とっておきのおはなし
(後編3)
8 眠れる森の美女・後編−3
アンジェリークは、ぐっすりと眠っていた。
ふかふかのベッドに寝かされて。
その傍らでは。クラヴィスがじっと、その寝顔を眺めていた。
クラヴィスは、後悔しつつあった。
この天使のような寝顔を持つ少女を、永遠の眠りにつけてしまったことを。
すやすやと眠るその姿があまりにも愛らしく、クラヴィスは心が温かくなるような気持ちと同時に、アンジェリークを不憫に思った。
(娘に復讐をするなどと考えた、私が悪かったのだ・・・。この姫を、目覚めさせよう)
クラヴィスが、そう思った時。
カツカツと塔を登る、規則正しい靴音が聞こえてきた。
足音はクラヴィスとアンジェリークのいる部屋の前で止まった。
大きな音を立ててドアが開かれ、
「アンジェリーク姫!」
現れたのは、ジュリアス。
クラヴィスがゆっくりとジュリアスの方を向いた。
ジュリアスとクラヴィスの視線が交錯する。
「クラヴィス!姫を帰してもらいに来たぞ!!観念するが良い」
居丈高なジュリアスの台詞に、クラヴィスはムッとした。
せっかく姫を目覚めさせようと思っていた気持ちが、意固地な気持ちに変化する。
「フッ・・・。取り戻せるものなら、力ずくで取り戻してみろ・・・」
挑発するようなクラヴィスの言葉に、ジュリアスの髪が逆立ちそうになった。
神経質そうな額に、青筋が浮かぶ。
自身ではいつでも冷静だと思っているが、実はジュリアスは、すぐにカッとくるタイプであった。
「・・・良くぞ言った。剣を取れ、クラヴィス!私と勝負しろ!!」
スラリと腰から剣を抜き、ジュリアスはその切っ先をクラヴィスに突きつけた。
「フッ・・・」
「何が可笑しいと言うのだ!?貴様、私を馬鹿にしているのか!」
「・・・馬鹿になど・・・」
「していないとは言わせぬぞ!?」
ジュリアスは恐ろしい形相で、クラヴィスに突きかかっていった。
勝負は、あっけなくついてしまった。
ジュリアスとクラヴィスでは、剣術レベルが違いすぎた。
部屋の片隅に倒れてしまったクラヴィス。
「私は殺生が嫌いなのでな。気を失わせるだけに留めておいてやったぞ」
そんなクラヴィスをチラリと一瞥して、ジュリアスは満足そうに笑い、額の汗を拭った。
そして、緊張した面持ちで、ベッドの上のアンジェリークに視線を向けた。
「では姫。私の接吻で・・・」
「ちょっと待ったぁーっ!!!」
ドキドキしながらアンジェリークにキスしようとしたジュリアスに、ちょっと待ったコールがかかった。
現れたのは、ゼフェルである。
「ジュリアス!てめー、抜け駆けなんて卑怯じゃねーか!?」
「抜け駆けだと?私がクラヴィスを倒したのだぞ。姫に接吻する権利は、この私にある」
「接吻だってよ。プッ。古くせ〜」
「何だと!?もう一度言ってみるが良い!!」
「別なコトを言ってやるぜ。ジュリアスのバーカ、バカ」
「・・・・・・(怒)」
ジュリアスの中で、短い堪忍袋の緒が切れそうになった。
更にゼフェルは、手袋を外し、ジュリアスに向かって投げつけた。
手袋を相手に投げつける。それは即ち、決闘の合図であった。
ジュリアスの堪忍袋が、破裂した。
「許さぬ、許さぬぞ、ゼフェル!剣を取れ!どちらが姫に相応しいか、決闘だ!!」
「望むところだぜ!」
やっぱり冷静さを欠いて、やらなくていい勝負までやってしまうジュリアスであった。
ジュリアスとゼフェルの剣が、火花を散らした。
二人の腕は、ほぼ互角である。
お互いに必死になって戦っている二人。
そんな二人に、冷たい視線を向けたのは、一番遅れてやってきたロザリア王子であった。
ロザリアは、当然!といったような顔つきで、スタスタとアンジェリークの側近くまで歩を進めた。
アンジェリークを見て、ロザリアは感嘆の溜め息を漏らした。
「間近で見ると、ますます美しい。あの二人が馬鹿をやっているうちに、わたくしが貴方を目覚めさせましょう」
そう言って眠ったままのアンジェリークに艶やかに微笑みかけると。
ロザリアは優しく、アンジェリークの唇にキスをした。
「うーん???」
愛らしい唇から、声が漏れる。
「お目覚めですか、姫?」
「・・・あなたは、だれ??」
「わたくしは、ロザリアと申します、アンジェリーク姫。貴方を助けに参りました」
「私を助けに?」
「貴方は呪いをかけられて、眠っていたのですよ」
アンジェリークが、大きく欠伸をした。
ロザリアがアンジェリークを目覚めさせてしまったとも知らずに決闘を続けているジュリアスとゼフェルに、
「いつまで馬鹿をやっているのです、二人とも!いい加減になさい」
一言声をかけると。
いつの間にか現れたロザリアと、目を覚ました状態のアンジェリークを見て、二人の王子の目は点になった。
「ロザリア、てめー!!抜け駆けしやがったな!」
「抜け駆けなどと、言葉の悪いことを。わたくしはただ、姫を目覚めさせただけですよ」
「そなた・・・。クラヴィスを倒したのは、この私なのだぞ!!」
「姫を放っておいて、馬鹿なことをしている貴方たちが悪いのです」
「むむっ・・・」
「大体、貴方たちは・・・」
「うっせー!!!おめーはいっつも偉そうによぉ。何様のつもりだってんだ!?」
「わたくしは、わたくしです」
「とにかく、だ。姫を助けたのは私である、ということを、そなたたちにも認識してもらいたいものだな」
「何をご冗談を・・・」
3人の王子が不毛な言い争いを始めたのを契機に。アンジェリークの視線が動く。
そして、その視線は、部屋の隅で止まった。
彼女の瞳が、倒れている黒髪の男性(クラヴィス、である)を捕らえた。
(大変、人が倒れているわ!)
小走りに駆け寄って、アンジェリークはクラヴィスの身体を揺らし、優しく声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「・・・・?」
ゆっくりとアメジスト色の瞳が開かれ、アンジェリークをまじまじと見つめた時。
『キュンっ!!』
アンジェリークの胸が、高鳴った。それは、恋の始まりの音。
ドキドキしながら、アンジェリークは思う。
(この人が、私の王子様だわ・・・)
「あの・・・」
何と言っていいのか分からずにオロオロするアンジェリークの前で、クラヴィスは跪き。その手を取って、口付けた。
「私を許して欲しい。お前に呪いをかけたのは、この私だ・・・」
やっぱり胸をドキドキさせながら、アンジェリークは答えた。
「あのっ!!私の王子様になってくれますか?そしたら、許してあげます」
アンジェリークを見上げ、クラヴィスが優しく笑う。
「良いのか?私のような者が王子で??」
「はいっ」
二人は優しく視線を交わし合い、塔から出て行った。
夢中になって言い争っている3人の王子が、姫君とクラヴィスがいなくなったことに気付くのは、もう少し後のことだろう。
場面は変わって、お城の大広間。
アンジェリークが目覚めたため、城の皆もまた、目を覚ましていた。
「姫を助けたのは、きっとジュリアス王子だ!」
「いいえ、ロザリア王子です」
「違いますよ!ゼフェル王子です!!」
3人の妖精は、自分の贔屓にしている王子が姫を連れてくるのを待った。
ルヴァ王とオリヴィエ王妃も、姫を待っていた。
大広間の扉が、開く。
開いた扉から現れたのは、アンジェリークと・・・クラヴィスだった。
妖精たちは、青ざめた。
オリヴィエは、再び気絶しそうになりながら訊ねた。
「アンジェリーク!クラヴィスと一緒にいるなんて、どういうコト!?」
「お母様。この人が、これから私と共に人生を歩んでくれる人です」
「なんだってぇ〜!?!?!?」
オリヴィエの叫びを遮るように、ルヴァが優しく娘に声をかけた。
「アンジェリーク?それはあなたが、クラヴィスのことを好きだ、ということですね?」
「はい!一目見たとき分かりました。この人が、私の王子様だって」
そのような答えを返してきたアンジェリークを見て、ルヴァはオリヴィエを諭すように言った。
「オリヴィエ。人間にとって、好きな人と一緒になること以上の幸せがあるでしょうか?ありませんよね。私は、アンジェリークとクラヴィスが、これからの人生を幸せに過ごしてくれることを願います」
「だって、ルヴァ・・・」
言い返そうとしたオリヴィエだったが。
「アンタのいうコトも最もか。私だって、アンタが好きで結婚したんだしね」
思い直したように呟くと、アンジェリークとクラヴィスに、ニコリと笑いかけた。
「分かった。私もアンタ達の幸せを願うよ。クラヴィス、アンジェリークをお願いね」
クラヴィスが重々しく頷き、アンジェリークの肩を抱いた。
「それでは、私たちの娘・アンジェリークの17歳の誕生パーティを行いましょうか?同時に姫の婚約披露宴、という形にしましょうね〜」
オリヴィエが酒の入ったグラスを高々と掲げた。
「私たちのアンジェリークに乾杯!」
「乾杯!」
皆がオリヴィエに唱和し、城内は幸せに包まれた。
舞台の幕が、下りていく。
『これからほんの少しの時を経て、アンジェリーク姫と魔法使い・クラヴィスは結婚することになります。二人がどんなに幸せな結婚生活を送ったのか。物語の続きは、あなたの心の中で・・・』
パチパチと大きな拍手が観客席から聞こえてきて。
出演者の皆は、ホッと胸を撫で下ろしたのであった。
9 それから・・・
舞台の袖で、大きな拍手の音を聞いた出演者たち。アンコールに答えた後の彼らを待っていたのは、ディアの優しい微笑だった。
「素晴らしかったわ、皆さん!女王陛下も喜んでおられました。お疲れ様」
女王陛下が喜んだ、という言葉を聞いて、誰よりも安堵したのはジュリアスであった。
深く深く溜め息をついたジュリアスを見て、ディアは意味深に笑って告げた。
「陛下は、またこのような催しを開催したい、とのご意向でしたわ」
「ええーっ!?」
守護聖&女王候補が一斉に叫んだ。
「あら、そんなに驚くことないでしょう?大丈夫よ、今回みたいにやってくれれば」
嬉しそうに笑うディアを、皆は恨めしげに見つめた。
「と、いう訳で、今日はお疲れ様でした。ゆっくり休養してくださいね」
『今日は』、という部分を強調して、ディアは去っていった。
残された者たちは、大きく溜め息をついた。
「忘れよう、今の話は聞かなかったことにするんだ・・・」
オスカーの呟きに同調し、皆は心の中で、強く思うのだった。
(自分たちは、何も聞かなかったっ!!)
今回のお話は、これでおしまいである。
女王陛下の気紛れに、再び守護聖たちが振り回される時をお楽しみに。
〜 完 〜
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