<明日また陽が昇るなら>
第9話 ジュリアス笑う
誰もが暗い気持ちを心の中に抱えながら、新しい年を迎えた。 戦争は未だ、終わる気配を見せなかった。 ランディのことを考えると辛く悲しい気持ちになったが、ジュリアスが育児書の指示通りにすくすくと育っていることが、アンジェリークの気持ちを慰めてくれた。 1月でジュリアスは5ヶ月になりアンジェリークは手製の子供服を着せて、それを祝った。 「体重が14ポンドあるのよ!育児書によると、5ヶ月でちょうどそうならなければいけないの」 アンジェリークは誇らしげにディアとロザリアに報告した。 ふんわりとディアが優しく笑んで、アンジェリークの頭を撫でた。 ロザリアもまた、アンジェリークの頑張りを労ってくれた。 「おめでとう。良かったわね。あんたは本当に良く、あの子の世話をしていると思うわ」 ジュリアスは際立って美しい子供だった。 深い深い海の色のようなパッチリとした瞳。 少しクセのある金の髪で頭が覆われ、光の加減でキラキラと輝いた。 アンジェリークの髪も目映い金色なので、アンジェリークがジュリアスを抱いていると、二人はまるで本当の姉弟のようだった。 ジュリアスは育児書に書かれているように、よく眠りよく食べる子供だったので、アンジェリークはそのことに安堵していた。 唯一の心配点は、声を立てて笑わないことだ。 通常、赤ん坊は3〜5ヶ月で声を立てて笑うと育児書に書いてある。 どうしてかしら・・・? そのことが、アンジェリークの心を悩ませていた。 そんなある晩、アンジェリークは新兵募集の集いから、くたくたになって帰ってきた。 依頼を受け、愛国的な暗唱をしてきたのだ。 アンジェリークは人前に立つことがあまり好きではなく、一度は断わろうとした。 しかし、断ったことをランディが知ったらどう思うかと考えた瞬間、了承の返事をしていたのだった。 アンジェリークの暗唱は、母親譲りで素晴らしかった。 普段は優しげな若草色の瞳が強い光を帯び、その目が自分を見ているのだと思い、集いの直後に兵役を志願した若者が何人もいた。 若者達を兵役に駆り立てるような真似をしてとアンジェリークの暗唱を快く思わない者も幾人かはいたが、アンジェリークはそんなことは気にしないことにした。 集いから戻ったアンジェリークは、暖かな自分のベッドに滑り込み、ホッとした。 それからランディのことを考えて、少し物悲しい気分になったが・・・。 アンジェリークがうつらうつらし始めた時、ちょうど、ジュリアスが泣き出した。 しばらく放っておいたが、泣き止む気配は全くない。 ジュリアスは暖かくしてあるし、お腹もいっぱいなはずだ。 おむつが汚れる時間でもない。 だから、放っておいても大丈夫。 そこまで思って、アンジェリークは考えてしまった。 自分がたった5ヶ月しか経たない赤ん坊で、父親はフランスに行っており、母親も無くなっているとしたら? 大きな部屋の真ん中にある揺りかごで一人っきりで眠らされて。 誰も、自分を愛していないとしたら? 遠く離れた父親は、自分が生まれていることすら知らないのかもしれない。 いくら父親でも、生まれているかどうかも分からない子供に愛情を注ぐことなど出来ないではないか。 それだけ考えて、アンジェリークはいてもたってもいられなくなった。 ベッドから飛び起き、絶え間なく泣き声が聞こえてくる部屋に駆け込んで、ジュリアスを抱いて自分のベッドに連れてきた。 小さな手は冷たくなっていたので、アンジェリークはその手を自分の手で包み込んで、そっとジュリアスを抱きしめた。 すぐにジュリアスは泣きやんで。 そして・・・突然、声を立てて笑い出した。 「まあ!まあ、ジュリアス!!」 可愛らしい笑い声に、アンジェリークは小さく叫んだ。 「そんなに嬉しいの?大きな部屋に一人きりじゃないって分かったのかしら・・・?」 クスクスと可愛らしく笑い続けるジュリアスに、アンジェリークはキスをした。 愛おしい気持ちが湧き上がってきて・・・。 ついに、自分がこの赤ん坊に愛情を抱いたのだと、アンジェリークは理解した。 「だって、ジュリアスはとても可愛らしくなってきたんだもの・・・」 そんなことを考えながら、ジュリアスを抱いたまま、アンジェリークはうとうとと眠りの世界をたゆたい始めた。 春が近くなると、戦局は徐々に激しくなり、ランディが塹壕入りしたという連絡が入った。 新聞には毎日のように戦死者の名簿が掲載されるようになり、炉辺荘の住人達は、電話が鳴る度にビクビクしながら受話器を取った。 いつ、ランディの訃報の電報が届くかも知れないのだ。 一週一週を過ごす度に、村の若者の誰かしらが入隊して行った。 ランディからは時折手紙が届き、その手紙は、家族で奪い合うようにして読まれた。 『アンジェリークの赤ん坊が良く育ったと聞いて喜んでいると、アンジェリークに伝えてください。それから、ドイツ兵と『吸血鬼』の両方と、大いに戦っていると』 「吸血鬼、とは何かしら?」 アンジェリークの呟きにディアが耳元でそっと囁いた。 「塹壕の中では、しらみなんて珍しくないのよ、アンジェリーク」 飛び上がったアンジェリークは、素早く部屋を出て行き、梳き櫛を持って再び現れた。 「ランディに送る荷物に、これを入れてちょうだい、お母さん」 「ありがとう、アンジェリーク」 ディアが、静かに微笑んだ。 〜 続く 〜 |
私、アンジェリークの赤子が相当好きらしいです。
赤子連れてきた場面も書いちゃったし(笑)。
そんな赤子スキーなわたくしから、マサさんへタッチvvv
よろしくお願いいたします。
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