ONE LOVE




「知っていますか、アンジェリーク?この地では、オーロラは天使の祝福だと言われていて、見ると幸せになれると言われているんですよ。良い話だと思いませんか?」
「ええ。素敵なお話ね」
 アンジェリークは、優しく瞳を細めた。
 そして、ポンと両の手を合わせたながら言った。
「そうだわ!頑張っているアルカディアの民に、私からのプレゼント。この地に一晩だけ、オーロラを出現させることにするわ。ね、いいアイディアだと思わない?」
「ですが・・・。あなたはこの地を守るために多大な力を使っているのですから・・・あまり無理はしない方が・・・」
「大丈夫よ!私だって、キレイなオーロラが見たいわ。好きな人と一緒に」
 ルヴァの腕に、華奢な腕がキュッと巻きついた。
 微かに赤くなり、こほんと小さく咳払いをしながら。
「これは余談ですが・・・。一緒にオーロラを見た二人は、固い絆で結ばれる、という言い伝えもあるそうですよ」
 ルヴァがそう言うと、
「だったら余計に、ルヴァと一緒に見なくちゃいけないわねv」
 パチリと、可愛らしいウインク。
 ドギマギしながら、ルヴァは視線を宙に泳がせた。
「あなたがそう言ってくれるのなら、その時は一緒に見に行きましょうね」
「約束よ、ルヴァ?」
「はいはい、確かに」

 アルカディアに、オーロラが現れる日。
 その日は、夜想祭と名づけられた。




 女王執務室。
 机上で肘を付きながら、アンジェリークはボソリと呟いた。
「ルヴァの馬鹿・・・。大嫌い」
 サラサラと優しい衣擦れの音を立てながら、女王補佐官がアンジェリークに紅茶のカップを差し出した。
「アンジェリーク。あんた一体、何を不貞腐れているの?」
「だって・・・!!」
 泣き出しそうな顔で、アンジェリークはロザリアに訴えた。
「ルヴァが、ルヴァがっ!!」
 女王であるアンジェリークと、女王に仕える地の守護聖であるルヴァ。
 二人が想いを寄せ合っていることは、女王補佐官であるロザリアも、他の守護聖たちも知っていることである。
 ルヴァの存在が、アンジェリークのサクリアをより優しく、そして強く輝かせているのだと、ロザリアなどは思っているほどだ。
 お互いを強く信頼しあっている二人であるから、喧嘩をすることも珍しいことなのに。
 今回、アンジェリークはルヴァに謁見も許さないという徹底振りであった。
 その理由が分からず、ルヴァはもちろん、ロザリアでさえ多少の動揺は隠せなかった。
「ルヴァが一体、どうしたの言うの?」
 ロザリアの問いに、アンジェリークは口唇を開いた。
「夜想祭の日には、一緒にオーロラを見に行こう、って約束していたの」
「それで?」
「偶然聞いちゃったの。アンジェリークとルヴァで夜想祭について話してて、あの子がルヴァに、『ご一緒にいかがですか?』って尋ねたのよ」
 アンジェリークの頬が、不満げに膨らんだ。
「ルヴァはね、困った顔をして、あの〜、とかその〜、とか言ってるの。私もう、イライラしちゃって・・・」
「結局、ルヴァはなんて返事をしたの?」
「知らない。すぐにその場を離れちゃったから」
 アンジェリークは、ひどく不機嫌そうに続けた。
「一緒に見に行く人がいます、って。そう言ってくれるだけで良かったのよ。それを、口ごもるなんて許せないっ!!」
「まあまあ、アンジェリーク・・・」
「ロザリア!ルヴァを庇おうとしたってムダよ。ぜ〜ったいに許してあげないんだからっ!!」
「本当に、困った子ね・・・」
 ロザリアは、小さくため息をついた。
「何か言った!?」
「いいえ。けれどもね、あんまり怒ってばかりだと、眉間の皺が増えてよ?」
「・・・知らないっ!!」
 アンジェリークは少し疲れているのだろうと、ロザリアは思った。
「あんまり、無理はしないのよ?」
 宥めるように、ポンポンと柔らかい金の髪に手を触れると。
「・・・ゴメンね」
 アンジェリークは、シュンと項垂れた。



 そして、アンジェリークが一方的に怒っているままの状態で、夜想祭の日がやってきた。
 アンジェリークは執務室の窓からアルカディアに夜の帳が降りていく様を見ていたが、おもむろにロザリアを振り返り、言った。
「ロザリア」
「どうしたの?」
「ちょっとお祭りに出掛けてくるねvちゃんと時間になったらオーロラを出現させるから、その点は心配しなくて大丈夫よvvv」
「ちょっと、アンジェリーク!」
 軽やかにロザリアを横切りながら、アンジェリークは悪戯っぽく笑った。
「ロザリアも、オリヴィエと一緒に見てくるといいわv」
「ちょっ・・・!アンジェリーク!?」
 パタンと小さな音を立て、執務室のドアが閉まった。



 ロザリアが女王執務室を出ると、ルヴァがウロウロと、執務室前の廊下を歩き回っている姿が目に入った。
「ルヴァ」
 呼びかけると、ルヴァが困惑顔でロザリアに縋り付いてきた。
「ロザリア!アンジェ・・・いえ、陛下は一体、何をあんなに怒っていらっしゃるんでしょう??執務室から出ていらしたので、お声をおかけしたのですが・・・。そのまま何も言わず、通り過ぎてしまわれて・・・」
「貴方が茶色の髪のアンジェリークから夜想祭のお誘いを受けたのを聞いて、ヤキモチをやいていらっしゃるのよ」
「えええええ〜!?」
ルヴァが、仰天したように大声を上げた。
「でっ、でもあれは、ちゃんとお断りしてですねぇ」
 ロザリアは、いささか冷ややかにルヴァに視線を向けた。
 何にせよ、この地の守護聖がアンジェリークを泣かせていることには変わりはなくて。
 アンジェリークを溺愛しているロザリアとしては、嫌味の一つでもいってやりたいところだった。
「『ちゃんと』お断りなさる前に、しどろもどろだったそうではありませんか。それでは、陛下もイライラなさいますわね?」
「あ〜、ですが、それは・・・」
 ますます困ったような顔になるルヴァに、ロザリアは言った。
「陛下は、お一人で天使の広場に行かれました」
 ロザリアが『お一人で』を強調すると、パッと、ルヴァの表情が明るくなった。
「ありがとうございます、ロザリア〜」
「わたくしはいつでも陛下の味方である、というコトをお忘れなく」
「ええええ、それはもう、十分分かっていますとも。ロザリア、本当にありがとうございます」
 バタバタと走り去っていくルヴァの後姿を見送りながら。
「転ばないようにお気をつけなさいな」
 ロザリアの口唇に、優しい笑みが浮かんだ。



 一方。
 アンジェリークは一人、天使の広場をブラついていた。
「ちょっと早く来すぎちゃったみたいね・・・」
 広場はまだ、人もまばらだ。
 何となく噴水の辺りに視線を走らせたアンジェリークは、噴水の前をオロオロと歩き回っている一人の男性に目を留めた。
「ああ、どうしよう、どうしよう・・・?」
 ルヴァみたいな困り方をしているわ・・・。
 アンジェリークは思わず、その人の側に歩み寄った。
「どうしたんですか?」
「少し話を聞いていただけますか?」
「ええ、どうぞ」
 アンジェリークが答えると、男性は困った顔のまま、話し出した。
「実は若い頃に、妻と二人でオーロラを見ようと約束していたんですが、結局今日まで、約束を果たせずにいるんです。今晩、オーロラが見られるという話を聞いて、妻に『噴水の前で待ってる』という手紙を残してきたんですが・・・。どうなんでしょう?妻が『今更・・・』と怒っているんじゃないかと心配で・・・」
男性の言葉の端々から、妻を大切に思っている気持ちが伝わってきて。
 アンジェリークは優しく男性に笑いかけた。
「大丈夫ですよ。今晩、ようやく約束を果たせて、奥様も嬉しいんじゃないかと思います・・・」
「そっ、そうですか??」
「ええ・・・」
 アンジェリークが頷いた時。
「遅くなって、ごめんなさい!!」
 パタパタという足音と共に、エプロン姿の女性が現れた。
「来てくれたのか・・・!」
「当たり前でしょ?昔の約束を覚えていてくれたなんて、嬉しくて。あなたが私をずっと大切に思ってくれてたんだな・・・、って・・・」
 素敵な夫婦だな・・・。
 そう思って、アンジェリークは微笑む。
 その時、
「・・・アンジェリーク〜
 空耳が聞こえたような気がして、アンジェリークは背後を振り返った。
 若草色の瞳が、大きく見開かれる。
 バタバタとものすごい勢いで、地の守護聖がアンジェリークに向かって走ってくる姿が目に入ったからだ。
「あ、あ、アンジェリーク・・・!!」
 ルヴァはアンジェリークの前で立ち止まると、ハアハアと苦しそうに息をついた。
「アンジェリーク、申し訳ありませんっ!!」
「何が?」
 来てくれて嬉しいのに、天邪鬼な態度を取ってしまう自分に、イライラした。
「あなたを・・・あなたを悲しませてしまって・・・本当にすみませんでした」
「あら!あなた達も二人だったのねぇ。これから、オーロラを見に行くの??」
 女性が、二人を見て言った。
「だったら、イイことを教えてあげる。日向の丘からオーロラを見ると一番キレイなハズだから。私はこの人と、この天使の広場でオーロラを見るつもりだし、行ってらっしゃいよ」
「それじゃ、行こうか?」
「はいはい。それじゃあね、お二人さんv」
 アンジェリークとルヴァに手を振りながら、夫婦は去っていった。

 取り残されたアンジェリークとルヴァの間に、気まずい沈黙の時間が流れた。
 その沈黙を破ったのは、アンジェリークだった。
「どうして来たの?」
「ロザリアがあなたが天使の広場に行ったと教えてくれて・・・じゃなくて!!」
 ルヴァは真っ直ぐにアンジェリークを見つめながら。
「約束したでしょう?あなたと一緒に見ると」
「・・・アンジェリークに誘われた時、あんなにしどろもどろだったクセに?」
 ふう、と、ルヴァが息を吐いた。
「そういうところは私の欠点ですから、素直に謝りますよ。ですが、あなたとの約束を違えようなどと、一瞬たりとも思ったことはありません。それだけは信じてください。私が一緒にオーロラを見たい相手は、あなただけなんですよ」
 一気に言ったルヴァは、ギョッとした。
 アンジェリークの瞳から、ポロポロと涙が流れ落ちたからだ。
「あの〜、アンジェリーク?私は何か、あなたを泣かせてしまうようなことを言ってしまったのでしょうか??」
 オロオロとするルヴァに向かって、アンジェリークが首を振って見せた。
「ちっ、違うの・・・。私、私・・・。ルヴァのこと、全然分かってなくて・・・。一人で勝手に怒ってて、ごめんなさい・・・」
「いいんですよ、アンジェリーク。それだけあなたが、私のことを好きだと思ってくれている、という事ですから。却って嬉しいですよ」
 月明かりの下で輝く、金の髪にそっと手を触れ。
 ルヴァはアンジェリークにハンカチを差し出した。
「アンジェリーク。せっかく教えてもらったのですから、日向の丘に行きませんか?そろそろ、オーロラを出さなければならない時間ですし、ね?もちろん、あなたがお嫌でなければ、ですけれど・・・」
 ルヴァのハンカチで涙を拭い、まだ涙の残る瞳で、アンジェリークは答えた。
「・・・嫌なわけないわ。ルヴァと一緒だから、行きたいの」



 日向の丘には、ルヴァとアンジェリーク以外、誰もいなかった。
「おやおや。場所的には素晴らしいと思うのですが、少し遠いので、人が来ないんですかねぇ?」
 のんびりとそう言って、ルヴァは笑った。
「さ、アンジェリーク・・・」
「任せて」
 華奢な身体から柔らかな光が立ち上り、夜空に吸い込まれていく。
 キラキラ輝きながらと漆黒の空へと吸い込まれていった光は、やがて。
 蒼い、光のカーテンとなった。
「どう?キレイでしょ??」
 満足そうに、アンジェリークが微笑む。
 その笑顔が眩しくて、愛しくて。
 ルヴァはギュッと、アンジェリークを抱きしめた。
「あなたは、素晴らしい女王です。それと同時に、私にとってかけがえのない女性でもあります。私は、言いましたよね?一緒にオーロラを見た二人は、固い絆で結ばれる・・・。だから、あなたと一緒に見たかったんです」
 アンジェリークの腕がルヴァの背中に回り、キュッとその腕に力が入った。
 小さな声が、ルヴァの耳に届く。
「私も、ルヴァと一緒に見たかったの・・・」
「これからも、ずっと側にいさせてくださいね?」
 腕の中で、アンジェリークがコクリと頷いた。



 この地・・・アルカディアでは、オーロラは天使の祝福と言われている。
 愛する人と二人で見上げると、その二人は固い絆で結ばれるという言い伝え。
 青白い光のカーテンが美しく漆黒の空から顔を出すその夜を・・・。
 人々は『夜想祭』と呼び、祝った。


〜 END 〜





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スランプ中ということもあり、わけの分からぬ話になってしまい、申し訳もなく。
という訳で、ルヴァ様お誕生日おめでとうございますvvv
今年のルヴァ様誕生日は七夕ネタにしようと思っていたのですが、
ちょっとタイミングを外してしまったというのもあって、
アンジェリークトロワの夜想祭からネタを拝借。
本当は、いつかゼフェリモで使おうと思っていたネタです(笑)。
ルヴァリモで星とか夜空とか、そういう関係の話が書きたかったので〜。



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