<キングスポートの街角>


第9話 リュミエールの兄弟達




 ある日の夕方、アンジェリークがリュミエールと一緒に学園の近くを散策していると。
「アンジェリーク」
 リュミエールがふと立ち止まり、アンジェリークの名前を呼んだ。
「はい?」
 尋ねると、いささか緊張した面持ちで、彼は口を開いた。
「土曜日の午後は、お部屋にいらっしゃいますか?」
「ええ」
「わたくしの兄達がお伺いいたします」
 リュミエールの口唇から零れた言葉に、アンジェリークはドキリとした。
 背中を戦慄のようなものが駆け抜けていった。
 今まで、一度もリュミエールの家族に会ったことはなかった。
 家族に会うことの重要性を頭の中で理解し、アンジェリークは微かに震えた。
「アンジェリーク?」
 黙り込んでしまったアンジェリークに、リュミエールが心配そうに声をかけた。
「楽しみにしています」
 答えながら、アンジェリークは本当に楽しみなのかと自問自答したが。
「それじゃ、お散歩の続きをしましょう」
 自分で自分の気持ちが理解できずに、小さな溜め息をつくと、リュミエールを見上げた。




 リュミエールの両親は早くに亡くなっているため、現在は一番上の兄が親代わりを勤めている、ということ。
 仲の良い弟が一人いること。
 アンジェリークは、その程度しかリュミエールの家族についての知識がなかった。
 噂では、長兄はひどく厳しい人らしい。
 家族が会いに来る、という事は、自分についての所謂『品定め』に来るのだろうということが容易に想像でき、アンジェリークは憂鬱そうに溜め息をついた。
「アンジェリーク。何を溜め息をついているの?わたくしに話してごらんなさいな」
 部屋に入ってきたロザリアが、見かねたのか優しく声をかけてくれた。
「リュミエールの兄弟の訪問がね、憂鬱なのよ」
「あんたは自然に振舞えばいいのよ。誰だって、あんたのことを好きにならずにはいられないわ。リュミエールのお兄様がどんなにお堅くてもね」
「ありがとう、ロザリア」
 少し気が軽くなったような気がしてアンジェリークが礼を言うと、ロザリアの指が、アンジェリークの髪を撫でた。
「わたくしは本当のことを言っただけよ。土曜日には、若草色のワンピースが良いと思うわ。あんたの瞳の色が、とても良く映えるんですもの」
「うん、そうするね」
 ロザリアが部屋を出て行った後、アンジェリークは再度、溜め息をついた。
 頭の中に、何故かランディの笑顔が浮かび。
 アンジェリークは慌てて頭を振り、その笑顔を追い出してしまった。




 金曜日の午後は、パティの家の少女達は授業がない日だった。
 甘い香りが居間に流れ込んでいるのは、コレットがケーキを作っているからだ。
 レイチェルは辺りにレポート用紙を散らかしながら、今度の発表用の論文を書いていた。
「ああん、もう!今回の論文、なかなか自分の頭の中で纏まらないよ〜!!」
 そんなレイチェルを微笑みながら見守り、アンジェリークとロザリアはのんびりとお茶を飲んでいた。
 やがて、鼻の頭にクリームをつけたコレットが、誇らしげにケーキを抱えて居間に入ってきた。
「ね!見て見て!!上手に出来たと思わない??」
「美味しそうだわ、コレット!」
「本当に〜vこれからみんなで、お茶にしましょうよ。レイチェルも少し息抜きしたらいいんじゃない?」
 そんな会話を交わす少女達の耳に、玄関の呼び鈴を鳴らす音が届いた。
「多分、わたくしだわ」
 そう言いながら立ち上がり、玄関を開けたロザリアの前に立っていたのは。
 リュミエールの兄、ジュリアスだった。
 内面の驚きとは裏腹に、ロザリアは落ち着いた声で居間に向かって呼びかけた。
「アンジェリーク。ミスター・ガードナーがお見えですわ」

 居間の少女三人は、飛び上がった。
 アンジェリークの膝の上で丸くなっていたクラヴィスは転がり落ち、レイチェルは狂ったように散らかしていたレポート用紙の回収を始めた。
 コレットは作ったばかりのケーキを足元のクッションの下に隠し、自室に駆け上がっていった。
 ロザリアは落ち着いた様子で、彼らを居間に招き入れた。
 立ち上がったアンジェリークも、なんとか心を落ち着かせ、リュミエールの兄弟に向き合った。

 ジュリアスは、噂どおり厳しそうな人物だった。
 ただ、その厳しさは他人に対してだけではなく、自分自身にも向けられているようだ。
 弟のチャーリーは快活でよく喋る人物で、アンジェリークは一目で彼に好意を持った。
 何とか体裁よくレポート用紙を片付けたレイチェルと、鼻の頭のクリームを落としたコレットも、会話に加わる。

 チャーリーやロザリアのお陰で、訪問は順調に進んだかに思われたが。
 アンジェリークの膝の上から強制的に払い落とされ、不機嫌になったクラヴィスが暴れ、ジュリアスの白いスーツの上に、薄く肉球の跡を残した。
 ジュリアスはヒクヒクと頬を引きつらせ、アンジェリークは精一杯詫びた。

 やがてジュリアスは引き上げていったが、チャーリーは少し後に残り、悪戯っぽくアンジェリークにウインクしてみせた。
「俺とアンタは、仲良くできるって、そう思うやろ?リュミエールからアンタのことはすっかり聞いてたけど、思った以上にいい娘さんで俺も嬉しいわ!またちょくちょく遊びに来てもいいやろ?」
「お好きなだけいらしてね」
 アンジェリークは、心からそう答え、リュミエールの兄弟の一人でも好きになることが出来てよかったと、心から思った。
 ジュリアスを嫌いなわけでは決してないが、一緒にいると緊張で息が詰まるような思いをするのが苦痛だった。

 チャーリーを見送って部屋に戻ると、
「んもう!土曜日に来るって言ったのに、何で今日来るのよ!?」
 レイチェルが憤慨していた。
「きっと、リュミエールが間違えたんですわ」
 ロザリアは肩を竦める。
「あの方、アンジェリークと話している時は、何を言っているのか自分でも分かってないんでしょうねぇ・・・呆れるわ・・・」
 コレットは、クッションの下で潰れたケーキを悲しげに取り上げた。
「せっかく上手にできたのに・・・」
「みんな、ごめんね・・・」
 膝の上でクラヴィスを撫でながら、アンジェリークは心底申し訳なく思いながら謝った。
「アナタのせいじゃないもの。気にしないでイイよ」
「そうよ」
「レイチェルの言うとおりですわ」
 ジュリアスの額に青筋を浮かべたにも関わらず、彼は済ました顔でゴロゴロと喉を鳴らした。
 少女たちは、クラヴィスに視線をやり。
 クスリと、顔を見合わせて笑った。


〜 続く 〜




リュミエールの家族来襲。
こんな兄弟、ちょっと嫌かも・・・。
クラ様がジュリ様の服を汚したシーンに、自分で笑いました。
パラレルでもあまり仲がよろしくないお二人(笑)。
マサさん、お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした(平伏)!!






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