こっちを向いてレディ
この頃、違和感を感じる。
ピンク色の補佐官の衣装を身に纏い、聖殿の中をパタパタと忙しそうに走り回る女性を見送りながら、その訳は何だろうか、と考えてみる。
「アンジェリーク・・・」
「これからジュリアス様の所に行かないといけないので、また後で!」
「これから一緒に、お茶でも・・・」
「陛下からお呼びがかかってますので、また後にしてくださいねっ!」
「アンジェリーク!」
「何ですか、オスカー様?片付けないといけない書類が山積みなので、また!」
いつでも余裕のない表情。作り物のような笑顔。
違和感の理由は、これである。
青い瞳の女王候補・・・ロザリアが女王になる、という結末を迎えた女王試験。
ロザリアたっての願いで、もう一人の女王候補だったアンジェリークが補佐官に就任して。
新しい女王と補佐官を迎え、聖地は活気付いていた。
だが。
その活気がいけないのだ、と、オスカーは思った。
アンジェリークは、その所為で忙しくしているのだから。
それは思ってはいけないことだと分かってはいながら。
オスカーは、聖地の活気を恨めしく思った。
オスカーが心からの愛情を注いでいるただ一人の女性。
そして、オスカーのことを好きだと言ってくれた可憐なその人は、業務に忙殺されていた。
オスカーがいくら声をかけても、
「また後で!」
の繰り返しである。
しかも。
『また後で』の『後で』の時間は、このままでは永遠にやってきそうになかった。
日の曜日でさえ、彼女はバタバタとしていて。
女王即位後、ほとんどまともに彼女と口を聞いたことがない、という事実に気付き、オスカーは愕然とした。
今日も、美しい女王補佐官に、
「また後でv」
と微笑まれ、引き止める術もなくただ肩を落とすオスカー。
そのオスカーの肩を、ポンポンと叩く手があった。
「オ・ス・カー♪」
「オリヴィエ!?」
「アンジェリークに相手にされなくてご傷心みたいだね?落ち込んでるトコ悪いけど、陛下がお呼びだよ」
意気消沈したまま女王執務室に入ると。
「あら、オスカー。何ですの、そんなにしょぼくれた顔をして!」
華麗なる女王陛下に一喝された。
踏んだり蹴ったりである。
「はあ、申し訳もなく・・・」
頭を下げると、女王陛下はヒラヒラと手を振った。
「まあ、そんなコトはどうでもいい事ですわ。それより、オスカー!」
ギラリ、と、青い瞳が鋭い光を放った。
「最近の貴方は、アンジェリークの管理がなってないんじゃなくて?」
「は?管理と申されますと??」
思わず聞き返すと、女王は不機嫌そうに長い髪を揺らした。
「あんなに忙しそうに働いているあの子を見て、貴方は何とも思わないんですの!?わたくしが休めといっても聞かないし・・・。このままでは身体を壊してしまいますわっ!!!!」
言い終えてから、女王はオスカーをギロリと睨んだ。
その瞳には・・・怒ったジュリアス並み・・・いや、それ以上の迫力があった。
「アンジェリークがもし倒れたりでもしたら、わたくし、貴方を許しませんことよ?お分かり?分かったら下がりなさい」
(俺が声をかけても、アンジェリークは言う事を聞いてくれないんですっ!)
その迫力に震え上がりながらも言い訳しようとしたが、更に叱られるだけのような気がして、オスカーは口を噤んだ。
そしてオスカーは、やっぱり肩を落として女王執務室を退室するのだった。
女王執務室を出たところで、アンジェリークとすれ違った。
相変わらず、忙しそうに走り回っている。
「アンジェリーク!」
「今はダメです、オスカー様!また後で!!」
そう言って駆け去ろうとしたアンジェリークの腕を、オスカーはぐいっと引き寄せた。
「もう!オスカー様っ!」
膨れるアンジェリークに、オスカーは訊ねた。
「いつなら執務室にいる?」
「えっと、夕方なら・・・」
「分かった」
パッと手を離すと、アンジェリークはパタパタと走って、ジュリアスの執務室に姿を消した。
女王には叱られたが、オスカーがアンジェリークのことを心配していない訳がなかった。
最近、顔色もあまりよくない。
だから一生懸命、声をかけているのだ。
その声は、アンジェリークには届いてくれないようではあるが。
(こうなったら、強硬手段に出るしかないな・・・)
オスカーは一人で力強く頷き、そのままアンジェリークの執務室へと向かった。
「今日も疲れちゃった・・・」
ふう、とため息をついて、アンジェリークは自分の執務室のドアを開けた。
「よう、アンジェリーク!」
深みのある声に名前を呼ばれ、アンジェリークは声の方向に視線を向ける。
視線の先では、オスカーが笑っていた。
アンジェリークの眉が、持ち上がる。
「オスカー様っ!」
「何だ?」
「こんなところで油を売っていないで、ご自分の仕事をなさったらどうですっ!?」
女王陛下ばかりでなく、アンジェリークからも叱責され、思わず凹みそうになったオスカーだが、彼はめげなかった。
「アンジェリーク」
静かに名前を呼び、手招きをする。
「何ですっ!?」
怒りながらも近付いてくるアンジェリークの腕を掴んで引き寄せる。
そして、腕の中に抱きしめた。
「オスカー様っ!」
「顔色が悪い。あまり俺を、心配させないでくれ・・・」
囁くようにそう告げると、アンジェリークは小さな声で答えた。
「私、トロいから・・・一生懸命やらないと、仕事が追いつかないんです」
オスカーは、くしゃりと、柔らかな金の髪を撫でる。
こうして髪を撫でるのも、久し振りだった。
「仕事が忙しいのは分かる。だが、無理して君が倒れてしまったら、陛下も心配するだろう?それこそ陛下不幸ってもんじゃないか?」
「でも・・・」
アンジェリークが、オスカーの腕の中で身じろいだ。
抱きしめる腕の力を強くして、オスカーは諭すように言った。
「もっと、気楽にいこうじゃないか。周りを良く見回して、深呼吸して。大変だったら、俺達に相談してくれ。少しは君の力になれるはずだ」
小さく、アンジェリークが頷いた。
「すみません・・・ご心配おかけして・・・」
「気にすることはない。ただ・・・」
「ただ?」
アンジェリークのエメラルドの瞳が、オスカーをキョトンと見つめた。
「ただ、もう少し俺のことを見てくれる余裕を持って欲しいんだが、な?」
アンジェリークが、笑う。
エメラルドの輝きが、優しく揺れた。
「分かりました、オスカー様。そうして差し上げます」
表情に、余裕が出てきた。
優しい微笑みが、戻ってくる。
「アンジェリーク!」
「はい、オスカー様。後で執務室に伺いますから。ちょっと待っててくださいねv」
ニコリとオスカーに微笑みかけ、アンジェリークは女王執務室に入っていく。
『息抜き』と称して、アンジェリークはよく、オスカーの執務室に顔を出すようになった。
「辛い時は、無理せず俺を頼るんだぞ?」
「はーい。分かりました!」
元気のいい声が炎の守護聖の執務室に響き渡り。
アンジェリークは軽やかな足取りで、執務室を後にする。
オスカーは穏やかな微笑みをその頬に浮かべ、アンジェリークの後ろ姿を見送るのだった。
〜 END 〜
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久々のオスリモです。
イメージソングは、SM○Pの「しようよ」です。
頭にパッと浮かんで、オスリモだな・・・と思って書きました。
最近、筆がお笑い系に走っているので、
ほんの少しだけお笑いテイストですが・・・。
いかがでしょう??
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