すみれ
花を綺麗だと思うなんて、柄じゃないとは思いながらも。
ゼフェルはひっそりと道端に咲いている、小さな花々が好きだ。
力強く、一生懸命生きている気がして。
その中でも特に好きなのは、綺麗な紫色の花びらを持つ花だった。
「なあ、ルヴァ。あの花、なんて名前だか知ってるか?」
ある時、そう、ルヴァに聞いたことがある。
「おやおや〜」
ルヴァは瞳を丸くして驚きを表現した後、優しい笑顔を見せた。
「あなたにも、花を愛でる心があったんですねぇ、ゼフェル?」
「バカっ!そんなんじゃねえよ!!」
「はいはい、そういう事にしておきましょうね」
クスクスと笑いながら、ルヴァはゼフェルに教えてくれた。
「この花はですね、『すみれ』という花なんですよ〜。可愛らしい花でしょう?ある詩人は、この花を星のように美しいと詠った程です。ちなみに、花言葉は『誠実』、『ひかえめ』、となっています。参考になりましたか?」
「へー。この花『すみれ』っていうんだな・・・」
花言葉そのままに、ひっそりと咲く花だけれど。
けれども、人目に止まる花。
咲き誇る大輪の花とは、また違った美しさがあると思う。
この日から、ゼフェルの好きな花は、『すみれ』になった。
ひっそりと咲きながらも、何故か人目を引く、小さな可愛らしい花。
ゼフェルの、好きな花。
この花を見ると、最近思い浮かぶ顔がある。
いつでも、ニコニコと優しく微笑んでいる、一人の少女。
風にふわりと揺れる彼の人の髪の色は、太陽の光を溶かしたように眩しい金。
瞳は、春の若草を思わせる緑。
だから、花と容姿が似ている、というワケではなくて。
何にでも一生懸命なところとか、そんなところが似ていると思うワケで。
聖殿からの帰り道、道の端にすみれの花を見つけて、普段はキツいゼフェルの瞳が和んだ。
「おめーら、いっつも頑張って咲いてるよな。こんなに小さいのによぉ。なんか、アイツみたいだよな〜」
花を見つめながらボソリと呟くと。
「ゼフェル様、お花とお話してるんですか?」
背後から可愛らしい声が聞こえてきて、ゼフェルは飛び上がらんばかりに驚いた。
「うわっ!?なんだ、なんだ、イキナリっ!!!」
ゼフェルに声をかけてきた少女の瞳が丸くなる。
「そんなに驚いて、どうされたんですか?」
ゼフェルの言う『アイツ』は、この少女・・・アンジェリークのことだったので。
その本人にイキナリ話しかけられれば驚くのも当然だが、ゼフェルはそうは言わなかった。
「考え事してる時にイキナリ話しかけられたら、誰だってオドロクだろうがっ!!」
「ごめんなさい〜っ」
ゼフェルの剣幕に、アンジェリークは申し訳なさそうに謝った。
「そんな大切な考え事の最中だなんて思わなくて・・・。本当にゴメンナサイっ」
重ねて謝るアンジェリークを見て、何だかゼフェルの方が申し訳ないような気分になった。
「もうイイって。それよりよ、この花・・・」
「すみれって、可愛いですよねv大好きです」
その『大好きです』は、もちろん、ゼフェルではなく花に対して言われたものだったが、ゼフェルはワケもなく赤くなった。
アンジェリークからさり気なく顔を背けながら、ゼフェルは独り言のように呟く。
「この花ってよぉ。おめーに、少しだけ似てるよな。一生懸命頑張って咲いてるトコとかさ」
「え?」
キョトンとして聞き返すアンジェリーク。
ゼフェルはめげずに続けた。
やっぱり、アンジェリークの顔を、見ないようにしながら。
「おめー、最近育成頑張ってんじゃん。オレ、応援してやるからよ」
身を屈めながら、ゼフェルはすみれの花を一束、摘んだ。
その花をアンジェリークに差し出しながら、
「だからさ、これからも頑張れよ?」
チラリとアンジェリークに視線を向けると。
花を受け取って、彼女は嬉しそうに笑った。
「はいっ、頑張りますっ!!!」
野に咲く、すみれの花のように、可憐な・・・。
すみれを見ていると、脳裏に思い浮かぶ少女。
パタパタと聖殿の廊下を駆ける足音。
大陸の様子を熱心に観察する姿。
いつでも、優しい笑顔。
時々見かける、泣き顔。
何にでも一生懸命な、アンジェリーク。
その一生懸命さが好きだ。
すみれの花言葉。
『誠実』、『ひかえめ』。
アンジェリークに一番、似合う花。
それは・・・ゼフェルが一番好きな花・・・。
〜 END 〜
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