<キングスポートの街角>


第11話 プロポーズ




 卒業式を終えたアンジェリーク達は、パティの家から退去する準備を進めていた。
「来週の今頃、私達は永遠にこの家を去っていくのね・・・。信じられないわ」
 トランクに荷物を詰め、名残惜しげに部屋を見回しながら、アンジェリークが呟いた。
「本当に楽しかったわね、アンジェリーク。あんたと出会えて、一緒に夢を描いて、泣いて、喜んで・・・」
 ロザリアが言った。
「わたくしはもうすぐオリヴィエと結婚して、とても幸せになれるということは分かっているはずなのだけれど。それでも、この楽しい時間が永遠に続かないものかと思うわ」
「私もそう思うのよ、ロザリア。けれども、ここで過ごした楽しい日々は永久に去ってしまう、って思うと、本当に淋しいわ」
 穏やかに微笑みながら二人の会話を聞いていたコレットが、口を開いた。
「本当に楽しかったわ。これからみんな、別々の人生を歩んでいくと思うけど、ずっと仲良くしていこうね」
「あら!そんなコト当然でしょ?ワタシ達が築いた友情は、そう簡単には消えないと思うよ」
 レイチェルが軽くウインクしながら一同を見回す。
「ふふふ・・・。そうね」
 少女達は顔を見合わせて笑い、荷造りを続けた。



 その日の夕方、リュミエールがパティの家を訪れ、アンジェリークを散歩に誘った時、残りの3人は皆、彼が何を言いに来たのかを知っていた。
 そして、それに対してアンジェリークがどのような返事をするのかも。
「アンジェリークが幸せになるといいのだけれど・・・」
 二人の後姿を見送りながらロザリアがそう漏らすと、レイチェルがバッサリとリュミエールを切り捨てた。
「リュミエールは確かにアンジェリークの理想どおりの人かもしれないけど、実際は何の取柄もないじゃない。ワタシはもっと、アンジェリークに相応しい人がいると思うんだよね」
「たとえば、ランディとか?」
 コレットが尋ねたが、レイチェルは苦笑しただけだった。
「ランディだって断言するワケじゃないけど、どうもしっくり来ない所があるの。みんなもそうでしょ?」
 返事の代わりに、ロザリアとコレットは肩を竦めた。



 リュミエールに伴われ、アンジェリークは二人が初めて出会った天幕へと連れて行かれた。
 その場所をリュミエールが選択した事を、アンジェリークはひどくロマンティックだと感じた。
 様々な美辞を連ねた申し込みの文句も、申し分ないものだった。
 そして、リュミエールが真剣であることも伝わってきた。
 最後に、
「アンジェリーク。どうか、わたくしの生涯の伴侶となっていただけませんか?」
 そう、締めくくられた時。
 アンジェリークは、自分の背中をゾクゾクと戦慄が走るはずだと思った。
 理想どおりのプロポーズを受けた時、きっとそうなるだろうと、子供の頃から思っていたように。
 しかし、そうはならなかった。
 どこか醒めたような気持ちで、「イエス」の言葉を口唇に乗せようとして。
 アンジェリークはどうしても、その言葉を発することが出来ない自分に気が付いた。
「ごめんなさい、リュミエール・・・。私・・あなたとは・・・結婚できません・・・!」
 ガタガタと震えながら、アンジェリークは小さな声でそう告げた。
 目の前で、リュミエールの表情が見る見るうちに青褪めていく。
 それは当然だと、アンジェリークは心の中で思った。
 自分だって・・・。
 まさか、リュミエールの申し込みを断るとは、全く考えていなかったのだから。
「・・・それは、どういう意味でしょうか?」
 動揺を見せながら、けれども静かに尋ねたリュミエールの態度を、アンジェリークは立派だと思った。
 けれども・・・。
「あなたとは、結婚できないということです。今まで・・・できると思っていたんだけれど、ダメなの。本当にごめんなさい・・・」
「どうしてですか?」
 まるで能面のような顔つきで、リュミエールが重ねて尋ねてくる。
「あなたの事を、好きだと思っていたの。でも・・・」
 俯いてしまったアンジェリークの肩に、リュミエールの指がそっと触れた。
「泣かないで下さい。貴女を悲しませたくてこのような事を申し上げた訳ではないのですから」
 リュミエールはそのまま黙り込み、暫く海を見ている様子だった。
 そして再び、アンジェリークの耳に、リュミエールの声が届いた。
 その声は微かに震えていた。
「希望は一つも与えていただけませんか?」
「・・・ごめんなさい・・・」
 小さな溜め息が聞こえ、アンジェリークは身を切られるような気持ちになった。
 この美しい男性に、自分はなんと酷い仕打ちをしてしまったのだろうか?
「・・・本当に、ごめんなさい」
「他に思う方でもいらっしゃるのですか?」
 何故か、脳裏にランディの笑顔が浮かんで、そして消えていったが。
「・・・分かりません・・・」
 消え入りそうな声で、アンジェリークは答えた。
「今までの貴女の友情に感謝いたします、アンジェリーク。・・・さようなら・・・」
 別れの言葉を残して。
 リュミエールはアンジェリークを一人残して、その場を立ち去った。

 そのまま長いこと天幕の中でじっとしていた後、アンジェリークは夕闇に紛れてパティの家の中に滑り込み、自分の部屋に駆け込んだ。
 しかし、そこではロザリアがアンジェリークを待ち構えていた。
「アンジェリーク、わたくしに一番に、おいわ・・・」
「まって、ロザリア!」
 ロザリアの言葉を遮りながら、アンジェリークは言った。
「私、リュミエールの申し込みを断ったの」
「断ったですって!?」
 ロザリアが仰天した。
「本当なの、アンジェリーク?」
「ええ」
 美しい眉を顰めて、ロザリアがアンジェリークを見つめた。
「私、リュミエールがあまりに私の理想そのものだったから、夢中になっていたの。好きだと思っていたんだけれど・・・違ったのよ・・・。ゴメンね、ロザリア。私のこと、軽蔑するよね・・・?」
 咎めるような視線に、アンジェリークは項垂れた。
「私は、私の生活と波長の会う人が欲しいの。今まで、それに気が付かなかっただけなのよ。本当に、自分で自分を軽蔑するわ」
 ロザリアの白い指が、アンジェリークの頬にそっと触れた。
「泣かないで、アンジェリーク。こちらにいらっしゃい。そしてわたくしに、あんたを慰めさせてちょうだいな」
「もう私、生きている限り誰にも結婚の申し込みはされたくないわ・・・」
 温かな腕の中で、アンジェリークはすすり泣き、心からそう思った。



 その後、アンジェリークがリュミエールと顔を会わせることは二度と無かったが。
 キングスポートを立つ直前に、チャーリーが訪ねてきた。
「アンタがリュミエールと結婚しなくて残念や!姉弟になりたかったしなぁ。けど、アンタは正解やで。リュミエールは、アンタを死ぬほど退屈させるに決まっとるからな」
「チャーリー!このことで、私たちの友情はダメにならないわよね?」
悲しそうにアンジェリークが言うと、ポンポンと強く、肩を叩かれた。
「もちろん!アンタみたいな可愛い娘さんとの友達付き合いをそう簡単に失うなんて、オレの方こそゴメンや。これからも仲良うしたってや、な??」
「ありがとう、チャーリー」
 二人は、笑って別れた。

 そしてその数日後、アンジェリークはパティの家を後にした。



〜 続く 〜




リュミ様、玉砕の巻。
可哀想ですが、物語の展開上、仕方ないことでございます。
次回はいよいよ怒涛の最終回!?
ですかしらね、マサさん??






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