本当はうれしいけど




 ある朝、ハインリヒが出掛ける準備をしていると。
 トントンと軽やかな足取りで、ジェットが二階から降りてきた。
「随分とお早いお目覚めだな?」
 軽く嫌味を言ってやると。
 ハインリヒを見て、メゲずに笑う。
「モーニン、ハインリヒvこれから出掛けるのか?」
「探したい本があってな・・・」
「少し、待てない?」
「は?」
 ジェットは笑いながら、自分を指差した。
「キミに付き合うって言ってるんだけど?」
 その言葉が嬉しいのに。
「そうだな・・・。お前がどうしても一緒に行きたいと言うのなら、別に待ってやっても構わんが・・・?」
 微妙に視線を逸らしながら、答えると。
「じゃあ、リビングで待っててよ」
 そしてすれ違い様、耳元で囁かれた。
「頬・・・赤いぜ、ハインリヒ?」
 ハインリヒは本当に、カーッと赤くなった。
「ばっ、馬鹿野郎っ!とっとと準備してきやがれ!!早くしないと置いて行くからな・・・!」
「ハイハイ、分かりましたよ」

 待たずに置いて行くことをしないのは、本当は一緒に出掛けたいからで。
 本当は、一緒に出掛けられて・・・嬉しい。



 そして・・・。
「ハインリヒ〜、まだ買うの?」
「あと一軒で終わりだ。少し待ってろ」
 そんな会話を交わしながら、ハインリヒとジェットは古本屋街を歩いていた。
 趣味の本を山ほど買い漁り、お宝本も発掘した。
 ハインリヒは、満ち足りた気分だった。
 最後の一軒で買い物を済ませ、ハインリヒは満足げに息をついた。
「これで買い物は終わりだ。帰るぞ、ジェット」
「え〜、もう??せっかく来たんだから、もう少しデートして行かない?あ、ホラ!この辺に、紅茶専門店があるんだよ、確か・・・!」
 紅茶、と聞いて、ハインリヒはピクリと反応した。
「専門店が?」
「そうそう!出掛けにフランが教えてくれてさ」
「お前がどうしても、というなら付き合ってやらんこともないぞ?」
「ハインリヒさん!!是非お願いします」
 両手を合わせ、拝むような格好のジェットの姿に、クスリと笑いが零れてしまう。

 ハインリヒを楽しませようと、気を遣ってくれるその心が嬉しいけれど。
 嬉しいなんて、なかなか口に出せない。



 紅茶の店はとあるビルの地下に位置していたが。
 店内は明るく、清潔な雰囲気だった。
 適当な席に腰を下ろすと、ウェイトレスがメニューを運んできた。
「ハインリヒ、何にする?」
「少し考えさせてくれ」
 ティーメニューと睨み合いながら、ハインリヒは悩み。
「お前は決まったのか?」
「まあね」
 ウェイトレスを呼び寄せた。
「セイロンのOP」
「オレは、セイロンのヌワラエリヤね。あと、スコーン」
「かしこまりました」

 やがて、紅茶が運ばれてくる。
 コポコポと紅茶をカップに注ぐ。
 淡い、琥珀色が美しい。
 立ち昇る湯気と共に揺れる香りを楽しみ、ハインリヒは瞳を細めた。

 ジェットと一緒だと、紅茶もより美味しく感じられるような気がする。
 香りも、より高く感じられるような・・・。

 チラリとジェットに視線を走らせた後。
 ハインリヒは黙って、紅茶のカップを口元に運んだ。

 あまり空腹を感じていなかったため、スコーンは頼まなかったのだが。
 スコーンが席に運ばれてくると、ふんわりと鼻孔をくすぐる甘い香りがして、ハインリヒはうっとりした。
 そんなハインリヒの目の前で。
 ジェットはパクリとスコーンを二つに割り、添えられていたジャムとクリームをそれにたっぷりと塗った。
 そして、嬉しそうに言う。
「食べる??」
 言葉に詰まるハインリヒを、ジェットが急かした。
「ハインリヒ。ホラ、早く!ジャムが落ちちまうぜ?」
 その言葉に、思わず口を開くと。
「はい、あーんvvv」
 口の中に、スコーンが入ってくる。
 その味は・・・何とも美味であった。

 ジャムの上品な甘さがたまらん・・・!!

 味わいながら幸せに浸っていると、ジェットがニコニコと笑いながら、ハインリヒを見つめていた。
「お、お前がどうしてもと言うから、食べてやったんだからな!」
 などといささか説得力のない台詞を吐くと。
「うん。そうだな・・・」
 やっぱりニコニコと笑いながら、ジェットは言葉を続けた。
「なあ、ハインリヒ。せっかくだから、夕食もしていこう。な?ロシア料理なんだけど・・・どう??」

 そんな風に言って貰って。
 嬉しいけど、嬉しいけど・・・。
 嬉しいのに。

「どうしても、キミと一緒に行きたいんだけど?」
「・・・仕方ないから・・・付き合ってやる」
「やった!サンキューなv」

 その笑顔が、嬉しいけれど・・・言わない。


 〜 続く 〜




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嬉しくても、なかなか「嬉しい」と素直に口に出せないハインさん。
そんなハインさんが可愛いのさ!!
とかアホな事を思いつつ書きました。
しかし、このお題、結構難しいですよ・・・。
1話完結でも読めますが、このお話は、2題目に続く予定。




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