Crazy Rendezvous




「育成をお願いします」
 執務室で、オスカーはアンジェリークにそう頼まれた。
 文字面で見ると、それは守護聖と女王候補の、ごく普通の日常の風景に思える。
 しかし。
 アンジェリークはオスカーの執務机から約3メートルほど距離をとって、彼に育成のお願いをしていた。
「お嬢ちゃん・・・」
 何ともいえない情けない気分になりながら。
 オスカーはアンジェリークに呼びかけた。
「お嬢ちゃん、そんな場所から育成のお願いなんて、あまりにも連れない仕打ちなんじゃないか?お願い事は、もう少し近場からして欲しいんだが・・・」
 オスカーがそう嘆願したにも関わらず、アンジェリークは更に一歩、オスカーから後退した。
 そして、警戒するような上目遣いで、チラリとオスカーに視線を走らせる。
 ニコリ、と引きつった笑いを浮かべながら。
「それじゃ、オスカー様。よろしくお願いします」
 その仕草と笑顔に、オスカーは苛立った。
 いきなり立ち上がり、執務室に大きく靴音を響かせながら、オスカーはアンジェリークに近付いた。
 そして、アンジェリークの身体をひょいと抱き上げた。
「キャッ!?」
 驚き、青ざめるアンジェリーク。
「何するんですか、オスカー様!?」
「礼儀知らずのお嬢ちゃんに、この俺がこれから、キチンと礼儀作法を教えてやろうというんだ」
 アイスブルーの瞳が鋭い光を放ち、アンジェリークは文字通り震え上がった。
「離してください!こんなの、人攫いがすることですっ!!」
「分かった、分かった。それじゃ、出掛けようか?」
「って、人の話を聞いてるんですか!?」
 有無を言わせない勢いで、オスカーはアンジェリークを抱きかかえたまま執務室の外に出た。
 アンジェリークがバタバタと腕の中で暴れるが、そんなことにはお構いなしである。
 二人が聖殿の廊下を渡っている時に、偶然オリヴィエとすれ違い。
 これぞ天の助けと思ったのか、アンジェリークはオリヴィエに向かって叫んだ。
「オリヴィエ様、助けてくださいっ。オスカー様に攫われちゃいますっ!!!」
 真剣そのもののアンジェリークの言葉を、オリヴィエは冗談だと受け取ったらしい。
「ハイハイ、分かってるって。これから二人でどっかに出掛けるんだろ?ジュリアスには黙っといてあげるから、楽しんでおいで」
 違うんです〜、とアンジェリークの瞳は熱く語っていたが、オリヴィエは気付いてくれなかった。
 オスカーは爽やかを装い、笑いながらオリヴィエに言った。
「という訳で、オリヴィエ。ジュリアス様にはくれぐれも内密に頼むぜ」
「まっかせといて♪」
 最後の頼みの綱も絶たれ、アンジェリークはそのまま、オスカーの手によって聖殿の外に連れ出されてしまったのである。



 聖殿の外に出ると、オスカーは出仕のために自分が乗ってきた馬の上に、アンジェリークを放り投げた。
 そして、自身も愛馬に跨り。
 馬を走らせた。
 アンジェリークが隙を狙って逃げようとしている事は明白だったので、オスカーはニヤリと意地悪く笑って言った。
「危ないぜ、お嬢ちゃん。こんなスピードで馬から飛び降りたら、怪我をするからな?」
 オスカーの腕の中で、アンジェリークは唇を噛みしめ、オスカーからプイと顔を背けた。

 苦手だと思われている、と感じ始めたのは、何時頃だったろう?
 飛空都市に来たばかりの心細そうな少女の闘争心を煽るために、何か意地悪を言ってしまったことがそもそもの原因だった。
 悲しみより、怒りの方がまだましである、と思ってそのような態度を取ったのだが。
 闘争心を煽ることには成功したが、意地悪な男だという認識を持たれてしまった。
 しかも、普段のオスカーは、全宇宙の全ての女性の恋人を自負しているため。
 プレイボーイのセクハラ守護聖、という烙印まで押されてしまい(半分は事実であるが)、少女から完全に苦手意識を持たれてしまったのだ。
 今、オスカーの腕の中で怒り狂っている金の髪の女王候補が、その少女である。
 オスカーは、彼女を嫌いだと思ったことは一度も無かった。
 それどころか。
 恋している、といっても良い位の感情を抱いていた。
 初めて出会った時から。
 彼女は、天使のように愛らしく、素直な心を持っていたから。
 自分が今まで探していた運命の女性は彼女だと、オスカーは思った。
 女性に対して、こんなに真剣な気持ちになったことは・・・オスカーにとって、初めての経験だった。
 けれどもオスカーは、その気持ちをアンジェリークに対して、上手く表現することが出来なかった。
 聖地きってのプレイボーイの名が、泣く程に不器用に。
 オスカーはアンジェリークに接していた。

 そんなこんなで、アンジェリークは今、セクハラ守護聖からセクハラを受けている、と思っているに違いなかった。
 キラキラとエメラルド色の瞳が輝いているのは、多分、怒りの所為だろう。
 でもオスカーは、その瞳を綺麗だと思った。
「少しは落ち着いたか、お嬢ちゃん」
 声をかけると、アンジェリークはチラリとオスカーに視線を走らせた後、素早くオスカーから視線を逸らした。
「参ったな・・・。そんなに怒らないでくれよ?別に君を取って喰おうという訳じゃないんだ」
 アンジェリークはオスカーに向かって、
「セクハラ守護聖!」
 思いっきりしかめっ面をしてくれた。
「・・・・・・・・・」
 そんなアンジェリークを見て、オスカーはクスリと笑い。
 馬に鞭をあて、スピードを上げた。
「キャッ!?」
 そして、思わずオスカーにしがみつくアンジェリークに、やっぱり少し意地悪く、こう言ったのだ。
「大丈夫かい、お嬢ちゃん?しっかりこの俺につかまっていれば安心だぜ?」



 馬を走らせ、オスカーがアンジェリークを連れて行った場所は。
 聖殿を丸ごと見下ろせる、小高い丘の上で。
 風に吹かれて波のように揺れる草原で、オスカーはアンジェリークを馬から降ろした。
「綺麗な眺めだろう?」
 そう言って笑ったオスカーの笑顔は、穏やかで優しかった。
「・・・早く帰してください・・・」
 その微笑みにほんのりと赤くなりながらも、気丈にそう言うアンジェリークに、
「ダメだ」
 オスカーはサラリと答えた。
「折角の君と二人きりの時間なんだから、少しは楽しませてくれ」
「・・・・・・」
 一瞬の沈黙の後、アンジェリークはオスカーに訊ねた。
「どうして、私を連れ出したんですか?」
 透き通ったエメラルドの瞳を真っ直ぐ見つめながら、オスカーは答える。
 ごくごく、自然に。でも、真剣に。
「君が、好きだからだ」
 アンジェリークが、今度こそ本当に真っ赤になった。
「オスカー様って・・・ズルイ」
 そして彼女は、頬をふくらませて呟いた。
「いつもはセクハラ守護聖で、私のコト意地悪く子供扱いしてるクセに、急にそんなコト言うなんて、ズルイです・・・」
 フワリ、と、金の髪が風に揺れた。
「済まない・・・」
 オスカーが思わず謝ると。
「絶対に、許してなんかあげません」
 厳しくそう言って、アンジェリークは、プイっとそっぽを向いた。
「本当に、悪かった」
 更にオスカーが謝罪すると。
 アンジェリークは小さく笑って、オスカーを振り向いた。
「本当に反省してるなら、許してあげます」
「心から、反省してる」
 そう言って、背後からアンジェリークを抱きしめると。
「・・・セクハラ守護聖・・・」
 腕の中のアンジェリークが、優しく囁いた。
「今頃、ロザリアが心配してます。早く、聖殿に帰りましょ?」
「折角、君に今までの事を許してもらったというのに。今日は、帰したくないな・・・」
「そんなワガママ言わないでください」
「君が好きなんだから、仕方ない」
「ジュリアス様に、叱られちゃいますよ?」
「君以外の事なんか、全部、どうだっていい」
 柔らかい髪にキスをすると、アンジェリークはくすぐったそうに笑った。
「じゃあ、もう少しだけ、一緒にいましょう」
「嫌だ。ずっと、一緒にいたい・・・」
「・・・子供みたいなんだから」
 アンジェリークの手が、優しくオスカーの髪を撫でる。
 その感触が気持ちよくて、オスカーはアンジェリークの肩に、軽く頭を寄せた。

 ずっと、このままでいたい。
 君が、好きだから。 

 気持ちよくアンジェリークの肩にもたれながら、オスカーは心から。
 そう思うのだった。
〜 END 〜



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B’zの「Crazy Rendezvous」という曲のイメージで書いたオスリモです♪
本当は男性が車で女性を連れ出してしまう話なんですけど、
飛空都市で車に乗る、というイメージがどうしても湧かなかったので、
オスカー様には馬でリモちゃんを攫っていただきました(笑)。
しかも、曲の時間設定は夜だったのに、お話では昼に・・・(汗)。
しかも、私が書くとアダルトさ激減!!こんな話でいいのか!?
ここら辺が、自分の力量不足な部分であると、ちょっと反省です。
皆様に少しでも楽しんでいただけると嬉しいのですが・・・。

     


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