GAME(前編)
1 事の発端
「大変ですっ、ジュリアス様!」
「オイオイ、おめーら見たかよ!?」
「クっ、クラヴィス様、大変です!」
いつも通りに天気の良い、飛空都市のある午後。場所こそ違うがほぼ同時刻に、3人の守護聖が手に何やらポスターらしきものを持って『大変ですっ』といったような主旨のことを口走っていた。
「オスカー、一体何事が起こったというのだ?」
「あー、ゼフェル?そんなに慌てて、一体どうしたんですか〜?」
「そうだぞ。せっかくみんなで楽しくお茶を飲んでいるのに、騒々しいぞ!」
「おまえがそんなに慌てるなど…。一体何事だ、リュミエール」
慌て気味の守護聖達に疑問を投げかけた守護聖は、彼らが手にしているポスターを見てギョっとした。
なんと、そのポスターには。
『飛空都市でGO!守護聖様大運動会!!』
とデカデカと書いてあり、守護聖9人が劇画タッチで描かれていた。しかも、あの夕日に向かって叫ぶんだ!といったようなシチュエーションのイラストである。
それだけでもクラクラものだというのに、ポスターには更に、
『守護聖達の熱き戦い』
だの、
『君は小宇宙を感じたことがあるか!?』
だの、訳の分からないことが多々書いてあった。ちなみに、小宇宙と書いて『サクリア』と読ませている。守護聖達は知るはずもないが、ひと昔前に地球という宇宙の日本という国で一世を風靡した某漫画の影響をモロに受けまくっている内容のポスターなのであった。
「オスカー。これは一体、どうしたのだ?」
「はっ。今日は偶然、街に買い物に出たのですが、その所々にこのポスターが貼ってあったのです。ジュリアス様は何かご存知でしょうか?」
「いや、知らぬ。誰かの悪戯にしては、度が過ぎているような気もするが…」
「ちょっとゼフェル。何なのさ、これは!?」
「オレが聞きてーぐれーだよ。おめーら、何か知んねーか?」
「僕たちに聞かれたって分からないよ」
「こ、これは…?」
「はい。街に出たときに偶然見つけてしまったのです。一体何なのでしょうか?わたくしは、何か嫌な予感がいたします」
飛空都市の3ヶ所に別れて守護聖達が頭を捻った時。
「ディア様が皆様をお呼びです」
各場所に、ディアからの使者が現れたのだった。
2 ディアからの宣告
「皆さん、本日はご多忙なところをお集まりいただいて、恐縮です」
女王陛下の優秀な補佐官であるディアが、集まった守護聖の面々に、いつもどおり慈愛に満ちた微笑みを投げかけ、資料の配布を開始した。
配られた資料を見て、守護聖達は再びギョっとした。あの激しいポスターと、『運動会プログラム』と書かれた小冊子が手元に置かれたからだ。
「ディ、ディア。これは一体…?」
「このポスター、街中に貼られているようだが…」
女王陛下の両翼を担う二人が、守護聖を代表してディアに問いかけた。
「あら。もうご存知なら話も早いわね。この度、女王陛下主催の大運動会が執り行われることになりました。守護聖は全員参加。観客に飛空都市の市民の方々をお招きして、楽しい一日を過ごしていただく予定です」
「運動会!?」
声をそろえて叫ぶ皆に、ディアは相変わらずの笑顔で告げた。
「詳しくはそのプログラムを見て下さいね。競技は、徒競走・パン食い競争・玉入れ・借り物競争・障害物競走・綱引き・二人三脚の7点です」
「…陛下は、本気でいらっしゃるのか?」
恐る恐る尋ねるジュリアス。
「もちろんです。今日お集まりいただいたのは、各競技のパートナー分けのくじ引きをするためで、準備は着々と進んでいます。と、言う訳で。皆さん、早速くじをひいて下さいね」
そう宣言して、ディアはくじ引きの箱を3つ、テーブルの上に配置した。各箱には「玉入れ」、「綱引き」、「二人三脚」と、記してある。
それが女王の直筆であることを確認し、年長の3人組は、諦めの溜め息をついた。
その沈滞ムードを察したのか、ディアは更に朗らかに付け加えた。
「今回の運動会、優勝者にはビッグな賞品が与えられます。『聖地無断抜け出し許可券』の10枚セット、女王候補達からの祝福のキス、加えて『女王候補と一日デート券』3枚です。ちょっとはやる気が出たかしら?」
守護聖達が各自キラリ(一部ギラリ)と瞳を輝かせるのを確認し、ディアは満足げに頷いた。
「女王候補達もスペシャルゲストとして応援に来ますので、カッコイイ所を見せてあげてくださいね」
更に、やる気満々に見える守護聖達。
とにかく、邪なやる気を出している守護聖達に、ディアはとっととくじ引きをさせることにする。
「さ、皆さんやる気が出てきたところで、くじ引きをしてくださいね。あ、ランディ。あなたはくじを引かないで結構よ。運動神経が良すぎて絶対優勝してしまう、という事で、あなたには司会進行係をやるように、との、女王陛下の仰せです」
「えーっ!?じゃあ、俺にはビッグな賞品を手に入れるチャンスがないって事ですか!?」
「司会進行の上手さの度合いによって『女王候補と一日デート券』を進呈するそうです」
「そうですか!」
ホッと胸をなで下ろすランディ。ランディとディアの会話の合間に、他の守護聖達はくじ引きを完了していた。
結果は、以下のとおりであった。
玉入れ Aチーム:ジュリアス、クラヴィス、ルヴァ、ゼフェル
Bチーム:オスカー、リュミエール、オリヴィエ、マルセル
綱引き Aチーム:クラヴィス、リュミエール、オリヴィエ、ゼフェル
Bチーム:ジュリアス、オスカー、ルヴァ、マルセル
二人三脚 ジュリアス&クラヴィスペア、ルヴァ&ゼフェルペア、オスカー&マルセルペア、オリヴィエ&リュミエールペア。
玉入れと綱引きはともかく、物議をかもし出しそうなのは、二人三脚の組み合わせだった。
「クラヴィス。よもや、そなたとペアを組むことになろうとは…」
「…仕方あるまい、クジなのだからな…」
他の皆も、何か言いたげであった。
が、ディアはその場が紛糾しない前に、素早く皆に宣告した。
「運動会の開催は、4週間後の日の曜日。必ず、全員参加でお願いします。前日の土の曜日には、リハーサルを行います。こちらも、全員参加です。それでは皆さん、ごきげんよう。女王陛下も当日を楽しみにしていらっしゃいますからね」
言うだけ言うと、ディアは皆を集めた部屋から退出していった。
取り残された守護聖達は、お互いに顔を見合わせ、途方にくれる。
「難儀なことだな…」
クラヴィスが呟いた言葉は、守護聖の誰もが心の中で思っている言葉なのだった。
3 みんなでお勉強会
ディアから衝撃的な運動会開催の宣告がなされてから一日の間を置いて。
守護聖達は一人残らず、聖殿の第一会議室に集結していた。普段、反抗的な守護聖から、職務怠慢な守護聖まで(笑)。
「皆、今日は良く集まってくれた。昨日ディアから、突如として運動会を開催するという申し入れがあった事は、そなた達も勿論、知っているな?ディアは7つの競技を行うと言っていたが、競技の内容を知らぬ者も多いであろう。そこで、今日はその勉強会を行おうと思う。ではルヴァ」
ジュリアスの開催の挨拶?が終わると、ルヴァが演説台に進み出た。
「え〜、それでは、私の方から競技についてのご説明をしましょうね。昨夜一晩かけて、調べましたので。皆さん、プログラムを見て下さいね〜」
守護聖達は学校で講義を受けている生徒達のように、迅速にプログラムを開いた。
「はい、まず『徒競走』ですがね。これは、ただひたすら、足の速さを競う競技です。要するに、ただ一生懸命走ればいいんですよ」
守護聖達が理解の表情になるのを確認すると、ルヴァは続けた。
「パン食い競争は、その名のとおり、パンを食べるんですね〜。コースの途中にパンがぶら下がっていますので、パンの場所まで走っていって、パンを食べてから残りのコースを走ってゴールします。ちゃんとパンを食べ終わってから走ること、が重要なポイントですよ」
メモを取りつつ拝聴する守護聖達。
「次の玉入れですが、これも名前のとおりで、高い場所にあるカゴにお手玉のような玉を入れる競技です。これは2チームに別れて行うのですが、玉を多くカゴに入れたチームが勝ちです。借り物競争はパン食い競争と同じ要領で、コースの途中にパンでなく、借りてこなければいけない物が書いてあります。それをどこからでも良いので借りてきてからゴールしなければなりません。よろしいですか〜?」
うんうんと頷く皆を見て、ルヴァはしみじみと思った。
この個性豊かな守護聖達が、自分の話をこうまで静かに、かつ熱心に聞いてくれて事があっただろうか?いや、ない。
そう思うと、ちょっぴり複雑な気分のルヴァなのであった。
「続いて、障害物競走。これは、徒競走とほぼ同じなのですが、コース内に『ハードル』と呼ばれるものが置いてあって、それをとびこえながら走る、というものです。多分、足の長い人が有利なんですね〜。綱引きは、本当に名前のとおりなんですが、二手に分かれて綱を引っ張り合うんです。自分の側に引き寄せたチームが勝ちですよ。お互い励ましあいながら、一致団結で事に臨まねばなりませんね。そして最後に二人三脚なんですが…」
そこでルヴァは溜め息をついた。
「これが一番厄介なんですね〜。えーと、マルセルとゼフェル、ちょっと前に出てきてくれませんか〜?」
言われるがままに、二人が前に進み出た。右にゼフェル、左にマルセル、という配置である。
ルヴァはどこからともなく紐を取り出して、ゼフェルの左足とマルセルの右足をその紐で縛りつけた。
「ええーっ!?ルヴァ様、僕、何か悪いことしましたかっ!?」
「ルヴァ、てめー。オレ達に何か恨みでもあるのかよっ!!」
二人から抗議を受け、ルヴァはしどろもどろになって、説明を続けた。
「ちっ、違うんですよ。あなた達が悪いことをしたとかではなくてですね〜、これが二人三脚なんです」
「???」
「ほら、見てください。足を結ぶことによって、二人で足が3本になったでしょう?この状態で走るのが、二人三脚なんですよ〜。足の出しかた、掛け声、全てにおいて二人で一致団結しなければなりません。難しい競技ですよ、これは。転んだりすると、立て直しが容易でないようですからね。練習に練習を重ねてコツを掴むしかないようです」
守護聖達は、一様に『うげっ!?』というような表情になった。何が楽しくて、男同士で足をつなぎ、肩を組み、仲良く走らねばならないのであろうか??
しかし、全ては女王陛下&ビッグ賞品をゲットするためであった。
「文献によると、身長差のあるペアは、更にやりづらいらしいですからね。心してくださいよ〜」
ルヴァのとどめの一言にギクっとしたのは、オスカーとマルセルである。
二人は、不安そうに、視線を交錯させるのだった。
「ルヴァ、こんなにまで丁寧に調べてもらい、私からも礼を言わせてもらおう。では皆、運動会の当日までの健闘を祈るぞ」
ジュリアスの閉会の挨拶で、守護聖達の会合は、終わりを告げた。
そして…。その日から、守護聖達の熱いチャレンジが始まったのだった。
4 楽しい(?)練習。
運動会までの約1ヶ月間、守護聖達は個々にトレーニングに励むことになった。
飛空都市では、朝と夕方、守護聖がランニングシャツ姿でジョギングや体操をする姿を見ることができた。
「リュミエール様、応援してますよ」
「ゼフェル様、頑張って!!」
老若男女から声援を受けつつトレーニングに励む守護聖達は、知らなかった。運動会での彼らの順位が、賭けの対象になっていることを。
「私はゼフェル様に賭けよっと。ロザリアはどなたに賭けるの??」
「オスカー様辺りは、運動神経が良いような気がするわ。わたくしは、オスカー様にしようかしら」
女王候補まで、守護聖を賭けの対象として見ているという、嘆かわしい事態。
そんな中で、守護聖達が最も頭を悩ませている競技は、やっぱり、二人三脚であった。
「あー、もうダメ。私は疲れたよ、リュミちゃん」
リュミエール&オリヴィエ組は、身長に関しては、問題は無い。
しかし、何とは無しに、上手く練習が進まなかった。オリヴィエが、面倒くさがるからである。
リュミエールは、そんなオリヴィエを訥々と諭していた。
「そんな弱音を吐くものではありませんよ、オリヴィエ」
「だってさぁ、転んで自慢の顔に傷がついたらどうするのさ?ツメも折れちゃうかもしれないじゃない??そしたら、このオリヴィエ様の美しさが半減しちゃうよ!」
「だから転ばないように、前もって練習をするのですよ。今の状態で本番に臨んだら、絶対に転びます。ツメも折れるかも知れませんし、それこそ顔に傷がつくかも知れませんね。それがお嫌なら、しっかり練習してください。リズム良く、いちに、いちに、ですからね?」
リュミエールは、ニッコリと笑って見せた。それはそれは、とても迫力のある笑顔で。
「分かったよっ。私だって、ビッグな賞品を手に入れたいしね。あんたの言うとおり、ちゃんと練習すればいいんでしょっ!?」
流石のオリヴィエも、その迫力にたじたじ、である。
「そうです。その意気ですよ、オリヴィエ。私達は他に較べて身長的にも有利ですし、仲が悪くて息が合わない、ということもありません。特にトロくもありませんしね。だから、頑張って優勝を目指しましょうね」
「あんた、結構キッツイこと言うね…」
「何のコトでしょう?わたくしはただ、真実を述べているだけだと思いますが?」
この調子で行くと、リュミエール&オリヴィエ組は、本番までにはなんとか二人三脚の形になりそうであった。
ルヴァ&ゼフェル組のネックになっているのは、読者の皆さんもお気づきかも知れないが、マイペースなルヴァであった。
「ああ〜、ゼフェル。そんなに急いで走ると、転んでしまいますよ。あっ、ああああ〜」
ベチッという情けない音がして、ルヴァとゼフェルは転んでしまった。
「ルヴァ!おめー、ヤル気あんのかよ!?こんなんじゃ、ビリになっちまうだろっ」
「お願いですからそんなに怒鳴らないで下さいね〜、ゼフェル。もう少しゆっくり走ったって、私達には十分な勝機があるんですよ」
「あーん?一体何だってんだよ??」
「皆、こんな足を縛りつけた状態で、まともに走れる訳がないんですから、ゆっくりでも着実に走っていった方が勝つ可能性も高いんですよ。焦ると転びますし、転ぶと一巻の終わりですからね。だからゼフェル、もう少しゆっくり走ってくださいよ、私がついていけるように。右左、右左、いちに、いちに、ぐらいのリズムでお願いします」
「それで本当に、大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫ですよ〜。私だって、賞品が欲しいですから、あなたがちゃんと一定のリズムを保ってくれれば、絶対に転ばないように気をつけます」
「うーっし。じゃ、ちょっとゆっくりめに練習してみるか」
どうやら、ルヴァ&ゼフェル組は、『ゆっくり着実に』をモットーに本番に臨むようだ。
「…………」
「…………」
ジュリアス&クラヴィス組は、全く練習になっていなかった。練習、という名目でクラヴィスを呼び出したジュリアスであり、クラヴィスも職務怠慢な態度を取ることなく召集に応じたのだが、もう30分ほども、二人で向き合っているだけである。
沈黙に先に耐えきれなくなったのはジュリアスで、クラヴィスに向かって本人としては優しく、というつもりで話しかけた。
「クラヴィス。我々は不本意ながら今回ペアを組むことになったが、身長差、という点では有利なのだぞ。ほとんど差が無いのだからな。後はそなたと私が団結の心を持つだけで、二人三脚の優勝は決まったようなものだ」
「…これを使うが良い」
クラヴィスも沈黙を破り、ジュリアスに紐を差し出した。
「この紐は、柔らかくて足が痛くなりにくい。既に実験済みだ」
ジュリアスは、クラヴィスの言葉に表情を明るくした。
「クラヴィス…そなた、実はやる気があるのだな?」
「…今回は、な。私とて、賞品に心惹かれない訳ではない。どうやら、二人三脚には高得点が与えられるようだしな」
「良くぞ言った、クラヴィス。私は賞品があろうとなかろうと、負けるのが嫌いだ。今回はお互いのわだかまりを捨て、一致団結して事に臨もうではないか。良いな?」
「…承知した」
他の守護聖から、仲が悪くて問題外だと思われている二人が、一致団結した。ある意味、聖地で最強の二人である。
ただ、団結したのは良いが、ちゃんと二人三脚が出来るようになるかは…当日のお楽しみであった。
そんなこんなで、守護聖達は自分自身のトレーニングと二人三脚のトレーニングに余念がない。
果たして個性豊かな守護聖達の間で運動会が無事に進行するのか、一体誰が優勝するのか?
物語は、中編に。続く。
〜 続く 〜
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