とっておきのおはなし
(後編1)




6 眠れる森の美女・後編

 休憩時間が終わり、再び会場が薄暗くなった。
『アンジェリーク姫はすくすくと育ち、やがて、心身ともに大変美しい少女へと成長しました。そして、17歳の誕生日も、間近に迫ってきていたのです』
 後半もマルセルのナレーションと共に、幕が上がっていく。
 舞台は、森の中。
 アンジェリークがお友達の鹿(役:マルセル)と話をする場面からである。
 妖精たち以外の人間と隔離された生活を送ってきたアンジェリークにとって、森の動物たちが唯一の友達だった。
 大切に大切に育てられてきたため、アンジェリークは別段その事に対して不満がある訳ではなかったが。
 今やお年頃の娘であらせられるこの姫君は、物語の中に出てくる『王子様』という存在に、現在心を奪われているのであった。
「私にも、いつか白い馬に乗った素敵な王子様が現れるのかしら??」
 マルセル鹿の頭を撫でながらアンジェリークはそう呟き、自分の理想の中の王子像に想像を巡らせて、うっとりと瞳を閉じた。

 時を同じくして。
 森の中で馬に乗っている、3人の王子がいた。
 馬を歩かせながら、赤い瞳を持ったゼフェル王子が、元気良く宣言した。
「今日はオレが一番になってやるぜ!」
 豪奢な金髪を持つジュリアス王子が眉をひそめ、ゼフェルをチラリと見やってわざとらしく溜め息をついた。
「それは無理というものだ。そなたは、馬の乗り方がなっておらぬ。以前に会ったときと、少しも進歩がないではないか?全く、嘆かわしいことだ」
「んだとぉ!?」
 激昂するゼフェル。
 それを宥めたのは、青い瞳が凛々しいロザリア王子であった。
「まあまあ、ゼフェル。そんなに怒るような事でもないでしょう?ジュリアスのその物言いは、わたくしたちが物心ついたときから変わらないのですから。いい加減、慣れたらいかがです??」
「ロザリア!そなた、この私の物言いに、何か不満でもあるのか!?」
「ええ。大有りです」
「イイぞ、2人とも!このまま派手に、やっちまえ!!」
 この3人の王子は、実は仲が悪かった。
 しかしながら3人の国は隣接しているため、国同士の友好を深める、という名目で。年に一度ほど、国を代表して王子たちが集い、狩猟を行うのであった。
 三国間の友好関係が良好である、ということを彼らの国民たちに知らしめるために、表面上は非常に仲が良さそうに(笑)。
 だが、人々の目が届かない場所まで馬を進めると、彼らはいつも、前述のように喧嘩を始めてしまうのであった。
 喧嘩するほど仲が良い、という言葉もあることだし、これも彼らなりのコミュニケーションの取り方なのかもしれないが・・・。
 とにもかくにも、狩猟に来ているのだからキチンと獲物を獲得していかねばならなかった。
 喧嘩ばかりをしている訳にも行かず、彼らは険悪な雰囲気で黙り込んだまま、更に森の奥に馬を進めた。
 と、その時。
 王子たちの耳に、この世のものとは思えないような、軽やかで美しい歌声が聞こえてきた。
 彼らはこんなに美しい歌声を・・・聞いたことがなかった。
 『自分たちは狩猟に来ているのである』という現実をすっかり忘れたように、王子たちは顔を見合わせ、ほとんど同時に口にした。
「なんという、美しい歌声!」
「一体、どこのどなたの歌声なのでしょう?」
「歌声の主を見つけに行こうぜ!」
 仲が悪いはずの3人であったが、一致団結して、声のするほうにダッシュで馬を走らせた。
 彼らが目指した先では。
 一人の美しい少女が、動物たちに囲まれて、歌を歌っていた。
「すっげー美人・・・」
「このようにチャーミングな方を、わたくしは今まで見たことがありません」
「・・・・・・・・・」
 3人3様の驚き方であった。
 中でも絶句してしまったジュリアスに、残りの二人が意地悪く言った。
「黙り込んでしまって、どうしました、ジュリアス?」
「コイツ、ボキャが少ねーから、上手い形容ができねーんじゃねーの!?」
「なるほど、そうかも知れませんね!」
 自分たちだって、ありきたりの言葉で褒めただけなのに、全く酷い言いようであった。
 ジュリアスの額に、青筋が浮かんだ。
「そなた達!その減らず口を、少しは控えるが良い!!」
 ゼフェルとロザリアを厳しく叱責する声が辺りに響き渡り。
 歌声が、ぴたりと止まってしまった。

 アンジェリークは、いきなり聞こえてきた知らない声にビックリして、歌を止めてしまった。
 周りで彼女の歌に聞き惚れていた動物たちも、慌てて姿を消してしまい。
 その場に残されたのは、アンジェリークとマルセル鹿、3人の王子だけになってしまった。
 ロザリアが、ジュリアスを肘で突付き、小声でなじった。
「貴方が大声を出すので、驚いているではないですか!」
「うっ・・・それはっっ」
 狼狽するジュリアス。
 アンジェリークが、恐る恐る、といった様子で訊ねた。
「そこに、誰かいるの??」
「オドロかせて悪かったな」
 3人を代表してゼフェルが答え、王子たちがアンジェリークの前に姿を現した。
「邪魔するつもりは、全くなかったのです」
「申し訳ないことをした」
 ロザリアとジュリアスも、素直に謝罪する。
 一応見た目は麗しい3人の姿に、アンジェリークが少しだけ警戒心を解いたように思われた。
 これをチャンスと、ロザリアはいかにも自然な感じを装って、
「ところで。もしよろしければ、お名前を伺いたいのですが?」
 マルセル鹿の首筋を撫でながら、アンジェリークは消え入りそうな声で答えた。
「・・・アンジェリーク・・・です」
 その時、アンジェリークは思い出してしまった。
『よろしいです、アンジェリーク。知らない人とは決して話してはいけません』
『そうだよ。この世には、悪い人がいっぱいいるんだからね』
『ましてや、名前を教えるなんてとんでもないことだぞ、お嬢ちゃん?』
 妖精たちからの、教えを。
「ごっ、ごめんなさいっ!!」
 誰に対してかは分からなかったが、アンジェリークはとにかく謝ると、身を翻して森の奥に駆け去って行った。
「おっ、おい!ちょっと待てよ!」
 ゼフェルが呼び止める声が、森の中にむなしく響き渡った。
 ジュリアスが眉間にしわを寄せ、考え込むような表情になった。
「あの娘、確かアンジェリークと名乗ったな・・・。アンジェリークといえば、そなた達も知っているだろう、ルヴァ王とオリヴィエ妃の間の一人娘ではないか??」
「マジかよ!?」
 ゼフェルが叫んだ。
「アイツが、ネクラ魔法使いクラヴィスに逆恨みされて呪いをかけられ、遠いトコで育てられてるって噂の、アンジェリーク姫か!?!?」
 考え深げな表情で、ロザリアが頷いた。
「そうかも知れません。姫君は何処かの森の奥にいる、というもっぱらの噂でしたし。しかもあの方の身に纏う雰囲気や表情、どこを取っても王族と呼ぶに相応しかったですから」
「・・・・・・・・・」
 3人の王子たちは、しばし無言になった。
(あの少女を、是非妻に迎え取りたい!!)
 3人が3人ともそう思ったが、お互いその件には全く触れずに。
 王子たちは、その後黙々と狩りをこなし、そそくさと自身の国に帰って行ったのだった。


 一方、アンジェリークは。
 急いで妖精たちの待つ家に、戻ってきた。
 息を切らせながら家の中に駆け込むと、彼らは深刻な表情で、何事かを話し合っていた。
「ただいま・・・」
 アンジェリークが遠慮がちにそう告げると、3人は一斉に彼女を振り返り。
 大きく溜め息をついて、まずはオスカーが言葉を発した。
「お嬢ちゃん。今すぐに、出掛ける準備を」
「どうしてですか?」
「明日は、貴方の17歳の誕生日。どうしてもその日に貴方を手元に取り戻したいとの、父上、母上のご意向です」
「17歳の誕生日が完全に過ぎるまでは、ここで安全に生活して欲しかったけど・・・仕方ないよな、命令なんだから」
 妖精たちは、不安そうであった。
 彼らは、アンジェリークの17歳の誕生日が完全に過ぎ去ってしまうまで、彼女を手元に置いておくつもりだった。
 が、しかし、ルヴァ王とオリヴィエ王妃は、待ちきれなかった。
 誕生日の日には、姫にずっと監視をつけておけば良い。
 というのが、王と王妃の主張だった。
 妖精たちは、逆らうことが出来なかった・・・。


『こうしてアンジェリーク姫は、17歳の誕生日の当日に、お城に戻されることになりました。顔も覚えていない父王と母王妃に会えると思うとアンジェリーク姫は胸がドキドキしましたが、それは同時に、妖精たちとの別れでもあり。姫は同時に悲しい気持ちになりながら、妖精たちに連れられ、お城へと到着しました』
 城では、ルヴァとオリヴィエが、アンジェリークを待ちかねており。
 美しく成長したアンジェリークが目の前に現れると、二人は涙ぐんだ。
「アンジェリーク!立派に成長して、私は嬉しいよ!!」
 オリヴィエがアンジェリークに駆け寄り、その身を抱きしめた。
「アンジェリーク。大きくなって・・・」
 ルヴァもアンジェリークに歩み寄り、我が子の顔を、いとおしげに見つめた。
「アンジェリーク、今日はアンタの17歳の誕生日だ。今までお祝いできなかった分を、今日一日で祝おう!さ、パーティが始まる前に、綺麗な衣装に着替えておいで」
「あなたの衣装は、オリヴィエが選んだんですよ。さぞかし、あなたに似合うことでしょう」
 姫を囲んでの、17年振りの家族の団欒。
 妖精たちもまた、涙ぐんでいた。
 この喜びの前に、皆は忘れていた。
 クラヴィスの呪いは、まだ、有効である、ということを・・・。


と、いう訳で。
物語は完結せず、もう少し続いてしまうのであった・・・。


〜 続く 〜







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