2002年の24



「ハインリヒ〜♪」
 リビングで読書をしていると、今にも鼻歌でも歌いだしそうな勢いで、ジェットがやってきた。
 当然のようにハインリヒの隣に腰を下ろし、ジェットはニコニコと微笑む。
「一緒に出かけようぜ、ハインリヒv」
「はあ?」
 本から目を離さずに、ハインリヒは答える。
「嫌だ」
「なんでだよ〜」
 まるで駄々をこねる子供のように訊ねるジェットに、ハインリヒはようやく本から目を離し、ジェットにチラリと視線を走らせた。
「・・・見れば分かるだろう?オレは今、本を読んでいるんだ」
「本なんか、いつだって読めるだろ?」
「散歩だって、いつだって行けるだろう?」
 ハインリヒは冷たく言って、再び本に目を落とした。
 ジェットが、ふくれる。
「ハインリヒのケチ・・・」
「ケチで結構。分かったらさっさと、自分の部屋に戻ったらどうだ?」
「・・・・・・」
 黙り込むジェット。
 ようやく諦めたかと、ハインリヒがホッとした時。
 イキナリ頬に、キスされた。
「なっ・・・!?」
 瞳を大きく見開き、ジェットを見つめたハインリヒに、ジェットはニヤリと笑ってみせる。
「やっとちゃんと、オレの方見てくれた♪」
「・・・ぶん殴る!!」
 言葉と同時に、ハインリヒの拳が唸る。
「いったー」
 頭を押さえるジェットに。
 ハインリヒが、フンと鼻を鳴らす。
「当たり前だ。本気で殴ったからな」
「でも、相手してもらえないより嬉しい、かな」
「・・・バカ」
 ハインリヒの『バカ』をサラリと聞き流し、ジェットは哀願した。
「なあなあ、ハインリヒ〜。頼むから一緒に、散歩しようぜ」
 イライラとハインリヒは言う。
「嫌だっつってんだろうが!?」
「どうしてそんなに嫌がるんだよ〜?」
 ジェットは、更に哀願し、
「お前こそ、どうして一緒に出かけたがるんだ?」
 ハインリヒは更にイライラと問い掛けた。
 その問いに、ジェットはニッコリと微笑んで答える。
「キミが好きだから」
「・・・っ!?」
 絶句するハインリヒに、ジェットはご丁寧にもバチンとウインクまでして見せる。
「キミが好きだから、二人っきりで出かけたいワケ。少しでも一緒にいたいじゃん?」
「・・・今、一緒にいるじゃないか?」
「二人っきりってトコが重要なんだよ、二人っきりってトコが!!」
 あまりにも鈍い想い人に、ジェットはイライラと叫ぶ。
 その時。
「リビングでいちゃつかないでくれる?」
 氷のように冷たい声が、二人の頭上に降って来た。
 ジェットとハインリヒは、後ろを振り仰ぐ。
「フランソワーズ!!」
 振り向いた視線の先で、フランソワーズはニコニコと微笑む。
 額に、青筋を浮かべながら。
「アナタ達ね、いちゃつく時は、人のいないところでやってちょうだい!ハッキリ言って、迷惑!!!」
 厳しく激しくそう言って、フランソワーズは二人の腕をむんずと掴んだ。
「鬱陶しいから、とっとと散歩でもどこでも行ってらっしゃい!!」
「フランソワーズ!」
 ハインリヒが、情けない表情でフランソワーズに訴えた。
「オレは、被害者だ!オレはただ、平和に本を読んでいたいだけなのに、ジェットがっ!!」
「連帯責任よっ」
 冷ややかにそう告げて、フランソワーズはハインリヒの手から本を取り上げる。
「うるさくて仕方ないから、夕飯まで戻ってくることは許さないわ」
「やったー♪」
 ジェットの表情が、喜びでキラキラと輝いた。
「ハインリヒとデートだぜ!!」
 ハインリヒは、恨めし気にジェットに視線を走らせ、ため息をついた。
「・・・お前のせいだ・・・」
「ハイハイ、お叱りは後でたっぷり受けるからな〜」
 言うが早いが、ジェットはハインリヒの身体をヒョイと持ち上げた。
「うわっ!?ジェット・・・!」
「それじゃ、行って来るぜv」
「サッサと行く!!」
 手をヒラヒラと振って二人を追い出す素振りを見せるフランソワーズの姿を、ハインリヒは悲しい思いで眺めた。
(・・・酷すぎる・・・)
 そして、固く決意したのだ。
(あとでジェットを、心行くまでぶっ飛ばす!!)



 ジェットは意気揚々とハインリヒを抱きかかえたまま、ギルモア邸から外に出る。
「いい加減に離せ!!」
 ジェットの肩の上で、ハインリヒが怒鳴った。
「ヘーイ、分かりました」
 ジェットがハインリヒの身体を降ろす。
 ようやく地に足が付き、ホッとしながらも、
(そうだ、ジェットをぶっ飛ばさないと・・・)
 ハインリヒは思い、ジェットをキリリと睨みつけた。
「ジェット!お前のせいで、折角の読書の時間を台無しにされたぞ!!」
「だから、ゴメンって」
「反省してるなら、一発殴らせろ」
 ジェットが、肩をすくめる。
「それでハインリヒの気が済んで、気持ちよくデートしてもらえるんなら、いいぜ?
・・・オレ、今日はどうしても、キミと一緒に出かけたくなっちまってさ。だって最近、あんまり一緒にいられなかったじゃん?」
 ハインリヒは、振り上げた手のやり場に困る。
 そのしおらしい言葉にほだされ・・・ジェットを殴ろうという気は、すっかり綺麗に失せてしまった。
 とりあえず頬を軽くはたいて済ませると。
 ジェットがキョトンとした瞳でハインリヒを見つめた。
「殴るんじゃなかったのか?」
「・・・もういい」
 決まり悪げにふいっと横を向くハインリヒに、ジェットは嬉しそうに笑いかける。
「それって、オレのこと、もう許してくれたってコト??」
「知らん・・・」
 横を向いたままそう答えると。
「ハインリヒ」
 優しい声で、名前を呼ばれる。
 顔を背けながら、視線だけをジェットに向けると。
 頬に満面の笑みを浮かべながら。
 声と同じ優しい瞳で、ジェットがハインリヒを見つめていた。
 スッと、ジェットの手がハインリヒの手に伸び。
 暖かい手が、ハインリヒの右手をそっと握り締めた。
「お許しをいただけたところで、早速出かけましょうか、お姫様v」
 やっぱり、ジェットには敵わない。
 心の中で苦笑しながら、ハインリヒは思う。
 気が付けば、いつだってジェットのペースだ。
(・・・でも、悪い気分ではないな・・・)
 ハインリヒはジェットを振り仰ぎ、不機嫌そうな表情のまま、
「仕方ないから、一緒に出かけてやるよ」
 そう言ったが。
 その声には、笑いの成分が含まれていた。
「では、参りましょうか?」
 おどけたように言うジェットに答えを返すことはせず。
 ハインリヒはジェットの手を、キュッと握りしめた。
「・・・・・・」
 ジェットは何も言わずに、ハインリヒの手を強く握り返してくれる。
 そして。
 そのまま二人は、黙って歩き出す。
 特に行く宛てはないけれど。
 二人だけの、大切な時間を楽しむために。
 オレンジ色の夕焼けが、優しく二人の背中を照らして・・・。
 二つの長い影は、そっと・・・寄り添うのだった。



〜 END 〜



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

2002年にフリーにしていたお話です。



ブラウザを閉じてお戻りください。