<明日また陽が昇るなら>


第1話 炉辺荘の人々




 炉辺荘の庭先で、アンジェリークは松の木に掛けたハンモックに腰を下ろして、ブラブラと足を揺らしていた。
 木の根元に座っていたロザリアは、読んでいた本からふと顔を上げ、アンジェリークに視線を移した。
 太陽の光は惜しみなく辺りに降り注ぎ、アンジェリークの金の髪を眩く輝かせている。

 アンジェリークは、間もなく15歳になろうとしたが、周りの全ての人々が、いつまでも自分を子供扱いするのが我慢ならないらしく、いつもロザリアに不満を訴えていた。
 彼女は、実に愛らしい少女だった。
 どこか夢見るような若草色の瞳、肌の色はまるで雪のように白かったし、頬は優しい薔薇色だった。
 髪の色は、太陽の光を溶け込ませたかのような、眩い金。
 とりわけ魅力的なのはその笑顔で、アンジェリークがニコリと微笑むと、何でも言う事を聞いてやりたいような気にさせられる。

 ロザリアの視線に気付いたのか、
「ねえ、ロザリア」
 若草色の瞳を輝かせながら声をかけてきたアンジェリークに、ロザリアは優しく問いかけた。
「どうしたの?」
 ブライス家に下宿しているロザリアは、アンジェリークより幾つか年上で、教師をしていた。
 実の妹のように、アンジェリークを可愛がっている。
「ロザリアは、この休みの間はお家に帰ってしまうのね。淋しいわ。でも、度々こっちにも来るんでしょう?今年の夏は、色々とイベントがあるらしいもの。みんな私を子ども扱いしているんだから、どうせ立ち入らせてはもらえないと思うけれど。もう私は、小さな子供じゃないのに、嫌になっちゃう」
 松の木から少し離れた芝生の上に寝そべっていたリュミエールが、クスリと小さく笑うのが聞こえた。

 リュミエールはアンジェリークの二番目の兄で、文学方面に素晴らしい才能を持った青年だった。
 炉辺荘の男の子の中で、最も眉目秀麗な存在でもある。
 そして、アンジェリークから、兄達の中で最も愛されていた。
 一番上のランディは頭が良く快活な青年で、三番目のマルセルは優しく思慮深い性格であったが、手足がほっそりと伸びてきたアンジェリークの事を「クモ」と呼び、子供扱いするので、その部分でアンジェリークはひどく不満を感じているらしい。

「大人になるまでに、アンタにはたっぷりと時間があってよ、アンジェリーク。若い時代はすぐ過ぎてしまうのだから、大切にしなさいな。アンタもじきに、人生を味わい始めることになるでしょうからね」
「人生を味わうの?私は、食べてしまいたいと思うわ」
 クスクスと、アンジェリークは笑った。
「私は何もかも欲しいのよ。あと一月で、私も15ですもの!そうなったらもう、誰にも子供だなんて言って欲しくないわ。15から19までは娘の生涯で最良の年だって、誰かが言っているのを聞いたことがあるわ。だから私は、その間を愉快に素晴らしく過ごすつもりよv」
 無邪気な物言いに、ロザリアは苦笑しながら答えた。
「どうするつもり、なんて考えても無駄よ。そうならないことの方が多いのだから」
「ええ!?でも、考えるだけでもとっても楽しいわ。だから、いいでしょう?」
「アンタは、愉しむことしか考えていないのね、困った子だわ・・・」
 白い指先で、ロザリアはアンジェリークの額を軽くつついた。
「ところで、アンジェリーク?アンタは大学に行く気はないの?」
「ないわ。いいのよ、家からはもう、5人も大学に行ってるんですもの。私は出来がよくないし、誰も私には期待をかけてないから気楽だわ」
「勉強をすっかりやめてしまうことは良くないわ、アンジェリーク」
「大丈夫!この冬からは、お母さんが勉強を見てくれるから、安心して、ロザリア!」
 そして、アンジェリークは、再び瞳をキラキラと輝かせた。
「ごめんなさいね、ロザリア。私には、しかつめらしくなんて出来ないの。今、私にとっては何もかもが薔薇色に見えるんですもの」
 そう言うアンジェリークの頬も、きれいな薔薇色だとロザリアは思った。
「来月、私は15になるのよ?来年は16、その次の年は17・・・。こんな素敵な事ってあるかしら?」
「いくらでも陽気に楽しみなさい」
 ロザリアは笑いながら、けれども真面目に言った。
「いくらでも陽気にね、マイエンジェル」


 〜 続く 〜




始まってしまいました(笑)。
マサさん、今回もどうぞよろしくお願いします。
お互いに自分のペースで進めてまいりましょうvvv
というワケで、一話目は人物紹介っぽい感じに・・・。






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