大迷惑
それは、とても天気のいい日の曜日の出来事。
炎の守護聖・オスカーは、
金の髪の女王候補を誘って遠乗りに行こう!
と、思い立った。
ふわふわの金の髪と、よく動くエメラルド色の瞳を持った、その名のとおりに天使のような少女。
一目見たときから、この可憐な女王候補に心奪われたオスカーだが、女王試験が始まったばかりの頃は、彼女はなかなかオスカーに打ち解けてくれなかった。
苦労に苦労を重ねた甲斐があって、最近ようやく、屈託のない微笑を浮かべて話をしてくれるようになるまでに漕ぎ着けたのだ。
(今日もまた一緒に遠乗りに出かければ、一気に親密度アップが望めるはずだっ!!)
オスカーは炎のように紅い髪を気取って掻きあげ、女王候補寮に足を運ぶのだった。
水の守護聖・リュミエールは、
天気もいいですし、アンジェリークを誘って、静かに森を散策したいものです・・・。
そう、考えた。
みずみずしい若葉のような瞳と、思いやり深い心を持った、その名のとおりに天使のような少女。
女王試験が始まって以来、リュミエールは何かと彼女を気遣ってきた。一目見て心惹かれた所為もあり、また、慣れない聖地で戸惑いを隠せない少女を、放っておけなかったのだ。
彼女はリュミエールを慕ってくれ、また、リュミエールも彼女を心から慈しんでいた。
が、最近他の守護聖達とも親しくなり始めた彼女に、少々焦りを感じているリュミエールなのだ。
(ここで二人きりの休日を過ごし、更なる親密度アップに努めなければっ!!)
リュミエールはいそいそと身繕いをし、女王候補寮に足を運ぶのだった。
そして運悪く、二人の守護聖は、金の髪の女王候補・アンジェリークの部屋の前で、バッタリと顔を合わせることになってしまった。
「おや、そこにいるのはオスカーではありませんか。一体、アンジェリークに何の用があるのです?」
「そういうお前こそ、お嬢ちゃんに一体何の用だ?」
「貴方の質問などに、答える筋合いはありません」
「それは俺の台詞だぜ」
二人は、バチバチとにらみ合った。
オスカーとリュミエール。聖地でもジュリアス・クラヴィス組に次ぐ、仲の悪さで有名である。
しかも今、二人は『アンジェリーク』という大事な大事な人物を争う立場である。
いつも以上に険悪な雰囲気が、女王候補寮の廊下に立ち込めた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人はなおも無言でにらみ合った。
オスカーのがっしりした指と、白くて美しいリュミエールの指が、同時にアンジェリークの部屋の呼び鈴を押す。
「はーい。どなたですかぁ??」
カチャリと音を立ててドアが開き、中から可憐な女王候補が顔を出した。
「お嬢ちゃん、このオスカーと一緒に、遠乗りにでも出かけないか?」
「わたくしと共に、散策にでも出かけませんか、アンジェリーク?」
二人の守護聖が同時に、アンジェリークに言葉をかけた。
「??」
二人の声が見事にハモり、アンジェリークは両方の言葉をうまく聞き取れないようだった。
が。次の瞬間。嬉しそうに両手を合わせ、アンジェリークは二人に微笑みかけた。
天使の微笑みで。
「お二人ご一緒に、誘いに来てくださったんですね?日の曜日まで一緒に行動してらっしゃるなんて、お二人とも仲が良いんですね〜」
「・・・(ちっ、違うんだ、お嬢ちゃん!リュミエールなんか、一緒に連れて行かなくても良いんだ!!)」
「・・・(ああ、アンジェリーク。オスカーのような野蛮で軟派者と一緒に出かけるなど、いけません・・・!)」
心の中でお互い悪態をつきつつも、アンジェリークに向かっては何も言い出せない二人。
そんな二人を見て、アンジェリークは楽しそうに笑った。
「それじゃ、出かけましょうか。どこに連れていって下さるのか楽しみ!」
オスカーとリュミエールはガッカリして(しかし、そのガッカリさをアンジェリークには知られないように)、アンジェリークと共に、女王候補寮から外に出たのだった。
外の明るい太陽と爽やかな風ほど、今の二人の気分に似つかわしくないものはなかった・・・。
アンジェリークの前では、喧嘩をする訳にもいかなかった。
オスカーとリュミエールは嫌々ながら二人で協議をし、森の湖の奥の花畑にアンジェリークを連れて行くことにした。
普段意見の一致を見たことのない二人だが、アンジェリークがその場所を気に入るであろう、という点では、見事に考えが一致したのだ。
オスカーが曳いてきた馬にアンジェリークを乗せ、オスカーとリュミエールは両脇に侍る。思いっきり憂鬱そうな表情で。
反対に、アンジェリークはニコニコ笑顔だ。
「ふふっ。私、お二人が仲が悪いって伺ったことがあったんですけど、それは嘘だったんですね!だってこうして、お二人仲良く、私を誘ってくださるんですもの」
(違うのです。わたくしは本当は、単独で貴方を誘いにきたのですよ。それなのに、オスカーがわたくしの邪魔をするのです)
(ああー、お嬢ちゃん、俺は君と二人っきりで遠乗りに行きたかったんだっ。それなのに、どうしてリュミエールまで一緒に・・・)
「あれー?お二人とも、どうしたんですか??なんだか表情が暗いですよ」
「そっ、そんなコトはないさ、お嬢ちゃん。めちゃくちゃ楽しいぜ!」
「そうですとも。これから貴方が喜んで下さるような場所にお連れしますからね」
「わーい。楽しみです〜」
アンジェリークを間に挟んでの、束の間の平和な一時。
だが、二人の守護聖の胸の中では嵐が吹き荒れていた。
森の湖の奥の花畑。
「えーっ!?飛空都市にこんな綺麗な場所があったなんて、知りませんでした!!」
歓声を上げて喜ぶアンジェリークに、オスカーとリュミエールは優しく問い掛けた。
「この場所を気に入ってもらえたかい、お嬢ちゃん?」
「喜んでいただけたようで、光栄です。この場所を気に入っていただけましたか?」
「もちろんです!!」
アンジェリークは極上の笑顔を浮かべて、二人の守護聖に笑いかけた。
(なんて愛らしい笑顔なのでしょう・・・)
(可愛いっ、可愛すぎるぜ、お嬢ちゃん!!)
二人は、心の中で感涙にむせんだ。
「こんなにいっぱいお花が咲いているんだから、少し摘んでも構いませんか?お二人に、花冠を作って差し上げたいんです」
「ええ、どうぞ好きなだけお摘みください。貴方のような方に愛でられてこそ、花も咲いた甲斐があるというものです」
「やった、嬉しい!」
アンジェリークは好みの花を探しに行き、仲の悪い守護聖二人が取り残された。
にこやかにアンジェリークの背中を見送っていた表情が強張り、その場の空気が、あっという間に険悪なムードに変化する。
「おい、リュミエール」
「何でしょう?」
「今日俺は、お嬢ちゃんと二人で遠乗りに行こうとしていたんだ!」
「わたくしは、アンジェリークと一緒に森の湖でも散策しようと思っていたのです」
「それを!おまえが邪魔してるんだぞ!?」
「そっくりそのままの台詞を、貴方にお返しします」
「なんだとぉ!?」
「大体、貴方のように粗野で誠実さの欠片もなさそうな人間が、アンジェリークに釣り合うとお思いですか?」
「それを言うなら、おまえみたいに優しそうな顔して実は陰険なヤツも、お嬢ちゃんには釣り合わないと思うぜ」
「言わせていただきますが、わたくしが陰険なのは、わたくしが気に入らない人物に対してだけです。貴方のような、ね」
「じゃあ、自分が陰険だという自覚はあるんだな。少し安心したぜ」
「貴方も自分が粗野である、という自覚を、少しは持った方がいいのではないですか?」
「俺は、粗野なんかじゃない。『ワイルド』なのさっ」
「これだから、お馬鹿な人には困ります」
「何!?」
放っておけば、二人の不毛な言い合いは、永遠に続きそうであった。
が、
「もう、貴方とは口もききたくありません」
「俺だってさ!!」
お互いに嫌になってしまったのか、二人は捨て台詞を吐き、押し黙ってしまった。
険悪なムードのまま、黙り込む二人。
しかし、オスカーは気付いてしまった。リュミエールが黙りながらも器用に指を動かし、自身でも花冠を作っている、ということを。
「リュミエール!」
「貴方とは口をききたくないと、先程言ったばかりではないですか」
「それでも言わせてもらう。おまえ一体、何をしてるんだ?」
「見ればお分かりでしょう?アンジェリークのための花冠を作っているのです」
「おまえ、少しばかり手先が器用だからって、そんな点数稼ぎをしようなんてセコイぞ!」
「何とでもお言いなさい。悔しかったら、自分でも作ったら良いのではないですか?最も、貴方には無理でしょうけれども」
フフンと鼻で笑うリュミエールに、
「……やってやるっ」
鼻息荒く花冠を作ろうとチャレンジしたオスカーだったが、
「やっぱり駄目だ…」
原形をとどめなくなってしまった花々を放り投げて、ギブアップした。
そんなオスカーを見て、リュミエールが唇の端を持ち上げるだけの嫌みな笑い方をした。
(ホンット、いちいち癪にさわるヤツだぜ)
オスカーはリュミエールの事は無視して、アンジェリークが戻ってくるまで昼寝をすることにしたのだった。
「これをわたくしに?とても美しく仕上がっていますね、アンジェリーク。ありがとうございます」
「オスカー様の分も作ったんですけど…」
「ぐっすり寝ているようですので、起きてからにするのがよろしいのではないですか?きっとオスカーも疲れているのでしょう」
「そうですね!」
「ところで、アンジェリーク。わたくしも貴方のために花冠を作ったのですよ。貰っていただけますか?」
「わっ!!とってもキレイな花冠ですね。本当に私が貰って良いんですか?」
「もちろんです。貴方のためだけに、作ったのですから」
「嬉しいです♪」
オスカーの耳に飛び込んでくる、何だかラブラブな会話。
悪夢にうなされているような気持ちで、オスカーは叫んだ。
「アンジェリーク!君はそいつに騙されているんだっ!!」
自分の声で目を覚まし、オスカーは辺りを見回した。
「オスカー様、一体どうしたんですか?」
リュミエールがアンジェリークに気づかれないように舌打ちする姿が、目の端に写った。
(いかんっ、すっかり眠っていたようだ・・・)
「ちょっと寝惚けてしまってな」
「そうですかぁ?」
ちょっと怪訝そうなアンジェリークの表情。オスカーは、その表情を見ない振りをして、別の言葉を口に出した。
「ところでお嬢ちゃん。その可愛い手に持っているのは、俺へのプレゼントかい?」
アンジェリークの表情が輝いた。
「そうです!オスカー様のために作ったんですよ。はいっ」
オスカーの頭上に、美しい花冠が載せられた。リュミエールの頭にも、同様に花冠が乗っかっている。
(ちっ、リュミエールなんかにはドクダミで十分なのに)
(オスカーになど、ぺんぺん草でも握らせておけば良いのです)
心の中でお互いに悪態を付き合う二人だったが、アンジェリークの前では良い子ちゃんだった。
「おや、オスカー。とても似合っていますよ」
「リュミエールもお似合いだぜ、その花冠。お嬢ちゃん、ありがとう」
「喜んでくださって嬉しいです!」
アンジェリークはそう言うと、やっぱり天使のような笑顔で、二人に微笑みかけるのだった。
夕刻。
「今日はどうもありがとうございました。とっても楽しかったです!」
オスカーとリュミエールは、紳士的にアンジェリークを女王候補寮に送り届けた。
アンジェリークの部屋の扉が閉まった瞬間。
にこやかだった二人の表情が、変化した。
恨みを込めた瞳で、お互いに睨み合う二人の守護聖。
やがて二人は背中を向け合うと、一言も口を聞かずに、自分の私邸に戻っていったのだった。
〜 続く 〜
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