素直になれずに後悔するのはいつものこと
(「お題3:本当はうれしいけど」の続きになります)




 ジェットに連れて行かれた店は落ち着いたムードで、いい感じだった。
「なかなか良さそうな店だな」
 そう言うと、ジェット琥珀色の瞳が明るく輝いた。
「だろ?きっとキミが喜んでくれると思って」
 ウェイターに案内され、テーブルに着く。
「コースにする?」
 ジェットの問掛けに、ハインリヒは小さく首を傾げた。
「さっき茶を飲んだばかりだし、コースの腹ではないな」
「じゃあ、お互いに好きな物を頼もうか」
「そうだな」
 二人して、しばらくメニューと睨み合い。
「ボルシチは決定として、キャベツ漬けとロールキャベツも食べたいなぁ・・・」
「オレも今、ロールキャベツを頼むべきか否か悩んでいるところだ・・・」
 そして、暫しの沈黙。
「・・・決まった?」
「ああ」
 ウェイトレスを呼び寄せ、注文を開始する。
「オレは、キャベツとボルシチとロールキャベツ。あ、あとはライ麦パン」
「・・・ボルシチをもう一つと、ポテトサラダとピロシキ」
 注文を終え、待つ時間にもまた、ウキウキと心が弾む。

 しかし。
「お待たせいたしました」
 運ばれてきた前菜のキャベツ漬けとポテトサラダに、ハインリヒはギョッとした。
 量が、並みの量ではないのだ・・・!!
 大きな皿に、山ほど盛り付けられているキャベツとポテト。
 チラリとジェットに視線をやると、ジェットもいささか引きつった顔をして。
 ハインリヒを見て、ハハハと笑った。
 それは、少し乾いた笑い声だった。
 取り敢えず、ハインリヒはポテトサラダを自分の皿に取り分けて口に運んだ。
「・・・美味い・・・。味はイイな」
 キャベツを皿に取って食べたジェットも、目を細めた。
「うん。美味い。ハインリヒも食べてみろよ」
「お前もこっちを食べてみろ」
 そんなこんなで、何とか和やかなムードで食事が開始されたが。
 次に現れたボルシチに、ハインリヒの目は再び点になった。
 少し深みのある大きな皿に、たっぷりと。
 野菜たっぷりの赤い液体が揺れていた。
 しかも、ご丁寧にクリームのトッピング付きである。
 ボルシチを食べながら、ハインリヒは思った。
 味は良い。
 最高である。
 しかし、量が・・・!!
 ボルシチを食べている途中に、ピロシキも登場し、こちらは通常サイズであったので、ハインリヒはホッとした。
 が・・・!
 ハインリヒのお腹は、既に満腹であった。
 ボルシチを食べ終えた時、ハインリヒは心の中で、ポテトサラダにごめんなさいと詫びを入れた。
 もう、食えん・・・!
 そして、ハインリヒは恐ろしい事実に気が付いた。
 こんなに満腹なのに、まだジェットが頼んだロールキャベツが来ていないのだ・・・!
 ハインリヒは、その事実に気付かない振りをした。
 目の前のジェットも、ご馳走様の表情になっている。
 それについても、見なかったことにした。
「ハインリヒ・・・」
「何だ?」
「ロールキャベツ、半分こな」
「はぁ!?」
 一人で食えと言おうとした時。
「お待たせしました」
 現れたロールキャベツは・・・。
 しつこく言うまでもなく、ジャンボサイズだった。
 しかもご丁寧に、キッチリと2個。
「半分な!」
 ニッコリとジェットは微笑んでいるが、その目は本気だ。
「じょっ、冗談じゃない!ロールキャベツはてめえが頼んだんだろうが!責任取って、自分で食え!!」
 小声で、ハインリヒはジェットに怒鳴った。
「キミだって、食べようかどうか悩んでるって言ってたろ?だ・か・ら!オレはキミと一緒に食べようと思って頼んだの。分かった?」
 ジェットは問答無用で、ハインリヒの取り皿にロールキャベツを乗せた。
「ジェット!てめえ・・・!!死ね!!」
「一人でコレ食ったらマジで死ぬね。死なば諸共。キミにも一緒に死んでもらうぜ?」
 ジェットの言い草に、ハインリヒの頭の中でプツンと何かが切れた。
 冷ややかな目でジェットを睨みつけた後、荒々しくロールキャベツにナイフを入れた。
 一切れ口に入れ、ハインリヒは涙目になった。
 本当にしつこいようだが、味はイイのだ。
 通常状態で食べれば、どんなにか美味しく感じられることだろう。
 しかし今、腹は悲鳴を上げていた。
 そしてハインリヒは、ジェットを呪った。
 無理矢理食わせやがって・・・絶対に許さん・・・!!
 言葉もなく、黙々とロールキャベツを食べ。
 攻略を終えた時、ハインリヒは激しく達成感を感じた。
 オレは、やった!やったぞ・・・!!
 ジェットもなんとか食べ終わり、チラリとハインリヒに視線を走らせてきた。
「・・・もしかして怒ってる?」
 もしかしなくても、ハインリヒは怒っていた。
 オレを苦しめやがって、絶対に許さんぞ!!
 そんな思いを込めて、ジェットをギリリと睨みつけてから。
 ハインリヒはフイとそっぽを向き、ジェットから視線を逸らした。



「ハインリヒ、本当にゴメン。な、ゴメンったら!無理に食わせて悪かったよ・・・」
 店を出て、地下鉄の駅までの道すがら。
 ジェットは何度もハインリヒに侘びを入れたが。
 ハインリヒは一言も発することなく、ジェットと視線も合わせずに、戦利品の本を抱えてスタスタと歩いた。
「ハインリヒ・・・!」
 ジェットが少し怒ったように声を荒げたが、ハインリヒは聞こえない振りをした。
 ジェットはもう、それ以上何も言わなかった。
 お互いに黙ったまま、駅に着いて。
 切符を買って、電車を待つ。
 沈黙したままのジェットに、ハインリヒは次第に、落ち着かない気持ちになってきた。
 ・・・怒らせてしまったのだろうか・・・?
 そう思うと、自分の中の怒りが完全にと引いていったような気がした。
 実は、外の冷たい空気を吸って、ハインリヒの怒りは少し収まりつつあったのだが。
 かなり派手に怒りを露わにしてしまった手前、なんとなく素直になれず、ジェットの謝罪も耳に入らない振りをしていたのだ。

 電車が、ホームに入ってきた。
 ジェットはハインリヒを振り向くこともなく、開いたドアの中に入っていく。
 後を追うようにして、ハインリヒも車内に入った。
 所在なさげにドア付近に立って。
 ハインリヒは、買った本のうちの一冊を紐解いてみたりした。
 しかし、全く頭に入ってこない。
 ジェットはやっぱり黙ったまま、手すりに凭れかかっている。
 自分も大人気なかったと。
 そう言うだけで良いのだと分かっていながら。
 その一言が、どうしても言えず。
 モヤモヤと心の中で、言えない言葉がくすぶる。
 オレも悪かった。
 なんて、言えない。どうしても。
 ジェットと目が合い、ハインリヒは慌てて、ふいっと視線を反らした。
 これじゃあ、さっきと同じ態度じゃないか・・・!
 せめて表情で何か訴えられればいいのだが。
 固まったままの自分の表情を恨めしく思いながら、ハインリヒはパタリと本を閉じた。
 ギルモア邸の最寄の駅に、電車が到着しようとしていたからだ。

 やっぱり黙ったまま、二人は電車を降りる。
 二人で一緒にいるというのに。
 たった一人きりでいるような、この孤独感はなんなのだろう・・・。
 ハインリヒは、泣きたいような気分になった。
 こんなことになるぐらいなら、ジェットが謝ってきた時に、すぐに許してやれば良かった。

 いつもいつも・・・。
 こうして、後から後悔することが多い自分に気付く。

「オレも学習能力がないな・・・」
 小さな小さな呟きと共に。
 憂鬱そうな溜め息が、その口唇から零れた。



 〜 続く 〜




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す、スミマセン、更に、「お題4:・・・解れよ、ばか」に続きます。
ハイン視点は、何だか続き物になってしまいました。
しかも、お題の順番がバラバラだよ・・・(汗)。






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