素晴らしい日々
朝。6時25分。
目覚し時計が朝を告げる5分前ちょうどに、青い瞳の女王候補は目を覚ました。目覚めた後は薄いブルーのカーテンを開けて、天気の確認。
「まあ、今日も良いお天気ですこと」
それから顔を洗ったり、洋服に着替えたりと朝のこまごまとした支度を手早く済ませる。
その後は、ばあやにお茶を淹れてもらって朝のティータイムを楽しむことに。
女王候補寮の朝食の時間は7時半。
それまではゆっくりとした時間を過ごす筈のロザリアであったが、そういう訳にもいかないのであった。
何しろ…。
7時。
隣の部屋から目覚ましのベル。いつまでたっても鳴り止まない。
ロザリアはお気に入りのチェアーから腰を上げ、隣の部屋のドアをノックした。
「アンジェリーク?まだ寝ているの!?」
ピンクを基調としたアンジェリークの部屋。ドアを開いて中に入ると、その部屋の主は目覚ましの音にもびくともせず、幸せそうに眠りつづけているのであった。
そんな彼女の姿を呆れたように、でも可愛くてたまらないといった表情で見つめつつ、ロザリアは目覚ましをストップさせて、
「いい加減に、起きたらどうなの?…全く」
容赦なく布団を引き剥がした。
「ロザリア、あと5分寝かせて~」
「駄目よっ。食事の時間に間に合わなくなるでしょう?さっさと起きて顔を洗って服を着替えなさいな。リボンはわたくしが結んであげるから」
アンジェリークは渋々目を覚まし、寝ぼけ眼で顔を洗って着替えを始めた。その間に、ロザリアはベッドメーキング。
着替え終わる頃にようやくアンジェリークの目も覚めてきて。
「おはよう、ロザリア。今日も起こしてもらっちゃって、ごめんね。しかも、ベッドメーキングまでしてもらって…」
「あら、そんなのいつもの事でしょう?今更改めて言う事ではないわね?さ、椅子にお掛けなさい。リボンを結ぶわよ」
アンジェリークのシンボルマークとも言える赤いリボンは、ほとんど毎日、ロザリアの手によって結ばれているのであった。
「ロザリアって、本当に何でも出来るのね。しかも何でも手早いし、スゴイな」
「当然よ。あんたももう少ししっかりしなくてはね。…さ、リボンが結べたわ。ところであんた、今日はどう過ごす予定なの??」
本日の予定を毎日聞くのもロザリアの日課になっている。
「えっと、今日はね。クラヴィス様とルヴァ様に育成のお願いに行って~、あと、王立研究院にもいかなくっちゃ。」
「そう。気を付けて出掛けるのよ。あら、もう朝食の時間だわ。行くわよ、アンジェリーク」
「うんっ。今日の朝ご飯何かな~。楽しみねっ」
「あんたって人は…」
「うふふっ」
アンジェリークの愛らしい微笑みで、やっと一日が始まったような気がするロザリアであった。
9時。
朝食も終わり、女王候補達が本格的に活動を始める時間である。
「あら。わたくし、お部屋に大事な資料を忘れてきてしまったわ。アンジェリーク。あんた、先に出掛けてちょうだい」
「はーい。じゃ、ロザリア、また後でね!」
二人の女王候補は、ここから別行動を取ることになる筈なのだが…。
ロザリアは、アンジェリークが出掛けるのを確認してから、その後をつけ始めた。
要するに、ストーカー行為である(笑)。
(アンジェリークに、悪い虫がつかないようにしなくてはっ!!)
と、大親友である可愛い可愛いアンジェリークのために、日々身を粉にして働く(当然、守護聖たちからは恐れられている)ロザリアなのであった。
アンジェリークが飛空都市の人々と挨拶を交わしつつ、無事に王立研究院に入っていくのを確認した後、ロザリアは素早く占いの館に駆け込んだ。
「あら、ロザリア。今日は占い?それともおまじないかしら??」
「アンジェリークとラブラブフラッシュをお願いしますわっ。それから占いもっっ」
占いの館に、いきなりハート3個を注ぎ込む大胆行動。
しかし、そんなロザリアの態度に驚くこともなく、サラはおまじない&占いをそれはそれは迅速に行ってくれた。
いい加減、アンジェリーク命!なロザリアの行動パターンにも慣れてきたサラである。このくらいで驚いてはいられないのであった。
占いでアンジェリークとの親密度が誰よりも高いことを確認し、満ち足りた微笑を漏らしたロザリアは、丁寧にサラに礼を告げて、占いの館を出た。
(まだ、アンジェリークが研究院から出てくるにはもう少し時間があるわね)
アンジェリークが王立研究院から出てくるまでの時間は、平均30分であった。
ロザリアは自分の育成のために、今度はジュリアスの執務室に入室した。
「ロザリアか。今日は、何…」
「おはようございます、ジュリアス様。今日は育成を少しお願いしますわ」
ジュリアスの挨拶の言葉もロクに聞かず、ロザリアは簡潔に用件だけ告げた。
「もう少し、ゆっく…」
「それでは、失礼致します」
これ以上に無い優雅な仕草で一礼してジュリアスの言葉を封じると、ロザリアは彼の執務室を退出した。
「慌しいことだな…」
執務室に取り残されたジュリアスは、その華麗で颯爽とした後姿をただ見送るしかなかった。
一方のアンジェリークは。
ランディと、王立研究院で世間話に花を咲かせていた。
「俺の私邸には犬がいるんだけどさ。すっごく人懐っこいんだよ。知らない人にでもキャンキャン擦り寄っていくから、絶対番犬にはならないな」
「えー、ランディ様のお家、犬がいるんですか?可愛いですか??見てみたいです~」
「それじゃあさ、」
(よしっ!自然な流れで私邸に誘うぞ)
ランディは、心の中でガッツポーズを取った。いつもアンジェリークの側に守護神よろしく侍っているロザリアもいないことだし、今が最大のチャーンス!
「次の日の曜日にでも、俺の私邸に遊びに来ないかい?俺も犬も、君のことを歓迎するよ」
「まあ、それは素敵ですわね。アンジェリークと二人で、是非、遊びに行かせていただきますわ」
『わあ、嬉しい!いいんですか?』
というアンジェリークの喜びの声の代わりにランディの耳に飛び込んできたのは、お馴染みのお上品口調だった。ランディはスーパー大チャンスがスルスルと腕の中から抜け出していくのを感じ、情けない声で叫んだ。
「ロっ、ロザリア!?」
「あー、ロザリア~。ジュリアス様へのご用事は終わったの?」
「ええ。あんたはこれから、クラヴィス様かルヴァ様の所にいくのでしょう?私もこれから、ルヴァ様の所に行くのよ。良かったら一緒に行きましょう」
「そうね、一緒に行きましょ!」
それからロザリアは、ランディをスルドイ目つきで見やった。
「あら、ランディ様。マルセル様が探していらっしゃいましたわよ(大ウソ)。早く執務室にお戻りになった方がよろしいのではありません(わたくしがいない隙にアンジェリークに手を出そうったってそうは行きませんわよ)?」
(負けた…)
そう思いつつも、ランディは最後の抵抗を試みた。
「アンジェリーク。日の曜日の約束、忘れないでくれよ」
「はいっ!ロザリアと一緒に伺います」
(しかも、完敗だ……)
ガックリとうなだれ、肩を落とすランディであった。
女王候補の二人は(特にロザリアは)ランディの落胆ぶりには目もくれず、次の目的地、ルヴァの執務室へと歩を進めた。
地の守護聖の執務室へと続く廊下を歩いていると、
「おっはよー!二人とも、元気ぃ?」
オリヴィエの登場である。
(あら、オリヴィエ様だわ。…登場のタイミングが良すぎるわね。きっと、アンジェを待ち構えていたに違いないわ)
何食わぬ顔でオリヴィエに挨拶を返しながらも、戦闘態勢に入るロザリア。
「おはようございます、ご機嫌いかがですか、オリヴィエ様?」
「オリヴィエ様、おはようございます!」
アンジェリークは無邪気に満面の笑みで挨拶である。
(んもう、自分が狙われているとも知らないでっ。そんな愛らしい顔で笑いかけたら守護聖様達が勘違いしてしまうわっ!!)
「ところでオリヴィエ様、このような所で何をなさっているのですか?」
「随分なご挨拶だね、ロザリア?あんたたちの元気そうな声が聞こえてきたから、顔をみておこうかなって思っただけさ」
(アンジェリークの顔が見たかっただけでしょう(怒))
思わず険のある眼差しでオリヴィエを見つめてしまうロザリアであった。
アンジェリークは相変わらずの笑顔で、
「私達、これからルヴァ様の所に伺うんです。それじゃ、失礼します!」
「はーい。気を付けて行ってくるんだよ」
ヒラヒラと手を振って二人を見送るオリヴィエを振り返り、
(ルヴァ様の執務室まで一緒に行くことにして本当に良かったわ…)
ロザリアはしみじみとそう思うのだった。
「おや~。今日は二人でお揃いなんですねぇ。私に何かご用ですか~?」
執務室に入ると、ルヴァが相変わらずの穏やか口調で二人を迎えてくれた。
ほわわんとした物言いに思わず心が和むロザリアであったが、
(いいえっ。あからさまに表面には出さないけれど、ルヴァ様もアンジェを狙っているということは明白だわ。油断は禁物よ、ロザリア!!)
と、一人気合を入れ直すのであった。
「ルヴァ様、育成をお願いします」
「わたくしも、育成をお願いしますわ」
「はいはい、分かりましたよ。…ところで、お二人に見ていただきたいものがあるんですよ。ゼフェルやオリヴィエには退かれてしまったんですがね~。まあ二人とも、そこの椅子に掛けてくださいね」
ルヴァが嬉々として二人に差し出したものは、ある一冊の本だった。
「地球という星にある中国という国の三国志って、ご存知ですか~?」
「あー、知ってます!他星の歴史で習いましたし、面白そうだったので自分でも本を読みました。私は周瑜が好きなんですよ(はあと)。そして断然、呉を贔屓してますっ!!みんなカッコイイし」
「わたくしも存じておりますわ。ただ、わたくしは曹操陣営が好きですけれど。彼は大物ですわよ?わたくしは、郭嘉などの、文官タイプが好みですわね。張遼は文武両道な感がして、好感が持てますわ」
ルヴァは本当に幸せそうにほわわんと微笑んで、
「うんうん、二人とも知っていてくれて嬉しいですよ~。私は、アンジェリークとどうやら趣味がおなじようですね。この本はですね、『呉三国志』って言うんですよ。地球の日本という国から取り寄せたんです。呉が中心の三国志なんですね~」
「ええーっ、呉の三国志ですか!?周瑜、カッコイイですか!?孫策はっっ??」
「二人ともなかなか良く書かれていますよ~」
「ルヴァ様っ、その本読み終わったら、是非是非、貸してくださいっ!!」
「それより、アンジェリーク。今度の日の曜日にでも、私の私邸に来ませんか?最近呉がマイブームなので、色々な本が揃っていますよ。あなたに喜んでいただると思いますが…」
「伺います!!!」
(してやられたっ!?)
やはり、油断は禁物であった。
ロザリアが口を挟む間も与えず、ルヴァはアンジェリークと私邸デーとの約束を取り付けてしまったのだ。さすがは、知恵を司る守護聖である。
しかし、ロザリアは負けなかった。
「あら、アンジェリーク。次の日の曜日は、ランディ様とのお約束があるでしょう?」
「あーっ、そうだったわ。ルヴァ様、ごめんなさい。また誘ってくださいね」
シュンとしおれるアンジェリーク。ルヴァもまた、残念そうな表情で、
「そうですか、残念ですね~。でも、また誘わせてくださいね?」
「はいっ。次は絶対伺いますからっ!!」
二人の会話を聞きながら、
(またはありませんわよ、ルヴァ様)
と、心で呟くロザリアだった。
お昼。12時。
何だかんだで、あっという間にお昼の時間がやってきた。女王候補の二人は仲良く連れ立って、寮に戻っていく。
女王候補寮のお昼ご飯は、手っ取り早く言えば、味が良い学食のようなものである。
ロザリアはきのこのパスタ+サラダのセットを、アンジェリークはサンドイッチ&サラダのセット+ヨーグルトを頼み、これから楽しいランチタイムの一時を過ごすことになる。
アンジェリークに守護聖の魔の手が伸びることもなく、ロザリアにとっても貴重な休息の時なのであった。
守護聖の噂話や新発売のお菓子の批評、最近読んだ本の感想等々、女の子同士の話題は尽きない。
楽しい会話のうちに食事を終え、食後のお茶を楽しむ二人。
「そういえば…。午後からは何しようかな?」
思い出したように呟くアンジェリークに、ロザリアはこう誘った。
「あら。ではわたくしと一緒に、図書館で調べ物をしない?育成を更に効率よく進めるにはどうすれば良いか、一緒に考えましょう」
「えーっ?一緒に行って良いの、ロザリア??」
「あんたは仮にも女王候補。わたくしのライバルとして、ちゃんと勉強してもらわなくてはね」
「もー、ロザリア、そんな意地悪言って~。そんな言い方したって、私には分かるもん。ロザリアがホントは私を心配してくれてるんだってコト」
「そう思うなら、もう少しシャキっとしなさいね?」
「ふふふっ。努力はしてるんだけど」
何だかラブラブな会話である。
それから約10分後、二人の女王候補は再び連れ立って、王立図書館へ向かうのであった。
午後。1時半。
王立図書館に女王候補が二人、仲良く現れた。
閲覧室に入って本を探そうとした二人。そんな彼女達にすかさず声をかけた守護聖がいる。
「よぉ、おめーたち。こんな辛気臭いトコで勉強かよ?」
「ゼフェル様!こんにちは~」
それは9人の守護聖の中でもこの図書館という場所に最も似つかわしくなかろうと思われる、鋼の守護聖であった。
ゼフェルは度々、他の守護聖達がいない絶妙なタイミングで女王候補達の前に現れた。それも、普段の彼ならあんまりいそうもない場所で。
ロザリアなどは、
(盗聴機でもつけられているのではないかしら…)
などと、常日頃から思っているぐらいだ。
今日もゼフェルは、普段はほとんど足を踏み入れないであろう図書館で、二人を待ち構えていたのだった。
「こんにちは、ゼフェル様」
無礼にならないようにまず挨拶をしてから、ロザリアは皮肉っぽく続けた。
「ゼフェル様こそ、このような辛気臭い場所で一体何をなさってますの?」
「あー、私も聞きたいです!ゼフェル様って、本とかあんまり読まなそうですものね!!」
ロザリアだけでなく、アンジェリークからも厳しいツッコミ(本人には自覚無し)をいれられて、ゼフェルは一瞬、狼狽したように見えた。
だが、それも束の間、彼は機械工学の本を、まるで水戸黄門の印篭のごとく二人に見せて、
「へへーん。オレはこの本を借りに来てたんだよ。確かに本はニガテだけど、こーゆーのなら、好きだからな」
「わーっ。ゼフェル様、そんなすごい本を読んでらっしゃるんですか?」
アンジェリークからの賞賛の言葉に、鼻高々のゼフェル。
(わたくしだって、そのぐらいの本なら楽々読破ですわ)
そう思ったが言葉には出さず、ロザリアはゼフェルの撃退を開始した。
「ではこれから、ゼフェル様はその本でお勉強なさるのですわね。ゼフェル様がこんな辛気臭い場所で本を読まれるとは到底思えませんし、きっと、執務室か私邸で読まれるのでしょう?だったら、お邪魔をしては悪いですし。アンジェリーク」
「なあに?ロザリア??」
「ゼフェル様はこれからお勉強なさるのだから、このような場所でお時間をとらせてはいけないわ。わたくし達はわたくし達で、当初の目的通り調べ物をすることにしましょう」
「ちょっ…」
ゼフェルは何か言いかけたが、言葉を発することができなかった。
「それもそうね。ゼフェル様、お邪魔しちゃってごめんなさい。私達、もう行きますね!お勉強、頑張ってくださいね~」
アンジェリークからにこやかに別れの言葉を告げられてしまったからで、
「おっ、おう!おめーたちもしっかりやれよな」
励ましの言葉と共に、二人が「育成」本のコーナーに向かうのを見送ることしか出来なくなってしまったのだった。
ゼフェルと別れた後。
過去の育成例の本などをひも解き、育成について熱く(?)語り合う女王候補達。
そんな彼女たちの前に、再び一人の守護聖が登場した。
「こんにちは!二人とも、育成の勉強をしてるの?」
ニコニコ笑顔で現れたのは、マルセルだった。
(まあ!きっとゼフェル様からアンジェがこの場所にいるって聞き出したに違いありませんわ)
ロザリアの予想は当たっていた。
執務室に戻ってきたゼフェルが図書館の本を持っているのを怪しいと睨んだマルセルは、得意のワガママっ子口調でゼフェルからアンジェリーク情報を聞き出したのであった。
「マルセル様、こんにちは!」
アンジェリークは無邪気なもので、相変わらず愛らしい笑顔でマルセルに微笑みかける。
「こんにちは、マルセル様」
ロザリアも取り敢えずは挨拶を返し、マルセル出方を伺うことにした。
「そろそろ3時だし、お茶の時間だね。今日は聖殿の中庭で、リュミエール様主催のお茶会が開かれるんだよ。二人とも、一緒に行こうよ!」
二人とも、と誘う辺り、マルセルもなかなかの知恵者である。
「わーっ、リュミエール様のお茶会ですか?でも、お伺いしてよろしいんですか??」
「もちろん!二人が来れば、みんな喜ぶよ、きっと!!」
(それはアンジェリークが来れば、誰もが喜ぶでしょうよ…)
ロザリアはそう思ったが、心とは裏腹の爽やかな微笑で、マルセルに返事をした。
「まあ、それは楽しそうですわね。喜んで伺わせていただきますわ(アンジェリークを一人で狼どもの中に放りこむなんて出来ませんからねっ)」
「じゃ、行こうか?」
「はいっ」
次なる戦場、お茶会の場で9人の守護聖全てからアンジェリークを護らねばならないと思うと、自然と気が引き締まるロザリアなのだった。
午後3時。
「アンジェリーク達を誘ってきました!」
マルセルに連れられてお茶会の場に現れたアンジェリークとロザリアを見て、守護聖達は色めき立った。
正確には、アンジェリークを見て色めき立っているのであるが。
「マルセル、よくぞ二人を誘ってきてくださいました」
リュミエールが目線で『ナイスですよ、マルセルっ!!』とマルセルに語り掛けているのが、ロザリアには何となく分かる。
(気合よ、気合っ!!)
先程までより、更に気合度をアップさせるロザリア。
「では、お茶にいたしましょう」
一見和やかな雰囲気でお茶会が開始されたが、守護聖達も気合満タンである。少しでもアンジェリークに近づこうと躍起になっている様子がちょっとした笑いを誘うのだった。
(守護聖様同士でこれだけ牽制しあっていれば、私がアンジェリークのガードを固めなくても大丈夫そうですわね)
そう思ったロザリアは、優雅にお茶を楽しむと共に、守護聖達の笑えるやり取りを見学することにした。
最初にアンジェリークに近づくチャンスを得たのは、オスカーだった。
「お嬢ちゃん。今日もその可愛らしい笑顔が見られて嬉しいぜ。ところで、だ。次の日の曜日にも、その可憐な笑顔をこのオスカーに見せてくれないか?」
「ごめんなさい、オスカー様。その日はランディ様と約束があって…」
困ったように断りを入れるアンジェリーク。
オスカーは一瞬だけ固まったが、何食わぬ顔つきでアンジェリークに言葉を返した。
「そんな、お嬢ちゃんが謝る必要なんて無い。俺のこの身体は、いつでもお嬢ちゃんのために空けてあるからな。俺を必要な時はいつでも呼んでくれよ?」
アンジェリークに向かって微笑みながらもオスカーは背後に手を伸ばし、近くにいたランディの腕を掴んだ。掴みながらアンジェリークから何気なく離れ、テーブルの隅に席を移してランディを追求する。
「ランディ。一体どういうことなのか、このオスカーに説明してもらおうか?」
「そーよっ、いつの間にアンジェとデートの約束を取りつけたの!?」
いつの間にやら他の守護聖達もランディを取り囲む。
「違うんですっ。ロザリアも一緒なんですっ!!」
ランディが小声だが悲痛に叫んだとき、14の瞳が同情の眼差しでランディを見つめた。
「それはそれは、大変ですね?心中お察ししますよ」
リュミエールに慰められ、少しだけ救われたような気がするランディ。
ところで、ランディに同情の視線を向けなかった守護聖が一人だけいた。クラヴィスである。
守護聖達がランディに詰め寄っている機会を逃さず、彼はしっかりと女王候補の隣に席を確保していた。
しかも、何やら楽しそうに会話が弾んでいる。加えて、なんと、ロザリアまで楽しげに笑い声をあげているではないか!!
「それでジュリアス様はどうしたんですか?」
「聞いて驚くな。なんと柱を陛下と間違えて、その柱に向かってしきりに何事かを話しかけていた。『はっ。陛下のご命令とあらば、このジュリアス、命に代えましても』とか言っているのが聞き取れたな…」
「おっ、おかしいですわっ。あのジュリアス様が!?」
どうやら、クラヴィスはジュリアスの子供時代の失敗談を肴にして二人の女王候補を笑わせているようだった。
守護聖達も初めて聞く、ジュリアスの秘密(笑)。クラヴィス情報によるとどうやらこの誇り高き首座の守護聖は、幼少の頃、寝ぼけて部屋の柱を女王陛下と思いこみ、その柱に向かってしきりに畏まっていたというのだ。
「ぶっ…」
まず、ゼフェルが吹き出した。
「……(くすっ)」
リュミエールとルヴァが失笑し、残りの守護聖達も肩を震わせて笑っている。
ジュリアスの眉が10時10分を指した。
「クラヴィス!貴様、そのような大嘘を女王候補に教えるものではないっ!!」
「…嘘というなら、おまえは何故そのように焦っているのだ?」
「黙れっ。今日という今日は、絶対に許さぬぞ!!」
「その台詞は聞き飽きた…」
お茶会の場は女王陛下の両翼を担っているはずの二人の守護聖の喧嘩場と化し、他の守護聖を巻き込んで、てんやわんやの大騒ぎ、である。
そしてうやむやのうちに、お茶会はお開きとなった。
午後5時。
お茶会で笑うだけ笑って帰ってきた二人の女王候補は、気分もスッキリサワヤカ。
「ジュリアス様が、子供の頃寝ぼけてたなんて、おかしかったわね、ロザリア?」
「本当に。幼少の頃からあのように厳格で間違いのない方だと思っていたわ」
顔を見合わせて思い出したように『クスッ』と笑う二人。
食事の時間を除けば、あとは女王候補達にとって自由時間である。
「じゃ、またお食事のときにね」
「ええ。それじゃ」
ロザリアとアンジェリークは各々の部屋に引き上げた。
(今日も一日、アンジェリークをしっかりガードできて良かったわ…)
流石に守護聖達も女王候補寮にまでは押しかけてこないであろう。
どこにいるよりも落ち着く自分の部屋で、ばあやに淹れてもらったお茶を飲みながら、ロザリアは満足げに一日を振り返るのだった。
午後7時。
女王候補寮の夕食の時間である。
ロザリアもアンジェリークも、ゆったりとした普段着に着替えての食事の時間である。
コックの心づくしの料理に舌鼓を打つ二人の少女。
「ねえ、ロザリア。この鯛のワイン蒸し、すっごく美味しいっ!!」
「このグリーンアスパラのコールドスープも絶品ね」
一品一品の量はそう多くはないが、料理の品数は多く、栄養バランスも抜群。
デザートまでペロリと平らげて、ロザリアとアンジェリークは幸せな溜息をついた。
「あー、もう、美味しいもの食べてる時って幸せ~」
「確かにそうね。食の喜びは大切よ」
ゆっくりと食後のお茶を楽しみながら、お昼時に出た話題の続きや他の新しい話題を熱心におしゃべり。
心行くまで会話を楽しんだ後、
「ロザリア、おやすみなさーい」
「ええ、おやすみなさい。また明日ね」
「うんっ」
部屋に戻ったロザリアは、明日の育成の計画を立てた後、先日主星から入手した『三銃士』シリーズを紐解き、熱心に読み始めたのだった。
午後11時。
ロザリアは読みかけの本を閉じた。続きが気になるが、
「そろそろ休まなくては、明日に差し支えるわね…」
という事なのだ。
流石は完璧な女王候補。自己管理も常にしっかりしている。
部屋の明かりを消そうとすると、
コンコン
と、遠慮がちなノックの音。
(あらあら…)
部屋のドアを開けて、ロザリアは夜の訪問者を招き入れた。
「ロザリア~、何だか寝付けないの。一緒に寝ても良い??」
現れたのはアンジェリーク。ピンクのふわふわパジャマを着て、これまたピンクのキャンディー枕を胸に抱えている。
そのエメラルド色の瞳が、頼りなさげにロザリアを見つめた。
守護聖達がこんな姿を見れば鼻血モノに違いないのだが、アンジェリークの夜の訪問は度々あることなので、ロザリアは別に驚きもしない。
(今日のパジャマも良く似合っているわ…)
ぐらいは思うのだが(笑)。
「本当に困った子ね。さ、いらっしゃい」
困ったと言いつつも、嬉しそうなロザリア。
大切に大切に可愛がっている子が自分を頼ってくれるのは、やっぱり喜ばしいことだ。
アンジェリークの表情がぱっと明るくなる。
「ありがとう、ロザリア~!!」
そして、彼女は満面の笑みを浮かべた。
そんなアンジェリークの表情を見て、自分も幸せなロザリアであった。
部屋の明かりを消して、しばらくは女の子同士の他愛ないおしゃべり。
そのうちに、決まってアンジェリークの方が先に眠ってしまう。
『ロザリアと一緒にいると、気持ち良くってすぐに寝ちゃうの。ごめんね?(アンジェリーク談)』
ロザリアは、気持ちよさそうに寝息を立てる大事な親友を愛情を込めた瞳で優しく見つめて。
「おやすみなさい、アンジェリーク」
自分もまた、眠りに就いた。
(この素晴らしい日々が一日でも長く続きますように)
そう願いながら。
それからほんの少しの時間が過ぎて。二人の安らかな寝息が部屋の中に響き、女王候補の一日は終わりを告げた。
翌朝。午前6時25分
「アンジェリーク、起きなさいな。わたくしのお部屋にいるからには、わたくしと同じ時間に起床してもらうわよ」
「…うーん…。ロザリア、あと30分…」
「駄目よ!起きなさい」
今日も良い天気。
そしてまた、女王候補の新しい一日が始まるのだった。
~ END ~
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