百万本の薔薇
(44)

今回の44は、甘44ではありません!
かといって、鬼畜でもなく、
訳の分からない話になりました。
苦手な方は、どうぞ読むのをお控えくださいませ。






 鈍い音と共に、右の頬に痛みを感じた。
 じわりと口の中に広がっていく、鉄の味。
「アルベルト・ハインリヒ」
 紅い瞳が、冷ややかにハインリヒを見下ろした。
「無駄な足掻きは止せと。何度言えば理解できるのだ、お前は?」
 ・・・無駄な足掻き、なんて、これっぽっちも思っていない。
 絶対に、逃れてみせる。
 目線に力を入れて、男を睨んだ。
 そんなハインリヒの様子を、哀れみを含んだような眼差しで見た後。
 フウ、と。
 男は呆れたように息を吐いた。
「お前も強情な男だな、アルベルト・・・?その気性は嫌いではないが、相手をするにも少々飽きた」
 何も纏わない身体に、男はマントのような黒い布をバサリと掛けた。
 身体を隠すようにして布をかき合わせるハインリヒの肩を、男の手の平が掴んだ。
「来い、アルベルト。抵抗は許さん」



 引きずられるがままに連れて来られたのは、狂ったように薔薇の花が咲き乱れる温室だった。
 花びらの色は、深い紅。
 まるで、血に濡れたような・・・。
 いかにも男の好きそうな色だと、ハインリヒは思った。
「私の自慢の薔薇達だ。この中に咲いている数は・・・そう、百万は下るまいな」
 温室のドアを開け、その中にハインリヒを押し込みながら、男は笑った。

 ザワリ・・・。
 薔薇の花々が、揺れたような気がした。

「お前達の新しい友人を紹介しよう。アルベルト・ハインリヒだ。どうだ、美しかろう?」
 男のその言葉は、まるで花たちに語りかけているようで。
 それに呼応するように、風も無い温室で、薔薇の花々がザワザワと音を立てて揺れる。
「コレを、私の従順な玩具になるように可愛がってやれ。ただし・・・壊してしまってはならんぞ。コレもお前たちと同じで・・・私の大切なモノなのだからな・・・」
 薔薇の花が、揺れる。
 まるで襲われているような感覚に囚われ、ハインリヒは眩暈を感じた。
「美しいお前の来訪を、私の薔薇達が喜んでいるぞ。お前の精気を・・・私の美しい薔薇に捧げろ」
 男がそう言って笑うと。
 体中から力が抜けて行き、ハインリヒはグッタリとその場に座り込んだ。
「・・・ではな。お前が喜んで、私の前にその身を差し出したくなる頃に・・・迎えに来てやるぞ」
 その頬に、薄く笑みを浮かべ。
 身動きの取れないハインリヒをその場に置き去りにして、男は温室のドアを閉じた。

 ザワザワ、ザワザワ・・・。
 不機嫌そうに、薔薇達がざわめく。
 数え切れない程の紅い瞳が・・・。
 そう、不機嫌そうにハインリヒを見つめる。

 ハラハラと、花びらは舞い落ちて。
 その花びらの色で、周りの風景はただ、深紅に彩られ。
 紅い世界に。・・・吐き気がする・・・。

 ざわめきながら、強く香り。
 百万本の薔薇の花々が、まるでハインリヒに迫ってくるような。
 その香に・・・気が、遠くなった。



 気が付けば。
 広いベッドに一人、横たわっている。
 身体を起こすと、クラリと眩暈がした。
「どうだ。私の薔薇達は、素晴らしかったろう・・・?」
 ベッドの側に設えてあるソファにゆったりと凭れながら、男が言葉を発した。
「・・・アルベルト。どうだ、私の前に跪く気になったか?」
 のろのろと、ハインリヒは立ち上がり。
 男に向かって、歩を進めた。
 自分の意思とは無関係に、身体が動く。
「クク・・・。素直なことだな」
 低く、男が喉を鳴らして笑う。
「アルベルト。さあ、跪け。私にその身を捧げろ」
 男の前に身体を投げ出すようにして、ハインリヒはその爪先に口付けた。
 ス・・・と細くなった男の瞳が、僅かに、優しさを帯びた。
「・・・アルベルト・・・」
 差し出された、褐色の手の平が、ハインリヒの頬に触れる。
 その冷たい手の平に、頬をスイと摺り寄た。
「いい子だな・・・。私の可愛いアルベルト」

 違う、違う、違う・・・!

 心の中の思いと実行動との違いに、激しいジレンマに陥り。
 知らず、頬を涙が伝った。

 そんなハインリヒに紅い瞳をあて。
 男は口唇の端を曲げ、楽しそうに笑った。
「実にイイ顔をしているぞ、アルベルト。もっと、美しく啼いて見せろ・・・私の為にな」

 遠くから、薔薇達のざわめきが聞こえたような気がした。

 冷たい手に頬を引き寄せられ、もう、どうすることもできずに・・・。
 ハインリヒは、男にその身を委ねた。



  〜 END 〜




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ありきたりの話は避けて・・・と思って書いたら、
微妙に訳の分からない話に・・・。
でもでも、こんな雰囲気の話が書きたかったので、管理人は満足です。
皆様のご想像とは大分違った話になったと思いますが・・・。
皆様がどんなご感想をお持ちになられたのか、すごく不安です(汗)。
「『百万本の薔薇』を44で」とリクを下さったのは、ちー様でした。
ありがとうございました〜。





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