ずっと一緒に




 金の髪の女王候補が、飛空都市から急に姿を消した。
 守護聖達(特にジュリアス)が大騒ぎする中で、ロザリアだけが一人、落ち着き払っていた。
 彼女は全くの平常心で、守護聖達に言ってのけた。
「何を騒いでいらっしゃいますの?あのコなら大丈夫ですわ。じきに戻ってきますわよ」
「ロザリアっ!そなた、この非常事態に、何を悠長なことを・・」
 額に青筋を立てながら、ジュリアスがロザリアをキリリと睨んだが。
 ロザリアはジュリアスの睨みにもびくともせず、落ち着き払ったまま女王候補寮へと戻っていった。



 守護聖達がワタワタと慌てふためいているちょうどその時。
 アンジェリークは、カティスと一緒に主星に降り立っていた。
「懐かしいな、この雰囲気・・・」
 アンジェリークがポツリと呟くと、カティスが微笑みながら言った。
「そう言えば・・・君は、主星の出身だったな」
「はい!」
 アンジェリークはニコリと笑い、カティスの腕を引っ張った。
「美味しいお茶のお店、知ってるんですよvカティスさんも、人にお茶を淹れてあげるばかりじゃなくて、たまには人が淹れてくれたお茶が飲みたいでしょ?一緒に行きましょ!!」

 カティスがアンジェリークに連れて行かれた店は、いかにも女の子が好きそうなカフェテラスだった。
「さ、入りますよ♪」
 アンジェリークはイソイソと、店の中に入っていく。
 そして、ハッとしたように足を止めた。
「どうした?」
「・・・マスターが・・・」
 飛空都市と主星とでは、流れる時間の速度が違う。
 主星の方が、時間の流れが速い訳で。
 アンジェリークの知っているマスターは、もう、引退してしまったのかも知れなかった。
 それとも・・・?
「どうする、アンジェリーク?出るか??」
 アンジェリークは、ブルブルと首を振った。
「いいえ、出ません。ここで、お茶をいただいていきましょう」
 言い終えて、アンジェリークはキュッと唇を噛みしめた。



 ゆったりとお茶の時間を過ごした後、一緒に食事をして。
 二人は夜の公園に場所を移した。
 そして、公園のベンチに座り、ただ二人で空を見上げた。
「辺りの景色は変わっても、この星空だけは変わりませんね。昔はよく、お部屋の窓から星空を眺めて・・・」
 アンジェリークはカティスに向かって微笑みかけたが、その横顔は、少し寂しそうで。
 カティスは彼女の柔らかい髪に、そっと手を触れ、囁いた。
「・・・大丈夫か?」
「はい・・・平気ですよ」
「アンジェリーク・・・!」
 ・・・名前を呼んだのは、カティスではなかった。
「オリヴィエ様!?」
 いつの間にか。オリヴィエが、二人の目の前に立っていた。
 驚いているのは、アンジェリークだけではなく。
 オリヴィエもまた、驚いているように見えた。
 金の髪の女王候補の隣にいる、前守護聖の存在に。
「アンジェリーク、探したんだよ。・・・まさか、カティスと一緒だったなんて、思ってもいなかったけど・・・」
「オリヴィエ様・・・」
「アンジェリーク。分かってるよね?あんたは女王試験の最中だ。さ、私と一緒に飛空都市に帰ろう。みんな心配してるよ」
 アンジェリークは、黙って俯いた。
「・・・・・・」
「カティスのコトは、ジュリアスには内緒にしておいてあげるから」
「私、私・・・」
「アンジェリーク!あんたは、この世界でたった二人しか選ばれなかった、女王候補の一人だ。それをよく、考えて」
 俯いたままの、アンジェリークの肩が微かに震えた。
「カティスさん、ごめんなさい。私・・・戻ります」
 カティスの琥珀色の瞳が、優しくアンジェリークを見つめる。
「流石は俺のお嬢さんだ。君は多分、そう言うと思っていた。言わなかったら、俺はかえって失望した
かもしれないな」
 カティスの手が、アンジェリークの頭を撫でる。
 優しく、優しく。
 涙をこらえるようにして、アンジェリークがキュッと唇を引き締めた。
「女王試験、しっかり頑張ってくれ。俺はいつでも見守ってるから」
「はい。カティスさん、また・・・」
 オリヴィエに連れられて、公園を出て行きながら。
 アンジェリークは、一度だけカティスを振り返った。
 その視線を避けるようにして俯いて、カティスは小さく息をついて。
 先ほどまで二人で見ていた夜空を、一人で・・・見上げた。



 オリヴィエに連れられ聖地に戻ったアンジェリークを待っていたのは、ジュリアスの怒りだった。
「アンジェリーク!この大切な時に、そなた、一体どこで何をしていたのだ!?」
 ジュリアスの剣幕にビクリと肩を震わせながらも。
 アンジェリークは、しっかりとした口調で答えた。
「お答えできません」
「何を!?」
「まあまあ、ジュリアス、落ち着いてくださいよ〜。そんなに怒鳴っては、アンジェリークも何も言えませんよ?」
 憤るジュリアスを宥めようとルヴァが声をかけたが、それはかえって、火に油を注ぐことになってしまったようで。
「そなた達がそんなふうに甘やかすから、女王候補としての自覚が足りなくなるのだ!」
 他の守護聖達に向かってそう怒鳴りつけてから、ジュリアスは厳しい眼差しでアンジェリークを見やった。
「アンジェリーク」
「はっ、はい!?」
「そなたには今後、私の私邸で生活してもらうぞ。私の目の届く所で、女王候補としての心得を、十分に取得するよう。絶対に目を離さぬから、そのつもりでな!!」
 言い放つと、ジュリアスは皆にクルリと背を向けて部屋を出て行った。
「後で、女王候補寮に迎えの者を呼びにやる。荷物をまとめて置くように」
 振り返ることもなく、ジュリアスはそう告げ。
 アンジェリークは、ジュリアスの監視下の下、女王試験を続けることになったのだ。



 ジュリアスの私邸で生活するようになってから、もう数日が経過していた。
 一日の生活を終え、アンジェリークはホッと息をついた。
 毎日毎日、怒ったようなジュリアスの顔ばかり見ていると、正直、気が滅入る。
 窓の外には、綺麗な星空。
 カティスと一緒に見た満天の星空を思い出し、アンジェリークは泣きたい気分になった。
「会いたいな・・・」
 ポツリと呟くと。
 こらえきれずに、若草色の瞳から涙がポロリと零れた。
「ダメダメ、泣いたりしちゃ!」
 手の平で涙を拭い、アンジェリークは窓ガラスに映る自分に、ニコリと笑いかける。
『いつでも笑っていて欲しい。君には、笑顔が良く似合うから』
 カティスの言葉が思い出されて。
「いつでも笑顔、笑顔!」
 自分に言い聞かせるように、そう口に出した時。
 コツリ。
 窓ガラスに、何かが当たったような音がした。
「??」
 窓を開けて、バルコニーに出てみる。
 階下を見下ろして。
『カティスさん!』
 思わず名前を呼んでしまいそうになり、アンジェリークは慌てて、手の平で口元を覆った。
 アンジェリークに向かってウインクしながら、カティスは唇に人差し指を押し当てた。
 唇が、短く言葉を綴る。
『静かに』
 コクコクとアンジェリークが頷くと、カティスはニコリと微笑んだ。
 それから何処からともなく一枚の紙を取り出して、アンジェリークに指し示して見せた。
 何かが、書いてあるようだ。
 カティスは器用な手つきでそれを折り。
 紙飛行機が、出来上がる。
 アンジェリークに向かって優しく微笑みかけながら、カティスはその紙飛行機を空に飛ばした。
 白い紙飛行機が、フワリ、闇夜に浮かんだ。
 バルコニーの手すりから身を乗り出し、アンジェリークはその紙飛行機を大事に手の平で受け止めた。
 その様子を確認すると、カティスはアンジェリークに向かってヒラヒラと手を振り、アンジェリークに背中を向けた。
 カツカツと小さく靴の鳴る音が、段々と遠ざかり、やがて聞こえなくなるまで。
 その後姿を、アンジェリークは黙って見送った。
 アンジェリークの視界から姿を消す瞬間、カティスの白いマントがひらりと風になびいた。
 そして、カティスの姿が見えなくなると。
 アンジェリークは小さくため息をついて、手の平に残された白い紙飛行機をじっと見つめた。
 カサカサと音を立てながら、白い指が紙飛行機を開く。

『俺のお嬢さんへ
   青い瞳のお嬢さんから、君がジュリアスに閉じ込められていると聞いてな。
   心配で、様子を見に来た。
   いや、違うな。
   俺が君に会いたいからだ。
   明日の晩、君を迎えに行く。
   君さえ良かったら・・・一緒に付いて来て欲しい
                                  カティス』
 一緒に行こう。
 アンジェリークは、そう思った。
 無責任な女王候補だと思われても、構わない。
「だって私は、カティスさんが好きなんだから」
 自分の気持ちを確かめるようにして、アンジェリークは呟いた。
 育成している大陸、エリューシオンを愛していた。
 その地に住む民のことも、愛していた。
 けれども。
 好きな人と、一緒にいたい。
 ただ、自分の気持ちに正直に。
 アンジェリークは、そう思った。



 ソワソワと、アンジェリークはカティスを待つ。
 そろそろ、ジュリアスが巡回してくる時間だった。
 本当の学生寮のようだが、ジュリアスは毎晩、就寝前に必ず、アンジェリークの様子を見に来た。
 コツリ。
 昨日と同じように、窓ガラスに何か当たったような音が聞こえて。
 アンジェリークはバルコニーに飛び出した。
 昨日と同じように。
 階下で、カティスが優しく微笑んでいた。
「アンジェリーク」
 カティスが、アンジェリークに向かって腕を差し伸べる。
「おいで」
 アンジェリークが、躊躇いがちにバルコニーから身を乗り出したその時。
 部屋のドアが開き、ジュリアスが姿を現した。
「アンジェリーク・・・」
 何事かを言いかけたジュリアスだったが、アンジェリークがバルコニーから身を乗り出している様子を見て、青くなった。
「・・・アンジェリーク!そのように身を乗り出しては、危ないではないか!!」
「ジュリアス様・・・!」
 駆け足で、ジュリアスが近付いてくる。
「ごめんなさい、ジュリアス様っ!!」
 アンジェリークは叫び、階下のカティスに視線を走らせた。
「アンジェリーク!」
 カティスに、名前を呼ばれた。
「来るんだ、俺を信じて・・・!!」
 自分をじっと見つめている、その優しい琥珀色の瞳が好きだ。
 出会った瞬間に恋してしまった、優しい瞳が。
(躊躇う必要なんて、どこにもないじゃない!)
 アンジェリークはニコリとカティスに笑いかけ、
「・・・はいっ!」
 ヒラリ。
 バルコニーの手すりから身を躍らせた。
 その姿に。
「アンジェリーク!!」
 ジュリアスの叫びが、彼の私邸中にこだました。
「ジュリアス様!?」
「いかがされました?」
 駆けつけた使用人達に向かって、ジュリアスはバルコニーを指し示した。
「アンジェリークが・・・アンジェリークが、そこから飛び降りたのだ」
「アンジェリークさんが!?」
「そんなに女王試験が嫌だとは、知らなかった・・・あれは普通の少女なのだ。厳しくしてばかりでなく、もう少し、私がちゃんと気を付けてやれば良かった・・・」
 その場に立ち尽くすジュリアスの代わりに、使用人達が慌てて、バルコニーに駆け寄った。
「アンジェリークさん!?」
 彼らは、一様にホッとした。
 アンジェリークが、元気な姿で自分達を見上げていることに。
「ごめんなさい、ジュリアス様。私、やっぱりこの方と一緒にいたいんです!」
 大きく、アンジェリークが叫ぶ。
 その声にジュリアスはハッと我に返り、自分もバルコニーに駆けつけて階下を見下ろした。
「・・・カティス!?」
 アンジェリークと一緒にいる男性の姿を見て、ジュリアスの蒼い瞳が、大きく見開かれる。
 前任の緑の守護聖は、素知らぬ顔でジュリアスに笑いかけた。
「悪いな、ジュリアス。金の髪の女王候補のお嬢さんは、俺が攫って行く」
「カティスっ!そなた、そなた!!一体どういうつもりだ!?」
「こういうつもりだ」
 カティスは人が悪そうに笑うと、アンジェリークの肩を引き寄せて。
 唇に、軽くキスをした。
「カカカっ、カティスっ!!」
 ジュリアスは、怒りで真っ赤になった。
 アンジェリークは、嬉しさと恥ずかしさで真っ赤になった。
「アンジェリーク」
 琥珀色の瞳が、じっとアンジェリークを見つめる。
「はい?」
 アンジェリークが返事をすると。
「一緒にいて欲しい。ずっと一緒にいて欲しい」
 その真っ直ぐな眼差し、真摯な言葉に。
 頬を赤く染めたまま、アンジェリークは心から幸福そうに笑い。
 カティスの広い背中に腕を回して、ギュッと抱きついた。
「ジュリアス様っ!?」
 ジュリアスが上で卒倒しているようだったが、幸せな二人には、そんなことは全く関係ないことだった。



 結局。
 第256代目の女王には、青い瞳の女王候補が即位した。
 金の髪を持つもう一人の女王候補は、女王補佐官として、忙しく立ち働いている。
 そして。
 その愛らしい女王補佐官、アンジェリークの運命の男性は・・・。
 いつでも彼女を影から支えてくれる、彼女にとって必要不可欠な存在となっていた。
「あの頃は、全然知らなかったわ。あなたが、前任の緑の守護聖なんて!」
「いいじゃないか、別にどうしても知らなければいけないことではないだろう?それに・・・」
「それに?」
「元守護聖だという事が分かって、君から距離を置かれるのが嫌だった、というのが、当時の俺の正直な気持ちだったかな」
「まあ!」
 楽しい語らいの途中ではあったが、カティスは時計に視線を走らせる。
「アンジェリーク、そろそろ時間だ」
「あら、いけない!また陛下からお目玉をいただいてしまうわ!」
 慌てて立ち上がるアンジェリークに、と一緒に、カティスも立ち上がる。
 アンジェリークを見送るために。
「気をつけてな」
 カティスの穏やかな微笑みに。
「ええ、いってきます、カティスvあなたもお仕事頑張ってねvvv」
 アンジェリークは大きく背伸びをして、カティスに『行ってきますのキス』をした。



 ・・・聖地は、今日も平和であった。
〜 END 〜



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大変長らくお待たせいたしました!!
マサさんから9999のキリリクでいただいた、カティス×リモージュですっ(滝汗)。
何でこんなに筆が進まないのか自分でも不思議でございましたが。
何とか形に出来ました。
こんな感じでOKですか、マサさん!
カティリモは、機会があれば、また書いてみたいですvvv
     



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