エスカレーション




 気が付くと、あの方の姿を探している自分がいた。
 考えるより先に、視線が動いてしまう。
 私だけが知っている。
 それが、素敵な恋の始まりだということを。



「育成をお願いします!」
「・・・分かった。覚えておこう」
 クラヴィス様に育成をお願いして、執務室の外に出ると。
 無意識のうちにジュリアス様の執務室に視線を走らせる自分に気付いて、思わず苦笑する。
 あの方は今、執務室にいらっしゃるのかしら?
 それとも、どこか別の場所に??
 今日は育成のお願いも必要ないし、ジュリアス様は無駄なお話があまりお好きでないから。
 執務室に伺う理由も見つからないし、一日お会いできないかも知れない。
 そう思うと、ちょっぴり憂鬱になる。
 ボーっとしながら聖殿の廊下を歩いていると。
「キャッ!?」
 曲がり角で、どなたかとぶつかってしまった。
 おまけに手に持っていた書類を思いっきり廊下にばら撒いてしまい、私は焦る。
「キャー、ごめんなさいっ!!」
 慌てて顔を上げると、ジュリアス様の呆れたような瞳が私を見つめていた。
「アンジェリーク」
 ジュリアス様が、口を開く。
「女王候補ともあろう者が、そのようにボンヤリとしながら歩いているのは感心せんな?」
「はっ、はいっ!スミマセンっ!!以後気を付けますっっ」
 ひたすら謝りながらジュリアス様の表情を伺い見ると。
 重々しい口調とは裏腹に、その瞳は笑っていた。
「分かれば良いのだ」
 深い深い蒼色をしたその優しい瞳に、思わず見惚れていると。
 ジュリアス様がその長身をかがめ、ばらばらになった私の書類を拾い始めた。
「ジュリアス様っ、そそっ、そんなコト、自分でやりますから!!!」
「ぶつかってしまった責任の一端は、私にもあるからな。気にせずとも良い」
「でもっ!!」
「・・・遠慮するより先に、そなたも手を動かしたらどうだ?」
「はいっ、すみませんっっ」
 言われて見れば、そうだった。
 私が焦りまくっているうちに、ジュリアス様は書類のほとんどを集め終わっていて。
 残った数枚を手に取ると、集めた書類を綺麗にまとめて、私に手渡してくれた。
「へぇー。ジュリアス、優しいんだ?」
 偶然近くを通りかかったオリヴィエ様が、からかうようにそう言った。
「ばっ・・・馬鹿者!私はただっ!女王候補の貴重な時間を書類拾いなどに費やされるのが、我慢ならなかっただけだっ!!!!」
「ハイハイ、そーゆーコトにしといてあげるよ」
「オリヴィエ!」
 ジュリアス様の慌てふためく様子がおかしくて。
 私は思わず、くすくすと笑ってしまう。
 そんな私に、オリヴィエ様はパッチンと目が覚めるように魅力的なウインクをしてくれた。
「アンジェリーク、今日も可愛いね♪たまには私の執務室にも遊びにおいでよ。アンタのお願いなら、何でも聞いてあげちゃうから!」
「オリヴィエ〜っ!!!」
「分かったよ。退散すればイイんだろ、退散すれば」
 ワタワタするジュリアス様を他所に、オリヴィエ様は余裕の笑顔でヒラリと手を振り。
 私たちの前から姿を消した。
 オリヴィエ様の後ろ姿を見送りながら、ジュリアス様が呟いた。
「全く、あの者は・・・」
 それから私に視線を走らせて、ゴホンと咳払いをする。
「ところで、アンジェリーク。最近のそなたの育成の様子だが・・・」
 笑いも吹き飛び、思わず緊張する私に。
 ジュリアス様は穏やかに言ってくれた。
「なかなか的を得た育成をしている、というのが私の感想だ。これからもこの調子で頑張るように」
「はいっ、頑張りますっ!!」
 ジュリアス様に褒めていただけるなんてっ。これからも頑張らなくちゃっ!!
 激しく気合を入れなおす私に向かって、ジュリアス様はもう一度咳払いをした。
「それと、だな・・・」
「はい!?」
 キャーっ、今度こそ、お小言かしら・・・??
 ドキドキとジュリアス様の言葉を待つけれど、なかなか続きを言ってくださらない。
 言いにくそうに、ジュリアス様は、更に咳払いをした。
「その、育成の願いなどがなくても、たまには私の執務室に顔を出すように。色々と助言したいこともあることだし、な」
「・・・はいっ!!」
 ジュリアス様が私のことを気にかけてくださる。
 それは、とても嬉しいコト。
 心が、弾むような。
「それから・・・もう一点、良いか?」
 コクリと頷く私を見て、ジュリアス様は四回目の咳払いをした。
 ただでさえ幸せ気分なのに、ジュリアス様は口にしてくれたのは、私を更に喜ばせてくれる言葉だった。
「次の日の曜日、もし時間が空いていたら、私に付き合うように」
 それって・・・デートのお誘いですか?
「・・・返事は?」
 思わずボーっとしていた私は、ハッと我に変える。
「時間、空いてますっ!是非、お願いしますっ!!!!」
 蒼の瞳が、優しく揺らめいて。
「うむ。では、日の曜日にな。それから通常の日も、私の執務室にも顔を出すように」
「はいっ!!」
 ウキウキして、心が弾むような気分。
 そんな気持ちで、私はあの方の後姿を見送った。
『私とそなたは、守護聖と女王候補。それ以上でもそれ以下でもない』
 つい最近、そう言われたばかりだから。
 変な期待はしないけれど。
 あの方のことがこんなに好きで、こんなに幸せな自分がいるから。
 好きでいる、というコトは、悪いことではないと思うの。



 目に見えない階段を一歩、登ってしまって。
 もう私は、戻れないの。
 今日も私の瞳は、あの方の姿を探す。
 それは、素敵な恋の始まり。
 あの方との、素敵な・・・。



〜 END 〜



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

ウチのサイトでジュリ様のお祝いをするのも2回目です。
前回お誕生日ネタを使ったので、今回は違うネタで。
ゼフェル様バースデーとお揃いで、恋し始めたりもちゃんの一人称です。
管理人は最近、日常生活のひとコマを切り取ったようなお話が好きで、
今回も聖地での女王候補生活の中のひとコマ、という感じで書きました♪
まだまだ恋愛未満、ですけど、ね。
という訳で、ジュリアス様お誕生日おめでとうございます。
いつまでも生真面目で自分に厳しく、でも他人にはちょっぴり優しい
ジュリアス様でいてくださいませ。
あたしはいつまでもストーカーのように、ジュリ様に付いて行きますっ!!





ブラウザを閉じてお戻りください