まっすぐな瞳


 パタン。
 ドアの閉じる音に、ふと、視線を向けた。
 ジュリアスの執務室から出てきたのは、金の髪の女王候補だ。
 若草色の瞳が潤んでいるのが、遠くからでも分かる。
 執務室のドアに寄りかかり、彼女は、俯いた。
 泣いてしまうのではないか。
 心配になる。
 しかし、彼女は泣かなかった。
 瞳を閉じ、軽く頭を振って。
 キュッと唇を噛みしめる様子が見て取れた。
 それから彼女は顎を上げ、真っ直ぐに前を向いた。
 ルヴァは、ドキリとする。
 若草色の瞳に湛えられた、強い意志の光に。
 それが、彼女を、ひどく大人びて見せていた。
 その表情は、ルヴァが見たことのない、彼女の表情だった。
 ルヴァは、思わず見惚れた。
 バサリ。
 持っていた書類が一束、ルヴァの腕の中から、落ちる。
 ハッと我に返り、ルヴァが慌てて書類を拾い始めると。
 アンジェリークもルヴァの姿に気付いたらしい。
 パタパタと軽快な足音を立てながら、近付いてきた。
「ルヴァ様、大丈夫ですか?」
 尋ねながら、アンジェリークは身をかがめ、一緒に書類を拾ってくれた。

「はい、ルヴァ様。これで最後です!」
 差し出された最後の一枚を書類を受け取りながら、
「あー、本当に助かりましたよ、アンジェリーク。ありがとうございました」
 ルヴァが礼を言うと、先程の大人びた表情とは打って変わって、アンジェリークは少女らしい笑顔を見せた。
「これぐらい、ルヴァ様がお礼を言われるほどのことじゃありませんよ」
 それは、ルヴァや他の守護聖達が良く知っている、普段のアンジェリークの笑顔だった。
 明るい太陽のような、朗らかな笑顔。
 そして、その笑顔とは違う、意志の強い表情。
 どちらの顔も、ルヴァには眩しく感じられた。
 この少女のことを、もっと知りたい。
 まだ自分が知らない、彼女の表情をもっと見てみたい。
 本に対する探究心とはまた違った気持ちで、ルヴァはそう思った。
 そして、誰よりも少女のことを知っているのは、自分でありたいと思った。
 それは、ルヴァが生まれて初めて知った想いだった。
 その想いに戸惑いながらも、ルヴァは心の中がポッと暖かくなるような気持ちになった。
 アンジェリークは、そんなルヴァの気持ちを知ってか知らずか、相変わらずニコニコとルヴァの隣で微笑んでいる。
「アンジェリーク」
 ほんの少しだけドキドキしながら、ルヴァは彼女の名前を呼んだ。
「はい、何ですか??」
「あー、そのー。さっきジュリアスの執務室から出て来た時、泣きそうな顔をしていたので、少し気になって・・・。何か言われましたか?」
「育成についてのご意見をいただいたんです。・・・そんなに、みっともない顔をしてました?」
 そう言って、アンジェリークは恥ずかしそうに笑った。
「ジュリアス様が私のことを考えて言って下さっているのはよく分かりますし、だから少し厳しいことを言われても、頑張ろう、って、そう思ったつもりなんですけど・・・」
 一瞬、その若草色の瞳に強い光がきらめいた。

「アンジェリーク」
 ルヴァは再度、彼女の名前を呼ぶ。
「私でできることなら、なんでも力になりますからね。遠慮なく頼ってくれていいんですよ?」
 それは、ルヴァの心からの言葉だった。
 何も知らないままに聖地にやってきて、必死で頑張っているアンジェリークの力になってやりたかったのだ。
 その言葉に、アンジェリークは頬をほころばせた。
「ルヴァ様は、お優しいですね。こうして一緒にお話していると、ホッとします」
「そっ、そうですか?」
「はい・・・」
 小さく頷いたアンジェリークの両手が、ルヴァの腕に触れた。
 そしてアンジェリークは。
 そのまま、ルヴァの腕に、そっと頬を押し当てた。
 小さな吐息が、ルヴァの耳に届く。
「あの、アンジェリーク?」
 ひどくドギマギしながら呼びかけると、アンジェリークはパッとルヴァから身を離した。
「私ったら!ごめんなさいっ!!!」
 赤くなってうろたえる様が、愛らしい。
「あのっ。私もう、失礼します!」
 駆け去ろうとするアンジェリークの背中に、ルヴァは声をかけた。
「アンジェリーク。私はいつでも、あなたを応援していますからね」
 振り返り、
「ありがとうございます。・・・私、これからも頑張りますね!」
 頬に赤みを残しながらも、ニコリと笑うアンジェリークを見つめながら、ルヴァは思った。
 自分は、この少女の事を好きになってしまうかもしれない、と。



 そして。
 アンジェリークは今でも、ルヴァの隣で微笑んでいる。

「ルヴァ様〜」
 カタカタと音を立てながら、アンジェリークがワゴンを運んできた。
 ワゴンの上には、お茶のセットが一式。
「お誕生日おめでとうございますv腕によりをかけて、ケーキを作りましたよvvv」
「おや。それはそれは、ありがとうございます」
 コポコポと音を立てながら、アンジェリークがカップに紅茶を注ぐ。
 上品な香りが、辺りに漂った。
「ルヴァ様のお好きな、抹茶のシフォンケーキを作ってみました!」
 紅茶のカップと共に、ケーキの皿がルヴァの前に置かれる。
 真っ白な皿に、淡いグリーンのクリームが鮮やかだ。
「それでは、いただきましょうか?」
「はいっ」
 今では、誰よりも彼女の事を知っているのは自分だと、胸を張って言える。
 まだまだ、自分の知らない部分もあるかもしれないけれど。
「一緒に、ゆっくりと歳をとって行きましょうね?」
 そう言ってルヴァが笑うと。
「ルヴァ様ったら!引退生活に思いを馳せるのは、まだまだ早いです」
 悪戯っぽく、ルヴァを睨んでから。
 アンジェリークは、ルヴァに向かって優しく微笑んだ。
「でも、ずっと一緒ですよ?」
 黙って頷き、ルヴァは紅茶のカップに手を伸ばした。
「そうですね。ずっと、一緒にいましょうね・・・」
 
 そして、二人だけの穏やかな時間が、今日も静かに流れていった。




〜 END 〜


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はい、お誕生日ルヴァリモですっ!!
管理人の精神状態がちょっと思わしくないため、あまりスウィートに出来ませんでした(滝涙)。
せっかくのバースデーなのに、ルヴァ様、皆様、ごめんなさい。
管理人は、脱兎の如く、逃げ去ります・・・。

ルヴァ様、本当におめでとうございます〜vvv




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