<キングスポートの街角>


第5話 麗しの王子登場




 その日は、少し寒い日だった。
 アンジェリークは膝の上でクラヴィスを撫でながら、ボーっと窓の外を見ていた。
 暖炉の側でクラヴィスを抱いてぬくぬくとしているのと、寒くはあるが爽やかな外気に触れて清々しい気分になるのと。
 どちらにしようと考えていたのだ。
「にゃーお」
 クラヴィスが、喉を鳴らした。
 その声にハッとして、アンジェリークは小さく呟いた。
「うーん。外に行くか、家でのんびりするか。悩むわ・・・」
「外に行ったらいいんじゃない」
 アンジェリークの側で本を読んでいたレイチェルが、そう声をかけてきた。
「アナタ、最近少し元気がないし、外の空気でも吸ってきたら?」
「そうね・・・」
 アンジェリークはクラヴィスを抱き上げ、彼をソファの上に下ろした。
「出掛けてこようかな・・・」
「外の新鮮な空気を吸って、気分転換しなよ」
 パチリ、と、レイチェルがアンジェリークに向かってウインクした。
「曇ってるから、念のため、傘を持って行ったらイイよ」
「ありがと」
 お気に入りの花柄の雨傘を持ち、アンジェリークはパティの家を出た。



 季節は、11月に移り変わっていた。
 アンジェリークは、ブラブラと公園へと歩を進めた。
 春にアンジェリークの心を弾ませた鈴蘭はしばしの眠りについていた。
 どんよりと曇った空は、今のアンジェリークの気持ちのようだったが。
 肌寒いが爽やかな風を身に受け、心の中の雲が払われたような気がして、アンジェリークは少しホッとした。
 レイチェルが指摘したとおり、最近、気持ちが沈みがちだった。
 表面上は普段と変わらない態度を取っているつもりだったが、ロザリアやレイチェル、コレットには気付かれているようだ。

 アンジェリークの悩みは、ランディにあった。
 ランディはその後も時折、金曜の晩にはパティの家を訪ねてきたが。
 子供の頃から培ってきた二人の親密な交わりは、失われてしまった。
 それが、アンジェリークには淋しかった。
 その反面、アンジェリークはホッとしてもいた。
 あの春の日、ランディをひどく傷つけてしまったのではないかと、アンジェリークは密かに恐れていた。
 ランディは大切な幼友達であり、多くの人から将来を嘱望されている青年だ。
 そのランディが、自分の拒絶により、傷つきダメになってしまったら・・・。
 しかし、その心配は杞憂に終わった。
 レイチェルと軽口を飛ばしあうランディを見ていると、アンジェリークは思うのだ。
 あの晩の、あの恐ろしいほどに寂しい微笑みは、自分の見間違いだったのだろうかと。

 ランディの代わりにアンジェリークの側に、と願う者は後を絶たなかったが、アンジェリークはキッパリと、全ての面々を断った。
 ランディ以外の、男友達など、自分にとって必要ない。
 ・・・もう一人の幼友達である、ゼフェルは別として。

 とにもかくにも、ランディは大丈夫だ。
 アンジェリークは自分に言い聞かせた。

 だから、そんなにランディのことを気にしなくていいのよ、私・・・。



 公園から港の見える道に出た時。
 不意に、強い風がアンジェリークに吹きつけ。
 ザーザーと音を立て、激しく雨が降り出した。
 アンジェリークは慌てて自分の傘を開いたが、愛用の傘は無常にも、強風にあおられ、裏返しにひっくり返った。
「キャッ!?」
 思わず小さく悲鳴を上げると。
「よろしければ・・・わたくしの傘にお入りになりませんか?」
 聞こえてきた声の、えもいわれぬ優雅な響きに、誘われるように顔を上げたアンジェリークの瞳が、大きく見開かれた。
 穏やかにアンジェリークに傘を差し伸べている、その人は。

 私の理想の人そのものだわ・・・。

 眉目秀麗なその顔。
 スラリと伸びた背。
 貴族的な顔を彩る美しい水色の髪。
 そして、その瞳。
 透き通った水の色の瞳は、夢見るような、それでいて物憂げな、計り知れないような光を湛えてアンジェリークを見つめていた。
 雨に降られていることも忘れ、アンジェリークはドキドキと胸が高鳴るのを感じた。
「ひどい雨ですね。あちらの岬の天幕に参りましょう」
 台詞としては大した事のない言葉だったが。
 その言い回しに、アンジェリークはうっとりとした。

 二人は連れ立って天幕に駆け込み、取り急ぎ、雨を凌ぐことには成功した。
「本当にありがとうございます。まさか傘が壊れてしまうなんて思わなくて・・・」
 そう言って、アンジェリークはその人物を見上げたが、その襟元にハッとする。
 自分と同じ大学の徽章が止められていたのだ。
 しかし、不思議なことに、アンジェリークはこの人物を知らなかった。
 アンジェリークは、首を傾げた。
 雨の雫がアンジェリークの金の髪を彩り、艶やかに光った。
 五月の新緑を思わせる若草色の瞳は、キラキラと輝きを放っている。
 相手はアンジェリークを見つめ、瞳を細めた。
「わたくしたちは、どうやら同窓のようですね・・・」
「ごめんなさい。私、あなたを知らないんです。どのクラスなんですか?」
 アンジェリークが正直に告げると、彼はニコリと微笑んだ。
「わたくしは、過去に1年と2年をレドモンドで過ごしたのですが、訳あってヨーロッパに行っておりましたので。この度は、学業を終えるため、こちらに戻ってきたのです」
「私も3年生なんです!!」
「貴女のような方がいらっしゃるのなら、わたくしは欧米などに行くべきではなかったかも知れませんね。ですが、そのお陰で貴女と同期になれたのですから、喜ぶべきなのでしょうか?」
 その素晴らしい瞳にある種の色を浮かべて。
 丁寧に、その人物はアンジェリークに自己紹介をした。
「わたくしは、リュミエールと申します。貴女のお名前を教えていただけませんか?」
「アンジェリークです・・・!」
 頬を上気させながら、アンジェリークは快活に答えた。



 その晩、パティの家に見事な薔薇1ダースが届けられた。
 ミス・リモージュへ。
 ロザリアが目の色を変えて、箱から落ちたメッセージカードを手に取った。
「まあ!リュミエールですって!?アンジェリーク!あんたがあの人と知り合いだったなんて、知らなかったわ」
「違うのよ・・・!」
 アンジェリークはロザリアに説明した。
「今日の午後お散歩に出たら、急に雨が降り出して。あの人が、自分の傘を持って助けに来てくれたの」
「ふ〜ん。それだけでこんな綺麗な薔薇が届いちゃうんだ?」
 悪戯っぽくレイチェルが言うと、アンジェリークは仄かに赤くなった。
「もう、やめなさいよ、レイチェル・・・」
 コレットがやんわりとレイチェルをたしなめた。

 あの人が、私が待っていた人なのだろうか?

 アンジェリークは自問自答した。
 注文して創り上げたとしても、あそこまでアンジェリークの理想通りの人物にするのは難しいだろう。

 きっと、そうに違いないわ・・・。

 アンジェリークはあの麗しい水色の瞳を思い出し、また少し赤くなった。



〜 続く 〜





いよいよ王子様登場ですv
王子はリュミさまで!
ちょっと気障っぽくなってしまいましたが、
まあいいかなぁ、と。
リュミ様作の、リモちゃんを讃える詩は、
マサさんにお・ま・か・せv
続きをお願いいたします〜。






企画部屋   第6話へ