月夜
(24)
夜中、ふと目を覚ました。
隣にいるはずのジェットがいない。
自分を置いて消えてしまったのではないかと。
急に、不安になる。
『ずっと、側にいるよ・・・』
何度も何度も繰り返されてきた誓いの言葉。
信じていない訳ではないけれど。
薄いカーテンの隙間から、月明かりが零れて落ちる。
ハインリヒはベッドから身を起こし、窓辺に歩いた。
無造作にカーテンを開けると、部屋の中が青白い光で溢れた。
白いベッドが、ぼんやりと白く光、ハインリヒは居たたまれないような気持ちになって、窓の外に視線を移した。
漆黒の空に無数の星々が瞬き、丸い月は青白く己の存在を主張していた。
視線を下に落とすと。
庭先の木の幹に凭れている・・・赤茶色の髪の人物の姿が視界に飛び込んだ。
ボンヤリと、夜空を見上げている。
名前を呼んではいけないような気がして。
喉元まで上がってきたその名前を、ゴクンと飲み込んだ。
月の光と相まって、ジェットの髪が不思議な色に光を放つ。
眩しい太陽の光こそが似合う男だと思っていた。
ハインリヒの前で、いつも、太陽のように明るく笑うから。
けれども今。
月明かりの下、ジェットはどこか辛そうな表情をしていて。
まるで自分のことのように、キュ、と胸が苦しくなる。
窓に押し当てていた手に力が入り、ガラスがカタリと音を立てた。
ハッとした瞬間、こちらを見上げたジェットと、視線がぶつかった。
気まずそうな顔をして、ジェットが笑う。
長身がフワリと夜空に浮かんで、ハインリヒの目の前で止まった。
『窓を開けてよ』
手付きでそう言われ、ハインリヒは窓を開けた。
スルリとジェットが部屋の中に入る。
「ゴメン。起こした?」
そんな言葉が聞きたいんじゃない。
「ジェット」
名前を呼んだ声に、詰るような色。
「もしかして、怒ってる?オレ、何かした?」
怒ってるんじゃない。
自分が、歯痒いだけだ。
「笑うな・・・」
「え?」
「さっき、下であんな顔をしていたクセに・・・。何で、笑うんだ?オレには、何も言えないか?」
「ハインリヒ・・・」
「お前はいつも、オレに力を与えてくれる。だが、与えられっ放しはゴメンだ。オレは・・・お前の力になれないか・・・?」
ジェットは、やっぱり笑った。
「いつも、力になってもらってるよ」
月の明かりを映した、いつもと少し違う色で、
「オレは、大丈夫。キミが側にいてくれれば・・・大丈夫なんだから」
琥珀色の瞳が、優しく揺れる。
「心配してくれて・・・ありがとう。嬉しいよ」
ジェットの指先がサラリとハインリヒの前髪に触れた。
チュ・・・、と額にキスをされて。
それから、ジェットの腕がハインリヒの背中に回った。
「しばらく・・・このままで・・・」
ハインリヒの首筋に顔を埋めながら、ジェットが呟いた。
「・・・思い出してたんだ・・・。昔のコト」
ジェットがいつもしてくれるように。
そっと、髪に手を触れてみた。
「オレはずっと、側にいるから・・・」
互いに何度も繰り返す・・・その、誓いの言葉。
「・・・ありがとう・・・」
ハインリヒは夜空を見上げた。
青白く優しい月の光が・・・ジェットを癒してくれるようにと祈る。
どこかやるせない、美しい月の夜。
黙ったまま、ハインリヒはジェットをギュッと抱きしめた。
〜 END 〜
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ジェットがハインリヒを精神的に支えている話はいつも書いているのですが。
ハインリヒだって、ジェットを精神的に捧げているんです、と。
間違った言い方かも知れませんが、
ギブアンドテイクな関係の24が書きたかったのです。
月夜の描写を、少し頑張ってみました(これでも・・・(涙))。
「『月夜』を24で」とリクを下さったのは、浅乃様でした。
ありがとうございました〜。
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