風色の微笑
君の微笑みは、春の香りを運んできてくれる。
そう、君は・・・。
君は、春の女神の娘。
僕が聖地にやってきてから一週間が経過しようとしていた。
女王候補達は一生懸命育成をしているみたいだけど、不思議な球体にはまだ何の変化も無い。
教官としての仕事は球体に変化が起きてからだから、僕はある程度時間に余裕がある生活を送っていた。
本当はもっと余裕ある生活を送っても良いんだけど、あまりフラフラしていると眉間にしわを寄せて嫌な顔をする人もいるからね。
今日は日の曜日。僕は、聖殿の近くの森の中を散策している。
素晴らしく良い天気だ。
木々の隙間から洩れてくる太陽の光がキラキラと眩しくて。肌を撫でていく風は優しい。
森林浴を楽しみながら歩いているうちに、僕はあることに気がついた。
恥ずかしいことだが、道に迷ってしまったのだ。
でもそれは、僕の所為じゃない。神様のいたずらさ。
道に迷ったと知りつつも、僕はなお、涼しい顔で散策を続けた。
これくらいで散策を止めるようじゃ、僕は僕で無くなってしまうよ。
それに、こういうときは落ち着いて行動したほうが良い結果を招くんだから。
でも歩き回っているうちに、流石の僕も疲れてきた。ちょっと休もうかな、と、そう思った時。
僕は、少し離れた大きな木の下に、人の影を発見したんだ。
これで、無事に私邸に帰れそうだ…。
そう考えながら、僕はその人影に近づいた。
人影の正体は、一人の少女。
太陽の光を溶かし込んだような明るい金の髪に、赤いリボンを結んでいる少女。僕が側にいることにも気づかず、幸せそうに小さな寝息を立てている。
あどけない寝顔のその少女は・・・僕の記憶違いでなければ、この宇宙の女王陛下を支えている・・・女王補佐官その人だった。
なおも彼女に近付くと、彼女の頬を僕の影が覆った。
「・・・・・・??」
ポカン、といった表現が似合うような表情で、彼女が瞳を開く。
その瞳は・・・周りの木々の色を溶かし込んだような、美しいグリーン。
こんなに近くで見るのは初めてだった。
「セイランさん?」
何故か、胸の中で心臓が飛び上がりそうになる。
形の整った唇から名前を呼ばれるのも・・・初めてだった。
「こんにちわ」
僕は冷静を装いながら、補佐官殿に挨拶をした。
「女王補佐官ともあろう方が、こんなところで昼寝なんてしていて良いんでしょうかね?」
「あら!」
美しい補佐官殿は、僕を軽く睨む。
「日の曜日は、私達に公平に与えられた休日よ。私がどこで寝ていようが何をしていようが、悪いことさえしていなければ、人にとやかく言われる筋合いはないと思うけど?」
驚いた。
ただ、優しくて美しいだけの女性だと思っていたのに。
こんなに遠慮のない物言いをするなんて。
思わずクスリと笑ってしまう僕を見て、補佐官は不機嫌そうな表情になる。
「別におかしいことを言ったつもりはないわ。笑わないでちょうだい。ところでセイランさん?この場所って、私以外の人は滅多に来ないような場所なんだけど・・・どうしてあなたがここにいるのか教えて欲しいわね?」
そこを聞かれると、ちょっと困る。
僕は言葉を選びながら答える。
「ただ・・・心赴くままに、散歩を楽しんでいただけですよ」
補佐官は嬉しそうに、そして少し意地悪く笑った。
「で、道に迷っちゃったってワケなのね?」
「・・・ご明察です」
「それじゃ、私はあなたにとって救いの神ってコトねv」
いや、神って言うより・・・天使かな?
僕は、彼女に参りかけていた。
「そこの所はご想像にお任せするとして・・・」
曖昧に言葉を濁すと。
「セイランさんって、案外面白い人ね」
補佐官はニコリと笑った。
君こそ面白い人だよ。
僕が、思ってた以上に。
僕は君に、とても興味がある。
「いいわ。私がちゃーんと学芸館まで送ってあげるから安心して!」
薔薇色の頬に浮かぶ微笑みは、生命の輝きに満ち溢れている。
こんな面白そうな女性は、初めてだった。
この瞬間、僕の魂は彼女に捧げられることになってしまったのだ。
「ねえ、レイチェル。セイラン様が、日の曜日に学芸館にいるところ、見たことある?」
「ワタシが記憶する限り・・・ないわね」
女王候補たちからそんな噂をされているとも知らず。
毎週日の曜日になると、僕はアンジェリークの元に通った。
僕は、恋をしていた。
自分から女性を好きになるなんて・・・多分、生まれて初めての経験だった。
僕は、生まれて初めて人を愛した。
大きな木の下で、彼女は眠る。
とても、幸せそうに・・・。
『よくもまあ、そんなに眠れるものだね?』
一回、言ってみたら。
彼女はニッコリと笑いながら答えたものだった。
『素晴らしい陽気の下でのお昼寝は、最高に気持ちイイものよ!それを知らないなんて、勿体ないわ。セイランも試してみたら?』
『遠慮しておくよ、アンジェリーク。昼寝ばかりしていて、君のように能天気な性格になったらたまらないからね』
『あら!私が能天気なんじゃなくて、セイランが神経質すぎなんでしょ?』
『分かった、分かった。そういう事にしておいてあげるよ』
僕たちはいつの間にか。
お互いを敬称抜きの名前で呼び合うようになっていた。
僕は眠っている彼女の隣で、スケッチブックを開く。
彼女の幸せそうなその寝顔を、写し取りたくて。
でも本当は、僕がどんなに頑張ってみても。
彼女の全てを紙に映し出すことなんて、不可能に近いという事を知っている。
彼女が身に纏う、空気。
どんな色でも表現することができない、美しい色彩。
それは、生命の輝き?
柔らかいピンクに近いけれど、それだけでは表現しきれない何か。
それが、彼女の魅力を形作っていた。
僕は諦めてペンを置く。
ふう、とため息をつくと。
彼女が、パチリと目を覚ました。
「・・・おはよう、セイラン」
「もう陽が高いし、おはようの時間じゃないと思うけど??」
僕の嫌味をサラリと聞き流し、彼女は笑う。
「起きた時には、おはよう、じゃない?違うかしら??」
君には、本当に参るよ。
嫌味を物ともせず、しっかり自分の意見を述べられるその心。
素敵だね。
僕が持っているスケッチブックに気付いたらしく、彼女は好奇心にキラキラと瞳を輝かせる。
「あら、セイラン!絵を描いてたの?ねえねえ、何の絵??そう言えばセイランって、高名な芸術家なのよねvvね、見せてちょうだい!!」
そう言えばって・・・君とって、僕の肩書きなんて、どうでも良いことなんだね?
でも、僕にはそれが嬉しい。
芸術家、という名前に群がってくる女性には、もう飽き飽きだからね。
けれども。
僕は意地悪くアンジェリークに笑いかけた。
「実は、全く思ったように描けなくてね。未完成の作品を、人には見せられないよ」
「え〜っ!?セイランの意地悪!見せてくれてもいいじゃない?」
「駄目だよ」
アンジェリークが、スケッチブックにヒョイと腕を伸ばす。
僕はスケッチブックを頭の上に持ち上げて、彼女の腕を回避した。
「じゃあ、上手く描けた時には見せてくれる?」
ちょっぴり膨れ顔で彼女は言う。
「分かったよ。ちゃんと上手く描けたら、絶対に君に見せるよ。誰よりも先にね」
そう答えると。
彼女が上目遣いに僕を見て言った。
「約束よ、セイラン?」
「必ず」
頬に、柔らかな笑みが浮かぶ。
そして君は、嬉しそうに言った。
「じゃあ、ずっと待ってるから」
その微笑みは、まるで、春風のよう。
君は、春の女神の娘。
僕達に優しさと幸せを運んでくれる・・・・。
君は、春の女神の娘。
〜 END 〜
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長々とお待たせしておりましたが。
茉莉花様から、10000のキリリクでいただいたセイリモです。
セイリモラブラブでリモ補佐官、というリクでしたので、SP2を舞台に。
自分ではラブラブにしたつもりですが、いかがでしょう??
セイラン様は初書きですので、台詞回しとかおかしな部分があったらすみません。
という訳で、茉莉花さま、お気に召していただけましたか?
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
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