とっておきのおはなし
(中編)
4 開幕!演劇大会
そして日々は無常に過ぎ、演劇大会の当日がやってきた。
今回の会場となる飛空都市演劇上は、満員御礼であった。
「ゲッ!?開演より1時間も前なのに、もう満席かよっ!?」
舞台のカーテンの隙間から観客席の様子を伺い見たゼフェルが、小さく叫んだ。
「ええーっ。もう満席なの??」
「ホントか!?」
信じられない、というように自分たちでも観客席の様子を確かめたマルセルとランディだったが。
「うわっ・・・」
「なんだか、プレッシャーだな」
覗かなかった方が良かった、とばかりに、恨めしげな表情になった。
そんな年少組の様子を見て、リュミエールが苦笑した。
「今更ジタバタしても仕方ありません。あれだけ練習したのですから、落ち着いて練習どおりにすれば大丈夫ですよ」
「リュミエール。あんたって、ここぞという時に腹が据わってるよねぇ」
「ええ。日頃から鍛えておりますから。何処かの誰かと違って」
苦笑を冷笑に変えて、リュミエールが視線を走らせた先では。
オスカーが青い顔をして、ブツブツと台詞を呟いている姿があった。
「貴方がたは、いざという時に動揺するような大人にならないでくださいね」
慈愛に満ちた笑顔で年少組みを諭す、リュミエールであった。
そこに、ディアが会われる。
「みなさん、調子はいかがかしら?いよいよ本番ですよ。頑張ってくださいね」
そう言って出演者を見回したディアは、クラヴィスを見て瞳を輝かせた。
「まあ、クラヴィス!その衣装、とっても似合っていますよ。魔法使いの衣装はクラヴィスに似合うのではないかと陛下が仰っていましたが、本当ね!」
「・・・そうか・・・」
あまり嬉しくなさそうに、クラヴィスが呟いた。
それはそうであろう。魔法使いの衣装が非常に良く似合うといわれても、あまり嬉しいものではあるまい。
「アンジェリークはとっても可愛いわ!ロザリアは凛々しいわね」
「はいっ。ありがとうございます」
「それ程でもありませんわ」
それぞれの衣装にコメントを与えた後、ディアは真面目な表情になって皆に向き直った。
「今日はいよいよ、練習の成果を見せるときです。練習どおりにできれば、お客様にも喜んでいただけるでしょう。よろしくお願いしますね」
ディアの視線が、オスカーで止まった。
「オスカー。大丈夫ですか?」
「だっ、大丈夫ですっ。別に全然緊張してなどいませんので、ご安心を」
「そう?じゃ、頑張ってね。ジュリアス、貴方もちょっと表情が固いですよ?大丈夫ですか??」
「大丈夫だ。私は完璧主義なのでな。しくじりをしないよう、くれぐれも気をつけよう」
ジリリリリ・・・。
開演5分前を告げる、ベルが鳴り響いた。
「あら、いけない!それでは皆さん、早く準備をしてください。女王陛下もリアルタイムでご覧になっていますからね」
最後に皆にプレッシャーをかけることを忘れない、ディアであった。
緊張気味の皆に、ルヴァが穏やかに告げた。
「さあさあ、皆さん?リラックスして頑張りましょうね〜」
いよいよ・・・開幕である。
5 眠れる森の美女・前編
『昔々とある場所のとある国で、王様とお后様が仲良く暮らしていました。
二人はとても仲のよい夫婦でしたが、どういう訳かなかなか子供を授かりませんでした。
しかし、ある年・・・』
マルセルのナレーションに合わせ、舞台の幕がスルスルと上がっていった。
パッと舞台にスポットライトが当たり。
舞台の上が、一気に華やいだ。
『二人の間に、可愛い女の赤ちゃんが生まれたのです!』
宮殿の大広間。
その中央に、杯を持ったルヴァとオリヴィエ。
二人は嬉しそうに、その場にいる皆に笑いかけた。
「皆さん、今日はお集まりいただいて、ありがとうございます。我々夫婦にも、ようやく子供ができましてねぇ。こうしてお祝いのパーティが開けることを、心から嬉しく思います」
「今日は、ホントにありがと♪赤ちゃんは女の子。この国に幸せをもたらしてくれるようにアンジェリークって名前をつけたよ」
「え〜。アンジェリーク、という名前はですねぇ、天使っていう意味なんですよ〜。この子が本当に天使のように育ってくれるよう、私たちは祈っています」
従者の格好をしたマルセルが、頭上に高々と杯を差し上げた。
「天使のように愛らしいアンジェリーク姫と。我らが王家に乾杯!」
「乾杯!」
人々のざわめきと、衣擦れの音が響く。
誰もが皆、待望の皇女誕生に喜びさざめいていた。
「なんてお可愛らしい姫様なんでしょう!」
「本当に!天使のような笑顔ですわ」
そんな中、マルセルがルヴァとオリヴィエの前に進み出た。
「森の妖精たちがやってまいりました」
「それはそれは、ご苦労様です。こちらにお通ししてくださいね〜」
笑顔で答えるルヴァに、マルセルは一つお辞儀をしてから、さっと右手を上げた。
それを合図に、舞台の左奥から3人の妖精が現れた。
「王様、お后様。姫君ご誕生、誠におめでとうございます。わたくし達一同、心よりお祝い申し上げます」
「お二方とも、おめでとうございます。美しい姫様ですな。将来が楽しみなことです」
「おめでとうございます!ホントに可愛いお姫様ですね!」
一同からの祝いの言葉に、オリヴィエが鼻高々で答えた。
「可愛いのは当然っ!なんたって、この私の娘なんだからね!!」
「オリヴィエ〜。親ばかだと思われますよ?」
「いいのっ。カワイイものをカワイイって言って、なにが悪いのさ?」
「アンジェリークが可愛らしいのは当然なんですけど・・・」
結局ルヴァもオリヴィエも、アンジェリークが可愛くて仕方ないのであった。
そんな二人の様子を見て、ランディが爽やかに笑った。
「この可愛いお姫様に、俺たちから贈り物があるんですよ!」
「おや、それは嬉しいですね〜」
ランディが揺り籠の中の王女を優しく見つめた。
「俺からの贈り物は、美しい心。このキレイなお姫様に相応しい、キレイな心を」
ランディが少し後ろに下がり、代わってリュミエールが進み出た。
「わたくしからは、美しい声を。この美しい姫君に似合いの、誰もが聞き惚れるような美しい声を贈ります」
「そして、この俺は・・・」
最後にオスカーが贈り物をしようとした時。
舞台上に、一陣の黒いつむじ風が巻き起こり。
「フッ・・・」
現れたのは、一人の男。
登場と共に場の雰囲気が暗くなった。
この人物は、この国のもう一人の魔法使い・クラヴィス
魔法使いの中でも随一の力量を誇るのだが、その力をあまり建設的なことに使わない、ということで有名であった。
王女誕生パーティの招待状を出す際、
「クラヴィスは・・・。ま、いっか。呼ばなくても。どうせ場を暗くするだけだしね!」
と、オリヴィエ王妃の手によって招待状を無き物にされた、ある意味哀れな魔法使いであった。
「王女誕生を祝うパーティか・・・楽しそうだな」
唇の端を少しだけ曲げて、クラヴィスが薄く笑った。
「ちょっと、クラヴィス!イキナリ何しに来たのさ??」
キッとクラヴィスを睨んで、叫ぶオリヴィエ。
「あわわわわ、オリヴィエ〜。せっかく来てくれたのに、その物言いは良くありませんよ??」
あたふたと、場を取り成そうとするルヴァ。
「フッ。どうやら王の方が物の道理が分かっているようだな?后よ、そう怒るものではない。私はただ、この愛らしい王女に贈り物をしに来ただけなのだからな」
「贈り物!?」
「そうだ」
クラヴィスは揺り籠の中の王女に、素早く視線を走らせた。
「美しいこの王女、成長すればさぞかし素晴らしいだろうな?皆が楽しみにしているに違いない。そんな美しい王女に、心からのプレゼントだ。17歳の誕生日、王女はコー○ーが発売した恋愛シュミレーションゲーム『アンジェ○ーク』のやりすぎで、死ぬだろう。これが、私からの贈り物だ」
いかにも不吉なその贈り物に、人々は青ざめた。
「クラヴィス。オリヴィエの無礼はこの私が謝ります。子供に罪はないではありませんか?その予言、取り消してはもらえないでしょうか・・・??」
王として父として、勇気を振り絞って言ったルヴァだが、クラヴィスの冷たい薄笑いに、思わず固まってしまう。
「では、な・・・」
薄笑いを浮かべたままクラヴィスが呟くと、再び宮殿の大広間につむじ風が巻き起こり。
風が去っていった後、クラヴィスの姿は跡形もなく消えていた。
「どっ、どうしよう、ルヴァ!?クラヴィスがあんなに陰険なんて、知らなかったんだ!」
「どうしようもこうしようも、ありません。私たちは、姫を守らなくては・・・」
悲しみにくれる、二人。そして、パーティに集まった人々。
その時。
「皆様、どうぞお静かに。あまり騒々しいと、姫君が驚かれますよ。それにまだ、わたくし達からの贈り物が済んでおりません」
リュミエールの良く通る落ち着いた声が、辺りに響き渡った。
皆の視線が、妖精達に集中する。
「王様、お后様。オスカーから、最後の贈り物をさせていただきます」
リュミエールの言葉を引き取って、オスカーが揺り籠の前に進み出た。
痛ましげな眼差しで、籠の中の王女を見つめ、
「残念ながら、俺達にはクラヴィスの魔力を完全に打ち消すほどの力はありません。ですが、その力を弱めることはできます。俺からの贈り物。17歳の誕生日、姫様はアンジェ○ークのやりすぎで死ぬことはありません。ただ、深い眠りにつくだけです」
「そして、俺たちは予言が成就されないように努力することはできます」
ランディの言葉に、リュミエールが力強く頷いた。
「そのとおりです。クラヴィスの目が届かず、アンジェ○ークができない環境で姫君をお育てし、17歳の誕生日が過ぎれはお城にお返しする。わたくし達が考えた、最善の策でございます」
ルヴァとオリヴィエは顔を見合わせた。
この愛らしい姫を手放すのは身を切られるほど辛かったが、確かに姫を守るためには、妖精たちの力を借りるのが賢明であった。
オリヴィエが、弱々しくルヴァに頷いて見せ、ルヴァが辛そうに妖精たちに告げた。
「それが、最善の策だと私も思います。皆さん、アンジェリークを宜しく頼みます」
「アンジェリーク。早く大きくなって私たちのところに戻ってきてちょうだい・・・」
籠の中から姫を抱き上げ、オリヴィエは頬に優しくキスをして。そして姫を、リュミエールに手渡した。
「姫を、よろしくね」
「確かにお預かりいたします。命に代えましてもお守りいたしますので、どうぞご安心ください・・・」
王女を抱きかかえたまま。
三人の妖精たちの姿が段々と薄れていき、やがて彼らの姿は完全に大広間から消えた。
『この日から、アンジェリークは森で三人の妖精に育てられることになり。
王と后は可愛い姫のために、国中のアンジェ○ークのソフトを回収し、燃やしました』
再びのマルセルのナレーションの後、舞台上が薄暗くなった。
観客席が明るくなり、舞台の幕が下りる。
「お客様にお知らせいたします。これから、15分の休憩を挟んで・・・」
休憩時間に入ったのである。
舞台の袖では、ディアが皆を激励していた。
「この調子ですよ、みなさんっ!次の部から登場のみなさん、王子達とアンジェリークは、準備は大丈夫ですか??」
「うむ・・・」
「おうっ!」
「抜かりはありませんわ」
「頑張りますっ!!」
「頼もしいわね。みなさん、後半も頑張ってくださいね」
という訳で、物語はもう少し続くのであった。
〜 続く 〜
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