やさしい雨






 しとしと、しとしと。
 雨が、降る。
 聖地では、珍しいことだ。
 一日の執務を終え私邸に戻ろうとしたリュミエールは、聖殿の入り口で空を見上げ、途方に暮れた。
「まだ、止みそうもないですね・・・」
 小さくため息をつき、自分の執務室に戻ろうとした時。
「リュミエール様!」
 愛らしい声で、名前を呼ばれた。
 声の方向に目を向けると、金の髪の女王候補がピンクの傘をさしながら、立っていた。
 大きな若草色の瞳で、少女はリュミエールを見上げる。
「リュミエール様、困った顔をなさって、どうしたんですか??」
 わたくしは、困った顔をしていたのですか・・・。
 そう思い、苦笑しながらリュミエールは答えた。
「傘の用意をしていなかったもので・・・。いったん、執務室に戻ろうとしていたところなのです」
「・・・そうなんですか・・・」
 アンジェリークはリュミエールの目の前で、しばらくもじもじとしていたが。
「あ、あのっ」
 意を決したように、リュミエールに歩み寄り、彼女は言った。
「リュミエール様さえお嫌でなければ、私、お送りします!!」
 ふっ、と表情を和らげ、リュミエールは笑った。
「ありがとうございます、アンジェリーク。それでは、ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
「はっ、はい!」
 コクコクと頷くアンジェリークの白い手から、リュミエールは傘を抜き取った。
「??」
 キョトンとするアンジェリークに。
「わたくしが持ちましょう。女性に傘を持たせるなど、言語道断ですからね」
 そう言うと、彼女はクスリと笑った。
「リュミエール様がそんなコト仰るなんて・・・」
 確かに、自分のキャラクターではなかったかも知れない・・・。こんな台詞は、もっと・・・。
 フェミニストを自称する、炎のような赤い髪を持った同僚の、スカした笑顔を思い出し。
 リュミエールは苦笑いしながらアンジェリークを促した。
「それでは参りましょうか、アンジェリーク?」



 しとしと、しとしと。
 降り続く雨。
 リュミエールは、雨が嫌いではなかった。
 水のある風景が好きだからか、はたまた自分の司る力を思い出させるからか・・・。
 やさしく降り注ぐ、雨。
 いつも以上にやさしく感じられるのは、何故なのだろう?
 少しうつむき加減に自分の隣を歩く女王候補を、リュミエールはじっと見つめた。
 リュミエールの視線に気付いたのか、アンジェリークがリュミエールを振り仰いだ。
 視線と視線がぶつかり。
 彼女は、ひどく優しい表情で微笑んだ。
 その笑顔が自分の心を潤してくれている、という事実に突然気付いてしまい、リュミエールはドキリとした。
「アンジェリーク・・・」
「何ですか??」
「いえ、何でもありません。失礼しました・・・」

 育成や、飛空都市の話。
 他愛無い会話を交わしながら、二人は歩く。
 やさしい、雨の中を。
 やがて、見えてきたのは女王候補寮。
 アンジェリークがひどく慌てながら、リュミエールを見上げた。
「リュミエール様!」
「良いのですよ、お気になさらず。わたくしが、貴女を送り届けたかったのですから」
「でもっ・・・!」
「本当に、良いのです」
 そのまま女王候補寮の玄関先までアンジェリークを送り届けた。
「リュミエール様、本当にごめんなさい。遠回りさせてしまって・・・」
「そんな顔を、なさらないでください」
 申し訳なさそうな表情の、アンジェリークのフワリとした金の前髪に、そっと手を伸ばし。
「傘。このまま、お借りしてもよろしいですか?」
「もちろんです」
 リュミエールは笑った。
 アンジェリークの前髪をかき上げ、白い額にキスを落とすと。
「リュミエール様っ!?」
 アンジェリークの悲鳴のような叫びが聞こえた。
「今日は本当にありがとうございました。わたくしはこれで、失礼いたしますね」
 悪戯な笑顔を見せ、リュミエールはクルリとアンジェリークに背を向けた。



 しとしと、しとしと。
 雨は、止まない。
 少女から借りたピンクの傘をさし、リュミエールは歩く。
 やさしい雨。
 彼女が側にいたから、いつもよりずっとやさしく感じれらたのだ。
 隣に、もういないはずの少女の気配をふと感じて。
 リュミエールはそっと笑い、手の中で傘を回した。
 灰色の空の下で、ピンクの傘がクルクルと舞い。
 リュミエールの周りで、水滴が踊った。


 しとしと、しとしと。
 雨が、降る。
 それはとても、やさしい雨。



〜 END 〜



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サイトでは初(!!)のリュミリモです。
夏に海辺のリュミリモを書こうと思っていたのですが、時間の関係で割愛してしまいました。
そのリベンジの意味もあって、今回初のリュミリモの登場と相成ったわけです。
いかがでしたか??
書きなれていないため、リュミ様の台詞回し等におかしなところがあったらスミマセン。
雨の日のやさしいリュミリモが書けたかな、と、自分では比較的気に入ってたり(笑)。





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