暦が4月に入ってから数日が経過している。
 世間様から半ば隔離され、寒かろうが暑かろうが一年中薔薇の花が咲き乱れているこの城にも、春は平等に訪れてくれたらしい。

 ぽかぽか、ぽかぽか。

 今日の陽射しは暖かだ。
「シュヴァルツ!今日はいい天気だぞ」
 心浮き立ちながら、ハインリヒは重い扉を開けて、中庭に出た。
 開かれた扉から、サーッと陽の光が室内に差し込んで。
 いつもは人口の光に頼っている部屋の中も、パッと明るくなる。
 部屋の外から、
「そのしかつめらしい顔は、この気候には似合わないぞ。どうにかしたらどうだ?」
 声をかけながら、ハインリヒはのんびりと庭の散策を始めた。
 庭のそこここに咲き乱れている薔薇の花たちも、心なしか、いつもより楽しそうに春の優しい風に揺れているような気がする。
「こんな素晴らしい日は、気分がいいな・・・」
 そんなことを言いながらのんびりウロウロとしていると。
 ちょいちょい、と、一輪の薔薇がハインリヒの頬に触れた。
「ん・・・??」
 スイと花に手を伸ばして触れると、切花のようになってハインリヒの手の中に収まった。
「え??」
 突然のことに目を丸くするハインリヒの手の中に、次から次へと薔薇の花が収まっていく。
「これは・・・飾れということなのか・・・??」
 頭の中にはてなマークを浮かべながら呟くと、また別の薔薇の花が、ハインリヒを促すようにして、ふわりと背中に触れた。
 来た道を戻るハインリヒの手の中には、小ぶりのブーケが作れそうなぐらいの薔薇の花たち。
 石畳を踏みしめながら、ハインリヒは部屋に戻った。
 そして。

「あ・・・」

 部屋の中を覗いて、クスリと笑った。
 ゆったりとしたソファに凭れて、いつもどおり偉そうに腕を組んだりしているシュヴァルツ。
 ソファに凭れて腕を組んだまま、うつらうつらとしている。
 常に自信に満ち溢れたような力強い光を湛えている紅の瞳が、閉じられていて。
 こうして目を閉じているだけで大分印象が変わるのだな、と、ハインリヒは新しい発見をしたような気持ちがした。
 シュヴァルツはハインリヒより遅く寝て早く起きるので、こうして寝顔をみるなんていうことは、皆無と言っていい。
 スースーと寝息まで立て始めたシュヴァルツを、ハインリヒはまじまじと見つめた。

 寝てると、それなりに可愛く見えるじゃないか・・・。

 手の中の薔薇たちが騒ぐので、ハインリヒは慌てて花瓶を探し出し、花を挿した。
 それからシュヴァルツの隣に場所を移して、ソファに凭れた。

 シュヴァルツの身体が傾いで、ハインリヒの肩にコツンと頭が乗せられてきた。

 ああ、何だか本当に・・・可愛いかも知れない・・・。

 ツイと手を伸ばして、自分と同じ色の髪に触れてみる。
 指の隙間からサラサラと、銀糸が零れた。
 ほんの少しの、優越感。
 何だか自然に、頬が緩んでしまった。

 ほんわかした気分のまま、飽きもせずにシュヴァルツの寝顔を観察していると。

 不意に、紅い瞳がぽっかりと開いた。
「・・・転寝していたか・・・?」
 呟きながらシュヴァルツが身を起こし、肩が軽くなった。
 少し、淋しい。
「お前に寄りかかって寝ていたか?重かったろう。済まなかったな」
 開かれた紅い瞳は、いつものように生命力に満ち溢れている。
「別に・・・」
 寝ている時は可愛かったのに、などとボンヤリと思っていると、
「おや、可愛い薔薇たちが、こんなところに」
 褐色の指が伸びて、深紅の花びらに触れた。
 指の先で、ふるふると薔薇の花が揺れる。
「これは、お前が?」
「そうだ。庭を散歩していたら、突然切花になって、オレの手の中に収まったからな。活けろという意味だと思って、花瓶に挿してみたぞ」
「そうか・・・」
 花びらに触れながら、
「ああ、今日は私の誕生日なのか・・・ありがとう」
 などと、シュヴァルツは勝手に、薔薇と会話をしている。
 ハインリヒはその会話の中に、聞き捨てならぬ単語を聞いた
「お前・・・今日が誕生日だったのか!?」
「どうやら、そうらしいな」
「何で言わないんだ!前もって知っていれば、もっと色々してやれただろうが・・・」
「・・・今、思い出したのだから仕方あるまい」
 涼しげな顔で、短く言ってから。
 シュヴァルツは仕方のないやつだ、というような顔をしてハインリヒを見た。
「アルベルト」
「・・・何だ?」
「今日は、実に良い陽気だな。こんな日は、庭で茶を飲むと気持ちよさそうだ」
「・・・だから?」
「私の誕生日なのだから、今日はお前が準備してくれるのだろう?」
「分かった!!」



 薔薇の紅と木々の緑が美しい庭の真ん中で。
 ティータイムが始まる。
「お前の好きな茶を淹れてやったぞ」
「それはそれは、ありがとう」
 カタリとシュヴァルツの前にカップを置いて。
 ついでに、スコーンの皿も付けてやった。
「気が利くことだな」
「ちゃんと温めたぞ」
 ハインリヒの視線の先で、シュヴァルツは優雅にカップを手に取り、口元に運んだ。
「・・・美味い。良い淹れ方だ」
「まあな」
 カップがソーサーに置かれようとしたタイミングで。
「誕生日おめでとう」
 早口で言いながら、頬にチュ、と、軽くキスをしてやる。
 紅い瞳が丸くなるのと同時に、真っ白いティーカップの中で・・・。
 シュヴァルツの心の中の動揺を表すかのように、紅茶が、たぷんと跳ねた。



  〜 END 〜




−−−−−−−−−−−−−−−−−
44デーカウントダウンチャットにてネタを頂戴しました。
ズバリ、「寝顔」、です。
いっつも偉そうにふんぞり返っている黒4の寝顔をふとした瞬間に見てしまう。
あーvコイツも寝てる時は可愛いなぁvvv
などと思い、愛も深まると言うものです(笑)。
ネタを使うことを快くご許可くださったフロイライン方、ありがとうございました〜v
お茶タイムは誕生日を祝いための蛇足ですね。あは。





ブラウザを閉じてお戻りください。