Snow Drop
雪祈祭。
それは、この地を守る天使へ感謝を込めて雪に祈りを捧げる、アルカディアでのお祭りである。
今日はその、雪祈祭の日だった。
その日の午後。ゼフェルは気合いを入れて、女王執務室に向かう。
祭りがある、と聞いた時から。その日は絶対に、アンジェリークを誘おうと心に決めていたのだ。
アンジェリークはアンジェリークでも、ゼフェルのアンジェリークは金の髪と若草色の瞳を持っていて。思わず抱きしめたくなるように愛らしく、そして美しい女王陛下の事である。
この美しい大陸の命を守るために自分の力を削っている彼女に、ゼフェルは少しでも気晴らしをさせてやりたかった。
それに。雪祈祭に出掛けるとなると、当然二人きりのデート、という事になる。アルカディアに連れてこられてからというもの、
恋人同士でありながら、ゼフェルとアンジェリークが二人きりで話す機会は皆無に等しかったので。
(最近アイツは執務室にこもりがちだし、たまにはいいよな?)
ゼフェルは、自分のためにも、可愛いアンジェリークのためにも、今日という日を楽しみにしてきたのであった。
ところが、である。
「あら、ゼフェル?珍しいわね、執務室まで来てくれるなんて。何か用かしら??」
執務室に通されたゼフェルに、麗しの女王陛下は、つれなくもそう言ったのである。
思わず言葉に詰まりそうになるゼフェルだったが、目標貫徹!と心に誓い、目的を口に出した。
「一緒に雪祈祭にいこうぜ!!」
アンジェリークは、キョトンとした瞳で、ゼフェルを見つめた。それから、穏やかに笑って言ったのだ。
「まあ、素敵ね。でも、そんな事ならアンジェリークを誘ってあげてちょうだい。あの子も育成で気が張っているはず。息抜きが必要よ」
思ってもみない発言に、ゼフェルは、驚いてしまった。驚きが去ると、今度はムッとして。
「オレの前で、そんなコト言うんじゃねー!」
ゼフェルは、怒ったような表情になって言った。
「そんな顔して笑いながら、オレに他のオンナを誘えなんて、言うな」
「ゼフェル…」
アンジェリークが困ったような表情を見せたので。ゼフェルは少し口調を優しくして告げた。
「オレはおめーを誘いたいんだし、それに、オレにとってのアンジェリークは、おめーだけなんだからな?よく覚えとけ!」
「うん…」
女王執務室に漂う甘い雰囲気に辟易したのか、ロザリアが口を挟んだ。
「はいはい、ご馳走さまですわ、陛下。折角ゼフェルが誘いに来てくれたんですから、一緒にお出かけになったらよろしいのではございません?」
アンジェリークは、お伺いを立てるかのような上目遣いの目で、ロザリアを見つめた。
「だって、執務中…」
「あら!1日ぐらい陛下がいらっしゃらなくても、大丈夫ですわ。このわたくしに、全てお任せくださいな」
力強いロザリアの発言に、
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな?」
瞳に嬉しそうな光を浮かべて。
「後の事はお願いね、ロザリア。ゼフェル、いきましょ!!」
弾むような足取りで執務室を後にする親友を、ロザリアは優しい瞳で送り出した。
「はい、はい。ごゆっくり」
祭りは天使の広場で行われている、という事だったので、二人は仲良くその場所に向かった。
入り口の門をくぐると、人々が楽しそうに笑いさざめく声が、耳に飛び込んでくる。
「わあっ、楽しそうね!」
「そうだな…」
アンジェリークの若草色の瞳が、ゼフェルをじっと見つめる。
「なっ、なんだよ!?」
まじまじと見つめられて狼狽気味のゼフェルに、アンジェリークはニッコリと微笑みかけた。
「だって、こんなに間近でゼフェルの顔を見られるコト。二人っきりで歩けるコト。久し振りなんだもん。嬉しくって。
そして、一つ発見しちゃった」
「あーん?なんだよ??」
アンジェリークは悪戯っぽく笑い、歌うように言った。
「ゼフェルって、やっぱりカッコイイ♪」
「だーっっ、何言ってやがる!?」
「ふふっ」
その時。
人が転んだ時のような鈍い音が聞こえてきて。二人の視線は、音のした方を向いた。
視線の先では、小さな男の子が文字どおり転んでいて、泣きべそをかいていた。
「まあ!坊や、大丈夫?」
アンジェリークが子供に駆け寄っていき、優しく抱き上げた。
「膝から血がでてるわ。痛いでしょう?ちょっと待ってね」
アンジェリークはどこからかバンソウコウを取り出し、少年の小さな膝に、ペタリと貼ってやった。
「ほら、もう大丈夫よ」
その様子を、ゼフェルは優しい瞳で見守っていた。
(コイツはホント、全然変わんねーよな)
そう、思いながら。
初めて出会った時から、アンジェリークは優しかった。
自分の事よりも他人を思いやる事のできるその優しさを、ゼフェルは好きになったのだ。女王になった今でも、その優しさは全く変わっていなかった。
今にも消滅しそうなこの大陸を、自分の力を削ってまで守ったり。
小さな男の子が転んでいるのを見て、優しく手当してやったり。
スケールの大きさこそ違え、そのどちらも、アンジェリークの優しさだった。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
少年がアンジェリークに礼を告げる声で、ゼフェルはハッと我に返った。
そして、少年に尋ねる。
「転ぶほど急いで、どこに行こうとしてたんだ?」
少年は、嬉しそうに答えた。
「あのね、今日は雪祈祭のお祭りなの!それでね、この広場のどこかに白い羽根のついた白樺の枝が隠してあるんだけど、それを見つけた人はしあわせになれるんだよ!!」
「まあ、そうだったの?坊やが白樺の枝を見つけられること、お姉ちゃんもお祈りしてるわ」
「そうだ!早く探さないと、他の誰かに見つかっちゃうもん!じゃあ、お姉ちゃん、バイバイ」
「気を付けて行くのよ」
「今度は、転ばねーようにな!」
二人は顔を見合わせて微笑んだ後、広場の散策を続けた。
花屋の前では、占い師がなにやら占いを行っていた。
「占うのは、今年のラッキーカラーだよ」
その声を聞いて、ゼフェルがアンジェリークに言った。
「今年のラッキーカラー、オレが当ててやろうか?」
「えー!ゼフェル、分かるの!?」
「ズバリ、若草色だぜ!!」
自信満々のゼフェルに、アンジェリークは疑わし気な視線を向けた。
「ホントに??」
「あっ、信じてねーな?」
「だって…」
更に疑わしそうなアンジェリークに、ゼフェルは自信満々で提案した。
「じゃあ、賭けようぜ。オレの予想が外れたら、なんでも一つ、おめーの言うコト聞いてやるよ。そのかわり、オレの予想が当たったら、おめーはどうする?」
「…私も、ゼフェルの言うコト、何でも一つ聞くわ」
「うーっし。決まりな!」
二人は、息を呑んで占いの結果を待った。
しばらくして。
「今年のラッキーカラーは、若草色だよ!」
占い師がそう告げ、ゼフェルはアンジェリークに向かってニヤリと笑った。
「どうだ、まいったか!?」
「すごいゼフェルっ!どうして分かったの??」
アンジェリークの瞳に賞賛の色が浮かぶのを、ゼフェルは満足そうに見つめた。
「いつでもアルカディアを見守ってやってる、おめーの瞳の色だからな。絶対そうだと思ってたぜ」
「ゼフェル…。そんな風に思ってくれてたの?」
「あったりまえだろ?」
「…何だかちょっと、元気がでちゃった。ありがと、ゼフェル」
とびきりの笑顔で微笑みかけられ、ゼフェルは、照れた。
照れてそっぽを向いた時、アクセサリー屋に陳列してある綺麗な指輪がゼフェルの目に飛び込んできた。
アンジェリークの瞳の色と同じ、綺麗な若草色の意志が埋め込まれている、シンプルだが愛らしい指輪。
「ちょっと待ってろ」
アンジェリークに言い置いて、ゼフェルはその指輪を、こっそりとゲットした。
それから、お茶をしたりして。
あっという間に夕暮れ時になった。
「そろそろロザリアが心配してるかもな。…帰るか?」
そう言ったゼフェルに、
「もう少し、ゼフェルと一緒にいたいな。ロザリアに怒られちゃったら、私から謝るから、いいでしょ?」
アンジェリークは、答えた。それから、ふと思い出したように、口にした。
「そういえば、ゼフェル。賭けに勝ったのに、何にも言わないのね?」
「あー、それな。考え中。後で言うから」
「そう?あんまり無茶なコトは言って欲しくないな〜」
そんな他愛のない会話を交わしていると。
「おねえちゃん!!」
声が、聞こえた。
振り向くと、バンソウコウを膝に貼った子供が、羽根のついた白樺の枝を持って立っていた。
「あら、坊や。無事に白樺の枝を見つけられたのね。良かったわ」
アンジェリークは優しく少年に笑いかける。
少年はしばらくもじもじとしていたが、やがて思いきったように、アンジェリークに白樺の枝を差し出した。
「これ、おねえちゃんにあげる!」
「え?あんなに一生懸命探していたのに、いいの、坊や?」
力強く頷いて、少年は言った。
「うん。おねえちゃんにあげる。僕、知ってるんだ。おねえちゃん、天使様なんだよね?」
「え??」
「僕のお膝にバンソウコウを貼ってくれた時、僕はおねえちゃんの背中に、真っ白でキレイな羽が見えたんだよ。ホントだよ。僕、その時とっても嬉しい気持ちになったから。だから、これ、おねえちゃんにあげるの。ありがとうっていう気持ちを込めて」
「…ありがとう、坊や。」
アンジェリークはやっぱりふんわりと微笑みながら、少年から白樺の枝を受け取った。
「それじゃ、おねえちゃん、サヨナラ!」
少年が去って行く姿を見送りながら、アンジェリークは静かに呟く。
「今日は雪祈祭。アルカディアの民のために、雪を降らせましょう。あの男の子のためにも、ね」
アンジェリークがゆっくりと瞳を閉じて。胸の前で祈るように、両手を組みあわせた。
その華奢な身体の周りに、柔らかい光が揺らめきはじめる。
光は徐々に輝きを増して。アンジェリークの身体から離れて、宙に舞った。
そして、空に吸い込まれていった光は…。
雪に姿を変え、アルカディアに舞い降りてきた。
「天使様が雪を降らせてくださった」
「雪だ…」
「わあ!雪が降ってきたよ!」
アルカディアの民の喜びの声が、さざ波のように辺りに広がった。
「ちゃんと降ってくれて良かったわ」
アンジェリークは微笑みながらそう言うが、ゼフェルは知っている。
この金の髪の女王が、決して失敗などしないということを。
降り注ぐ雪の中で、アンジェリークは本当に、美しい白い翼を持った天使のように見えた。
「おい。賭けの約束。今ここで言うぞ」
ゼフェルの一言に、アンジェリークは小首を傾げて尋ねる。
「なあに、ゼフェル?」
「目ぇ閉じて、左手を前に出せ」
「え?それだけでいいの??」
「とっとと、言うとおりにしろよな」
アンジェリークは、言われたとおりに瞼を閉じて。ほっそりとした白い手を、ゼフェルに差し出した。
その美しい指に、ゼフェルはアクセサリー屋で入手した指輪を、慎重に、はめる。
「うーっし。目、開いていいぞ」
そっと目を開いたアンジェリークは、自分の指に輝く指輪を見て、驚きの声をあげた。
「やだ、ゼフェル!これ、どうしたの!?」
「今日の記念だ。やだって言っても、返させねーぞ」
「ううん、嬉しいわ。だけど…ホントに私が貰ってもいいの??」
今がチャンスだっ!
と、ゼフェルは思った。
彼は、大きく大きく深呼吸して、
「おめー以外の、誰にも貰って欲しくねーぜ。…その、よ。今回の件が片付いて、オレ達の宇宙に戻ったら……。オレと結婚してくれ!!」
「え………?」
ゼフェルが大好きな若草色の瞳が、大きく見開かれて。
「それって……プロポーズ?」
小さく、アンジェリークが問い掛けた。
「もう一度だけ言うぞ。よーく聞いとけ。オレと、結婚してくれ」
「いいの、私で?」
「おめーしか、考えられねーから。返事、今でなくてもいいから、ちゃんと聞かせてくれよ」
そのまま、ゼフェルはふいっとアンジェリークに背を向けた。照れくさかったからだ。
「ゼフェル」
名前を呼ばれて、振り返ろうとしたぜフェルの背中に、アンジェリークがそっと頬を寄せた。
「今、返事したい。私、ゼフェルのお嫁さんになりたいの」
「アンジェリーク…」
「大好きなの、ゼフェル。だから、ずっと私の側にいてね」
二人を祝福するように、雪が優しく降り注いだ。
アンジェリークのふわふわとした金の髪に落ちてくる雪を、まるで花嫁のヴェールのようだ、と思いながら。
ゼフェルは、アンジェリークを抱き寄せて、その可愛い唇に、そっとキスを落とした。
永遠の誓いは、雪に溶けて。
白く色づく街に、優しく降り注いだ。
〜 END 〜
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すっごく昔に書いたゼフェリモ話ですが、自分ではかなり思い入れのある、好きな作品です。
この話を寄稿したリモージュ同盟様が閉鎖されてしまったようなので、
古いPCデータから引っ張り出して、こちらでアップさせていただきました。
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