少女は扉を開けて



「私が、女王になります!」
 普段は明るく笑っている若草色の瞳に、強い光を湛えて。
 自らの意思で、少女は女王の御座に昇った。
 そして、その力で、新しい宇宙を創り上げた。



 時折、少女が見せる強い輝き。
 幾度となく、少女の背中に見えた白い翼。
 自分の痛みより、他人の痛みを気遣うことのできる心。
 全てが、この結末を指し示していたではないか。
 クラヴィスはそう、自分に言い聞かせた。
 分かっていたのに、それでもなお。
 その姿を心に刻んでしまった自分が悪いのだ。

 薄暗い執務室で、クラヴィスは軽く頭を振った。
「このようなことを考えていても、埒があかぬ。気分転換でも・・・」
『クラヴィス様!今日はいいお天気ですよ。お散歩に行きましょう!!』
 太陽の光の明るさ、暖かさ。
 それらを思い出させてくれたのも、彼の少女だった。
 何をしていても、どこにいても。
 少女の影が、クラヴィスに付いて回る。
「本当に・・・埒があかぬな・・・」
 低く呟き、クラヴィスはため息をついた。

 聖地の空は、今日も青く澄み渡っている。
 自分の心とは全く裏腹だと、クラヴィスは自嘲的に考えた。
 どうしても前向きな気分になれず、心が沈んでしまう。
 気持ちの整理をすることができずに、ふらふらと聖殿の近くを歩き回っていると。
「クラヴィス様!」
 名前を、呼ばれたような気がした。
 幻聴かと思い、クラヴィスは眉をひそめる。
 そして何も聞こえなかったかのように、また、歩き出した。
「クラヴィス様〜!!」
 再度、名前を呼ばれた。
 今度は、ハッキリと。
 大音量で。
 こんなに元気よく自分の名前を呼ぶ女性が、他にいるだろうか?
 クラヴィスが振り返ると、長いドレスの裾を踏みつけそうに危ない足取りで、彼女・・・アン ジェリークが駆け寄ってくる姿が目に映った。
「クラヴィス様、待ってください〜」
 もうすぐ女王になろうというのに。
 なんと快活に微笑むのだろう。
「クラヴィス様!」
 クラヴィスを呼びながら、彼女は駆けて来る。
 そして・・・危惧どおり、クラヴィスの目の前でドレスの裾を踏んで。
 転んだ。
「キャッ!?」
「・・・アンジェリーク・・・!!」
 差し伸べた腕の中に、華奢な身体がすっぽりと収まった。
「落ち着きのないことを・・・。何かあったら、どうするつもりだ?」
 ホッと息をつきながらも、いささか厳しくクラヴィスがそう言うと、アンジェリークは目に見えてしゅんとした。
「ごめんなさい・・・。はしゃぎすぎました」
 そして、クラヴィスは思い出す。
 彼女が、女王になろうとしている女性だということを。
「・・・失礼した。けれども、女王として大切な身体。どうぞご自愛を・・・」
 アンジェリークの若草色の瞳が、今にも泣き出しそうにクラヴィスを見つめる。
「まだ、正式な女王ではありませんよ?」
 その言葉に、クラヴィスが何も言えずにいると。
「アンジェリークの言うとおりだ」
 クラヴィスの良く知っている声が、耳に届いた。
「ジュリアス・・・お前が?」
 クラヴィスは、驚いた。
 まさかジュリアスが・・・。
「良いではないか。アンジェリークは、明日になったらこのように自由に出歩くことはできないのだぞ」
 しごく真面目な表情で。
 ジュリアスはクラヴィスに告げた。
「クラヴィス。そなた、今のうちに言っておくことがあるのではないか?」
「・・・ジュリアス・・・」
「ジュリアス様・・・」
 ジュリアスは、クルリとクラヴィスとアンジェリークに背を向けた。
「早く行くがいい。私の気が変わらぬうちにな。ロザリアは、上手く説得しておいてやろう」
 少しずつ遠ざかっていく、ジュリアスの背中をしばし見送った後。
 クラヴィスは、アンジェリークの手を取った。
「・・・少し、話を・・・」

「ひらひら、ひらひら。白い蝶が逃げてゆく」
 その様子を、聖殿から眺めていたオリヴィエが、歌うように呟いた。
「ジュリアスったら、やるじゃないか」
「まだまだ、勝負はこれからさ」
 負け惜しみのように言うオスカーに、リュミエールが笑いかけた。
「本気でそう思っていますか、オスカー?」
 水色の瞳を和ませて、リュミエールはクラヴィスとアンジェリークを見つめた。
「貴方も見たでしょう、二人のあの表情を。とても幸せそうな・・・。もう、誰にも二人を引き離すことはできませんよ」
「なーんて言っちゃって、ホントは少しさびしいんだろ、リュミちゃん?」
 オリヴィエの言葉に、
「・・・・・・」
 リュミエールは穏やかな笑顔で答えた。



 女王の玉座へと歩を進める女性の姿を、クラヴィスは黙って見つめていた。
 静かに、彼女はクラヴィスの目の前を通り過ぎる。
 玉座にたどり着いた新しい女王が、ドレスを軽く持ち上げて優雅に一礼した時。
 彼女の背中に、純白の大きな翼がフワリと広がった。
 女王の座を選んだのは、彼女だ。
 けれども、それはきっと。
 滅び行く宇宙の意思でもあった。
 優しさと強さ。
 試験の中で育まれた女王としての自覚。
 彼女こそ、女王に相応しい女性だ。
 クラヴィスの唇に、笑みが浮かんだ。

 守護聖達が次々と、新女王の即位への祝いの言葉を述べる。
 その様子を、クラヴィスはひどく穏やかな気持ちで見守ることができた。

 あの日、聖地の青い空の下で。
『クラヴィス様、私・・・。私は、女王になっても、アンジェリークです!』
 両手をキュッと握り締めて、アンジェリークはクラヴィスを見上げた。
『アンジェリーク』
 柔らかな金の髪に、そっと手を触れる。
 アンジェリークの震えが微かに、手のひらに伝わってきた。
 勇気を出せ。
 クラヴィスは自分に言い聞かせた。
 もう、後悔はしたくなかったから。
『私とお前は、守護聖と女王だ。それと同時に、一人の人間でもある。私は・・・守護聖としての気持ちより、人間としての気持ちを大切にしたいと思う・・・』
『クラヴィス様・・・』
 若草色の瞳から、ポロリと涙が零れた。
『お互いの務めが終わったら、その時は・・・』
 クラヴィスがそう言うと、アンジェリークは泣きながら、何度も何度も頷いた。
『泣くな。お前に泣かれると、どうしていいのか判断がつかぬ・・・。それに、私はお前には、いつでも幸せに微笑んでいて欲しいと思う。・・・そのために・・・私は守護聖として、これからもお前の側にあるのだからな』
 クラヴィスがハンカチを差し出すと。
 それを受け取ったアンジェリークは、涙が残る瞳で、それでも春の日差しのように優しく明るい笑顔を見せた。

「クラヴィス。そなたも新女王陛下にご挨拶を」
 ジュリアスに声をかけられ、クラヴィスは現実の世界に引き戻された。
 そしてクラヴィスは、新しい女王の前に立った。
「新女王陛下・・・」
 アンジェリークの瞳が、優しい愛情を湛えてクラヴィスを見つめる。
 その目の前で、クラヴィスは跪いた。
「陛下・・・」
 手を差し伸べると、白い指先がそっと、クラヴィスの手のひらに触れた。
「我が心、我が忠誠の全てを捧げることを誓う。闇の安らぎは常に陛下のお側にある、ということを覚えていて欲しい・・・」
 愛しい女性の手の甲に、キスを落として。
 クラヴィスはゆっくりと立ち上がり、自席へと戻った。

 誰のものでもない、自分自身の力で少女は扉を開けた。
 そして、女王への階段を登る。
 若い力に満ち溢れた、美しい女王。
 続いてゆく式典の中、クラヴィスは改めて心に誓った。


 彼女の守る宇宙ごと。
 自分が、守ってゆく。
 彼女が女王でなくなる日まで、ずっと・・・。




  〜 END 〜



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クラヴィス様、お誕生日おめでとうございます。
今回のSSは、コミック版アンジェリークの最終話をクラリモに捏造したものです。
ランリモも可愛かったのですが、クラリモが一番好きな女として、自分の欲望に勝てませんでした(笑)。
こんなの違うっ!!と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、
私のイメージするクラリモ版アンジェリーク最終話、ということで、なんとか読み流してやってください。







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