Pieces





 サクリアが消滅する日が、刻々と迫っていた。
 そのことは、自分自身が一番よく知っていることだった。
 謁見の間に、硬い靴音がコツコツと響く。
「女王陛下に、ご報告申し上げます」
 目の前の大切な女性に向かって深々と頭を下げた後、ゼフェルは口を開いた。
「次代の鋼の守護聖が見つかりました」
「・・・そう」
 想像していたよりずっと、落ち着いた声で女王は答えた。
 だが・・・。
「ゼフェル・・・。今まで、本当にありがとう」
 そう言った女王の声は、少し潤んでいて。
 何故かゼフェルも、泣きたいような気持ちになった。
 もう大人になって。
 とっくの昔に忘れてしまってもいいはずの想い。
 けれども、ずっとずっと、消すことが出来なかった。
 それは。
 あの時の約束と共に。
 この身を賭けて守ってきた想い。





 一緒に過ごした女王試験の日々。
 どんな時でも微笑を絶やさない彼女を・・・。
 彼女を、好きだった。
 自分の側で屈託なく微笑む姿。
 くだらない話でも、キチンと聞いてくれた。
 彼女が、好きだった。

 中の島に、最後の建物が建った時。
 アンジェリークを攫うようにして、飛空都市を飛び出した。
 海の見える綺麗な星に、アンジェリークを連れて。
 二人で、地平線の向こうに夕日が沈んで行く様を、黙って眺めた。
 アンジェリークの柔らかな髪が紅い太陽の光を受けて、濃いブロンドに染まった。
「ゼフェル様」
 アンジェリークが、静かに口を開いた。
 彼女が何を言おうとしているのか、ゼフェルには分かっていた。
 けれども、連れ出さずにはいられなかったのだ。
「私・・・」
 打ち寄せる波の音に掻き消されそうなほど小さな声で。
 けれども若草色の瞳に決意の色を込めて。
 しっかりと、彼女は告げた。
「私、女王になります・・・」
 分かっていた。
 ・・・分かっていた・・・。
 だから。
 綺麗な瞳を真っ直ぐに見つめ返して。
 ゼフェルも、彼女に言葉を返したのだ。
「おめー、きっとイイ女王になるぜ。だからよ・・・」
 ゼフェルは彼女の白い手を取り、その甲にキスをした。
 想いのありったけを込めて。
「側にいて、力になってやるよ。オレの全部をかけて、おめーを守ってやる。だから、おめーはいつでも笑ってろよ。おめーの笑顔が、オレに力を与えてくれるんだからな」
 アンジェリークが泣き笑いのような顔で微笑んだ。

 その背中にハッキリと見えたのは。
 ・・・真っ白な翼・・・。





 サラサラと。
 衣擦れの音が聞こえ、女王補佐官が席を外したのだと知る。
 顔を上げると。
 ゼフェルの視線の先で、女王はポロポロと涙を零していた。
 ・・・綺麗な、若草色の瞳を濡らして。
 この女性の泣き顔が、ゼフェルは苦手だった。
 自分の胸も苦しくなって、どうすればいいか分からなくなるから。
 その涙にイライラして怒鳴りつけたりしたのは、遠い過去の出来事だ。
「馬鹿だな。泣いてんじゃねえよ・・・」
 今、ゼフェルの頬には、穏やかな笑みが浮かんでいる。
 この大切な女性に仕えた人生に、少しの悔いもなかった。
 鋼の守護聖としての自分を、ゼフェルは今、誇りに思うことが出来た。
 あんなに、守護聖としての自分が嫌で嫌で仕方なかったはずなのに。
 コツコツと靴音を響かせながら。
 ゼフェルは女王に歩み寄り、ふわふわの金の髪を撫でてやった。
「おめーはホント、いつまでも子供みたいだな・・・」
「だって・・・」
「オレは鋼の守護聖として、精一杯やってきた。今はただ、大役を果たし終えて清々しい気分だ。ま、頼りないおめーを残していくのがいささか心配ではあるけどな」
「・・・・っ・・・」
「だ・か・ら、泣くんじゃねえって!」
 子供を落ち着かせるように、その華奢な背中をポンポンと叩いてやった。
「オレの意思は、次の鋼の守護聖が引き継ぐ。ヤツは、全身全霊をかけて、おめーを守るだろう。だから、可愛がってやってくれよな」
「ゼフェルじゃなきゃイヤだもん・・・」
 ポツリと紡がれた言葉に、ゼフェルは苦笑した。
「女王様がワガママ言ってんじゃねえよ。待っててやるから・・・な?」
「え??」
「待っててやるよ。おめーがオレに降りてくるまで。ずっと。だから、笑えって。オレは、おめーの笑った顔が好きなんだから」
「・・・ゼフェル・・・・」
 ドレスの袖で涙を拭って。
 ゼフェルの天使は、ニコリと微笑んだ。
 涙で濡れた瞳で、それでも、明るく。
「よし、その意気、その意気。オレが下界に降りても、オレが側にいるってコトを忘れるなよ?鋼の守護聖の心の中に。そして、おめーの心の中に、オレを残していくから」
 躊躇いがちに肩を抱き寄せ、柔らかな前髪をかき上げて、額にキスを落とした。
 ・・・それは、ゼフェルなりの約束の証だった。
「それじゃ・・・またな、アンジェリーク」
 ヒラリ。
 手を振って。
 ゼフェルは女王に背を向けた。
 湿っぽい別れなど、ごめんだった。
 下界に降りたとしても、ゼフェルは彼女と共にあるのだ。
 ゼフェルの降りる世界はいつでも、彼女のサクリアで、彼女の優しさで包まれているのだから。


 数ヵ月後。
 後任者の教育を終え、紅の瞳をした鋼の守護聖は、聖地を去った。
 飄々として。
 金の髪の女王は、微笑みながら彼を見送った。
 瞳に薄っすらと、涙を浮かべてはいたが。





「こちらへいらっしゃい」
「はいっ!」
 新しい鋼の守護聖は、まだ、少年だった。
 その瞳は・・・綺麗な菫色だった。
「これから、どうぞよろしくね。私の・・・鋼の守護聖・・・」
 彼は頬を紅潮させ、女王を見つめた。
 憧憬と畏れの入り混じった瞳で。
「はい・・・」
 歳若い守護聖を見つめる女王の視線が、彼を通り越して、ふと、遠くを見つめる。

 紅の瞳の少年の姿を、彼の影に見たような気がして。

 そして・・・女王は穏やかに微笑んだ。



〜 END 〜




うわー。せっかくのお誕生日記念創作なのに〜。
微妙に切ない系でスミマセン。
管理人の精神状態が暗めなので、お話にまで影響が(汗)。
守護聖と女王の恋。
片方が聖地を離れても、心と心でいつまでも結びついていて欲しいな、
という願いを込めて。
こんな話ですが、ゼフェル様のお誕生日を記念して。




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