<明日また陽が昇るなら>
第7話 赤子来訪
ランディの出征後、アンジェリークは泣くだけ泣いてからディアのところに行った。 「お母さん、私、何かしたいの。私は女だから、出征することは出来ないわ。でも何か、役に立つことがしたいんです」 優しい瞳でアンジェリークを見つめ、ディアは静かに言った。 「取り急ぎしなければならないことは、敷布にする木綿を縫うことね。姉さん達を手伝ったらいいわ。それからね、アンジェリーク。あなたは同じぐらいの年の娘さん達を集めて、赤十字少女団を作れないかしら・・・?若い人達で個別に活動した方が、いい仕事が出来るのではないかと思うのよ」 ディアの言葉に、アンジェリークは躊躇した。 木綿を縫うことは手伝える。 けれども・・・。 「お母さん、私、そういうことなんかしたことがないわ・・・」 白い手のひらが、アンジェリークの頭の上に乗せられた。 「ねえ、アンジェリーク。これから先、私達はみんな、今までしたことがないような事をしなければならなくなると思うの」 手のひらの優しさとその言葉に励まされて。 「分かったわ」 アンジェリークは答えた。 「お母さんが、どんな風に始めればいいかを教えてくだされば、私、やってみるわ。出征した人達のために、少しでも役に立てれば嬉しいもの」 優しい瞳で、ディアがアンジェリークを見つめた。 炉辺荘の面々は、色々な思いを抱えながら、それでも自分達は「暮らしていける」のだということを知った。 ディアや姉達は赤十字の仕事に戻っていき、アンジェリークは赤十字少女団の設立に頭を悩ませていた。 意外にも、組織を作る、ことを考えるのは楽しかった。 メンバーの人選やら何やらで、悩みが多いことは多いのだが。 そんなある日、アンジェリークは母達の手伝いで赤十字の物資を回収する役目を買って出た。 母や姉達は忙しかったし、そうすることで自分が少しでも役に立てると思ったのだ。 アンジェリークは馬車に乗り、家々を回って物資を集めた。 馬車の荷台は積荷で溢れかえりそうになった。 帰路に着こうとして、アンジェリークはふと、チャーリー家にも寄らなくてはいけないからしら、と思いを馳せた。 チャーリー家はそれほど裕福ではなかったが、主人であるチャーリーは英国で入隊しており、この家を訪問せずに帰宅することがためらわれた。 アンジェリークはゆっくりと、チャーリー家へと馬車を進めた。 チャーリー家の庭に植わっている木に馬を繋いで、アンジェリークは戸口へと進んだ。 家の扉は大きく開いており、中の様子が良く見えて、アンジェリークは仰天した。 寝台に横たわったチャーリー夫人は・・・ぐったりとし、今にも息絶えようとしているように思えた。 そして、部屋の中からは、赤ん坊の泣き声がひっきりなしに聞こえてきた。 アンジェリークは慌てて、寝台に駆け寄った。 「しっかりして!大丈夫ですか?」 夫人は弱々しく首を横に振った。 「私の、赤ちゃん・・・」 部屋の真ん中の揺りかごで、赤ん坊が泣いている。 「可哀想に・・・あの子はどうなってしまうのかしら・・・」 「奥さん、私にお手伝いできることはありますか?」 必死になって、アンジェリークは尋ねた。 「お嬢さん、お願い・・・。あの子を・・・」 やせ細った指が、揺りかごを指して。 それから、力尽きたかのように、パタリと寝台の上に落ちた。 カタカタと、アンジェリークは震えた。 夫人は、亡くなってしまったのだ。 揺りかごの中で泣きじゃくっている、赤ん坊を残して。 アンジェリークは、恐る恐る揺りかごの中を覗いた。 そこには、真っ赤な顔をした、猿のような生き物がいた。 チャーリー夫人には身寄りもなく、このまま放っておけば、赤ん坊はどうなってしまうか分からなかった。 死の間際まで、夫人はこの赤ん坊のことを心配していたのに。 どうしよう、どうしよう・・・。 悩みながら赤ん坊の方に手を伸ばすと、小さな手がギュッと、アンジェリークの指を掴んだ。 その瞬間、アンジェリークは決断した。 「この子を、連れて帰るわ」 自分に言い聞かせるようにして、アンジェリークはそう口にした。 夫人の葬儀などについても、家に戻って両親に相談しよう。 アンジェリークは生まれて初めて、赤ん坊に手を触れた。 くにゃりとした身体を壊さないようにそっと取り上げて、揺りかごの中の毛布で包んだ。 そして、赤ん坊を抱いたままで馬車を御するのは到底無理だと考えた。 グルリと辺りを見回して、調理台の上に大きなスープの壷を発見したアンジェリークは、それに赤ん坊を入れていこうと思った。 それ以外に、方法はない。 ゆっくりとゆっくりと、アンジェリークはスープ壷に赤ん坊の身体を入れた。 赤ん坊は泣き止んで、じっと、アンジェリークを見つめていた。 そんなこんなで、スープ壷を抱えて炉辺荘に戻った時、アンジェリークは泣きたくなるぐらいに、心から安堵した。 ここには、父も母もいる。 アンジェリークはスープ入れを台所に運び込み、そっと、赤ん坊をその中から取り出した。 赤ん坊は大人しく、アンジェリークの腕の中に収まった。 ガタガタという音が気になったのか、ちょうど台所にやってきたカティスが驚きに目を見張った。 「これはどういうことだ、アンジェリーク?」 アンジェリークは、全てを話した。 「私、この子を連れてこずにはいられなかったのよ、お父さん。あそこに置いておいたら、死んでしまうわ」 じっとアンジェリークを見つめながら、カティスが静かに尋ねた。 「アンジェリーク、この子をどうするつもりだ?」 そんなことを聞かれようとは、アンジェリークは思っていなかった。 赤ん坊を連れてきさえすれば、両親が何とかしてくれると思っていたから。 「ここに・・・しばらく置いておけないの、お父さん?どこか、行き先が見つかるまで・・・」 ためらいながら、アンジェリークは弱々しく尋ねた。 アンジェリークの腕の中で、赤ん坊はぱちくりと目を見開いて、辺りを見回している。 気が遠くなりそうな沈黙の後、カティスがアンジェリークに告げた。 「小さな赤ん坊というものは、一家にかなりの負担を手数をかけるものなんだ、アンジェリーク。現在の状態で、お母さんに更なる負担をかけることは許さない。もしお前がこの赤ん坊を家に置いておきたいのなら・・・、自分一人で世話をしなければいけない」 厳しい父の言葉に、アンジェリークは仰天した。 「私が・・・?無理よ、お父さん!私には出来ないわ!!」 「お前より年下の女の子だって、立派に赤ん坊の面倒を見ることが出来るんだ。分からないことは、オレやお母さんが教えよう。けれども、世話は自分でしなさい。さっきも言ったが、お母さんに無理をさせることは許さないぞ。お前が面倒を見られないというのなら、この子は孤児院へやりなさい」 父は本気で言っていると。アンジェリークは、そう思った。 アンジェリークは赤ん坊という生き物が苦手だった。 けれども・・・。 赤ん坊は不穏な空気を感じたのか、キュ、とアンジェリークの腕にしがみついた。 この子を、孤児院にやることなんてできない。 あれだけ心配していたのだ、この子の母親は。 最後の力を振り絞って、この赤ん坊のことを、自分に託したのだ。 キッと、アンジェリークは顔を上げた。 そして静かに、カティスに問うた。 「お父さん、赤ん坊にはどんなことをしなくてはならないの?」 フッと、カティスの表情が和らいで。 カティスは優しく、アンジェリークに赤ん坊の扱いについて指導を始めた。 こうして赤ん坊は、ランディと入替わるようにして、炉辺荘の一員となったのである。 〜 続く 〜 |
まずは、長らくリレーをとめていたことをお詫び申し上げます。
更に。
スミマセン、赤子を連れ帰るシーンは、大分捏造しました。
アンジェリークの決死の思いが皆様に伝わればイイな、と思います。
というか、チャーリーさん、変な役にしてしまってゴメンなさい。
好きなのに・・・!!!
ではでは、マサさんへタッチでございますよvvv