、出来る限り平静を装いながら、ジュリアスは落とした書類を拾った。
 アンジェリークがオスカーから身を離し、自分の近くに落ちていた書類を拾い、ジュリアスに差し出した。
 ジュリアスは無言のまま、その書類を乱暴に受け取り、そのまま何事もなかったかのように女王執務室に向かって歩を進めようとした。
「ジュリアス様」
 アンジェリークが呼び止めたが、ジュリアスは振り向かなかった。
「ジュリアス様!」
 再度呼び止められ、ジュリアスはアンジェリークを振り返った。
 豪奢な金の髪が、苛立たしく揺れる。
 蒼の瞳が冷ややかに光り、その眼光はオスカーを震え上がらせた。
 アンジェリークはキュッと唇を噛みしめてから、ジュリアスに問いかけた。
「ジュリアス様は、誤解をしていらっしゃいます」
「誤解?私が何を誤解すると言うのだ??」
「今のは・・・」
「私は忙しいのだ。話なら後にするのだな」
 冷たくそう言い放ち、ジュリアスは二人に背を向けた。



 それから数日が過ぎた。
 アンジェリークとは、必要最低限の会話しか交わしていなかった。
 補佐官としてジュリアスの執務室に訪れると、アンジェリークは必ず何か言いたげな表情をするのだったが、ジュリアスは取り付く島もなく、執務室から彼女を追い返した。
「用事が終わったのなら、早々に退出するのだな。私は、忙しいのだ」
 アンジェリークは俯き、ジュリアスの執務室から退出していくのが常だった。
 その淋しそうな後姿を見ていると、思わず抱きしめたくなる。
 けれども、どうしても許せなかった。
 何か理由があるのだろうと思っても、なお。
 本当は補佐官として仕事をさせるのも遠慮させたいぐらいなのだ。
 自分の腕の中にだけ閉じ込めておければ、どれだけ気が楽だろう。
 あの時、女王執務室に向かわなければ良かった・・・。
 などと悔やみつつ、ジュリアスは窓の外を眺めた。
 そして。
 暗雲たちこめる心とは裏腹の真っ青な空を、恨めしく思った。

「・・・ジュリアス様」
 朝の謁見の後、アンジェリークが小声でジュリアスを呼んだ。
 聞こえない振りをして、謁見の間から退出する。
 柔らかな衣擦れの音がして、アンジェリークが少し後から自分の後を付いて来ていると言う事が分かったが、ジュリアスは振り返ることもせず、自身の執務室へと向かった。
 執務室に辿り着き、そのドアを開こうとすると。
「ジュリアス様」
 もう一度、名前を呼ばれる。
 ひどく思い詰めたような声音に振り返ったジュリアスは、今までの自分の態度を激しく後悔した。
 アンジェリークの美しい若草色の瞳は涙で潤み、細い肩がか細く震えていた。
 その様を見て、ジュリアスの怒りは氷解した。
 つまらないことで腹を立てたと思った。
 今にも泣き出しそうなその瞳は・・・自分への愛情に溢れているではないか。
「アンジェリーク・・・」
 優しい声音で、ジュリアスはアンジェリークを呼んだ。
 アンジェリークはそのまま俯いてしまう。
 柔らかい金の髪に、ジュリアスは戸惑いながらもそっと手を触れた。
「あ〜っ!ジュリアスったら、アンジェを泣かせてるっ!!陛下に言いつけちゃうもんね〜♪」
 偶然通りかかったオリヴィエにが、すれ違い様、ジュリアスの額を軽く弾いた。
「なっ、何をするのだ、オリヴィエ!?」
「アンジェを泣かせたバツ。陛下に言いつけられるよりはイイだろ?」
 バッチンとウインクしながら、オリヴィエはそのまま姿を消してしまった。
 ジュリアスは、執務室のドアを開け、アンジェリークを促した。
「入るがいい」
 小さく頷いて、アンジェリークが執務室に足を踏み入れた。
 椅子にアンジェリークを座らせ、しばらくアンジェリークが落ち着くのを待つ。
「落ち着いたか?」
「はい・・・」
 やはり、小さな声でアンジェリークが答えた。
 咳払いを一つして、ジュリアスはでアンジェリークに話しかけた。
「今回は、私が大人気なかった。・・・済まない。そなたを疑うなど・・・今では自分が恥ずかしいぐらいだ」
 率直に謝罪をすると、アンジェリークがキュッとジュリアスの袖口を握り締めた。
「ジュリアス様・・・。不愉快な思いをさせて、ごめんなさい」
 声が、震えている。
 ジュリアスは、その様を愛しく思った。
「もう良い。私が悪かったのだ」
 優しくそう言い、ジュリアスはアンジェリークの手を取った。
「さあ、執務の時間だ。補佐官執務室に戻るがいい。皆が、優秀な女王補佐官を待っている」
「はい!」
 表情を明るくして、アンジェリークが返事をした。
座っていた椅子から立ち上がり執務室を出て行こうとするアンジェリークを、ジュリアスが呼び止めた。
「そなたを悲しませてしまったせめてもの罪滅ぼしに、金の曜日の夜にでも、一緒に食事に出かけてはくれまいか?」
「・・・喜んで!」
 フワリとドレスの裾を翻し、アンジェリークは涙の残った瞳で笑った。



 金の曜日は、約束どおりアンジェリークと一緒に食事に出かけた。
 普通に食事をして、私邸まで彼女を送り届け、普通に自分の私邸に戻ってくる。
 明日は、土の曜日だ。
 執務の予定は、特にない。
 読みかけて放っておいた本があることを、ジュリアスはふと思い出した。
「明日は執務もないことだし、あの本を読んでしまうとするか・・・」
 自室に入り、ジュリアスは本のページをめくり始めた。
 どれぐらい時間が過ぎただろうか。
 コンコン。
 部屋のドアをノックする音が聞こえる。
 使用人だと思い、ジュリアスは書物から目を離さないまま、短く言った。
「入るがいい」
 ドアが開く音と共に、
「時間指定のプレゼントをお届けに来ましたvvv」
 聞き覚えのありすぎる、愛らしい声が聞こえてきた。
 ハッとして声の主を振り仰ぐと。
「ジュリアス様、お誕生日おめでとうございます」
 若草色の瞳を輝かせながら、アンジェリークが優しくジュリアスに微笑みかけた。
「誕生日?」
「ええ!先程、時計が12時を指して、今日はジュリアス様のお誕生日ですよ。忘れていらっしゃいました??」
「待て、アンジェリーク!うら若き女性が、このような時間帯に外を出歩くなど、感心しないぞ」
慌ててジュリアスがそう言うと、アンジェリークは悪戯な瞳で笑った。
「実は・・・先ほどまで、こちらのお台所をお借りしてたんですよvお誕生日のケーキを作っていたので。ジュリアス様さえよろしければ、これから私と一緒に、お茶でもいかがですか??」
 そう言って、アンジェリークはなおもニコニコと微笑む。
 自分の誕生日を覚えいてくれた。
 それだけでも嬉しかったが、アンジェリークのその優しい心遣いがもっと、嬉しかった。
「・・・いただこう」
 蒼の瞳を和ませて、ジュリアスは、笑った。

 ジュリアスはコーヒー党であるが、今では紅茶も度々飲むようになった。
 アンジェリークに紅茶を淹れてもらうようになって、その美味しさが分かるようになったからだ。
 ティーポットの中で茶葉を充分に蒸らし、今日もアンジェリークは、ジュリアスのために紅茶を淹れてくれる。
 澄み切った琥珀色の液体が白いカップに注がれる様を、ジュリアスは穏やかな瞳で眺めた。
 なんて、心休まる一時なのだろう。
「どうぞ」
「ありがとう」
 カップを口元に近づけると、上品な香りが鼻孔をくすぐった。
 ジュリアスが紅茶の味と香りを楽しんでいる間に、アンジェリークはケーキを切り分けだした。
 白いクリームに真っ赤なイチゴが色鮮やかな、ホールのショートケーキだ。
 ・・・二人では、とても食べきれまい。
 アンジェリークは器用にケーキを切り、皿に乗せた。
「甘さ控えめですよ」
 笑いながら、アンジェリークはジュリアスにケーキの皿を差し出す。
 アンジェリークがじっと見守る中、ジュリアスは最初の一口を口に運んだ。
「お味はいかがですか??」
「・・・美味だ」
「良かった・・・!!」
 アンジェリークの表情が、パッと華やいだ。
 美く優しい、アンジェリーク。
 ジュリアスの目には、確かに見える。
 彼女の背中に輝く、真っ白な羽が。
 アンジェリークは今、まぎれもなくジュリアスだけの天使だった。
 何の前触れもなく、腕を引き寄せて抱きしめると、華奢な身体はすっぽりとジュリアスの腕の中に収まった。
「アンジェリーク」
「はい?」
 若草色の瞳が、じっとジュリアスを見つめた。
 今なら、照れることなく言えるような気がして。
「愛している・・・」
 耳元で囁きかけると。
「・・・はい・・・」
 アンジェリークの白い頬が、綺麗な薔薇色に染まる。
 喧嘩の後は、もっと分かり合える。
 一緒にいると、幸せになれる。
「ジュリアス様・・・お茶が冷めてしまいます・・・」
「茶など、どうでも良い。そんなに飲みたければ、私が明日、そなたの気に入りのティールームに連れて行く。だから、今はこのまま・・・」
 腕の中のアンジェリークが愛しくて、ジュリアスは彼女を抱きしめる腕の力を強くした。
「ジュリアス様・・・大好きです」
 小さな小さな声が聞こえて。
 アンジェリークがジュリアスの胸に顔を埋めた。
 クスリと穏やかな瞳で笑い。
 ジュリアスは、彼女の柔らかな金の髪に・・・そっと、キスを落とした。




  〜 END 〜




当サイトで3度目の、ジュリアス様のバースデー創作です。
2周年アンケートでリクいただいた内容になっております。
お誕生日はいつもネタに悩むので、アイディアを頂き本当にありがとうございましたvvv
リクしてくださった方(お名前は出しませんが・・・)にお気に召していただけると幸いです。
幸せジュリリモって大好きさ〜♪
というワケで、ジュリアス様、お誕生日おめでとうございます!!
今後も厳しく不器用だけれども、優しいジュリアス様でいてください。
そして、豪奢な金の髪を揺らしながら執務と恋愛、両方がんばってください(笑)。






ブラウザを閉じてお戻りください