カリカリと、チョコレートを削る音がする。
2月13日(木の曜日)夜。
女王候補寮のキッチンで、チョコレート作りに勤しむ二人の女王候補の姿があった。
ロザリアは、器用に。
アンジェリークは、ぎこちなく。
一生懸命チョコレートを削っている。
「キャッ!?」
突然、アンジェリークが悲鳴を上げた。
「どうしたの?」
尋ねたロザリアに、アンジェリークは左の手を差し出して見せた。
ロザリアが、ギョッとしたような表情になった。
「ちょっと!あんた、何をやっているの!?」
アンジェリークの人差し指から、ポトリと血の雫が落ちる。
「いたぁいっ!」
涙目で訴えるアンジェリークに。
「そんなに切ったら、痛いのは当然でしょっ!」
厳しく突っ込んでから。
「あんたって、本当にドジねぇ・・・」
ロザリアは大きくため息をついた。
「取り敢えず、止血をしなければね。こっちにいらっしゃい」
アンジェリークは大人しく、ロザリアの指示に従った。
そんなハプニング(?)もあったが、ロザリアの協力を得て、なんとか手作りチョコレートを完成させることが出来たアンジェリーク。
2月14日(金の曜日)。
左の人差し指の包帯が痛々しいが、傷の痛みになどめげずに、お目当ての守護聖の執務室へと向かっていた。
アンジェリークがチョコレートをあげたい唯一の男性は、炎の守護聖。
司る力を象徴するような赤い髪と、鋭いアイスブルーの瞳を持つ、情熱的な男性だ。
そして『全世界の女性の恋人』を自負する、聖地きってのプレイボーイであった。
アンジェリークは、この炎の守護聖に、密かに想いを寄せていた。
『お嬢ちゃん』呼ばわりされているうちは、彼の守備範囲に入っていない、という事を知っていながらも、この甘く危険な雰囲気の守護聖に、惹かれているのだ。
(今日は特別な日だもの!チョコレートを差し上げぐらい平気よね!?)
決意も固く、アンジェリークはオスカーの執務室のドアをノックした。
「どうぞ」
深みのあるバリトンに促され、ドアを開ける。
「失礼しま〜すv」
オスカーの執務机を見て、アンジェリークの綺麗な若草色の瞳が大きく見開かれた。
その机の上には、チョコレートの山、山、山。
(ウソっ!?)
心の中で、アンジェリークはかなり動揺する。
そして、今更ながらに思い出す。
オスカーは女性に人気がある、という事を。
「よう、お嬢ちゃん。どうした、そんなに大きく瞳を見開いて?綺麗な瞳が、零れ落ちそうだぜ?」
オスカーの声に、アンジェリークはハッと我に返った。
「あっ、あのっ!!」
アンジェリークは素早く、用意してきたチョコレートを背後に隠した。
こんなヘッポコチョコレート、渡せるはずがない。
「なんでもありませんっ!!!!失礼しましたっ!」
小さく叫ぶようにして、アンジェリークは後ずさりながらオスカーの執務室を退出しようとした。
カタリ。
音がして、アンジェリークの視線の先でオスカーが立ち上がる。
後ずさりの速度を速めるアンジェリーク。
オスカーは大股にアンジェリークに歩み寄り、後ろでにしていた腕を掴んだ。
「キャッ!?」
振りほどく間もなく、腕を引き寄せられる。
「その可愛らしい手に持っているのは・・・俺への愛のプレゼントじゃないのかな、お嬢ちゃん?」
「あの、そのっ・・・」
アンジェリークの手の平から、赤いリボンが結ばれた小さな箱を取り上げて。
たまらなく魅力的な笑顔で、オスカーは微笑んだ。
「お嬢ちゃんが俺のために準備してくれたんだろう?ありがとう、嬉しいぜ」
アンジェリークの頬が、真っ赤になる。
「ダメです、オスカー様っ!それはダメっ!!」
チョコの入った箱を取り戻そうと、アンジェリークは必死になってオスカーに腕を伸ばした。
伸ばした腕を、オスカーに軽く掴まれたと思ったら。
オスカーが、形のいい眉をひそめた。
「・・・お嬢ちゃん。その指の包帯は、どうしたんだ?」
赤い頬が、ますます赤くなった。
『チョコレートを削っていて、切ってしまいました』
なんてコトは、口が裂けても言えなかった。
どうせ、『困ったお嬢ちゃんだな』などという軽口に加え、ドジだのトロいだの、散々からかわれるに違いない。
「本当に、なんでもありませんからっ!!」
アンジェリークがムキになってそう叫ぶと、オスカーはクスリと笑った。
いつもは鋭いアイスブルーの輝きが、優しく揺れる。
そしてオスカーは、包帯の巻かれているアンジェリークの指に、そっとキスをした。
「オスカー様!?」
これ以上赤くなりようがない、というほどに、アンジェリークの頬が赤くなる。
若草色の瞳から、涙が一粒、ポロリと零れた。
「もう・・・オスカー様なんか・・・嫌いですっ!!」
「どうして?」
問いかけてくる声も優しくて、アンジェリークはポロポロと泣いてしまった。
「お嬢ちゃん・・・一体、どうしたんだ?泣いているだけじゃ、分からないぜ?」
困惑したようなオスカーの声が、頭上から降ってくる。
「だって・・・」
お気に入りのピンクのハンカチで涙を拭いながら、アンジェリークは訴えた。
「だってオスカー様、必要ないでしょう?机の上に、あんなに沢山おいしそうなチョコが積まれてるんですもの。私のチョコなんか、私が不器用だから見た目もよくないし、味だってそんなにおいしくありません。自慢じゃないですけど、チョコを作っていて指を切ったくらいですものっ」
「だから?」
「それなのに、オスカー様は『ありがとう』って言ってくださるし、笑いかけてくださるし、どうしてそんなに優しくしてくれるんですか!?優しさは時には罪ですっ!!」
オスカーが、クスクスと笑う声が聞こえる。
アンジェリークはムッとして、顔を上げた。
「どうして笑うんですかっ!?私は真面目に言っているのに・・・」
「いや、済まない・・・」
済まないと言いながら、オスカーは楽しそうな表情だ。
「『優しさは時には罪』なんて、お嬢ちゃんに言われるとは思わなくてな」
ぷくっと頬をふくらませるアンジェリークに、オスカーは優しく微笑みかけた。
「机の上に積んである、あのチョコ。全部あわせたって、お嬢ちゃんにチョコを貰うほど嬉しくはないさ」
「え!?」
アンジェリークの瞳が、またもや大きく見開かれた。
宝石のような瞳が、零れ落ちそうなほど。
「だってそれ・・・あんまり上手に出来てない・・・」
「上手い下手は関係ない。ハートが大事だろ?このチョコレートには、お嬢ちゃんのハートがたくさん詰まっている。指に怪我をしたのだって・・・俺のための名誉の負傷だ。嬉しいさ」
そんな風に優しく言われると、誤解してしまいそうになる。
・・・誤解してしまう。
「あのっ。私もう、失礼しますっ!!」
オスカーにクルリと背中を向けて、執務室から逃げ出そうとしたが。
逃がしてもらえなかった。
「どうして逃げるんだ、お嬢ちゃん?」
「だって、オスカー様が!」
「俺が?」
「オスカー様が、誤解させるようなコトばかり言うからです!!あんな風に優しく言われたら、私、期待しちゃうじゃないですかっ!?」
「期待って、どんな期待だ?」
オスカーの瞳が、悪戯にきらめく。
その瞳を大嫌いだと思いながらも、心の底ではやっぱり大好きで。
「どんなって・・・」
言いよどんでいたアンジェリークだったが。
やがて覚悟を決めたように、声を大にした。
「オスカー様が、もしかして私のこと、好きでいてくださるかもしれない。っていう期待ですっ!!!!」
くしゃりと頭を撫でられた。
笑われる、と思ってオスカーの顔を伺い見たアンジェリークだったが。
その瞳には、からかいの色は全く見られず。
優しいばかりの眼差しに、アンジェリークはますます赤くなって動揺した。
「それは、お嬢ちゃんが俺のことを好きでいてくれている、というコトなのかな?」
「・・・・・・」
「嬉しいぜ、お嬢ちゃん」
その優しい眼差しが嬉しいくせに、妙に突っかかってしまう。
「『お嬢ちゃん』呼びの女の子は、守備範囲じゃないって以前仰ってましたよね?」
「そうだな・・・言ったかも知れないな」
オスカーが、ニヤリと笑う。
いつもの、自信たっぷりの笑顔で。
それからアンジェリークに軽くウインクをして見せる。
「お嬢ちゃんがもう少し成長して、俺だけのレディになってくれるまで、俺が見守っていてはいけないかな?」
言葉は軽いけれど。眼差しは、真剣だ。
アンジェリークはやっぱり赤くなりながら、オスカーから顔を背けた。
「オスカー様がどうしてもそうしたい、って仰るなら、そうさせてあげます」
オスカーが、長身をかがめる。
額に、キスをされた。
キスされた場所が、熱い。
「約束のキスだ。今の言葉、忘れないでくれよ、お嬢ちゃん?」
「はい・・・」
ドキドキしながらキスされた場所を手の平で押さえるアンジェリークを楽しそうに眺めながら。
オスカーは、手に持っていた箱のリボンを解いた。
箱の中に入っているのは、ちょっと形がいびつなチョコレート。
長い指で一粒つまみ、オスカーはチョコを口の中に放り込んだ。
「美味しいぜ、お嬢ちゃん」
その言葉を聞いて、アンジェリークは思わず、オスカーに抱きついてしまう。
「オスカー様!ありがとうございますっ。そう言っていただけると、ウソでも嬉しいです〜」
「おいおい、大袈裟だな、お嬢ちゃんは」
笑いながらオスカーがその背中をそっと抱きしめた。
「他の男に、チョコをあげたりしていないだろうな?これからもずっと、君の手作りチョコは俺だけのものだぞ?」
「形がいびつで、味がイマイチなチョコでも??」
「勿論だ」
若草色の瞳がキラキラと輝く。
アンジェリークはオスカーの腕の中で背伸びをして、オスカーの頬に、可愛らしくキスをした。
そして、アンジェリークが耳元でそっとある言葉を囁くと。
オスカーはアンジェリークに優しく笑いかけ、しっかりと頷いた。
急いで素敵なレディになるから。
ちゃんと、見守っていてくださいね、オスカー様。
〜 END 〜
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2003年にフリーにしていたバレンタイン創作です。
ウチのサイト、結構オスリモ好きな方が多くいらしてくださるようなので。
難産だというコトは分かりきっていたので、真っ先に着手しました。
ちょっとラブラブになりすぎたかな・・・という反省点がありますが。
いかがなものでしょうか??
ウチのオスカー様って、やっぱりちょっとギャグキャラ入ってますが、
そこは何卒ご容赦下さいませ。
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