<キングスポートの街角>


第7話 揺れる想い




 窓の外には、美しい夕焼け空が広がっていた。
 その景色に視線をやりながら、ロザリアが呟いた。
「わたくし、少し公園をお散歩してくるわ。わたくしが歳を取った時、きっと、今日散歩をして良かったと思えるに違いないから」
「あら、どうして?」
 アンジェリークが尋ねると。
 青い瞳を悪戯っぽく煌かせながら、ロザリアは答えた。
「知りたいのなら、ついていらっしゃいな」



 初春の少し冷たい風の中、二人はパティの家を出て、無言で歩いた。
 オレンジ色の夕焼けが少女達の頬を優しく照らした。
 松の林を抜けながら、公園にたどり着くと。
 ロザリアがおもむろに口を開いた。
「ねえ、アンジェリーク。わたくしは今、世界中で一番幸せな娘なのよ」
 その告白を、アンジェリークは自分が想像していたよりずっと、落ち着いて受けることができた。
「それじゃあ、とうとうオリヴィエさんから申し込んできたのね?」
 ロザリアには、想い人がいた。
 優しくて気が回り、人格的に申し分ない人物で。
 アンジェリークは心から、ロザリアの恋を応援していた。
「おめでとう、ロザリア」
 アンジェリークがそう言うと、ロザリアは幸せそうに笑った。
「ありがとう。結婚は大学を卒業してからになるけれど、わたくし、幸せよ。そして、わたくしの存在がオリヴィエを幸せに出来ると良いと思うわ」
「私、ロザリアのコト、大好きよ。大好きすぎて、気の利いた言葉も出てこないの・・・。ただ、おめでとうしか言えないのよ」
「あんたの瞳を見れば、どれだけ喜んでくれているのか分かるわ、アンジェリーク。本当にありがとう。わたくしも、あんたが大好きよ。だからわたくしも、同じような瞳の色で、近いうちにあんたを見ることになるわね。あんたもいずれは、リュミエールと結婚するのでしょう?」
 アンジェリークはクスリと笑って、ロザリアに言い返した。
「あのね、ロザリア。私は申し込まれもしないうちに、承知したり拒絶したりする気はないのよ」
「あら!」
 ロザリアは不満そうに声を上げた。
「リュミエールがあんたに夢中なことは、レドモンド中の皆が知っていることよ!あんただって、リュミエールを愛しているのでしょう?」
「・・・そうだと思うわ」
 少し躊躇いながら、アンジェリークは答えた。

 こういう場合は、赤くなるのが女性としての常だと思うのだが、アンジェリークは今のこの状態を決まり悪く思うだけだった。
 その代わり、誰かがランディとシャルロッテの話をしている時には、決まって赤くなった。
 ランディは今や、アンジェリークの生活には殆ど関係ない人物になっているのに。
 そして厄介なことに、アンジェリークは自分がどうして赤くなってしまうのかが分からないのだ。
 理由を分析する必要もない。

(私は、リュミエールのことが好きなのよ・・・)

 半ば自分に言い聞かせるように、アンジェリークは心の中で呟いた。
 リュミエールは、アンジェリークの理想そのものの人物だ。
 上品な物腰。
 そして、あの優しい水色の眼差しと、声!

 自分の誕生日に、リュミエールがマーガレットの花束に添えて、素晴らしい短詩を贈ってくれたことを思い出し、アンジェリークはうっとりとした。
 アンジェリークの髪を太陽の光に、瞳を新緑の緑に喩えて。
 その他にも、口唇は薔薇のようだとか、頬の紅は夕焼けの色を刷いたのだとか。
 その詩は、アンジェリークのためだけに書かれた物なのだった。
 アンジェリークには、それが嬉しくて。
 ひどく、ロマンティックなプレゼントだと思ったものだ。

 しかし。
 リュミエールには冗談が通じないのが、アンジェリークは不満だった。
 一度、リュミエールに面白い話をした事があるが、彼にはその話のオチが分からなかった。
 以前、ランディにその話をした時には、二人で仲良く笑いあったものだ。
 冗談が分からない人と暮らすなどと、自分に可能だろうかと、アンジェリークは少し不安に思ったが。
 しかし、物語に出てくるロマンティックな主人公に、ユーモアを求めるのは無理な話である、と。
 アンジェリークはまた、自分にそう言い聞かせた。



「アンジェリーク。一体何を、ボーっとしているの?」
 ロザリアの声で、アンジェリークはハッと我に返った。
「ごめんなさい、ロザリア。少し考え事をしていたの・・・」
「リュミエールのことかしら?」
 ニッコリと微笑みながら、ロザリアが尋ねてくる。
「ええ・・・」
 アンジェリークは曖昧に言葉を濁した。
 確かにリュミエールのことを考えていたが、それはロザリアが想像しているのとは多分違うことを、自分で分かっていたからだ。
「さ、ロザリア。みんなにもロザリアの素敵なニュースを教えてあげないと!」
「もちろんそのつもりだけれど・・・。一番最初に、あんたに言いたかったの」
 少女達は、来た時と同じように、また、無言になって歩き出した。
 夕焼けの時間は過ぎ、空には微かに星が瞬き始めた。
 薄闇の中、星が一筋、流れて行くのを見たような気がして。
(星よ、願いを叶えて・・・!!)
 そう思ったが、スムーズに願い事をすることが出来ずに、アンジェリークは俯いた。

 そしてロザリアに気付かれないように、小さく、ため息をついた。

 アンジェリークの好きな、優しい春の季節が近付いてきているというのに。
 どことなく寂しいような気分で、アンジェリークは親友の隣を歩いた。
 


〜 続く 〜




少し短めのような気もしますが。
話としては、だんだんと終わりに近付いてきているような気がします。
そう思いません、マサさん!?
今回はリュミ様に対するリモちゃんの不満や不安を。
揺れる恋。乙女心。
マサさん、続きをお願いします。






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