ほっとけないよ
「ゼフェル様〜!!」
ある朝、泣き出しそうな甘ったれ声で、アンジェリークがオレの執務室に飛び込んできた。
よくよくアイツの顔を見てみると、鼻の頭が赤い。オマケに涙目だ。
「何だ、どした?」
尋ねてやると、アンジェリークは泣き出しそうな顔をしたまま答えた。
「聞いてくださいっ。ジュリアス様に、また叱られちゃったんです〜」
「オイオイ、またかよ??」
「だって・・・。育成がなかなか上手くいかなくて、一生懸命勉強してるんですけど、どうしてもダメなんです」
「おめーの育成はな、バランスが悪ぃんだよ」
アドバイスしてやりながら、オレはアンジェリークの頭を撫でてやった。
この女王候補は、オレが言うのもなんなのだが、本当に子供のようなところがあり、何だかほっとけない気分にさせられるのだ。
今回も、この女王候補は、頬を膨らませて、言い募った。
「そんなコト、分かってますもん!でも、どうやったらバランスよく出来るのかが分からないんです!」
ウルウルと瞳を潤ませて見つめてくる視線に、オレは弱い。
「オレも一緒に考えてやるからよ、そんなに泣きそうな顔すんなよ、な??」
宥めるようにそう言うと、アイツはコックリと頷いた。
どうやら、機嫌が直ってきたようだ。
そう思ってホッとしたのも束の間だった。
「ねえ、ゼフェル様」
上目遣いの。甘えるような視線で、アイツがオレを見つめる。
オレは、この視線にも弱い。というか、この際ハッキリ言っちまうと、オレはアンジェリークの全てに弱いのだ。笑顔はもちろん、泣き顔も、ふくれっ面でさえも。
このカワイイ金の髪の女王候補は、何時の間にやらオレの心の中にスルリと入り込んでしまっているのであった。
そして。特にこの甘えるような視線には、何でも言うコトを聞いてやろう、という気にさせられる。
とにかく、コイツが上目遣いの甘ったれ眼差しをするときは、オレに無理難題を吹っかける時だ、というコトだけは確かで。
身構えつつ次の言葉を待つオレに、
「ジュリアス様に、仕返ししてください」
アンジェリークは、驚愕の願い事を口にした。
「仕返し!?ジュリアスに!?!?」
「そうですっ!!」
力強くそう言うと、アンジェリークは先を続けた。
「だってジュリアス様って、いっつも頭ごなしに叱るんですもの。私がどんなに頑張ってるか、そんなコトはちっとも考えてくれないんだもん。ゼフェル様、私がいつも怒られて、泣かされて、可哀相だと思わないんですか!?」
「それは思うけどよぉ・・・」
ジュリアスだって、アンジェリークが一生懸命やっている、というコトは知っていると思う。だが、ジュリアスは人を褒める、というコトがなかなか出来ねえ性分だし、アンジェリークの頑張りを知っているだけに、その頑張りがなかなか結果につながらないのがもどかしいのだろう。
説明してやろうかと思ったが、恋のライバル候補に親切にしてやる云われはねーし。
黙って考え込んでしまったオレに、何を勘違いしたのか、アンジェリークが言った。
「ゼフェル様」
「あーん、んだよ??」
「今の、ウソです。無理言ってごめんなさい」
この可愛らしく謝ってくるトコなんかも、オレのハートを刺激してくれるワケで。
「でも、一回言ってみたかったんです。こんな愚痴、聞いてくれるのゼフェル様だけなんだもん」
『ゼフェル様だけ』という、またまたツボな言葉と、ちょっと視線を伏せて寂しそうに笑う様を見て、オレは、決意した。
「分かった。オレに、任せろ」
「え??」
「おめーの望みどおり、ジュリアスに仕返ししてやるぜ」
オレの言葉に、アンジェリークはやっぱり上目遣いに、オレの瞳を覗き込んでくる。
「でも・・・。本当に仕返ししちゃったら、ゼフェル様がジュリアス様に怒られちゃう」
意識してか無意識なのかは知らないが、コイツはホントに、オレの心をくすぐるのがウマイ。
今回もこんな風に優しく心配され、
「だーいじょうぶだって。バレねーようにするし。ぜってージュリアスをギャフンと言わせてやるからよ、楽しみにしとけ!」
などと大口をたたく俺に、アンジェリークはキレーな若草色の瞳を輝かせて、
「やった、嬉しい!ジュリアス様がどんな風にギャフンと言うか、楽しみにしてますね♪」
極上の笑顔で、微笑んだ。
その微笑にクラリときて。オレは更に熱く、ジュリアスに仕返しをすることを心に誓うのだった。
アイツをギャフンと言わせるなんて、簡単だぜ!
バレねーようにするのが、ちょっと大変だけどよ。
アンジェリークにも分かるように、ヤツに仕返しする絶好の機会は、試験の定期審査の日である。
オレは、満を持してその日を待った。
つーワケで、女王試験の定期審査の日がやってきた。
女王陛下の謁見は無事に終わり、陛下が謁見の間から退出した後。
いつも、ジュリアスが先頭になって、この場を出て行くことになっている。
別に決まっているコトではなく、習慣的にそうなってるだけなのだが。
狙いは、その時だった。
ジュリアスがこっちに歩いてくるタイミングを見定めて。
オレは、斜め向かい側にいるランディの方に近寄って行った。
「ランディ!」
「どうした、ゼフェル?珍しいな、おまえの方から話しかけてくるなんて」
「あのよー・・・」
自然に自然に、ランディの方に近づき。
引きずって歩いているのに何故か汚れない(笑)ジュリアスの衣装の裾を、さり気なーく。
踏んだ。
踏んだ衣装が引っ張られる感触と同時に。
「うわっ!?」
ジュリアスの情けない声が謁見の間に響き。続いて、バタッと人が倒れる悲劇的な音がした。
周りのヤツらがオドロイた表情でジュリアスを注視し。
「うそっ!?」
小さく叫び声をあげたアンジェリークの方を見やると、アイツは瞳を丸くして、オレを見ていた。
オレは周りに気付かれないように、ニヤリ、とアイツに笑いかけ、軽く片目をつぶって見せた。
と、その時。
「ゼーフェールー」
背後から恨みがましい声が聞こえてきた。声の主はもちろん、満座の中で恥をかかされたジュリアスで。こないだのアンジェリークのように鼻の頭を赤くしていたが、それは泣いているからじゃなく、倒れたときに鼻の頭をぶつけたかららしかった。
その情けない鼻に思わず吹き出しそうになるが、ここで笑えば説教タイムに突入することは明らかだ。ここは、穏便に謝っておくに越したことはなかった。
「悪ぃ、ジュリアス!おめーの衣装の裾を踏んでるなんて、気付かなくてよぉ。わざとじゃねーんだよ」
「ジュリアス様、今回の件は事故です!!ゼフェルを怒らないでやってください」
『さり気なくジュリアスを転ばす大作戦』は大成功で、ランディまでがオレをかばってくれる。
やるじゃん、オレ!!
ジュリアスはまだ、不満そうな顔つきだったが、
「・・・そうだな。わざとやったのでないなら、仕方あるまい。以後、気を付けるように」
という台詞を残して、謁見の間から去って行ったのだった。
かくして、オレは、ジュリアスをギャフンと言わせることに成功したのである。
謁見の間から出ると、アンジェリークがオレを追ってきた。
「ゼフェル様!」
「よお、おめーか」
「あの、途中までご一緒してもいいですか?」
「てゆーか、寮まで送ってやるから、一緒に帰ろーぜ。」
「はいっ!!」
ニコニコと笑うアンジェリークを連れて、オレは歩き出す。
アンジェリークはやっぱり嬉しそうに、オレに話しかけてくる。
「ね、ゼフェル様」
「んだよ?」
「今日はありがとうございました。ジュリアス様のあんなオマヌケなお姿を見られるなんて、思ってもいませんでした」
「あー、アレな。約束したからよ、絶対ギャフンと言わせてやるって思ってたんだ」
「もうホントに、ギャフンって感じでしたよ、ジュリアス様。あの転ぶときの表情なんて、おかしくって!!なんだかスッキリしました♪」
「そっ、そーか」
やっぱりニコニコと微笑むその笑顔が眩しくて。
「その、よ。これからも、何でもオレに言えよな。おめーって、ほっとけないからよ。相談に乗ってやる」
イイ人みたいに言ってしまったオレに、
「ありがとうございます!だから、ゼフェル様って大好き!!」
アンジェリークの顔が、近づいてきて。
近づきすぎた距離に思わず固まってしまったオレの頬に、
『チュッ』
カワイイ音を立てて、アイツはオレにキスをした。
「な、ななな、なっ、何なんだよっ!!」
「ありがとうのキスです!」
あっけからんとした表情で、アイツが言う。
落ち着け、落ち着けオレ!
自分に言い聞かせるが、どうにも心臓がバクバクして、落ち着かない。
そんなオレを見て、アイツはクスリと笑った。
「それじゃ、ゼフェル様。あとは自分で帰れますから、今日はこれで。ホントにありがとうございました!!」
愛らしい微笑を浮かべながら去っていく、アンジェリーク。
柔らかなキスの感触が残る頬を押さえて、オレは、呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。
それからしばらくの日々が過ぎて。
「ゼフェル様〜!!」
またまた、泣き出しそうな顔で、アイツがオレの執務室に飛び込んでくる。
「またジュリアスに泣かされたのか?」
「・・・そうなんです〜。もう、ジュリアス様なんて、大嫌い!!」
よしよし、と頭をなでてやると、
「ゼフェル様、またジュリアス様に仕返ししてください。今度は、もっとスゴイ仕返し!!」
またまた、爆弾発言だ。
言葉に詰まりつつ、アイツを見ると、やっぱり甘ったれた上目遣いの眼差しをしている。
コイツって、ホントにほっとけねーよな・・・。
「分かった、分かった。何とかしてやるよ」
「ホントですか!?やったー、嬉しい!!」
アンジェリークは、オレの首に抱きついてくる。
ふわふわの金の髪に頬をくすぐられ、やっぱりオレはドギマギしている。
今は、ただの頼れる兄貴としか思われてないかも知れねーけど。
「ゼフェル様、大好き!」
この『大好き』が、本当の『好き』に変わるまで。
ちょっと頑張ってしまおう、なんて思うオレ様なのであった。
〜 END 〜
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