Shall We Dance?




「何ですってぇ〜っ!?」
 女王執務室に、ロザリアの声が響き渡った。
「アンジェリーク、あんた今、何て言ったの?もう一度、言ってご覧なさい」
 ロザリアの剣幕に、アンジェリークは消え入りそうな声になって、
「・・・私、ダンスできないの」
 そう、言った。
 ロザリアは、絶叫した。
「何てこと!?わたくしの可愛い補佐官が、ダンスもできないなんてっ!一体、どーゆーコトなの!?説明なさいっ、わたくしの納得いくようにっ!!!」
 必死の表情で、アンジェリークが答える。
「だって、仕方ないじゃない。今までダンスする必要なんて、なかったもの。必要ないのに、おぼえられないわ」
 ロザリアは、頭を抱えた。
 この可愛い女王補佐官が、記念パーティでダンスを踊れない、など、そんな事は絶対にあってはならなかった。
 誰より、アンジェリークのために。
「わたくしの即位記念パーティまで、あと一週間よ。その間に、あんたには絶対にダンスを覚えてもらいます」
「えーっ!?」
 困惑顔のアンジェリークに、
「どうせこれから、女王代理で死ぬほどダンスパーティに出席しなくちゃならないのよ、あんたは!だったら今、覚えておいたほうが良いでしょうが!?」
 厳しく激しく、ロザリアは言った。
「これは、女王命令よっ!!」
 それからロザリアは、執務机に置いてあるベルを、チリチリと鳴らした。
「お呼びでございますか、陛下?」
 現れた女官に、打って変わって優しく、ロザリアは命じた。
「ジュリアスを呼んできていただけない?大至急よ」
「かしこまりました」

 第256代目の女王を選ぶために行われた、女王試験。
 その試験のために聖地に召された、二人の女王候補、ロザリアとアンジェリーク。
 二人は、ほぼ互角に試験を競ったが。
 大陸の中央の島に最後の建物を建てたのは、ロザリアで。
 256代目の女王として、ロザリアの即位式が行われた。
 女王即位後には、即位記念のダンスパーティが行われるのが聖地での慣習である。
 そのパーティの話題になった時、アンジェリークがダンスを踊れないという思いもよらない事実が発覚したので。
 ロザリアは思わず、女王執務室に響き渡るような大声で、絶叫してしまったのであった。

「お呼びでございますか、陛下?至急との事でしたが・・・」
 数分後、女王執務室に現れたジュリアスに、ロザリアはにこやかに問い掛けた。
「ジュリアス。わたくしの即位記念パーティまであと一週間だという事は、貴方も知っていますわね?」
「勿論です。準備も着々と進んでおりますので、ご安心ください」
 自信満々のジュリアスに、ロザリアはものすごい勢いで語りかけた。
「と・こ・ろ・が!ここに来て、大問題が発生したの!!」
「は?問題とは??」
「アンジェリークが、ダンスを踊れないと言い出したのよっ!!女王陛下ご自慢の補佐官がダンスを踊れないなんて、そんなことが許されると思って?ねえ、ジュリアス!?」
「は、はあ・・・」
 何故このようなことで女王が怒っているのかが良く分からない、という表情のジュリアスに、ロザリアはアンジェリークを突きつけた。
「パーティまで、残り一週間。ジュリアス、貴方にこの子を預けるわ。ダンスや作法をみっちり仕込んで、この子を宇宙一のレディに仕立て上げなさい!これは、女王命令ですわっ!!」
 先程から、傍から見れば非常にくだらない事にばかり女王命令を下すロザリアであったが、本人は大真面目であった。
 溜め息をつきそうな表情で、ジュリアスとアンジェリークが視線を交わした。
 そんな二人に、ロザリアは厳しい視線を走らせ、厳かに告げた。
「では、二人とも退出してよろしい。パーティでの成果を期待しています。もし、アンジェリークがダンスを踊れなかったら・・・その時は、二人ともそれなりの覚悟をしていただきますから、そのつもりで」
 ギラリと強い光を放つその青い瞳に、二人は返す言葉もなく、女王執務室を退出した。
 そして、その日から。
 ジュリアスとアンジェリークの二人だけの特訓が始まった。



「ジュリアス様っ、遅れてごめんなさい!」
「そう謝らずとも良い。今日はお互い、忙しかったからな」
 ジュリアスとアンジェリークが一緒にダンス&作法の練習を始めるようになって、既に3日ほど経過していた。
 真面目な二人は自分たちの執務がきちんと終わってから訓練を開始するため、訓練開始はどうしても、夕方からになってしまう。
 二人は、焦っていた。
 パーティまで、残された日数は少なかった。
 唯一つ救いなのは、アンジェリークの覚えが良いことであった。
 1日目の時など、ジュリアスの足を踏みまくり、
「ごめんなさいっ、ジュリアス様っ!!!」
 を連呼していたアンジェリークだが、今ではそのような事はなくなっている。
「マドモアゼル、お相手をお願いできるだろうか?」
 ふわり、と、優雅にお辞儀をして、アンジェリークはジュリアスから差し伸べられた手を取る。
 このお辞儀は、ジュリアスを感嘆させるほどに優雅で愛らしいお辞儀なのである。
 ダンスの腕前は、もう少し、なのだが。
 曲に合わせて、二人はダンスを踊る。
 ジュリアスもアンジェリークも、お互いにドキドキしながら。
 だが、そのドキドキを、お互いに悟られないように装って。
 実はこの二人、アンジェリークが女王候補時代から、お互いに特別な感情を持ち合っていたのだが、二人揃って非常に鈍く、その特別な感情が何なのか、イマイチ気付いていない様子だった。
 周りだけが、知っていた。
 ジュリアスとアンジェリークが、お互いに好きあっていると。
 一緒にダンスの特訓をするようになって、少しは自分の気持ちを自覚してきた二人なのだが。
 やはり、二人の関係に、あまり進展は見られないのであった。



 パーティの前日、二人はいつものようにダンスの練習を開始し、いつもの時間に練習を終了した。
 ジュリアスが、満足そうに笑った。
「アンジェリーク。そなたの上達振りは、非常に素晴らしかった。女王陛下も、喜ばれることだろう」
「ありがとうございます!ジュリアス様のお陰で、ロザリアに怒られずにすみますもん」
 ほんの少しだけ悪戯な表情で笑うアンジェリーク。
「それじゃ、ジュリアス様。明日はパーティ会場でお会いしましょう!」
「うむ。遅れぬようにな」
 手を振りながらジュリアスの私邸を辞するアンジェリークを見送りながら、ジュリアスは含み笑いを漏らした。
「アンジェリークが、喜んでくれると良いが・・・」

 アンジェリークが私邸に戻ると。
 大きな荷物が、アンジェリーク宛に送られてきた。
「何かしら・・・?」
 箱を開けたアンジェリークは、驚きの声をあげる。
「まあ!」
 箱の中には。
 ドレスと、パーティに必要な小物一式が、入っていた。
 ドレスの色は、メイグリーン。
 背中と胸元が大きく開いている、レース使いが少ないシンプルなドレスではあるが。
 スカートはふんわりと広がり、大きな腰のリボンと華奢な感じの手袋には、白い薔薇の造花があしらってある。
 侍女が、嬉しそうに叫んだ。
「なんて素敵なドレスなんでしょう!きっと、アンジェリーク様に良くお似合いですわ!!」
 アンジェリークには、ロザリアからもドレスが贈られていた。
 淡いピンク色をした、レースとリボンがふんだんに使われているドレスが。
「どなたが贈って下さったのかしら??」
 箱の奥底に、小さいカードを発見して、アンジェリークはそのカードを開いた。
 カードには、短くこう書いてあった。
『宇宙一のレディへ。 ジュリアス』
 アンジェリークはふんわりと優しく微笑むと、侍女に告げた。
「明日は、このドレスを着ていくわ!」
 侍女は即座に、賛成の意を示した。



 そして、女王即位記念パーティの当日。
 ジュリアスは三つ揃えのタキシードに身を包み、パーティに出掛ける準備をしていた。
 長く豪奢な金の髪を肩の辺りで緩く束ね、いつもより顔周りがいささかスッキリとした感じである。
 黒い上着は、彼のその金の髪をますます際立たせていた。
 ベストと蝶ネクタイはシルバーがかった薄い紫で。
 スリムな黒いズボンが、ジュリアスの長い足を、ますます長く見せていた。
 いざパーティ会場に出掛けようとしているジュリアスの前に、可愛い来訪者が現れた。
「ジュリアス様!」
 ジュリアスが贈ったドレスを身に纏った、アンジェリークが。
 アンジェリークの姿を見て、ジュリアスは眩しそうに目を細めた。
「・・・そのドレス、とても良く似合っている」
「とっても素敵なドレスを、ありがとうございます!首に巻くチョーカー。ジュリアス様に付けていただきたくて、お邪魔してしまいました」
「チョーカーを、私に?」
「はい!最後の仕上げはジュリアス様に、って思って。」
 差し出されたチョーカーを受け取る。
 そしてジュリアスは、アンジェリークの細い首に、優しくチョーカーを巻いてくれた。
「さあ、出来たぞ。しかし、そなたには、陛下からもドレスが贈られたのではないか?別のドレスなど着て、陛下がご機嫌を損ねなければ良いが・・・」
 アンジェリークは可愛らしく小首を傾げながら答えた。
「平気です!ロザリアは、私が可愛く見えれば、何だって許してくれますもん。ロザリアがくれたドレスも可愛いけど、ジュリアス様のドレスの方が私に似合うと思って、私はこのドレスを選んだんですよ?」
「・・・そなたに似合うようにと思って、作らせたからな。そなたの瞳の色に、その色は良く似合う。知っていたか?」
「そこまで考えていてくださったんですか?」
「わっ、私は完璧主義者だからな。そこまで考えるのは当然だ」
 いささか赤くなりながら、ジュリアスが答えた。
 アンジェリークは嬉しそうに笑いながら、ジュリアスに手を差し伸べる。
「ジュリアス様、本番前にもう一度、私とダンスを踊ってくださいますか?」
 ジュリアスは咳払いしながら、その手を取った。
「では、メヌエットで。よろしいかな、マドモアゼル?」
「はいっ!!」
 曲などなくても、二人は踊ることが出来る。
 一緒に、何十回も練習した曲なのだ。
 二人の頭の中で、同じようにメロディーが流れた。
 ダンスが終わった後、ジュリアスはアンジェリークを優しく抱きしめて、感嘆の意を示した。
「完璧だ。女王陛下もお喜びになるだろう」
 ジュリアスがアンジェリークに向かってそう囁いた時。
 カチャリ。
 玄関の先の部屋のドアが開き、ジュリアスの執事が顔を出した。
 二人の身体が、パッと離れた。
「ジュリアス様、アンジェリーク様!」
 彼は、驚いたように叫ぶ。
「良いのですか、まだこんな所にいて。もう、パーティが始まる時刻ですよ?」
 二人は、ギョッとしたような表情になった。
「これは大変だ・・・。遅れると、陛下に何を言われるか分からぬ。急ぐぞ、アンジェリーク!!」
「はいっ!!!」
 玄関の前で待っていた馬車に乗り込み、ジュリアスは御者に告げた。
「急ぎで頼むぞ」
「分かっております」
 二人を乗せた馬車は、パーティ会場に向かって、疾走した。



 場所は変わって、パーティ会場である。
 なかなか姿を見せないジュリアスとアンジェリークに、ロザリアは苛立ちを隠せなかった。
「んもう、何をしているのかしら、あの二人は?もしかして、ダンスが嫌で逃げたのではないでしょうね・・・??」
 ロザリアは、側付きの女官に視線を走らせた。
「ジュリアスとアンジェリークは、まだなの?」
「私邸はお出になられたようなのですが・・・」
「早馬をやって、呼びにやりなさいな」
「分かりました」
 その時、大広間の扉が開いた。
 開いた扉から、ジュリアスとアンジェリークの二人が入ってくることを確認して、ロザリアはニコリと微笑んだ。
「早馬は、必要なくなったわ」
 そして、次の瞬間、ロザリアの眉間にしわが寄る。
 アンジェリークのドレスが、自分が贈ったドレスではなない、という事実に気付いたからだ。
「二人を、ここまで連れてきてくださいな」
 ロザリアの前に連れてこられた二人は、まるで罪人のようであった。
 マジマジとアンジェリークのドレスを見て、ロザリアの険しい視線が和らいだ。
「そのドレス、合格よ、アンジェリーク。わたくしが贈ったものより、あんたに似合ってるわ、きっと。どなたからいただいたの?」
「ジュリアス様よ・・・」
 ロザリアは、面白そうにジュリアスに視線を走らせた。
「まあ、貴方が!?とても良いセンスをしているわね、ジュリアス?」
「お褒めいただき、恐縮です」
 それからロザリアは、ウキウキとした様子で二人に訊ねた。
「そして二人には、宿題を出しておいたハズですけれども?」
「はっ。陛下にもご満足いただけるかと思います」
「大丈夫よ、ロザリア(多分)」
「証拠を見せていただくわ。踊っていらっしゃいな、二人とも。わたくしの、満足のいくように、ね」
 ジュリアスが優しくアンジェリークに笑いかけ、その腕を取った。
「アンジェリーク。私の相手をしてもらえるか?」
「喜んで」
 ふんわりと可愛くお辞儀をするアンジェリークを見て、ロザリアは感涙に咽んだ。
(かっ、可愛すぎますわっ!!お辞儀の仕方も完璧ですわ〜っ!!!)
 自然な動作で、二人はダンスフロアの中央に躍り出た。
「補佐官様をご覧になって!淡いグリーンのドレスが良くお似合いで、周りの誰よりも輝いて見えますわね」
「それに、なんてお似合いな二人なんでしょう・・・。お二人とも金の髪なので、並んでいると、とてもゴージャスに感じられますわ」
 まるで一対の人形のように美しい二人は、皆の注目の的になった。
「ジュリアス様っ、皆さんが見てますけど・・・」
「気にせずとも良い。そなたは、ここにいる誰よりも美しい踊り手なのだからな」
「でも・・・」
「気になるのなら、思い出すが良い。二人で練習したことを。あれだけやったのだからな、そなたは誰にも劣らないぞ」
 アンジェリークは、思い出した。
 ジュリアスと二人での、ダンスの練習シーンを。
 優しい気持ちと共に。
 急に落ち着いた気分になって、アンジェリークは、軽くジュリアスの胸に頬を寄せた。
 アンジェリークを抱きしめるジュリアスの腕に、力が入る。
 優雅にダンスを踊る二人を見て、ロザリアはなおも、嬉し涙にかきくれていた。
(ああ、アンジェリークのあの優雅な身のこなしったら!!素晴らしいわっ!ジュリアスと並んでいると、本当にお人形さんのよう。可愛いわ、わたくしのアンジェリーク・・・)
 曲が終わった。
 ジュリアスとアンジェリークは、顔を見合わせて、ニッコリと微笑みあう。
 次の曲が始まろうとした時、オリヴィエが二人の目の前に現れた。
「ハーイ!アンジェリーク、今日のアンタは飛びっきりに可愛いよ♪次のダンスは、私と踊ってくれないかな?」
 そう言って、アンジェリークの手を取ろうとしたオリヴィエを、ジュリアスが激しく制止した。
「アンジェリークは、他の男とは踊らせぬ!」
「ジュリアス様!?」
「・・・ジュリアス?」
 ゴホン、と咳払いをして、ジュリアスはアンジェリークに向き直った。
「アンジェリーク。今まで言おう言おうと思いつつ、先延ばしにしていたのだが・・・。実は私は、そなたが好きなのだ!!」
 『好きなのだ!!』という一言はハッキリと発声され、周りにまで聞こえてしまう。
 しかし、ジュリアスはなおも続けた。勇気を出して。
「それゆえ、そなたが他の男の腕に抱かれて踊るのを、平静な目で見ることなどできぬ」
「・・・ハイハイ、分かったよ。ご馳走様」
 オリヴィエが呆れたような表情で、呟いた。
 それからアンジェリークに向かってニコリ、と笑いかけ、ウインクをした。
「良かったね、アンジェリーク」
「・・・オリヴィエ様っ!!」
 アンジェリークにヒラリと手を振って、オリヴィエは人ごみの中に消えた。
「もう、オリヴィエ様ったら・・・」
 赤くなって俯くアンジェリークに、ジュリアスは再度告げた。
「アンジェリーク・・・そなたは、私だけのレディだ。私はそう思っているのだが。そう、思い続けても良いのだろうか?」
 アンジェリークが小さく頷く様を、ジュリアスは見た。
 そして顔を上げ、輝くような笑顔で、アンジェリークはジュリアスを見つめた。
「ダンスしましょう、ジュリアス様。二人だけで、ずっと・・・」
 二人は、ダンスを踊る。
 周りのどのカップルよりも、優雅に、美しく。
 想いが通い合ったそのダンスは、二人を一際輝かせて。
 ジュリアスは腕の中のアンジェリークをギュッと抱きしめる。
 アンジェリークは恥ずかしそうに笑い、ジュリアスにそっと寄り添うのだった。



〜 END 〜







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