<明日また陽が昇るなら>


第3話 ダンスパーティの夜




「お父さん、お母さん、見て!」
 アンジェリークが駆け込んでくると、その美しさで部屋の中がパッと明るくなった。
「変じゃないかしら?」
 そんな心配をするアンジェリークの姿に、カティスが柔らかく瞳を細めた。
「これは驚いた。立派な淑女だ。そうだろう、ディアお嬢さん?」
「ええ。本当に綺麗だわ、アンジェリーク。こっちに来て、もっと良く見せてちょうだい」
 踊るような足取りで二人の傍に寄るアンジェリーク。
 褒めてもらいニコニコと嬉しそうに笑う様はまだ子供のようで。
 カティスとディアは顔を見合わせて微笑んだ。
「とても素敵よ」
 ディアが優しく、アンジェリークの髪を撫でた。
 そのタイミングで、
「アンジェリーク!用意は出来て?そろそろ行きましょう」
 ロザリアの声が階下から聞こえてきた。
「はーい!今行くわ!!」
 アンジェリークは両親を振り返って笑った。
「それでは、行ってきます!」
「気を付けてな」
「楽しんでいらっしゃい」
 パタパタと軽やかに階段を駆け下りていく音。
「本当にパーティに出かける年になったのね」
 アンジェリークを見送った後、ディアがポツリと呟くと。
 カティスは少し困ったような笑みでそれに答えた。



 炉辺荘を出たアンジェリークは、途中で友人達と合流しながら、パーティ会場へと向かった。
 その晩は、申し分ないほどに美しい夜だった。
 ドキドキと胸を高鳴らせながら、アンジェリークはロザリアの隣を歩いていた。
 月明かりが道々を柔らかく照らし、周りの木々は月明かりに誘われるようにして、その身から香気を漂わせている。
 アンジェリークは、幸せだった。
 世界の全てが、美しく輝いて見えた。
 この怖いぐらいに美しい今日が・・・自分の初めてのダンスパーティで。
 素晴らしく楽しい時を過ごすのだ。
 唯一の心配事は・・・ダンスを申し込んでくれる者がいないのではないか、という事だった。
 徐々に足音が近づいている戦争の事も、今はどうでも良かった。
 けれども。
 不意に、ランディが誰かと話している声が耳に届き、アンジェリークは思わず身震いした。
「両足を失ったその医者は、自分を省みずに、周りの負傷した兵士達を治療したんだ。そして、ある兵士の足に包帯を巻こうとしているうちに死んでしまった。発見された時、医者の手はしっかりと包帯を握っていて、そのお陰で兵士の出血は止まり、兵士は命を取りとめたんだ。この医者を、俺は英雄だと思うよ」
 どうやら、前に起きた戦争の時の話をしているようだった。
 アンジェリークの隣で、ロザリアもまた、身震いした。
「ロザリア、大丈夫?恐ろしい話ね。せっかくこれからパーティなのに、ランディはどうしてあんな話をするのかしら・・・」
 困ったような、けれども優しい瞳で、ロザリアはアンジェリークを見つめた。
「違うわ、アンジェリーク。わたくしは素晴らしいと・・・美しいと思ったのよ。その人の行為は、まるで神のようだわ」
 ロザリアの美しい指先が、優しくアンジェリークの頬に触れた。
「さあさあ、そんな顔はしないのよ、アンジェリーク。今日は本当に美しい晩ね。アンタの楽しいパーティデビューが待っていてよ」

 パーティは岬で開かれる事になっていたので、一向は小船に乗って、その場所へと向かった。
 船が岬に着くと、パーティ会場へと続く道は、既に賑わっていた。
 履いてきた上靴が少し痛かったが、アンジェリークは、それを感じさせないぐらいに軽やかに、会場へと向かった。
 若草色の瞳をキラキラと輝かせ、頬を薔薇色に染めて。
 だから周りの誰も、靴が痛いのだと気付く者はいなかった。
 アンジェリークが会場に到着すると、すぐさま、ダンスを申し込まれた。
 面目躍如で、アンジェリークはホッとしながら相手の腕を取り、ダンスの輪に加わった。
 海からそよぐ風の爽やかさ、青白く全てを照らしている月光の美しさ。
 楽しいダンス。
 アンジェリークは、全てに満足し、踊りながら深呼吸をした。



 アンジェリークの初めてのパーティは、成功だった。
 次から次へとダンスを申し込まれ、思わず、ワタワタとしてしまうぐらいに。
 ようやくダンスの相手が途切れてホッと息を吐いた時、アンジェリークの視界の端に、とある人物の姿が飛び込んできた。
 その瞬間、アンジェリークの胸は、ドキドキと動悸を打った。
 オスカーだわ・・・。オスカーは、私に目を留めてくれるかしら?私に、ダンスを申し込んでくれるなんて・・・そんなコトは、有り得ないに違いない。
 グルグルと、アンジェリークの頭の中を、そんな思考が回った。
 三週間前、炉辺荘に遊びに来たオスカーは、アンジェリークの事をからかって、『お嬢ちゃん』と呼んだ。
 アンジェリークを、全くの子ども扱いなのだ。
 悔しくて悔しくて、その日、アンジェリークは自分の部屋に駆け上がって、一人で泣いた。
 アンジェリークは・・・オスカーが、好きだった。
 心を躍らせながら立ち尽くすアンジェリークに、オスカーがふと、視線を向けた。
 離れているのに思いっきり目が合ったような気がして、アンジェリークはますますドキドキした。
 そして、オスカーがこちらに歩いてくる、と、それが分かった時。
 心臓が口から飛び出してしまうのではないかというぐらいに。
 アンジェリークは緊張し、ギュッと胸の前で、己の手を握り締めた。



 〜 続く 〜




オスカー様登場vvv
中途半端な部分で切りましたが、わざとです(笑)。
ここからとても素敵なシーンなので、
オスリモスキーのマサさんにタッ〜チ!!でございます。
ヨロシクお願い致します〜vvv






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