WISH




 ある日の午後。
 可憐な金の髪の女王が、いそいそと何かを作っている姿に。
 補佐官であるロザリアは、問い掛けずにはいられなかった。
「アンジェリーク。あんた一体、何をしているの?」
 誰もいない、二人きりの空間なので。
 ロザリアの物言いは、女王候補時代の遠慮ない言い方に戻っている。
 彼女がそう訊ねるのも無理はなかった。
 アンジェリークの白い手は・・・くしゃくしゃと広告用紙を丸めていたのだ。
「えっとね、てるてる坊主を作ってるの」
「てるてる坊主?」
 なおも訊ねるロザリアに、アンジェリークはニコニコと笑顔を見せた。
「ええ!今晩、ちゃんと晴れますように。って」
「どうしてなの?」
「ふふっ、ナイショよ。でも、ヒントをあげる。今日は7月7日よ」
 アンジェリークの言葉に、ロザリアはハッとした。
 ルヴァに聞いたことがある。アンジェリークと一緒に。
 確か、何処かの宇宙の。何処かの国の風習だった。
 7月7日は、七夕の日。
 空に光り輝く織姫星と彦星が、一年に一度だけ、出会うことができる、と言われている日だ。
 ロザリアは、チラリとアンジェリークの表情を伺い見た。
 広告用紙を丸める手を休めて、アンジェリークは溜め息をつきそうな表情になり、
「一年に一回しか会えないのに・・・その日も会えなかったら、可哀相だもの」
 そう、呟いた。
『好きな人がいるのなら、その人の胸の中に飛び込んで行って良いのよ?』
 喉元まで出かかったその言葉を、ロザリアは慌てて飲み込む。
 その言葉を。
 口に出してしまって良いのか、いけないのか、ロザリア自身にも判断がつかなかったからだ。
 友としては、言うべきだとおもう。
 だが、女王を補佐する補佐官としては・・・。
 ロザリアは知っていた。
 アンジェリークが、恋をしていた事を。
 そして、今でも恋をしている事を。
 相手は、多分・・・。
 しかしアンジェリークは、自分の恋よりも女王の座を選んだ。
 この、宇宙のために。
 その事を、ロザリアは知っていた。
「・・・そう、今日は七夕だったわね。すっかり忘れていたわ」
 宇宙のために恋を捨てた健気な女王に、ロザリアは優しく微笑みかけた。
「わたくしも、一緒にてるてる坊主を作るわ。いいでしょう?」
 アンジェリークはロザリアを振り仰ぎ、頬に嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「ありがとう、ロザリア!嬉しいわ」
 誰よりも大切なこの友のために。
 今夜は良い天気になりますように。と。
 ロザリアは、心から願った。



 そして、その夜。
 アンジェリークの自室の窓には、沢山のてるてる坊主がぶら下がっていた。
 その顔に守護聖+アンジェリークとロザリアの似顔絵(上手いとはいえないが・・・)を描いた、合計11個のてるてる坊主が。
 彼らは穏やかな風に吹かれ、ゆらゆらと楽しそうに揺れていた。
 開け放った窓から星たちがキラキラと輝いている空を見上げ、アンジェリークは満足げな微笑みをその頬に浮かべる。
「よかった・・・!これで、織姫と彦星の二人も・・・ちゃんと会えるわね・・・」
 アンジェリークの視線が、空からてるてる坊主の方に動いた。
「みんな、お疲れ様」
 まるで生きている人に話しかけるように、彼らをねぎらった後。
 アンジェリークの白い指が、てるてる坊主のうちの一つに、そっと触れた。
 そのてるてる坊主には・・・クラヴィスの顔が、描かれていた。
「クラヴィス様・・・」
 名前を呼んで、アンジェリークは一つ、溜め息をついた。
 女王になってから。
 クラヴィスとは、数えるほどしか口を聞いていなかった。
 個人的に離す、などということは、皆無に等しくて。
 アンジェリークは、そのことを淋しく思った。
 今でも。
 クラヴィスのことが、アンジェリークは好きだった。
 女王になってしまった今でも。
「お会いして、声が聞きたいな・・・」
 アンジェリークの口から、ポロリとそんな言葉が零れた時。
「一体、お前は誰に会いたいのだ・・・?」
 窓の下から問い掛けてきた声に、アンジェリークは仰天した。
 聞き間違えるはずはなかった。
 その、低く抑揚を抑えた声は。
 ・・・クラヴィスのものだったから。
 アンジェリークは、慌てて窓の下を見た。
 彼女の視線の先で。
 クラヴィスが、立っていた。
 闇に溶け込んでしまいそうな漆黒の衣装を身に纏って。
「クラヴィス様!!」
 呼びかけると。
 クラヴィスはアンジェリークに向かって、笑みを見せた。
 普段は決して人に見せないような、優しい微笑みを。
「お前は、誰に会いたい?」
 その微笑みと共にアンジェリークに向けられた質問に、
「・・・クラヴィス様に・・・」
 答えると。
 クラヴィスは、優しい微笑みを絶やさないまま、アンジェリークに手を差し伸べた。
「さあ」
「え??」
 戸惑うアンジェリークに、クラヴィスはなおも、両手を差し出す。
「・・・アンジェリーク・・・」
 アンジェリークはあまり感のいいほうではなかったが、クラヴィスが自分の腕の中に飛び込んで来い、という意味で腕を差し伸べている、という事に気付いた。
 気付いてしまえば、躊躇う理由は何もなかった。
 アンジェリークは開け放った窓からフワリと身を躍らせて。
 クラヴィスの腕の中に、天使のように舞い降りる。
「会いたかった・・・」
 彼の両の手が、その存在を確かめるかのように、アンジェリークをギュッと抱きしめた。
「・・・少し・・・軽くなったか?」
 心配そうなクラヴィスの声に、アンジェリークは頬を赤く染めた。
「大丈夫ですからっ。そろそろ離してください、クラヴィス様」
「断る」
 クラヴィスの腕の力が、更に強くなった。
 困りながらも、アンジェリークはホッとしていた。
 疲れやイライラが、溶けてなくなっていくような、そんな気分がする。
 アンジェリークがクラヴィスの腕の中で安らぎを感じるのは。
 彼が司っている力の所為だけではなかった。
「クラヴィス様・・・」
 アンジェリークが、大好きな名前を呼ぶと、
「何だ・・・?」
 アンジェリークが大好きな声で、返事が戻ってきた。
「好きでいてはいけないって知ってるけど・・・好きなの」
「・・・好きでいてはいけない?そんな事、誰が決めた?」
「だって・・・」
「好きな者に会いたい、声が聞きたい。それは、人として当然のことだ。女王とて、一人の人間。恋をして、何が悪い?」
 それは、クラヴィスらしからぬ発言だった。
 アンジェリークは少しだけ、驚いていたが。
 同時に、嬉しくもあった。
 自分のために。
 クラヴィスは、そんなことを思ってくれているのだ。
「クラヴィス様・・・大好き」
 大好きな人の腕の中でそう呟くと。
 クラヴィスはそっと、アンジェリークを抱きしめていた腕の力を緩めた。
 長くて細いクラヴィスの指が、アンジェリークの髪に優しく触れる。
 髪に触れた指は、次に頬に場所を移し。
「例え愛してはならない女性でも。私は、お前を愛し続けるだろう」
 クラヴィスは、その長身をかがめて。
 アンジェリークの唇に、自分の唇を押し当てた。
「・・・っ!!」
 それは、甘い、甘いキス。
 長いキスが終わった後、思わずクラリとよろめいたアンジェリークに、クラヴィスは意地の悪い笑いを見せた。
「お前にはまだ、刺激が強すぎたか?」
「・・・だっ、大丈夫です・・・」
 気丈にもそう答えたアンジェリークを見て、クラヴィスは面白そうに笑った。
「無理はするな。私が悪かった。一目会って、声を聞けるだけでもいいと思っていたが。実際に会ってしまうと、もっとずっと、欲を張ってしまった。すまない」
「クラヴィス様・・・」
「私がまた、お前に会いに来ることを・・・お前は、許してくれるか?」
 コクリとアンジェリークが頷くと、クラヴィスはもう一度アンジェリークにキスをしてくれた。
 今度は、額に、そっと。
 そしてクラヴィスは、アンジェリークに背を向ける。
「邪魔をして悪かった。では、な」
 アンジェリークは、ボーっとした気分のまま、その後姿を見送ったが。
 ハッと我に返り、クラヴィスの背中に向かって呼びかけた。
「クラヴィス様!」
 クラヴィスの、足が止まった。
「一年に一度なんて、そんなのは嫌ですから!いっぱいいっぱい、会いに来てくださいね」
「分かっている。・・・一年に一度など・・・私の方が、我慢できないからな」
 振り向いたクラヴィスのアメジスト色の瞳が、夜空の星に負けないぐらいに美しく輝いて見えた。
 吸い込まれそうな星空を仰ぎ、アンジェリークは呟いた。
 もう、クラヴィスには聞こえない、という事を知りながら。
「絶対に、約束ですから」
 ふわふわの金の髪を揺らしながら。
 愛らしい女王は、自室へと戻っていく。
 心穏やかな、眠りにつくために。

 今夜はきっと、いい夢が見られる。

 そう思い、アンジェリークは一人。
 クスリと小さく、空に向かって微笑みかけるのだった。



〜 END 〜



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


七夕の夜のクラリモ、をテーマに書いてみました。
なんか前にも似たような話を書いた気がしますが、それはきっと、気のせい(汗)。
思いっきりラブラブを目指しましたっ!!それはもう、力強く!!!
やっぱりクラ様は書くのが難しいのですが、リモちゃんへのラブパワーで乗り越えました。
こんなのクラヴィス様じゃない・・・と思われた方はゴメンなさいです。
あきら様から、七夕ネタ・・・とヒントをいただいて、ずっと温めてきたお話ですので、
自分としては書けて満足です♪

このお話に使った壁紙は、実加様のサイト「☆星」からいただいてきました。
七夕にピッタリのお星様の壁紙、ありがとうございました!




ブラウザを閉じてお戻りください