となりでねむらせて
女王からの急な命令で、オスカーは、とある惑星に派遣されることになった。
ちょうどその日は、アンジェリークの誕生日で。
「オスカー様、なるべく早く帰ってきてくださいね」
「勿論だ。君のために、飛んで帰ってくるぜ」
そう言って、アンジェリークの頬に軽くキスをして出掛けたオスカーだったが。
夜中になっても、オスカーは戻ってこなかった。
テーブルの上に並ぶ数々の料理を見つめながら、アンジェリークは悲しげに溜め息をついて。
「いいもん、一人でお祝いするから」
冷えたシャンパンのコルクを抜き、透明な液体を、二つのグラスに波々と注いだ。
「お誕生日おめでとう、私・・・」
持つ人のいない、もう一つのグラスに、自分のグラスを軽く触れさせて。
グラスとグラスがぶつかって、チリンと、良い音がした。
「ふふっ。いい音」
アンジェリークはニコリと笑ったが、その笑顔はどこか寂しげで。
それから黙って、アンジェリークは二人のために作ったフルコースを。
一人で、食べたのだった。
オスカーが戻ってきたのは、時計の針が翌日になってからで。
「ただいま・・・」
「お帰りなさい。お仕事、お疲れ様でした」
帰ってきたオスカーの側近くに寄った瞬間、アンジェリークの眉が、ピクリと動いた。
「オスカー様・・・お酒臭いっ!」
アンジェリークは、頬をふくらませてオスカーを睨んだ。
「私は一人でお誕生日をお祝いしたのに・・・オスカー様、お酒飲んでたんですか!?酷いっ!!」
若草色の瞳が、涙で潤んだ。
「オスカー様なんか、大嫌いっ!!」
一言そう叫ぶと、アンジェリークはパタパタと廊下を走り、寝室に姿を消した。
「アンジェリーク!」
追いかけるオスカーの耳に、
カチャリ。
部屋の鍵をかける音が聞こえた。
「絶対許してあげないんだから!」
部屋の鍵は、翌朝になるまで開くことはなかった。
しかも。
朝オスカーが目覚めた時。
アンジェリークの姿は既に消えてなくなっていた。
テーブルの上で冷たくなっている朝食を。
オスカーは、情けない気分で食した。
その日の朝。
聖殿に出仕したアンジェリークは、リュミエールから声をかけられた。
「おはようございます、アンジェリーク。今日も爽やかな朝ですね?」
振り向いたアンジェリークの顔を見て、リュミエールはギョッとした。
泣き腫らしたような瞳にも驚いたが。
彼女の目の下には、くっきりと隈まで現れていた。
元々アンジェリークの肌は白くて美しいので、余計にその隈が目立つのをリュミエールは可哀相に思いつつ。
「アンジェリーク!一体、どうしたのですか?」
そう、訊ねた。
「別に、どうもしませんけれども?」
答えるアンジェリークは、少し不機嫌そうで。
リュミエールは何故か、昨日オスカーが別の惑星に派遣された、という事を思い出してしまった。
「そういえば、昨日、ちゃんとオスカーは戻ってきましたか?」
更に訊ねたリュミエールは、自分が墓穴を掘ってしまった、ということに気付いた。
アンジェリークの若草色の瞳が、鋭い光を放って。
「オスカー様?さあ、私には、あの方が今頃どこにいるのかも分かりませんけれども」
彼女らしくない、冷ややかな声で発せられた言葉は、彼女らしくない、嫌味を含んだものだった。
この聖地で天下無敵のはずのリュミエールが、思わず言葉に詰まったその時。
聖殿の廊下の向こう側から歩いてきたのは・・・オスカーだった。
どこかホッとしながら、リュミエールはアンジェリークに微笑みかけた。
「おや、アンジェリーク。オスカーですよ?」
アンジェリークは硬い表情のまま、クイっと顎を上げた。
そして、オスカーに向かってツカツカと歩いていく。
リュミエールがその後見た場面は、彼が想像していたものと全く違ったものだった。
アンジェリークは。
まるでそこに誰も存在しないかのような表情で、オスカーとすれ違った。
「アンジェリーク!」
オスカーが呼び止めたが、アンジェリークは振り返りもせず、そのままスタスタとオスカーから遠ざかった。
「オスカー・・・」
リュミエールは、問い掛けずにはいられなかった。
「貴方は一体、何をしてしまったのですか?」
「実は昨日は、アンジェリークの誕生日だったんだ・・・。」
「それで?」
「俺は・・・昨日中に、家に帰れなかったんだ・・・」
「それだけでアンジェリークがあれだけ怒るとはとても思えませんが?」
「俺は・・・酒を飲んで帰ってしまったんだ!!」
「全面的に、貴方が悪いですね?」
リュミエールの冷ややかな眼差しに耐え切れなくなったのか、オスカーは言い訳をする。
「違うんだっ!問題解決した後、あっちのお偉方がどうしてもお礼を、と言って、断れなかったんだ!!これは、不可抗力だ!!!」
「へぇ〜。そうだったけ?」
二人の会話に横槍を入れてきたのは、オリヴィエだった。
「オリヴィエ!?」
ギョッとするオスカーを見て意地悪くニヤリと笑い、オリヴィエは続ける。
「確かあそこの惑星には、綺麗な女のコが沢山いたよねぇ。誰かさんは、女のコたちに囲まれて、鼻の下を伸ばしてた様な気がしたけど?」
「そういえば、オリヴィエ。貴方はオスカーと一緒に、例の惑星に派遣されたのでしたね?」
「そっ。お偉方からお酒に誘われたのはホントだけど、一杯お付き合いして、帰ろうと思えば、さっさと帰れたわけ。でもさぁ、オスカーってば、思いっきりプレイボーイ振りを発揮しちゃって・・・」
リュミエールが、再び冷ややかな眼差しでオスカーを見た。
「自業自得です」
「そーゆーコト」
オリヴィエの眼差しも、冷たい。
「ま、このコトはアンジェリークには黙っててあげるから、感謝しなね」
もはや、言い訳の余地もなく。
オスカーは力なく肩を落とし。
自分の執務室にヨロヨロと戻って行くのだった。
その日は、一日バタバタしていて。
朝、無視されてからその先、オスカーはアンジェリークに会う機会に恵まれなかった。
しかも、執務終了間際にジュリアスから急な仕事を命じられ、泣く泣くその仕事をこなした。
本当は今日こそ飛んで帰って、アンジェリークに謝罪をしたかったのに。
(結局、今日も帰りが遅くなってしまった・・・)
店じまい寸前の花屋に、半ば強引に頼んで作ってもらった薔薇の花束を抱え、オスカーは溜め息をついた。
(アンジェリークは、まだ怒っているだろうな・・・)
普段は天使のように優しいアンジェリークであったが、その分一旦怒らせると、その怒りの継続時間は長かった。
しかも、ただ怒らせただけでなく、今回は彼女の大事な日を台無しにしてしまったのである。
自分の責任で。
(これはもう、正直に謝るしかないっ!!)
そう決意し、オスカーは家路へと急いだ。
家に帰ると、朝と同じく、冷たい夕食がオスカーを待っていた。
でも。全く食事を作らない、とかいう意地悪をしないところが、アンジェリークらしい。
そう、オスカーは思って。
クスリと笑いを漏らす。
「笑ってる場合じゃありません。早く食べてください。食器を洗わないといけないんですから」
冷ややかな声に振り向くと、アンジェリークがリビングのドア近くに立っていた。
「アンジェリーク!!」
オスカーが名前を呼ぶと、アンジェリークはオスカーを睨んで、そっぽを向いた。
その仕草を、表情を、オスカーはとても愛しいと思う。
「アンジェリーク・・・」
再度名前を呼び、彼女に近付こうとすると。
「早く食べてくださいっ!」
やっぱり怒ったように、そう言われた。
近付いて、抱きしめて、謝りたかったのだけれど。
オスカーはグッと我慢して、素早く食事を済ませた。
オスカーの食事が終わると、アンジェリークは無言でオスカーの食器を下げ、無言で茶碗洗いを始めた。
そして、無言で寝室に引き上げて行った。
オスカーは、その後を追う。
途中で玄関に置き忘れてきた花束の存在を思い出し、慌てて玄関に戻った。
今日は、寝室の扉は開いていた。
ホッとしたような気分で、寝室の中に入ると、部屋は、真っ暗だった。
明かりをつけて。
オスカーはアンジェリークの名前を呼んだ。
三度目の正直で。
「アンジェリーク」
ベッドの上で、アンジェリークの身体が小さく身じろいだ。
「アンジェリーク!」
オスカーは、心の底から言った。
「昨日は、本当に済まなかった。俺が悪かった」
「・・・・・・」
返事は、無かった。
オスカーは、更に続けた。
「許してくれ、アンジェリーク。埋め合わせが出来るとは思わないが。反省してる」
「・・・・・・・・・」
「頼むから、そんなに怒らないで、機嫌を直してくれ。君に嫌われたら、俺はもう、帰る場所がなくなってしまう・・・」
「・・・明日も執務があるんですから。早く休んだ方がいいですよ?」
ようやく聞けたアンジェリークの声は、先刻までの冷ややかさが消えて。
・・・優しい声だった。
「アンジェリーク・・・!」
ベッドに滑り込んで、後ろから抱きしめてキスをした。
「俺を、許してくれるか?」
耳元で囁くと、
「・・・本当は、絶対に許したくないんですけど・・・」
アンジェリークがポツリと呟く声が聞こえた。
「でも、やっぱりオスカー様が好きだから。だから、許してしまうの」
その答えが愛しくて。
オスカーはアンジェリークを抱きしめる腕に、力を込めた。
「本当に、悪かった・・・」
「もういいです。でもその代わり、次のお休みは、私のために空けておいてくださいね?」
「今度こそ絶対に、約束する」
固く固く約束をして。
パチリ。
オスカーは、寝室の明かりを消した。
翌朝、オスカーが目覚めると。
「おはようございます、オスカー様」
優しく微笑むアンジェリークの姿を見ることが出来た。
温かい朝食を、オスカーに差し出して、アンジェリークはニッコリと愛らしく笑った。
「オスカー様、昨日は薔薇の花、ありがとうございました」
その笑顔を見るだけで、オスカーは何でも出来るような気持ちになってしまう。
涼しげなガラスの花瓶に生けられている薄いピンクの薔薇の花を見て、オスカーの瞳が穏やかに微笑んだ。
「いつもありがとう、アンジェリーク。・・・愛してる・・・」
いきなりそう言ったオスカーに、アンジェリークは頬を赤くしながら訊ねた。
「オスカー様・・・朝から一体、どうしたんですか?何かお願い事でもあるんですか??」
その腕を引き寄せて。
君のためなら、何だってできるから。
次の休みには、きっと二人で出かけよう。
いっぱい我儘を言ってくれ、何でも聞くから。
君が望むなら、どんな事でもしてあげるから。
「愛してる」
オスカーは軽く、アンジェリークにキスをした。
だからこれからも、君のとなりでねむらせて。
俺が帰るべき場所は・・・ただ一つだけ。
君の側だけだから。
〜 END 〜
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こちらは、カラオケ洗脳小説第2弾「となりでねむらせて」です。
またまたB’zの同タイトルのイメージで書かせていただきました。
前回がぬるすぎたので、今回はちょっとアダルトに!!
を目標に書いたつもりです(笑)。
少しはアダルトチックになってますよね!?
カッコいいオスカー様を書く、という事が苦手な自分ですが、スミマセン。
もう少し精進したいと思います・・・(汗)。
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