ちゅーをテーマに、守護聖様9人斬りにチャレンジしました。
皆様に想像の翼を広げていただくため、エンディングは結構曖昧です。
ラストシーンの後に、付け加えてください。
『物語の続きは、貴女の心の中で・・・(笑)』
■ジュリリモ■
パタパタと小気味の良い足音が、聖殿の廊下に響き。
ジュリアスは、いつもは厳しいその瞳を、優しく細めた。
足音は、ジュリアスの執務室の前で止まる。
「おはようございます、ジュリアス様!」
執務室のドアを開け放って現れたのは、アンジェリーク。
いやに嬉しそうに、ニコニコと微笑んでいる。
「どうした?何か良いことでもあったか??」
優しく訊ねたジュリアスに、
「今日はバレンタインデーですよ!日頃の感謝の気持ちを込めて、ジュリアス様に、何かプレゼントしちゃいます。欲しいモノ、ありますか??」
何が欲しいか、との問いに、ジュリアスはしばし考え込む。
自分が欲しいもの。
それは、目の前にいるこの愛らしい天使の心だけだったので。
「私が欲しいのは、そなたの心だけだ」
少し照れながら、しかし正直に答えたジュリアスに、
「それはダメです」
アンジェリークはニッコリと笑って言った。
その衝撃的な発言に、ジュリアスは、一瞬固まり。
次の瞬間、青くなってアンジェリークを見つめた。
(そなた、他に好きな男でもできたのか!?)
聞くに聞けないジュリアスに、アンジェリークは無邪気な笑みを見せながら言ったのだ。
「だって、私はもう、ジュリアス様のものでしょう?今更、差し上げられません」
その言葉と笑顔がジュリアスの胸をズキューン!と射抜いて。
ジュリアスは、再び固まった。
青ざめていた顔が今度は耳まで赤くなり、彼は口をパクパクさせる。
本当は何か気の利いたことを言いたかったのだが、良い言葉が浮かんでこなかったのだ。
青くなったり赤くなったりしているジュリアスに、
「ジュリアス様、具合でもお悪いんですか??」
アンジェリークが問いかけても。
「・・・・・・」
動揺のあまり、やはり言葉が出てこないジュリアスであったが。
普段の彼に似合わないことだが、言葉の代わりに行動で心の中の喜びを表現した。
ぎこちないが優しい仕草でアンジェリークの肩を抱き寄せ、腕の中に抱きしめたのだ。
抱きしめたアンジェリークの暖かさに、ジュリアスはホッとする。
動揺していた心も何とか落ち着き、彼はようやく、口の聞ける状態まで立ち直った。
「ジュリアス様??」
「何だ?」
「別な欲しいモノ、言ってくださいね」
アンジェリークを抱きしめている腕が、また、固まった。
「そなたの・・・・・・」
言ってしまっていいのだろうか??
ためらいつつ発した言葉の語尾が、情けなく途切れた。
「そなたの・・・?何ですか??」
腕の中で小鳥のように首をかしげるアンジェリークに、
「そそっ、そなたのっ。きっ、きっ、キス・・・がっ!!」
思い切り激しく動揺しながら発言したジュリアスを見つめて。
アンジェリークは、可憐に笑った。
ジュリアスの腕の中のアンジェリークが爪先立った。
そして・・・。
チュッ。
可愛らしく音を立てて、ジュリアスの唇にアンジェリークの唇が触れた。
「ジュリアス様、大好きです」
その瞬間。ジュリアスの頭の中で、何かが弾けて飛んだ。
グラリ。
ジュリアスの身体が大きく傾き。
アンジェリークが悲鳴をあげた。
「キャーッ、ジュリアス様!?」
天に舞い上がりそうな幸せな気分のまま、気が遠くなっていくジュリアス。
「ジュリアス様っ、しっかりしてくださいっ!!だっ、誰か、誰か〜っ!!!」
アンジェリークの声を聞きながら、ジュリアスは本当に幸せそうな表情で、気を失ってしまったのであった。
■クラリモ■
朝。
聖殿の入り口にある植え込みの中で、私はある人を待っていた。
昨日一生懸命作ったチョコレートを、しっかりと握りしめて。
私は、待つ。
大好きなあの方を。
長い髪の毛が、サラサラと音を立てて。
あの方が、やって来た。
私は、タイミングを見計らう。
あの方にチョコレートを渡すタイミングを。
サラサラ、サラサラ。
髪が静かに揺れる音と、衣擦れの音。
私の前から、遠ざかって行ってしまった。
・・・渡せなかったわ、チョコレート。
私は、見つからないように気を使いながら、あの方の後をつけた。
ずっとずっと前から、決めてたの。
バレンタインデーのチョコレート。
あの方に差し上げようって。
私が気が付かない所でも、いつでも私を見守っていてくれる、あの方に。
なのに、どうして勇気が出ないんだろう?
『好きです』
の、たった一言が、言えないんだろう??
私は、怖いのかもしれない。
あの方に、拒絶されてしまうのが。
あの方は、澱みない足取りで、ご自分の執務室に向かう。
私はただ、あの方の背後でウロウロとすることしか出来なくて。
どうやってチョコレートを渡そうかと、泣きそうになってしまった私に。
「お前はさっきから、一体何をしている?」
あの方は振り返って、優しく問いかけてくれた。
付いて来てたのが、バレていた!?
私の心臓は、ドキドキする。
ドキドキしすぎて、息もできないくらいに。
「あの、あのっ!!!」
「どうした?」
優しい瞳に励まされ、私はチョコレートの箱を、あの方に差し出した。
「あの、クラヴィス様!これ、私の気持ちですっ!!!」
「・・・」
一瞬の沈黙の後。
クラヴィス様は、頬に優しい微笑みを浮かべて。こう言った。
「今日はバレンタインか・・・。その心遣い、義理でも嬉しい」
義理なんかじゃないから。
さあ、言うのよ、アンジェリーク!!
『好きです』って!
心の中でそう思うのに、やっぱり言えなくて。
無事にチョコレートを渡せたというのに、私は再度、泣きたい気分になった。
自分が、情けなかったの。
・・・ポロリ・・・
涙が、零れた。
クラヴィス様が、驚いたような瞳で、私を見つめた。
アメジスト色をしたクラヴィス様の瞳は、とってもキレイ。
なんて、全然関係のないことを思いながら。
私は、みっともなく、泣いてしまった。
「どうした・・・?」
優しい問いかけに、私は泣きながら答える。
「私、クラヴィス様が、好きなんです」
最低。
泣いたドサクサに紛れて言ってしまうなんて、本当に最低だ。
でも、こうでもしないと、言えなかった。きっと。
でも、クラヴィス様は呆れていらっしゃるに違いない。
まだメソメソと泣いていると、クラヴィス様の暖かい手が、私の頬に触れた。
「どうして泣くのだ?」
だって、だって、だって・・・。
「お前が私を好きでいてくれて、私も同じ気持ちでいる。泣く必要がどこにある?」
現金なもので、その言葉を聞いた瞬間、涙が止まってしまった。
それって・・・。
クラヴィス様も私を好きでいてくれる。
そういう意味に取ってもいいんですか??
涙が残る目でクラヴィス様を見上げると。
クラヴィス様は、やっぱり優しく微笑んでいた。
「アンジェリーク。お前には、泣き顔は似合わないと思うが?」
その言葉に、私は慌てて、自分の目に浮かぶ涙を拭って。
ニッコリと、クラヴィス様に笑いかけた。
自分なりの、最高の笑顔で。
クラヴィス様も、嬉しそうに笑う。
そして。
「良く出来たな。褒美をやろう」
そう言って、その長身を、かがめた。
クラヴィス様の顔が、私に近づいてきて。
私の唇に、クラヴィス様の唇が触れる。
ウソっ!?いきなり、ファーストキスしちゃった!?
驚く私に、クラヴィス様は悪戯っぽく笑いかけた。
「お前には、少し刺激が強すぎたか?」
「そっ、そんなコトありませんっ!!」
ちょっとムリして答えた私に。
「頼もしいことだな・・・」
クラヴィス様がもう一度身をかがめ。
私は、そっと。そっと。
瞳を閉じるのだった。
■ルヴァリモ■
「ル〜ヴァ〜さまっ」
弾んだ声と共に、執務室のドアが開き。
ドアの影から、アンジェリークがひょっこりと顔を出した。
「・・・・・・」
が。ルヴァの返事はない。
不審な面持ちでルヴァの執務机のほうを見たアンジェリークは、なるほど、という表情になった。
執務机の周りには、ルヴァを包囲するかのように本の山が積んであった。
(これじゃ、周りの声なんか耳に入らないわ・・・)
そう判断したアンジェリークは、忍び足でルヴァの背後に近づいた。
そして、本に集中しているルヴァの背中越しに、
「ルヴァ様!」
呼びかけて、軽〜く肩を叩くと。
「・・・??」
ルヴァは振り返り。
「・・・!アンジェリークじゃないですか〜」
そこで初めてアンジェリークの姿を認め、驚きの声をあげた。
「お邪魔しちゃいました、ルヴァ様?」
しおらしく問いかけるアンジェリークに、ルヴァは慌ててかぶりを振った。
「いえいえ、邪魔だなんてとんでもない。あなたが来てくれて、嬉しいですよ」
「それなら良いんですけど・・・」
アンジェリークはふんわりと優しい微笑を見せ、ルヴァはほのぼのとした気分になる。
それから、守護聖としての自分を思い出し、アンジェリークに訊ねた。
「ところで、アンジェリーク。今日は何の御用ですか??」
アンジェリークの穏やかな微笑が、満面の笑みに変わった。
今にも踊りだしそうに瞳を輝かせ、アンジェリークは背中に隠していた物体を、ルヴァに差し出した。
そして、歌うように軽やかな声で言ったのだ。
「今日はバレンタインデーですよ。ルヴァ様のために、チョコレートを作ってきました♪貰ってくださいね!!」
「ああ、そうでしたね〜。主星では、そのような風習があったんでしたね、アンジェリーク。あまり物慣れないものですけど、素直に嬉しいですよ」
上品にラッピングがされているそれを、ルヴァは有り難く頂戴した。
そして、
「えー、このバレンタインデーという日はですねぇ。聖バレンタインという人が・・・。」
言いかけて、やめた。
「折角あなたがこうしてチョコレートを持ってきてくれたのに、こんな話はよしましょうかね。えーっと、アンジェリーク?本当にありがとうございました」
「はいっ!」
アンジェリークは微笑みを絶やさず、元気に返事をして。
「ルヴァ様。調べ物の続きが気になるでしょうから、今日はこの辺で失礼しますね」
ルヴァの研究を気遣うような優しい発言をしてくれた。
「あの、アンジェリーク・・・」
「それじゃ、失礼します!」
呼び止めようとしたのだが、アンジェリークはニコニコ笑顔のまま、ルヴァに背を向ける。
本の隙間から、
「アンジェリーク!」
もう一度、呼びかけると。
アンジェリークはクルリと振り返り。
「ハッピーバレンタイン、ルヴァ様!」
両手を唇に当てて、チュッ!と、ルヴァに投げキッスを送った。
「えええええ〜!?!?」
思いもよらないアンジェリークの仕草に、ルヴァは動揺を隠し切れない。
そんなルヴァに再び背を向けて、アンジェリークは軽い足取りで、ルヴァの執務室から退出していった。
「これって、これって・・・」
顔を赤くしながら、ルヴァが呟く。
「私が少しは特別に思われているって。そう理解しても良いんでしょうか・・・??」
ルヴァの呟きは、広い執務室の中に吸い込まれ。
当然のことながら、返事は戻ってこない。
答えを知っているのはアンジェリークのみ、である。
「あああ〜、私は一体どうすれば!?」
研究が手につかなくなり、ルヴァはアンジェリークに確認を取るために、彼女の部屋に出向くことを固く決意するのだった。
■オスリモ■
バレンタインデーの朝。
アンジェリークが執務に出る準備をしていると。
「アンジェリーク様。炎の守護聖様がお見えですが・・・」
執事が、来客を告げた。
(こんな早くから、どうしたのかしら??用事があるなら、執務室に来てくれれば済むのに・・・)
そう思いつつも、
「お通ししてくれる??」
アンジェリークがそう答えてすぐに。
規則正しく靴音を鳴り響かせながら、オスカーが現れる。
彼はアンジェリークの姿を確認すると彼女の前で跪き、手を取って、その甲にキスをした。
「おはよう。我が姫君、レディ・アンジェリーク」
「オスカー様、こんな早くから、どうしたんですか??」
「朝一番に、君のチョコレートを貰いに来たぜ。他の男に、食べられてしまわないように、な」
白い歯をキラリと光らせてサワヤカに笑うオスカーに、アンジェリークは申し訳なさそうに言った。
「あの、オスカー様。チョコレートの準備はないんですけど・・・」
「なっ、なんだって〜!?」
オスカーの絶叫が、アンジェリークの私邸にこだました。
「そんな事を本気で言ってるのか、君は!?」
ガックリと肩を落として、
「辛いぜ、アンジェリーク。俺と君とは恋人同士だというのに、バレンタインのチョコも貰えないのか・・・?」
涙目でアンジェリークに訴えるオスカーに。
(そんなにチョコレートが欲しかったのかしら・・・)
申し訳なく思いつつ、アンジェリークはなだめるようにいった。
「えっと。チョコレートはないんですけど、今夜はオスカー様にお食事を作ってあげようと思ってたんです。それじゃ、ダメですか??」
「食事?君の手作りか??」
「ええ」
アンジェリークの言葉に、オスカーの表情が打って変わって明るくなった。
「はっはっはっ。それならそうと、早く言ってくれよ、アンジェリーク。俺もチョコレートなんかより、君の手料理の方が嬉しいさ!」
その立ち直りの早さに、アンジェリークは苦笑しながら言った。
「じゃあ、今日の執務が終わったら、オスカー様の私邸にお伺いしますね。ご自分の私邸でお食事したいでしょう??」
「楽しみに待ってるぜ、アンジェリーク」
アンジェリークの作った夕食は、絶品だった。
上等のワインと一緒にその食事を味わったオスカーは、上機嫌で。
デザートのチョコレートケーキを一切れお替りして食べた後、オスカーは満足げにカプチーノを啜る。
ちなみにこのカプチーノもアンジェリークが淹れてくれたものである。
シナモンの香りが程よく香り、大変美味であった。
アンジェリークがニコニコと、オスカーに問いかけた。
「おいしかったですか、オスカー様??」
「ああ。絶品だった。こんなにうまい料理なら、毎日食べても良いぐらいだ」
オスカーの褒め言葉に、アンジェリークが頬をピンク色に染めて、笑った。
「良かった!そんなに褒めていただけると、嬉しいです!!」
そのアンジェリークの微笑が、あまりにも可愛すぎて。
オスカーは痺れるような思いに駆られた。
(いかん、少し酔っているかも知れんな)
と、オスカーが思ったその時。
アンジェリークが小さく可愛く欠伸をしたのを、オスカーの目は見逃さなかった。
「眠いのか、アンジェリーク?」
「少しだけですけど・・・」
オスカーの目が、キラリと光る。
「それはいけないな。明日の執務に障る。今日はもう、俺の私邸で休んでいくといい」
アンジェリークはそのキラリ視線には気付かずに、オスカーの申し出を辞退した。
「そんな!ご迷惑は、かけられません。そろそろ後片付けをして、失礼しますね」
「ダメだ」
言うが早いが、オスカーがアンジェリークを軽々と抱き上げた。
「オスカー様!?」
一言も口をきかずに、オスカーは自分の私邸の廊下をものすごい勢いで歩いて。
ある一室に、アンジェリークを運び込んだ。
「・・・オスカー様??」
そこは、オスカーの寝室だった。
大きなベッドの上に、オスカーはアンジェリークの身体を投げ出す。
アンジェリークが、動揺を隠し切れない声で、オスカーの名前を呼ぶ。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと、オスカー様っ!?」
「どうした??」
「まだ、洗い物が終わってないんですけどっ」
「洗い物なんか、どうでもいい。明日になれば、使用人が片付けてくれるさ」
「でもっ!!」
ベッドの上でアンジェリークの上にオスカーが覆いかぶさる、という、ちょっとアダルティーな構図に、アンジェリークは更に慌てて、そして尋ねた。
「あのっ、そのっ、これってどういうコトなんですか??」
「ベッドの上で年頃の男女がすることといったら、唯一つだろう?」
「えーっ!?!?」
「俺の事が、嫌いか??」
「嫌いじゃないですけどっ」
「じゃあ、好きだろう?」
「好きですけど・・・。でもっ」
オスカーは、アンジェリークの額に軽くキスを落とした。
「もうっ、オスカー様っ!!」
アイスブルーの瞳の煌きがアンジェリークを優しく包み込む。
「君のその可愛い唇から、拒絶の言葉は聞きたくないな」
その瞳の優しさに、アンジェリークの胸が、キュンと音をたてた。
「キス。しても良いか、アンジェリーク?」
普段とは違う真剣なオスカーの眼差しに、覚悟を決めたように。
ギュッと瞳を閉じて、アンジェリークが小さく頷く。
二度目のキスは、唇に。
溶けそうなほどに、深く甘い、キス。
逞しい腕に抱きしめられながら、アンジェリークは思った。
(どうしよう・・・。どうなっちゃうんだろう・・・??)
■リュミリモ■
待ち合わせの時間から、もう、10分が過ぎていた。
リュミエールは、懐中時計を眺め、首をかしげる。
「一体、どうしたというのでしょう?」
アンジェリークは、待ち合わせの時間に遅れてきたことはなかった。
たったの一度も。
それなので、余計にリュミエールは心配になった。
「もしや、部屋の中で倒れたりしているのでは・・・??」
頭の中でアンジェリークが気を失っている姿を想像し。
リュミエールは、アンジェリークの様子を見に、女王候補寮まで出向くことを決意した。
女王候補寮では。
「ああーん。もう!!お約束の時間が過ぎちゃったわ(涙)。早く、行かなくちゃ」
アンジェリークが、あたふたと部屋中を走り回っていた。
彼女の手は、茶色く汚れており、ほっぺたにも何やら茶色い物体が付着していた。
そう。
今日はバレンタインデーなので、アンジェリークはリュミエールにチョコレートを贈ろうと、朝から奮闘していたのだった。
奮闘した割には。
「・・・こんな見苦しいチョコ、とても差し上げられないわ・・・」
結果は散々たるもので。
アンジェリークはガッカリと肩を落とし、無残な姿のチョコレートを悲しく見つめるのであった。
そこに。
ピンポーン。
誰かが、やってきた。
「はい、どなたですか??」
「アンジェリーク。わたくしですよ、リュミエールです。いつも時間厳守な貴女が、一体どうしたというのですか?」
アンジェリークの顔が、サーっと青ざめた。
(こんなチョコレートが散乱したお部屋に、リュミエール様をお入れすることはできないわっ!!)
咄嗟に、仮病を使うことを思いついたアンジェリーク。
わざとらしく、咳などをしてみせる。
「リュミエール様、ごめんなさい。私、ちょっと風邪をひいたみたいで・・・。今日のお約束、なかったことにしていただいて良いですか?」
「具合が悪いのですか!?それは、大変です。わたくしに、貴女の看護をさせてください」
「そそっ、そんなに悪いわけではないんです。しばらくお部屋で寝てれば大丈夫ですっ、多分」
「いけません。貴女に何かあったら、わたくしはどうすれば良いのですか?どうぞ、このドアを開けてください、アンジェリーク」
顔を見せようとしないアンジェリークに、リュミエールが哀願する。
「ダメです、リュミエール様。帰ってくださいっ!!!」
そのつれない返事を聞いて、リュミエールは、廊下に崩れ落ちた。
「そんな、アンジェリーク。そのような冷たいことを貴女から言われると、わたくしは身が千切られそうな思いです」
ドアの向こう側で、アンジェリークは困惑する。
(どっ、どうしよう、どうしよう!?)
リュミエールは何が何でもアンジェリークの顔を見ずには帰らないような様子である。
アンジェリークは、諦めの表情で、自室のドアを開けた。
「リュミエール様・・・」
「アンジェリーク!!」
床に崩れ落ちた状態から迅速に体制を立て直したリュミエールは、アンジェリークの顔を見て、目を点にして言った。
「おや?頬に何かついていますよ、アンジェリーク」
「ごめんなさいっ!」
覚悟を決めて、アンジェリークは正直に謝った。
「風邪なんてウソなんです。リュミエール様に差し上げようと思ってチョコを作ってたんですけど、上手くいかなくて・・・。こんな格好でお会いしたくなかったし、お部屋もすっごく汚いですし、それで仮病を使ってしまいました」
なるほど、アンジェリークの部屋の中には、ボウルやら泡だて器やらが散乱していた。
リュミエールは、思わず笑ってしまう。
「そうだったのですか・・・。でも、そんなに恥ずかしがることはないのですよ?チョコレートを頬に付けていても、部屋が少々散らかっていても、貴女は貴女ですからね」
「リュミエール様・・・!」
優しい言葉に、アンジェリークは嬉しくなる。
が、
「ところで貴女が作ってくださったチョコレートは、何処にあるのですか?」
リュミエールに尋ねられ、慌ててテーブルの上の物体を隠した。
「アンジェリーク。せっかく作ってくださったそのチョコを、わたくしに下さらないのですか?」
「だっ、だってっ!!失敗作なんですもの・・・」
赤くなったり青くなったりしながら必死にチョコを隠すアンジェリークを見て、リュミエールはほんの少しだけ意地悪く。笑った。
「では、それは諦めることにいたしましょうね、アンジェリーク」
アンジェリークの表情が和らいだことを確認して。
リュミエールはニコニコと笑いながらアンジェリークに接近する。
アンジェリークの側に寄ると、長身をかがめて。
「??リュミエール様??」
見上げてくるアンジェリークの、頬についているチョコレートを。
ペロリ。
と、舐めた。
「りゅっ、リュミエール様っ!?」
頬を押さえて焦りまくるアンジェリークに、リュミエールはやっぱり天使のような微笑みを浮かべながら言ったのだった。
「チョコレート。大変おいしくいただきましたよ、アンジェリーク」
「ええ〜!?」
■ヴィエリモ■
「オリヴィエ様、おはようございます!」
朝から爽やかな笑顔で執務室にやってきた女王候補に、オリヴィエはニッコリと微笑みかける。
「おっはよー。アンジェリーク。今日は何の用かな?」
アンジェリークは恥ずかしそうに笑って、オリヴィエに小さな包みを手渡す。
「はい、オリヴィエ様。バレンタインのチョコレートです!!」
「そっか。今日はそんな日なんだね。ありがと。美味しくいただいちゃうよ」
有難くチョコレートを受け取ったオリヴィエだったが。
急に思い立ったように、アンジェリークにこう告げた。
「ね、アンジェリーク。チョコのお礼に、あんたをイイ所に連れてってあげる」
「えっ?でもオリヴィエ様、執務中・・・」
「そんな固いコト言わないの!さ、出掛けよう♪」
オリヴィエは大切そうに執務机の上にチョコレートを安置し、躊躇するアンジェリークの腕を引っ張った。
アンジェリークが連れて行かれたのは。
非常にお洒落な感じの喫茶店であった。
「えーっ?こんな所があったなんて、知りませんでした」
「当然。最近できたばかりなんだから。あんたを連れてきてあげようと思って、タイミングを狙ってたんだよ」
オリヴィエの言葉に、アンジェリークが花のような笑顔を見せた。
「ありがとうございます!オリヴィエ様」
二人は、店の中に入る。
「ココはね、フルーツヨーグルトパフェが絶品なんだ。私のお勧めだよ」
席に着くと、オリヴィエがアンジェリークにそう教えた。
パフェと聞いて、アンジェリークの瞳がキラキラと輝く。
「じゃあ、私、それを食べます!オリヴィエ様は??」
「ん〜。私はお茶だけでいいかな。執務室に戻れば、あんたから貰ったチョコもあるしね」
それから、優雅な手つきで店員を呼び寄せて、
「フルーツヨーグルトパフェ一つと、紅茶を一つね」
ドドーン。
といった感じで、フルーツヨーグルトパフェがアンジェリークの目の前に現れた。
「とっても美味しそう♪」
喜びに瞳を輝かせながら、アンジェリークが愛しげな眼差しでパフェを眺めた。
「どうぞ召し上がれ」
「いっただきまーす!!!」
嬉々としてスプーンを持ち、パフェにパクつこうとしたアンジェリークだったが。
「オリヴィエ様、一口いかがですか??」
ハッと気が付いたかのように、そう尋ねた。
「気にしなくていいよ。でも、あんたがそんなに気にしてくれるなら、ちょっとだけ分けてもらっちゃおうかな。ちなみに、私はさくらんぼが食べたいんだけど、イイかな?」
「それだけで良いんですか?そんなの、お安い御用です!」
パフェの上にちょこんと乗っているさくらんぼを、アンジェリークの可愛い指がつまんだ。
「はい。どうぞ、オリヴィエ様!」
差し出されたさくらんぼには目もくれず。
オリヴィエは、アンジェリークに顔を寄せ、アンジェリークの唇に。
触れるだけの軽いキスをした。
「えっ、えええ〜!?」
イキナリの事に何やら訳も分からずパニック状態で、それでもしっかりとさくらんぼをオリヴィエに差し出したままのアンジェリークの耳元に、オリヴィエは極上の笑顔で囁いた。
「ご馳走様。美味しかったよ♪」
それから、まだ呆然としたままのアンジェリークの鼻の頭を優しく小突いて、
「フルーツのさくらんぼは、あんたが食べな」
そう言って、笑った。
「おっ、オリヴィエ様〜。さくらんぼが食べたいって言ったじゃないですかぁ!?」
「言ったけど?でも私が食べたかったさくらんぼは、あんたの可愛い唇のコ・ト。だったんだけど??」
しれっとした表情でアンジェリークの抗議を交わすオリヴィエを見つめ、アンジェリークは拗ねたように頬をふくらませる。
それから、
「もう知らないっ。オリヴィエ様なんて、嫌いですっ!!」
ぷいっと、そっぽを向いてしまった。
「・・・嫌われちゃうと、困るな・・・」
ボソリと呟いた後、オリヴィエは手のひらを顔の前で合わせて、アンジェリークに謝った。
「ゴメン、ゴメン。そんなに怒らないでよ、ね?謝るからさ」
そっぽを向いていたアンジェリークであったが、その言葉を聞いて、視線だけをチラリとオリヴィエに走らせた。
「反省してます?」
「してる!ホントにゴメン」
オリヴィエが拝むように謝ると、視線だけでなくアンジェリークの顔も、オリヴィエのほうに向き直った。
向き直ったその顔が笑っていることに、オリヴィエは安堵する。
「じゃあ、許してあげます。その代わり」
「その代わり?」
「次からは、そういう時はちゃんと前もって言ってください。イキナリなんて、ズルイですよ?」
「分かった、約束するよ」
オリヴィエは早速、その約束を実行に移す。
「アンジェリーク」
「はい?」
「キス。するよ、今すぐ」
「ええっ!?」
「だって、あんたってば、ホントにカワイイんだもん」
ウインクを投げかけてくるオリヴィエを、アンジェリークは可愛らしく睨んだ。
瞳は、笑いながら。
「もう、オリヴィエ様ったら!」
オリヴィエは、再びアンジェリークに顔を寄せ。
アンジェリークは、慌てて瞳を閉じた。
■ランリモ■
執務室の窓から、外を見る。
抜けるようにキレイな青空が広がってるね。
青空の向こうに、君の微笑を見たような気がして。
俺は、訳もなくドキドキしてるよ。
今日はバレンタインデー。
君はきっと、俺にチョコをくれるね?
思いっきり期待している自分に、思わず苦笑してしまう。
これで君がチョコをくれなかったら。
俺はきっと、すっごく落胆してしまう、かな。
二人が付き合いだしてから、初めてのバレンタインデー。
だから。
期待してても大丈夫だよな?
執務机に向かっていても、思わずソワソワ。
君の足音が聞こえないかと、ドアの向こうに聞き耳を立てる。
普通の男性なら、どうなんだろう?
やっぱり、こんな日は彼女を待ってドキドキしてしまうのかな??
ホラ、君の足音が聞こえてきた。
執務室のドアが、音を立てて開かれる。
「ランディ様!チョコレート、受け取ってくださいっ!!」
可愛い包み紙に包まれたチョコレート。
君の手作りかな?
「私が作ったんですよ、召し上がってくださいね♪」
俺は、包み紙をガサゴソと開ける。
「この場で食べてしまってもいいかな?」
「もちろんです!」
嬉しそうに笑う君を見つめながら、俺はチョコレートの包みを開いた。
中に入っているのは、美味しそうなトリュフチョコ。
一粒、口に入れる。
おいしい。すっごく、おいしい。
何だかジーンと来てしまう俺に。
「どうですか?おいしいですか??」
あまりにも心配そうに君が聞くから。
俺は、思わず笑ってしまうよ。
君のお菓子作りの腕前は、確かだ。
いつも、俺たちにご馳走してくれてるだろう??
だけど笑った俺を見て、君は拗ねたような表情になる。
「本気で心配してるのに・・・。どうして笑うんですか、ランディ様!?」
「そんなに怒らないでくれよ、アンジェリーク。
君がお菓子作りが上手なのは、誰だって知っている事実じゃないか?
それなのにあんまり心配するから。ちょっと笑っちゃったんだよ。ごめんな」
「本当の本当においしいですか??」
「ホントだよ」
俺はもう一個チョコをつまんで、口にくわえた。
そんなに信じられないのなら、味見をさせてあげるよ。
そして君を抱き寄せて、口移しでチョコを食べさせる。
「ランディ様っ!!!」
「ホラ、おいしいだろ?」
「もうっ、ランディ様のエッチ!!!」
怒りながらもチョコをモゴモゴと食べ終えて、君は真っ赤になって叫んだ。
「エッチって・・・!?」
「もうもう、ランディ様なんて、嫌いですっ!!」
泣きそうな表情の君に、俺はどうしようもなく慌てふためくだけだ。
「ごっ、ごめん!君がそんなに怒るなんて思わなくて・・・」
君は涙目で俺を睨んだ。
「ちゃんと、キスしてください」
「はぁ??」
「さっきの。ファーストキスだったのに、イキナリひどいですっ!!!
目を閉じる暇もなかったじゃないですか!?」
ちょっとムキになる君に、
「ごめんな、ホントに」
さっきはほんの軽い気持ちで、キスという意識はなかったから。
改めて、となると、結構テレる。
「えーと。目を閉じてもらえるかな?」
君の瞳が、そっと閉じられる。
俺は君の細い肩を抱き寄せて。
キレイな色をしたその唇に、そっとキスした。
俺たちの正式なファーストキスは。
何だかほんのり、チョコレートの味がするね・・・。
■ゼフェリモ■
「ゼフェル様、すっごーい!!」
歓声をあげるアンジェリークの前で、ゼフェルは胸を張る。
「へへんっ。どうだ、まいったか!?」
「はいっ」
主星の。とあるゲームセンターで。
鋼の守護聖と金の髪の女王候補が、二人仲良く遊んでいた。
本日の執務&育成はどうしたのであろうか?
等という疑問を吹き飛ばしてしまいそうな、楽しげな遊びっぷりである。
今日は、バレンタインデー。
「よう、アンジェリーク。ヒマだから、どっか行こうぜ!おめーの行きてートコ、連れてってやる」
「わっ。嬉しい!」
そう言って喜びを表現した後。
「あ、でも今日はバレンタインデーですよ?いつもゼフェル様に付き合っていただいているから、今日はゼフェル様の行きたいところにお供しますっ!!」
ハッとした表情で言ったアンジェリークに。
「んじゃ、ゲーセンに行きてーな」
「はいっ!行きましょう!!」
という経緯で、二人はこの場所にいるのであった。
先程ゼフェルが、パンチングマシーンで最高記録を打ち立てたので。
冒頭のように、アンジェリークがゼフェルを褒め称えているのであった。
「ゼフェル様、ホントにすごいですっ。さっきっから、何でもお上手すぎます〜」
尊敬の眼差しのアンジェリークに。
「はっはっはっ。そーかそーか」
自慢そうに笑うゼフェル。
笑うゼフェルの視線の先に、今度はUFOキャッチャーが飛び込んできた。
(うーっし。アレでいい景品をゲットして、このオレ様の株を、更に上げてやるぜ!!)
そう思い、ゼフェルはアンジェリークに声をかけた。
「おい」
「はい、何ですか、ゼフェル様??」
「ちょっと、こっち来い」
ゼフェルは、アンジェリークをUFOキャッチャーの側に招き寄せて、機械にコインを投入した。
「おめーの好きなモン。何でも取ってやるから、言ってみな」
「えーっ!ホントですか〜!?」
アンジェリークの瞳が、幸せいっぱいに輝いた。
そして、彼女が指差したのは。
「あのテディベアが欲しいですっ」
可愛らしい熊のぬいぐるみであった。
そのぬいぐるみは、ちょっとキャッチするのが大変そうな場所にあったのだが。
「任せとけ!」
ゼフェルは、伊達に器用さを司っているワケではない。
まるで自分の手のように機械を動かして。
見事、テディベアのぬいぐるみをゲットした。
「キャーッ!!ゼフェル様、すごーい、すごーい!!!」
テディベアをしっかりと抱きしめて、喜ぶアンジェリーク。
「ゼフェル様って、ホントにすごいです〜」
これでもか、というくらいに賞賛され、ゼフェルは鼻高々である。
「なんだって、このオレ様に任せとけば良いんだよ」
偉そうにふんぞり返るゼフェルに。
「ゼフェル様!」
弾んだ声で、アンジェリークが名前を呼ぶ。
「あーん??」
「本当にありがとうございます、嬉しいです。ベアちゃんも、ゼフェル様にお礼を言って」
そう言って、アンジェリークがテディベアの口元に、可愛くキスをした。
(ああっ!?オレでさえまだキスしたことねーのにっ!!)
ゼフェルは、ほんの少し、ふてくされる。
が、次の瞬間。
テディベアの口元が、ゼフェルの唇に優しく触れた。
「!?」
驚くゼフェルに、アンジェリークは花のような笑顔を見せた。
「ふふっ。お礼の間接キスで〜す」
「ばっ、バッカヤロー!」
叫んでから、ゼフェルはアンジェリークに聞かれないようにボソリと呟いた。
「・・・間接じゃなくて、直接、キスさせろ・・・」
「何か言いました、ゼフェル様?」
「わーっ、何でもねーっつーの!!!」
焦りまくるゼフェルに、アンジェリークの瞳が、おかしそうに揺らめいて。
「いいですよ、ゼフェル様。キスしても」
「ここっ、こんなトコロで何言ってやがる!?」
「誰もいないし、大丈夫ですよ〜。私のファーストキス。ゼフェル様へのプレゼントです」
ゼフェルの目の前で、キレイな瞳が。閉じられた。
(うわー、うわー、うわーっ!!!!)
パニック状態に陥りそうになりながらも、ゼフェルは何とかアンジェリークに自分の顔を近づけた。
(うわ〜(汗))
心臓をバクバクいわせながらゼフェルがキスを落とした場所は。
チェリーのように美味しそうな唇ではなく。アンジェリークの右の頬だった。
そのままアンジェリークの肩に顔を埋めて、ゼフェルは小声で囁いた。
「その、よ。ちゃんとしたキスは、もうちっと心の準備ができてからな」
「はい」
笑いを含んだ声で、アンジェリークが答える。
「私、ゼフェル様のそんなところ、大好きです」
それから彼女はゼフェルの背中を優しく撫でた。
苦笑するような声が、ゼフェルの耳に飛び込んできて。
「もう、ゼフェル様ったら!そんなにいつまでも、恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか〜」
「だってよぉ。やっぱりなんか、テレちまって・・・」
何だかまともにアンジェリークの顔を見られないゼフェルなのであった。
■マルリモ■
女王候補寮でくつろいでいるアンジェリークの元に。
「こんにちわ、アンジェリーク!今、時間大丈夫かな??」
いきなりマルセルが現れて、口早に告げた。
「アンジェリーク!あのね、今日は君と行きたいところがあるんだ。一緒に来てくれる??」
「えーっと、今からですか?」
「そうだよ。大丈夫?」
「はい、大丈夫ですけど」
「じゃあ、行こう!」
マルセルが、アンジェリークの腕を引っ張る。
「早く早く!!」
「そんなに急いで、どこに行くんですか??」
「ふふっ。ナイショだよ!でもね、すっごく素敵なところだから、楽しみにしてて!」
「・・・はいっ!」
二人は仲良く連れ立って、女王候補寮を後にした。
ピンク色の花びらが、ヒラヒラと舞い落ちて、幻想的な風景を作り上げていた。
「マルセル様、ここって・・・」
「ふふっ。驚いてくれた?」
マルセルが、嬉しそうにアンジェリークに笑いかけた。
「ここはね、僕が、春に咲くと言われているの花を集めて作った、お庭なんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。このピンクの花びらを散らせている花は、桜っていうんだ。今日あたり満開になりそうだったから。君に見せてあげようと思ったんだよ!」
「ありがとうございます!とってもキレイで嬉しいです、マルセル様!!」
「君に喜んでもらえると、僕も嬉しいな。桜だけじゃなくて、お花はどれも咲き頃だから、好きなだけ持っていって」
そう言ってマルセルは、少しだけ視線を伏せた。
「・・・今日は、バレンタインデーだから。僕から君に、プレゼントだよ」
その言葉に、アンジェリークがハッとした表情になった。
「やだっ、そうでした!私ったらうっかり、マルセル様のチョコを寮に置いて来ちゃいました(涙)。ごめんなさい、マルセル様」
「気にしないで、アンジェリーク。後でまた、貰いに行けばいいんだもん」
マルセルは優しく微笑んで、アンジェリークを再度促した。
「さあ、アンジェリーク。好きなだけお花を摘んでいってね!」
アンジェリークがイソイソと花を摘んでいる様子を、マルセルは嬉しく眺めていた。
天使のようなアンジェリークには花が良く似合う。
マルセルは、花たちがアンジェリークの美しさを褒め称えている声が聞こえるような気がして。
「花たちがね、君の事、大好きだって」
アンジェリークに、そう告げた。
それから、
「・・・僕も・・・。君が、大好きだよ!」
一番肝心な部分を、ためらいながら口にしたマルセルに。
アンジェリークが振り返り、マルセルに向かってふんわりと微笑みかける。
マルセルは、その笑顔を愛しく思う。この世の何よりも。
「私も、マルセル様が大好きですよ」
そう言って立ち上がると、アンジェリークは小さなマーガレットの花束を、マルセルに差し出した。
その花束は。いつもアンジェリークが髪をまとめている、赤いリボンで束ねられていた。
リボンを結んでいないアンジェリークは、いつもより少しだけ大人に見えて。
マルセルをどうしようもなく、ドキドキさせた。
「アンジェリーク!」
差し出された花束を、アンジェリークの白い手と一緒に自分の手に包み込む。
そしてマルセルは、ほんの少しだけ身をかがめて、アンジェリークの額にキスをした。
キスをした後。
「・・・怒った??」
尋ねたマルセルに、アンジェリークは頬をほんのりと桜色に染めて、答えた。
「怒ってません」
恥ずかしげに俯いてしまったアンジェリークを、マルセルは今度は、花束ごと抱きしめて。
柔らかい髪にキスを落として、耳元で囁いた。
「今、君は僕だけのものだよね、アンジェリーク?」
腕の中で、アンジェリークが小さな声で返事をした。
「はい・・・」
その答えがとても嬉しくて。
マルセルは、腕の中のアンジェリークを、ギュッと。
抱きしめたのだった。
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2002年にフリーにしていたバレンタイン創作です。
守護聖様9人斬りが、すごく辛かった思い出が残っています(笑)。
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