イチゴのケーキ
(44)
**気持ち、大人向けな感じです。お嫌いな方はお読みにならないでください**




 ウキウキしながら、ハインリヒは自宅の玄関のドアを開けた。
 手にぶら下がっているのは、某有名ケーキ店のクリスマスケーキである。
 ひどい混み具合の店で、女性達との激戦の末、勝ち取ったケーキだ。
 一応、予約をしていたというのに、それでも大変な苦労をして手に入れたケーキを、ハインリヒは大事に抱えて部屋に入った。
(お湯を沸かして紅茶を入れて・・・。取って置きの皿を出して、その上にケーキを載せよう。ホールを一人で食べきるのは一日では到底無理だから、残りはしっかりとラップをかけて大切に冷蔵庫に・・・)
 などと幸せな計画を胸に描いているハインリヒの耳に、不吉な声が届いた。
「お帰り、アルベルト。随分と遅かったな・・・?」
「うわっ!?」
 誰もいないと思っていた部屋で、人の(知った人物ではあるが)声が聞こえた驚きで、ハインリヒは思わず仰け反った(ケーキの箱は動かさないように)。
「何を驚いている?今宵は恋人達が愛を語り合う聖なる夜。私がお前のためにこの狭い部屋に足を運んでやっても、何ら不思議ではあるまい?」
「・・・そうだな・・・」
 投げやりに答えると、シュヴァルツの目線がケーキの箱で止まった。
「アルベルト、それは?」
「ケーキだ。激戦を潜り抜けて買ってきた、貴重なケーキだぞ」
「そうか」
 シュヴァルツが、ハインリヒに向かって手を伸ばした。
「??」
「その箱を寄越せ。どうせお前は、手洗いに行くのだろう?邪魔だろうから、私が預かろう」
「勝手に食うなよ!」
 疑り深い眼差しで、ハインリヒは軽く、シュヴァルツを見上げた。
「・・・私はそんなに賎しくはないぞ・・・」
 思いっきり不満そうな顔をするシュヴァルツに、しぶしぶながらケーキの箱を手渡した。

 コートを脱ぎ、手などを洗った後、ハインリヒはイソイソとシュヴァルツケーキが待つ部屋へと足を運んだ。
 ふんわりと優しい紅茶の香りが鼻先を掠め、ハインリヒはひどく嬉しい気持ちになった。
「シュヴァルツ!お茶を淹れてくれたのか?」
「私が手ずから淹れてやった茶を、お前がさぞかし飲みたかろうと思ったのでな」
 ケーキも、きちんと皿に載っている。
 しかも、ハインリヒが載せようと思っていた皿にだ。
 何となく感動しながら、ハインリヒはシュヴァルツを見つめた。
「まあ、座って茶でも飲んだらどうだ?ケーキは私が切り分けてやろう」
 いつの間にか、すっかりシュヴァルツのペースになっているが、ハインリヒはさして気にせず、椅子に腰掛けて熱々の紅茶を飲んだ。
 幸せ気分に浸りながら、シュヴァルツがナイフを持ってケーキを切り分けようとしている様子に何気なく視線を当てた。
「ふむ・・・」
 ナイフを構えたまま、シュヴァルツはしばらくケーキを見つめ。
 やがて、ニヤリと笑ってナイフをテーブルに置いた。
「アルベルト」
「何だ?」
 顔を上げたハインリヒに向かって、白い物体が飛んでくる。
 信じたくなかったが・・・それは、これからじっくりと味わうはずのケーキであった。
 ベチャッ。
 悲劇的な音がして、ケーキがハインリヒの顔面に直撃した。
 そして、ボトリとテーブルの上に落ちた。
 ケーキの上を赤く彩っていたイチゴが、コロコロと転がって、テーブルから落ちていく。
 夢でも見ているような気持ちで、ハインリヒはその様を見つめた。
(嘘だ・・・。誰か、これは嘘だと言ってくれ・・・!!)
「おっと。これは失礼。ついつい、手が滑った」
 落ち着いた声に、カッとする。
「こんな滑り方をするか〜っ!!!よくもオレの大切なケーキを・・・!」
 突っ込みを入れながらも瞳を怒らせて、ハインリヒはシュヴァルツに視線を向けた。
 褐色の頬に、何だかめちゃくちゃ嬉しそうな、ニヤニヤと笑いを浮かべている。
 その笑顔が・・・恐ろしい。
「まあ、そう怒るな。美しい顔が台無しだぞ?私が責任を持って、綺麗にしてやるから安心するがいい」
 そう言って、シュヴァルツは舌なめずりをした。
 薄い唇からチロリと赤い舌が除き、褐色の肌を彩る。
 ニヤニヤと笑いながら歩み寄ってくるシュヴァルツに、ハインリヒはパンチを見舞ってやろうと思ったが。
 手を取られてしまい、それは叶わなかった。
 悔しさにギリギリと歯噛みすると、楽しそうな声。
「私もたまには、甘い物が食べたいぞ」
 ペロリ。
 ハインリヒの頬に付いたクリームを、シュヴァルツの舌が舐め取った。
「美味いな・・・」
「当たり前だ!有名店のケーキなんだぞ!!それをお前という奴は・・・!!」
 罵りの言葉を最後まで言わせて貰えず、口唇を塞がれた。
 口付けは甘くクリームの味がして、ハインリヒは泣きたくなった。
(オレのケーキが・・・!!!)
 テーブルの上、美しかったはずのケーキの姿は、見るも無残なことになっている。
 褐色の指が伸び、ケーキの塊を鷲掴みした。
 クリームとスポンジにまみれた自身の指先を美味そうに舐め、シュヴァルツが紅い瞳を細めた。
 いつの間にか器用に上着をたくし上げられ、胸元にそれを擦り付けられる。
「器が変わると、また格別に美味そうだな」
 ククク・・・、と低く喉を鳴らして。
 実に楽しそうに、シュヴァルツが笑った。



 ・・・結局。
 ケーキと一緒に、美味しく頂かれてしまった・・・。
「オレのケーキだったのに・・・!」
 グッタりとテーブルに凭れながら、恨みがましく呟くと、
「そんなにケーキが食べたいのなら、明日嫌というほど食べさせてやる」
 一人優雅に淹れなおした紅茶を飲みながら、シュヴァルツが澄ました顔をしてそう言った。
「身体が重い・・・お前のせいだ、バカ!!」
 文句の言葉を投げつけてやると、またニヤニヤと恐ろしい笑いを褐色の頬に浮かべた。
「そんなに辛いのなら、私が風呂に入れてやるが?」
「断る!!」
 重い身体を引きずるようにして、ハインリヒはバスルームに足を運んだ。
 自身の身体から漂う甘い香りに、やっぱり泣きたい気持ちになりながら。
 シャワーで身体を洗い流している時も、極上の味のクリームを流しているのだと思うと、切なかった。
「シュヴァルツの馬鹿野郎・・・。明日、ケーキを食べに連れて行かなかったら、ぶん殴ってやる・・・!!」
 呪いの言葉を吐きながら、ハインリヒは自棄になって、ゴシゴシと身体を洗った。




  〜 END 〜


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今回のクリスマスお題は、何となくギャグっぽい話が多くてスミマセン。
今回の44も、どちらかというとギャグ寄り・・・。
黒様が楽しそうなので、まあいいかv
(本当に良いのでしょうか??)






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