今日からずっと




 買ったばかりのお気に入りの帽子をかぶり、アンジェリークはウキウキとした気分で森の湖を歩く。
 ロザリアに一緒に選んでもらった、白い帽子。
 広いつばに可愛いリボンがアンジェリークの気に入って。
 用もないのに、かぶって歩いている。
 そんなアンジェリークをからかうかのように、飛空都市を吹き抜けた、強い風。
「キャッ!?」
 アンジェリークは、ハッとして帽子を押さえたが、一瞬だけタイミングが遅かった。
 ふわり。
 頭の上から帽子が浮かび上がり、強風に乗って、ヒラヒラと飛んでいった。
「ああっ、私の帽子が〜っ」
 泣きそうになりながら、帽子を追うアンジェリーク。
 帽子は、高い木の枝に引っかかってしまった。
「どうしよう・・・」
 頭上を見上げて、アンジェリークは泣きたいような気持ちになった。
 自分では絶対に取れない。
 しかし、この帽子を諦めて帰ることなど、到底出来ることではなかった。
(誰か助けて〜っ!!)
 べそをかきながら、アンジェリークがそう思った時。
「どうした、お嬢さん?」
 深みのある優しい声が、アンジェリークに問い掛けた。
 振り向いたアンジェリークの目に飛び込んできたその人は。
 アンジェリークと同じように太陽の光を溶かし込んだような金色の髪の男性だったが。
(キレイ・・・)
 その髪は、アンジェリークのようにフワフワではなく、風に靡いてサラサラと揺れていた。
「えっと、あの・・・」
「お困りのようだが?」
 尚も優しく訊ねてくれるその人に分かるように、アンジェリークは木の枝に引っかかっている自分の帽子を指差した。
「あの帽子が、取れなくて・・・」
 男性は、ニコリと笑った。
「大丈夫。ちゃんと取ってあげるさ」
 スルスルと、木に登っていった。
 そして、いとも簡単に、帽子をその手に握りしめた。
「さあ、お嬢さん。どうぞ」
「あっ、ありがとうございますっ!!」
「いいさ、礼なんて。気に入りの帽子なんだろう?確かにその帽子、お嬢さんには良く似合いそうだな」
 微笑みながらのその言葉に、アンジェリークは思わず赤くなり。言葉を失った。
「あのっ・・・」
「それじゃあな、お嬢さん。また帽子が風に飛ばされないように、気をつけろよ」
 アンジェリークに名前を聞く暇も与えずに、男性は去っていく。
 長い金の髪が、流れるように揺れるその背中を、アンジェリークはただ黙って、見送った。



「アンジェリーク!あんた最近、元気がないじゃない?一体どうしたって言うの??元気だけが取柄のアンタが、そんなにボーっとしちゃって!」
 ある日の朝、ロザリアがアンジェリークにそう問い掛けた。
「私、元気ないの?私、ボーっとしてる??」
 質問を質問で返され、ロザリアは呆れたような表情を見せた。
「嫌だわ、自分で自覚がないの?全く・・・。で、そんなあんたを元気付けるために、わたくし、あんたの気に入りそうな素敵な喫茶店を見つけてきたのよ。気分転換に、これから出掛けない?」
「素敵な喫茶店・・・!?」
 アンジェリークの瞳が、一瞬キラリと輝いたが。その輝きはまた、瞳から消えていった。
 ロザリアは、溜め息をつきながらアンジェリークの腕を取った。
「とにかく!わたくし、あんたのそんな表情、見てられないの。さっ、これから行くわよっ!!!」
 そして、強引に、アンジェリークを郊外に連れ出すのだった。

 ロザリアが半ば強制的にアンジェリークを連れて行ったお店は。
 こぢんまりとした、しかし、お洒落な店構だった。
 カランとベルの音をさせながら、店の中に入った二人に、
「いらっっしゃい」
 その深みのある優しい声に、アンジェリークがハッとして、声のした方向に視線を向けると。
 あの時、アンジェリークのために帽子を取ってくれた男性が、ニコニコと微笑みながらそこに立っていた。
 アンジェリークの頬が、見る間にばら色に染まった。
「おや・・・」
 向こうもアンジェリークに気付いたらしく。彼は出会った時と同じように優しく、アンジェリークに笑いかけた。
「お嬢さん、また会ったな」
 本当はそんなつもりは全くなかったのだが、緊張のあまりドキドキしながら、アンジェリークは叫ぶようにして挨拶を返した。
「はいっ!先日はどうも、ありがとうございましたっ!!」
「あら、アンジェリーク。この方とお知り合いなの?」
 不思議そうに訊ねるロザリアに、アンジェリークは小さな声で答えた。
「この前、帽子が風に飛ばされて木の枝に引っ掛かっちゃったのを、助けてもらったの」
「まあ、そうだったの!?本当にあんたってば、おっちょこちょいなんだから・・・」
 ロザリアは男性に向き直り、優雅に一礼した。
「この子がお世話になりまして。わたくしからも、お礼を申し上げますわ」
 男性は、困ったように笑って見せた。
「おいおい、大袈裟だな、お嬢さんたち。それよりも、座ってくれないか?」
 勧められるがまま、二人の女王候補は、手触りの良い木製の椅子に腰掛ける。
「今日は、可愛いお嬢さん方のために、貸し切りだ」
 そう言って、入り口のドアに『CLOSED』の札を下げてから、
「さあ、お嬢さんたち。ご注文は?」
 軽くウインクを投げかけられ、アンジェリークが可哀相なほどに赤くなった。
 ロザリアはその様子を見て細く笑み、二人分の返事をした。
「わたくしは、ロイヤルミルクティー。この子はアイスココア。ケーキとか、置いてありますの?」
「木苺のタルトは美味いぞ」
「では、そちらを二つ。お願いしますわ」
「了解」

 出されたお茶とケーキは、絶品だった。
「美味しいですわ!」
「本当に!すっごく美味しいっ!!」
 瞳をキラキラとさせながら、美味しいものを食べる乙女の喜びを噛みしめる二人に、男性が笑顔で問い掛けた。
「俺もご一緒させていただいて構わないかな、お嬢さん方?」
 沈黙するアンジェリークを見て、ロザリアは優しく微笑み、答えた。
「ええ、喜んで。こんな素敵なお店のオーナーと、是非お話させていただきたいですわ」
 和やかなムードで、談笑が進む。
 ぎこちないながらも嬉しそうに金の髪の男性と話すアンジェリークを、ロザリアは優しく見守った。

 そして。
「そろそろ帰らないといけませんわね、名残惜しいですけれども」
 ロザリアが言い、男性は残念そうな表情になった。
「そうか、もうそんな時間か」
「お会計を・・・」
 言いかけたロザリアを、男性はやんわりと押しとどめた。
「今日は俺の奢りだ。こんなに若くて可愛いお嬢さんと、一緒に話が出来たんだからな。良かったら、また来てくれ」
「ええ、伺いますわ。わたくしより、この子がね」
 ニコリ、とロザリアがアンジェリークに微笑みかけると、アンジェリークは再び赤くなり、叫んだ。
「ロザリアっ!!どーゆー意味!?」
「どうもこうもないわよ。あんた・・・」
「ダメっ!言っちゃダメ〜っ!!!!」
 二人の様子を眺めながら、男性は楽しそうに笑った。
「それじゃ、またな、お嬢さんたち」
「お名前をお聞かせ願えます?」
 ロザリアの質問に、一瞬の間を置いて。
 男性は、答えた。
「そうか、まだ名乗ってなかったな。俺の名は、カティス。よろしくな」
 ロザリアは、確信した。
 アンジェリークの綺麗な若草色の瞳に、また輝きが戻ってくることを。



 その日から。
 毎週日の曜日には、その店に顔を出すアンジェリークの姿が見られるようになった。
 ある日。
「育成がなかなか上手くいかなくて・・・。ロザリアは、とっても上手に育成してるのに」
 そう呟いて溜め息をついたアンジェリークに、カティスは優しい眼差しでこう告げた。
「何も、あの青い瞳のお嬢さんと同じように育成しなくても良いんだぞ。君には君の育成の仕方がある。君にしか出来ない、育成の仕方が。君は、君の大陸を愛しているか?」
「はい、大好きです!みんなをもっと、幸せにしてあげたいと思います!!」
「・・・その気持ちがあれば、大丈夫さ。きっと上手くいく。俺の言うコト、分かってくれるか?」
 優しく力強いその言葉に、心が軽くなったような気持ちで、アンジェリークが頷くと。
 ふわり、と、カティスの手がアンジェリークの頭を撫でた。
「いい子だ」
 アンジェリークの胸が、急にチクリと痛んだ。
(この人は、私を子供のようにしか扱ってくれない・・・)
「どうした、アンジェリーク?」
 急に沈んだ表情になって黙り込んだアンジェリークに、カティスは心配そうに声をかける。
「なんでもありません」
 ニッコリと極上の笑みを浮かべて、アンジェリークは答えた。
「本当に、どうした?無理して笑わなくてもいいんだぞ」
(どうしてそこまで分かるのに、私のこの想いに気付いてくれないの!?)
「・・・今日はもう、帰りますね」
 苛立った気分で、しかし極上の笑みを浮かべたまま、アンジェリークはその場を足早に立ち去る。
「おい、アンジェリーク!?」
(カティスさんなんか、大っ嫌いっ!!)
 アンジェリークの心の中で、カティスの存在は日増しに大きくなっていた。
 彼女は、恋をしていた。
 そして、自分の思いに気付いてくれない年上の男性に。
 苛立ちを感じていた。



 アンジェリークの目の前に置かれた、綺麗なピンク色をしたカクテル。
「このカクテルの名は、アンジェリーク。君をイメージして作った、俺のオリジナルだ。お味はどうかな?」

『アンジェリーク。次は夜に来る気はないか?この店は、昼間は喫茶店だが、夜はバーになるんだ。君が来てくれるなら、その時はまた、この店を貸しきりにするぞ』

 カティスの招きに応じて、アンジェリークは夜の店にやって来た。
 昼間とはまた違い、大人っぽい雰囲気の店内に、アンジェリークは、少しだけソワソワする。
 カティスは嬉しそうに微笑みながら、アンジェリークのためにカクテルを作ってくれて。
 ピンク色のそのカクテルは、アンジェリーク、と言う名前だ、と、言ってくれた。
 アンジェリークは、訳もなく嬉しくなる。
 そして、薄いグラスに入ったその液体に、遠慮がちに口を付けた。
「・・・美味しい・・・」
 仄かにピーチの味のするその液体は、ジュースのように軽く、アンジェリークの喉を通って行った。
「そうか、美味いか!?」
 嬉しそうに笑うカティスに、アンジェリークも嬉しくなる。
(私、この人の笑顔が好き・・・)
 そう、思う。
 二人で向かい合い、美味しいカクテルを味わう一時は、とてもロマンティックで。
 いつまでもこの時が続けば良いのに、と、アンジェリークに思わせた。
 不意に。
 カティスの顔が、アンジェリークに近づいた。
(キスされる!?)
 思わず視線を伏せるアンジェリーク。
 だが。
 カティスは何もせず、アンジェリークの前髪に優しく触れただけだった。
「綺麗な髪に、ゴミがついてるぞ」
 瞳を開き、アンジェリークはカティスをじっと見つめた。
 若草色の瞳が、強く強く、煌いた。
「あなたって、いつも私のこと、子ども扱いするのね!」
 頭の中で、プツンと何かが切れてしまい、アンジェリークは思いっきり叫んだ。
「嫌いよ、カティスさんなんて!」
「アンジェリーク!?」
 カティスの手が、アンジェリークの腕を掴んだ。
「触らないでっ!!」
 その手を振り払い、アンジェリークはカティスを睨んだ。
「もう二度と会いませんっ!!」
 そのままクルリとカティスに背を向けると。
 アンジェリークは振り返りもせず、店から飛び出していった。



 お気に入りの、白い帽子をかぶり、アンジェリークは森の湖を歩く。
 カティスのことを考えながら。
(私、あの人が好き。だけどあの人は、私を子供だと思ってる。この想い、どうすればいいの・・・??)
 一瞬、強い風が、飛空都市を吹き抜ける。
「キャッ!?」
 アンジェリークは、ハッとして帽子を押さえたが、一瞬だけタイミングが遅かった。
 ふわり。
 風に煽られて浮かび上がった帽子は、風に乗って、ヒラヒラと青空を舞った。
「やだっ、またやっちゃったわっ!!」
 泣きそうになりながら、帽子を追うアンジェリーク。
 帽子は前と同じように、高い木の枝に引っかかってしまった。
「どうしよう・・・」
 頭上を見上げて、アンジェリークは泣きたいような気持ちになった。
 その時。
「どうした、お嬢さん?」
 聞き覚えのある、深みのある優しい声が、アンジェリークに問い掛けた。
 振り向いたアンジェリークの目に飛び込んできたその人は。
 カティスだった。
「また、帽子を飛ばしたのか?全く、そそっかしいお嬢さんだな」
「・・・どうせ私は、子供です」
 頬を膨らませて、しかし冷ややかにそう言ったアンジェリークを、カティスは困ったように見つめた。
「参ったな・・・まだ怒ってるのか?」
「怒ってなんかいません。子供としか見てもらえない自分に、腹が立ってるだけです」
 カティスの方を見ないようにしてそう言うアンジェリークを置き去りにして、カティスは出会った時と同じように、スルスルと木に登る。
 そして帽子を取って、アンジェリークにそれを手渡した。
「どうぞ、お嬢さん」
「・・・ありがとうございます」
 やはり、視線を逸らせたままそういうアンジェリークに、
「その帽子。良く似合ってる」
 カティスが、優しく言った。
 その声の優しさに、アンジェリークが思わずカティスに視線を向けると。
 彼の手が、アンジェリークの頬に優しく触れた。
「君が店に来なくなって・・・痛いほど分かった。俺は君を妹のように思っていると、自分に言い聞かせていただけだった」
「・・・カティスさん?」
「君の微笑み、君の優しさ。それは多分、この世界中の全ての人々に注がれるべきものだという事を、俺は知っている。だが、俺は・・・」
 アンジェリークの頬に触れている手に、ほんの少しだけ力が入り。
 カティスは身をかがめ、アンジェリークの唇に触れるだけのキスをした。
 アンジェリークが、瞳を閉じる間もなく。
「君は、女王候補だ。俺は知っている。だが俺は、君を愛してしまった。俺は、どうすればいい?」
 天使のような優しい微笑みで、アンジェリークはカティスに微笑みかける。
「そんなの簡単です。私を、攫ってくれればいいの。私だって、あなたが大好きなんだから」
 カティスが、アンジェリークの身体を抱きしめた。
 白い帽子がアンジェリークの手から離れ、ふわりと宙に浮かぶ。
「帽子が・・・」
 カティスの腕の中でそう言って身じろぎするアンジェリークの耳元で。
「帽子なんか、もう、どうでもいい。俺だけを見てくれ・・・」
 そっと、カティスが囁いた。
 アンジェリークが視線を上げてカティスを見上げると。
 カティスは包み込むような眼差しでアンジェリークを見つめて。
 アンジェリークは瞳を閉じ、二人は甘いキスを交わしたのだった。
 帽子は風に乗って、フワフワと宙を舞った。
 まるで、二人を祝福する、天使の羽のように。
〜 END 〜



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*この作品は、1周年のフリー創作として配布したものです。配布期間は終わっています*

ふみふみから皆様への差し上げ物創作は、「カティス×リモージュ」です。
どうせ差し上げ物をするなら、皆様が読んだ事のないようなレアなカップルで!!
と思って、書いてみました。
イマイチ、カティス様の性格が掴みきれていないかも知れませんが、
とにかく、大人の男っ!!というコトで、意識して書きました。
包み込むような、大人の愛vを目指したんですけど・・・爆死ですかね。
という訳で、もしお気に召しましたら、どうぞ貰っていってやってくださいませ。
今後とも、よろしくお願いします(ペコリ)。
     



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