彼女のヨロコビ、彼のシアワセ


 食欲を誘うような良い匂いが、鼻先を漂った。
 パチリ。
 オスカーは、目を開く。
 半ばボーっとしながらベッドの隣を確認すると、既にアンジェリークの姿はなかった。
 欠伸をしながらオスカーはベッドから降り、キッチンへと足を運んだ。
 キッチンでは、アンジェリークが朝食の仕度をしている。
「・・・おはよう」
 声をかけると、
「おはようございま〜す。もうすぐお食事が出来ますよv」
 サラダボールに野菜を盛り付けながら、アンジェリークが朗らかに笑った。
「ありがとう」
 オスカーがまだ少々寝惚けながら答えると、アンジェリークはニコニコと嬉しそうに微笑んだ。
「オスカー様。今日はお買い物に付き合ってくださるお約束ですよ。覚えてますか??」
 嬉しそうな問いかけに、オスカーの頬も自然にほころんだ。
「・・・ああ、そうだったな。君との約束だ。ちゃんと覚えてるさ。」
 ここしばらく、お互いに忙しくてなかなか休暇が合わなかった。
 久々の、二人一緒のオフだった。
 朝からゆっくりと、一緒に朝食を取れることを、オスカーは天と女王陛下に感謝した。



 食後のコーヒーの後、アンジェリークはイソイソと出かける準備を始めた。
「何を着ていこうかなぁ?」
 洋服ダンスの前で首を傾げるアンジェリークに、オスカーは声をかけた。
「主星はもう夏だ。あの白いワンピースを着ていったらどうだ?」
 胸元が広めに開いた、大きな丸襟のワンピース。
 ほっそりしたウエストのラインと、対照的にフワリと広がるスカートが、オスカーの気に入って。
 即座に、アンジェリークに、買わせたものだが、
「あのワンピース、前に着た時、ロザリアに怒られちゃったじゃないですかぁ。実際、ちょっと恥ずかしいし・・・」
 アンジェリークを溺愛している女王のロザリアから、『胸元の露出度が高すぎる!』と、キツイ叱責を受けた。
「いいんだ。今日は陛下と一緒というワケではないし、オレは、あの服を着ている君を見たい」
 オスカーが熱心に言うのに、アンジェリークは根負けしたようだ。
「分かりました。じゃあ、あのワンピースを着ていきますね」

 そして、オスカーとアンジェリークは連れ立って主星に降りた。
 二人きりで。



 首筋が隠れるぐらいの高い襟に、キュッと締まったウエスト。
 シンプルではあるが、膝丈のスカートは上品なフレアで、腰の周りにゆるく巻かれているリボンがアクセントとなっていて愛らしい。
 デザイン的には、申し分のないワンピース。
 しかし、試着室から出てきたアンジェリークを見て、オスカーは首をかしげた。
「少し地味かもしれないな・・・」
 ワンピースの色は淡いグレーで、それを着たアンジェリークは普段より落ち着いて見えたが。
 華やかな金の髪と明るい若草色の瞳が、いつもより映えて見えるような気もした。
「いや、地味かも知れないが、この服がアンジェリークにひどく似合っているというのも、また事実だ・・・」
 腕組みをし、真剣に考え込むオスカーに、店員が明るい声で後押しした。
「ええ!とてもお似合いですわ。明るい色の服を召されるより落ち着いた感じは致しますけれども。たまには色の冒険をなさってはいかがでしょう?何を着てもお綺麗な奥様ですもの」
 その褒め言葉に、オスカーはフフンと自慢げに笑った。
「そうか?そうだな。では、それを貰おう」
 店員がイソイソと商品を包んでいる間に、アンジェリークはオスカーに囁きかけた。
 オスカーが手当たり次第にアンジェリークに服を試着させ、手当たり次第に買ってしまうので、既にこのワンピースが何着目の購入かでさえ、定かではなかった・・・。
「・・・オスカー様」
「何だ、どうした?他に欲しい服でもあるか?」
「あのですね、店員さんは褒めるのが仕事なんですよ?いちいち真に受けて買ってたら、破産しちゃうんですから!」
 アンジェリークの言葉に、
「破産?誰が??」
 オスカーは不敵に笑った。
「君は俺を誰だと思ってるんだ?愛する妻に散財して、何が悪い?金の心配なんて、いらんことだぞ」
「でも、何だか勿体なくて・・・」
「この俺に買われて、君に身につけてもらえるんだ。あの服だって本望だろうさ」
「でも・・・」
 言葉を続けようとするアンジェリークに、オスカーは真顔で告げた。
「美しい君に、より美しくいてもらいたい・・・。それが、俺の願いだ」
 その台詞にアンジェリークは仄かに頬を染め、オスカーから視線を逸らした。



 オスカーの満足いくまで服を買った後、二人は遅い昼食を摂ることにした。
 アンジェリーク行きつけのティールームまで、二人は仲良く歩を進めた。
 自分の隣でウキウキと軽やかに歩くアンジェリークを見て、オスカーは苦笑する。
 ・・・アンジェリークは、ケーキに目がなかった。
 店に入り、メニューをもらうと。
「えーと・・・」
 アンジェリークは真剣に、ケーキメニューと睨み合い始めた。
 その様子を見てクスリと笑い、オスカーはウェイターに声をかけた。
「本日の紅茶は?」
「ピーチのフレーバーティーでございます」
「ありがとう。もう少し時間がかかりそうなので、また」
「かしこまりました」
 アンジェリークはその間にも、一生懸命に考えている。
 女性がこういう時に悩む様は、可愛らしいと思う。
 特に、それがアンジェリークなら。
 アンジェリークが、メニューから顔を上げた。
「決まったか?」
 尋ねると、コクリと力強く頷いた。
「今日の紅茶は、ピーチのフレーバーティーだそうだ」
 教えてやると、アンジェリークの瞳がパッと輝いた。
「私、ピーチ大好きなんです〜vvv」
 笑いながらオスカーは指を鳴らし、ウェイターを呼び寄せた。
「アンジェリーク?」
 促すと、アンジェリークは若草色の瞳をキラキラさせながら、ケーキメニューを指差した。
「ベリーのタルトと、カボチャのシフォン」
「俺はレアチーズケーキ。クラブハウスサンドイッチを一皿。あと、本日の紅茶とカプチーノを」
「サンドイッチとケーキはご一緒にお持ちしてよろしいですか?」
 少しだけ考えた後、オスカーは頷いた。
「そうしてくれ」
 注文を確認し、ウェイターが去っていくと。
「オスカー様、サンドイッチも召し上がるんですか??」
 アンジェリークがキョトンとした瞳で尋ねた。
「君は、昼食をケーキだけで済ませるつもりか?」
 オスカーが尋ね返すと。
 アンジェリークはニッコリと微笑んだ。
「はい!」
 オスカーは小さくため息をついた。
 女性のこういうところには、未だに理解に苦しむ。
「俺が許さん。ケーキの前に、少しサンドイッチを食べるように。いいな?」
 そう言って額を小突くと、アンジェリークはやっぱりニコニコと微笑んだ。
「はーい。分かりましたv」
 無邪気なその微笑みに、心が穏やかになる。
 オスカーのアイスブルーの瞳が、優しく揺らいだ。
「お待たせいたしました」
 ウェイターの持ってきたケーキを見て、アンジェリークの瞳のキラキラが更にパワーアップした。
「美味しそ〜うvvv」
「紅茶は、砂時計が落ち切った頃が飲み頃です」
 一礼して、ウェイターは持ち場に戻っていった。
 紅茶のポットを見ながら、
「うふふ〜v」
 アンジェリークが、笑う。
「なんだ、どうした?」
 聞いてやると、微笑みを絶やさぬままにアンジェリークは答えた。
「紅茶が蒸れるまでの時間って、とってもドキドキするんです。ドキドキしながら待って、いざ紅茶を注ぐ時のあの瞬間って、ホントに幸せなんですよv」
「・・・そうか」
 瞳を細めてオスカーが笑うと、アンジェリークは拳をギュッと握りしめて主張した。
「そうですっ!!そして、紅茶の香りがフワリと漂ってくる時の喜びったら!」
「アンジェリーク」
 まだまだ主張し足りない様子のアンジェリークに、オスカーは声をかけた。
「砂時計。落ち切ったが?」
 アンジェリークの視線が砂時計へと移り、時計の砂が落ち尽くしていることを確認して、彼女はホクホク顔になった。
 ほっそりとした腕をティーポットに伸ばし。
 アンジェリークはいそいそと、紅茶を自分のカップに注いだ。
 白いティーカップに、琥珀色の液体揺れる。
「はあぁ〜vピーチのとってもいい香りvvv」
 うっとりと呟くアンジェリークに、オスカーはサンドイッチの皿を差し出した。
「いただきまーす」
 アンジェリークの指が、サンドイッチを一切れ、摘んだ。
「ここのクラブハウスサンドって、絶品ですよねv他のクラブハウスなんて食べられなくなっちゃう」
 などと言いながらサンドイッチを2枚ほど食べ、アンジェリークのフォークはケーキへと向かった。
 カボチャのシフォンから食べ始める、ということは、ベリーのタルトの方がお気に入りなのだろうとオスカーは思った。
 アンジェリークは、好きなものは後に取っておくタイプだった。
 ケーキを一口食べ、アンジェリークはうっとりと呟いた。
「とっても幸せ〜vvv」
「そうか?」
 笑いを含んだ声でオスカーがそう言うと、アンジェリークは不満そうに唇を尖らせた。
「オスカー様は甘い物を愛してないから、私の気持ちが分からないんですっ!!」
「分かった、分かった」
「ホントに分かってます??」
 上目遣いに見上げてくる瞳が愛らしい。
 クスクスと笑いながら、オスカーは自分のケーキの皿をアンジェリークに差し出した。
 レアチーズケーキは、アンジェリークのお気に入りのケーキのうちの一つだ。
 最初からアンジェリークに食べさせるつもりで、このケーキを頼んだのだ。
「オスカー様?」
 不思議そうな表情のアンジェリークに向かって、オスカーは優しく微笑みかけた。
「君さえ良かったら、食べてくれ」
 アンジェリークの瞳が、真ん丸に見開かれた。
 綺麗な若草色の瞳が零れ落ちてしまいそうだ。
「本当に?本当にいいんですか??」
「このケーキ、好きだろ?」
「ありがとうございますっ!嬉しいです〜vvv」
 アンジェリークは、オスカーに極上の笑顔を見せた。
 ケーキの皿を引き寄せ、白いケーキにフォークを突き刺した。
 パクリと一口食べ、満足気にため息をつく。
「はぁ〜。おいしいvvv」
 満面の笑みでケーキを食べるアンジェリークを眺めながら、オスカーはアイスブルーの瞳を優しく細めた。
 二人だけの、幸せな一時。



 ケーキの後。
 アンジェリークの新しい服に似合う靴が必要である!
 というオスカーの主張により、また買い物をした。
 購入した品は全て郵送することにしたため、大量の買い物をした割には、二人は身軽だった。
 ほっそりとした腕に巻かれた時計で現在時刻を確認し、アンジェリークが小さく叫んだ。
「あら!もうこんな時間。早く帰らないと、お夕飯の準備が間に合わなくなっちゃう!!」
「アンジェリーク。言い忘れていたが、今日の夕食は必要ない」
「え?どうしてですか??」
「せっかくの二人きりの休暇だ。俺が、レストランを手配しておいた。今日はそこで夕食だ」
 アンジェリークの腕を取りながら、オスカーは笑った。
「エスコートをさせてもらえるかな?俺のレディ」
 アンジェリークが視線を上げて、オスカーを見つめた。
「オスカー様がどうしても、っておっしゃるなら」
 悪戯っぽく笑うアンジェリークの手の甲に、オスカーはそっとキスを落とした。



 月明かりの下、二人は私邸への道を歩く。
 ディナーは最高だった。
 食事もワインも極上で、二人は満足して聖地に戻ってきた。
 月が投げかける光の加減のせいか、太陽のように眩しいはずのアンジェリークの髪は、普段とは違う落ち着いた輝きを放っていた。
「アンジェリーク」
 立ち止まり、名前を呼ぶと。
 アンジェリークもまた歩を止め、オスカーを見上げた。
 白い頬にそっと触れる。
「オスカー様・・・」
 小さな声でオスカーの名前を呼び、アンジェリークが視線を伏せた。
 サラリと流れていく風に、長い睫毛が揺れた。
「あの、今日はとても楽しかったです・・・」
 明日からはまた、お互いにバタバタと忙しくなる。
 同じ家にいるはずなのに、すれ違いの日々が続くだろう。
「いつも側にいてやれないのがもどかしいが、俺はいつでも君の事を想っている。それだけは忘れないでくれ」
 真剣にそう告げると。
「はい」
 短く返事をした後、アンジェリークがオスカーに寄り添った。
 両手で小さな顔を包み込むようにした後、
「瞳を・・・閉じてくれ」
 囁くように告げると、アンジェリークがそっと、瞳を閉じた。
 二つの影が寄り添い、一つに重なる。
 月明かりが優しく、その影を照らした。




  〜 END 〜




24242のキリリクとして、あきら様からリクいただいた、オスリモです。
オスカー様をカッコよく、ということで、非常に難産でしたが何とか課題をクリアしました!!
個人的にはケーキを食すリモちゃんを書いているときが一番幸せでした(笑)。
あきら様にお気に召していただけると幸いです。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします〜vvv





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