とっておきのおはなし
(後編2)
7 眠れる森の美女・後編−2
アンジェリークは、侍女(マルセル)に手伝ってもらい、着替えの真っ最中だった。
淡いピンク色の軽やかなドレスをアンジェリークに着せたマルセルは、感嘆の溜め息をついた。
「本当にお綺麗ですよ、姫様」
最後にティアラをアンジェリークの頭に載せようとしたマルセルであったが。
「あっ、ティアラを置いてきてしまいました。取りに行ってきますので、お待ちください」
肝心のティアラを他の部屋に置いてきてしまった事に気付き、慌てて取りに走るのであった。
レースがふんだんに使ってあるドレスに、アンジェリークの乙女心は満足感でいっぱいだった。
ひらひらのスカートに触れ、裾を広げてみる。
スカートが優しくふわりと広がる様もまた、アンジェリークの乙女心を満足させてくれた。
と、その時。
『アンジェリーク・・・』
名前を呼ばれたような気がして、アンジェリークは辺りを見回した。
が、誰もいない。
『アンジェリーク』
再び名前を呼ばれたような気がした。
「誰なの?」
問い掛けても返事はなく。
『アンジェリーク』
3度目の呼びかけは、頭の中に直接響いてくるような、そんな呼びかけだった。
声に誘われるように、アンジェリークはおぼつかない足取りで歩き出した。
『アンジェリーク、こちらへ・・・』
声に導かれながら、アンジェリークが向かった場所は。
もう長いこと使われないままで放置してある、城の北の塔だった。
そうすることが当然、というかのように、アンジェリークは塔へと上っていく。
階段を上りきり、アンジェリークが最上階の部屋に足を踏み入れると、そこには誰もいなかったが。
ワイドな画面のテレビとゲーム機が、アンジェリークを待っていた。
「これは、何かしら・・・?」
アンジェリークがテレビの方に近づくと、急にテレビの電源が入った。
そして、その画面に表示されたのは・・・過去に全て廃棄されたはずの、恋愛育成シュミレーションゲーム『アンジェ○ーク』だった。
「ええーっ、なに、なに!?」
驚くアンジェリークの目の前に、今度は一冊の本が現れた。
このゲームを楽しくプレイするための、スウィートなガイドブックである。
パラパラとページをめくったアンジェリークは、
「面白そう!」
一言嬉しそうに呟くと、テレビの前にちょこんと座り、ゲーム用のコントローラを手に取った。
「えーっと、これがAボタンね!こっちがBボタンで、コレが十字キー。よし、それじゃ、始めましょう!」
その頃。
「ええーっ!?アンジェリークが行方不明になっただってぇーー!!!」
城の大広間では、オリヴィエの絶叫が響き渡っていた。
「すみません、オリヴィエ様。ティアラを取りに行っている間に・・・」
「探すんだよっ、今すぐっっ!!」
「はいっ!」
という訳で、姫君の大捜索隊が結成され、皆が目の色を変えて、アンジェリークを探しているのであった。
アンジェリークは、皆の心配を他所に、ゲームに集中していた。
あまりにも集中してゲームをプレイしすぎているため頭がクラクラしてきたが、
『長時間のプレイは控え、適度に休憩を取りましょう』
という注意事項を知らないので、頑張ってプレイし続けた。
続きが気になる、というのも原因の一つだったが。
なにしろこのゲーム、アンジェリークが今まで脳裏に描いてきた王子(美青年)達がわんさかと出てくる、素晴らしく美味しいゲームである。
しかも、その美青年たちと擬似恋愛を体験できるのだ。
アンジェリークが夢中になってしまっても、それは仕方のないことであった。
そして、あまりにも集中して長々とゲームをプレイしたアンジェリークは・・・。
ついにクラクラがグラグラになり、床に倒れこんでしまった。
倒れこんだアンジェリークの傍らに、一陣の黒い風。
現れたのは、クラヴィス。
「フッ・・・」
クラヴィスは薄く笑って呟いた。
「私の呪いは、成就された。あの忌々しい妖精たちのお蔭で死ぬことはないが・・・姫は、永遠に眠り続けるのだ・・・!」
その呟きは、必死になってアンジェリークを探している、城の皆の耳にも届いた。
「ウソっ!?ああ、どうしよう・・・」
ショックのあまりオリヴィエ王妃は気を失い。
「オリヴィエ、しっかりしてください〜」
不測の事態に、王はオロオロと頭を抱えた。
そんな時、大混乱に陥ってしまった城内を、優しい風が吹き抜け、城は一瞬にして静かになる。
「姫君が目覚めるその時まで・・・みんな、お眠りなさい」
リュミエールが魔法の杖を揺らし、囁いた。
「しかし、とうとうクラヴィスの呪いが成就されてしまったな・・・」
オスカーが悔しそうに、唇を噛みしめ。
「なんとかして、アンジェリークを助けなくちゃ!」
ランディが力強く宣言した。
「それには、愛の力でクラヴィスを倒し、姫を目覚めさせることの出来る男が必要だ」
「幸いなことに、この国の周りには、王子が3人もいますからね」
「そのうちの誰かに、アンジェリークを助けてもらおう」
3人の妖精は、顔を見合わせた。
「俺は、南の国のゼフェル王子に」
「わたくしは、東の国のロザリア王子を」
「この俺は、北の国のジュリアス王子をプッシュするぜ」
妖精たちの間で、火花が散った。
妹のように可愛がっているアンジェリークを助けるのは、自分が贔屓にしている王子でなければいけない、と、皆が皆、そう考え。
「では、わたくしは東の国へ」
「俺は北の国」
「俺は、南の国に」
妖精たちは各々の国に、アンジェリーク救出を願いに行くことになった。
「よろしいですね。結果、誰がアンジェリークを助けても恨みっこなし、ということで」
「もちろん!」
「分かったぜ」
その言葉を残して、妖精たちの姿が、城内から消えてなくなった。
妖精たちは、3手に別れて王子の許に向かった。
リュミエールは、東の国に。
「ロザリア王子」
「誰です!?」
突然現れた水色の髪の男を見て、ロザリアは警戒心あらわな表情を見せた。
「わたくしは、ルヴァ王にお仕えする妖精、リュミエールと申します。わたくし達のアンジェリーク姫が、クラヴィスから呪いをかけられていたことはご存知ですね?」
「ええ。ですが今日は、その姫の誕生パーティに招かれているのですが?」
リュミエールは悲しげに、ロザリアに告げた。
「そのパーティは、開かれません。何故なら、呪いは成就してしまったからです。ですが、貴方なら姫を助けることが出来るでしょう。どうかクラヴィスを倒し、わたくし達の姫をお助けください・・・」
言うことだけ言ってしまうと、リュミエールの姿は辺りの空気に溶け込むようにして、消えていった。
「・・・よろしいでしょう。このわたくしが、姫をお助けしてみせます!馬の準備を!!」
ロザリア王子は、急ぎ、ルヴァ王国へ向かった。
オスカーは、北の国でジュリアス王子の前に現れた。
「ジュリアス様」
背後から降ってきた声に、振り向きざま、ジュリアスは厳しい声で問い掛けた。
「何者!?」
「俺は、ルヴァ王にお仕えする妖精、オスカー。本日はあなた様にお願いがあって、参上しました」
「私に願い事とな?」
「はい。我が国のアンジェリーク姫が、クラヴィスの呪いにかかってしまいました。姫を助けることが出来る方は、あなたしかいません。どうか、姫をお助けくださいますよう」
「何!?アンジェリーク姫が??」
オスカーは、物憂げに溜め息をついてみせた。
「はい・・・。俺は、あなただた一人が、姫を救うことが出来ると信じています」
「分かった。私が必ず、姫を救い出して見せよう。安心するが良い」
ジュリアスの言葉に、オスカーは深々と一礼して。その姿を消したのである。
ランディは、南の国のゼフェル王子の前に現れていた。
「ゼフェル王子!」
「あーん?んだよ!?」
いきなり目の前に人が現れたというのに動じることのない、この落ち着き。
ランディは、この王子こそが姫を助ける王子だと、勝手に確信した(笑)。
「アンジェリーク姫を、助けて欲しいんだ!」
単刀直入に本題に入ったランディに、ゼフェルが問い返した。
「アンジェリーク姫を助ける!?」
「そう。姫は、クラヴィスの呪いにかかって、永遠の眠りについてしまったんだ。けれども、キミならきっと、愛の力でクラヴィスを打ち負かしてくれる。俺は、そう信じているんだ!!」
熱く語り始めたランディ。
ゼフェルはそんなランディを無視して、とっとと姫君救出に向かうことにした。
「馬だ、馬を引け!!」
こうして、3人の王子がアンジェリークの許に集結しようとしていたのである。
〜 もう一話分続く 〜
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