君の背中と桜風
最近、ハインリヒは妙に落ち着かない。 「あらあら〜!いらっしゃ〜いvvv」 華やかなフランソワーズの声に迎えられて現れる、その男。 にこやかにリビングに足を踏み入れ、辺りに愛想を振り撒いている。 「リンク、機嫌はどうだ?」 「お前の顔見たから、最悪」 「それは良かった」 「良くないよ・・・」 「ヘル・ブリテン、今度一緒に観劇でも?」 「ああ!それはいいねぇ」 シュヴァルツが、実に大人しいのだ。 ありえないぐらいに。 スッと、シュヴァルツの視線がハインリヒに流れてきた。 思わず身構えるハインリヒに、彼は実に爽やかに微笑みかけた。 「ああ、アルベルト。お前も機嫌はどうだ?」 「・・・ボチボチだな」 「そうか」 二人の会話を邪魔するかのように、突然、 「シュヴァルツ!お茶淹れるのを手伝って!!」 フランソワーズの声がして。 「ああ、申し訳ない、フロイライン。すぐに」 ハインリヒにクルリと背を向けて、シュヴァルツは優雅な歩調でキッチンに消えていった。 大人しいというか・・・おかしい・・・? 態度は普通だ。 けれども、全くと言っていいぐらい、ハインリヒにちょっかいをかけてこなくなった。 キッチンからはキャイキャイと楽しそうなフランソワーズの笑い声。 じきに、お茶の準備を済ませて二人で仲良くリビングに現れるはずだ。 ・・・何だか最近、シュヴァルツとほとんど会話がない・・・。 そう思い至り、ハインリヒはブンブンと首を振った。 今のナシ!今のはナシだオレ・・・!! 「淋しいなんて、全然思っていないぞ!!」 ハインリヒは、断固たる決意を持って自分に言い聞かせた。 そんな日が、しばらく続いて・・・。 そして、ギルモア邸に春がやってくる。 ギルモア邸から歩いて少しの場所にある桜並木は、今年も美しく咲き乱れていた。 ぽかぽかの春の陽気である。 幸せだ。 柔らかな日差しの中、皆がリビングでのんびりとしている。 「あら!」 不意に、フランソワーズがソファから腰を上げた。 「今日は車じゃないのね・・・」 小さく呟きながら、フランソワーズが玄関先へと出て行った。 どうやら、シュヴァルツが遊びに来たらしい。 フランソワーズに招き入れられたシュヴァルツは、いつも通りにリビングにたむろしている面々に気さくに声をかける。 ハインリヒにも。 いつも通りだ。 「今日は車で来なかったの?」 「あまりにも良い陽気だったので、少し歩こうと思ってな」 フランソワーズと愉しげに会話を交わしている姿も。 ・・・いつも通り。 お茶を飲み、ケーキを食べながら、フランソワーズとシュヴァルツは実に楽しそうだ。 仲の良い兄妹、といった風で。 リビングが、華やかな笑い声に包まれる。 持っていた本をパタンと閉じて。 ハインリヒは、二階の自室へと引っ込んだ。 何だかどうにも、本に集中できない。 邪魔なんか、されていないのに。 やがて・・・。 「また遊びにきてね〜v今度は、イチゴのタルトが食べたいわvvv春だし〜」 「フロイラインの仰せのままに。ではまた・・・」 そんな会話が階下で交わされ、シュヴァルツがギルモア邸を辞去したことを知る。 パタンとドアが閉じられる音。 追いかけるようにして、ハインリヒも表に出た。 少し前方に見える背中は、ハインリヒと丈も幅も変わらないはずなのに、どこか広く見える。 ハインリヒは足早に、シュヴァルツの後に続いた。 のんびりと、シュヴァルツは桜並木の中を歩いている。 背後の、ハインリヒの存在など素知らぬ風に。 だからハインリヒも、ただ黙って、シュヴァルツの後ろを歩く。 さわさわと柔らかな春の風がそよぐ度に、ひらり、ひらりと、桜の花びらが優しく宙を舞って。 自分と同じ色をした銀の髪が、サラサラと揺れる。 ふんわりと、鼻先をくすぐる匂い・・・シュヴァルツの匂いだ。 何だかドキリとしてしまって、ハインリヒはピタリと歩を止めて、シュヴァルツの背中を見つめた。 シュヴァルツが、ゆっくりとハインリヒを振り返った。 「何故、私の後を付いて来るのだ、アルベルト?」 その表情が笑っていたので、ハインリヒは心底ホッとした。 「私に構って貰えなくて、淋しかったか?」 悪戯っぽい声で重ねて問われ、ハインリヒはカッと赤くなった。 「・・・誰が!!」 「・・・・・・」 シュヴァルツは黙って、ハインリヒに背を向けた。 なんてなんて・・・底意地の悪い男だ、こいつは・・・! 「分かれよ、馬鹿・・・!」 その背中に悪態を吐くと、再度振り向いたシュヴァルツが、ニヤリと笑った。 「降参か、アルベルト?」 「・・・参った・・・」 軽く両手を挙げながら答えると、スイ、とシュヴァルツの手がハインリヒの腕を取った。 「フン、正直なのは結構なことだ。私のありがたみが少しは分かったか?」 「うう・・・」 言葉に詰まっていると、腕を組むような格好で、シュヴァルツがスタスタと歩き出した。 「おい!」 「少しは花を愛でたらどうだ?こんなにも美しく咲き誇っているのだから」 言われて、視線を少し上に向けてみる。 淡い淡いピンクが幾重にも重なって・・・美しい色彩。 「私を駅まで送り届けることを許可するぞ」 「・・・偉そうに・・・」 ブツブツと呟きながら。 けれども・・・背中だけ見ているのは・・・正直、少し淋しかった。 ひらり、ひらりと白く花びらが舞う中。 ハインリヒは、そのまま、シュヴァルツと並んで歩いた。 〜 END 〜 |
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なんだか、拗ねてるというか妬いてるというかの、ハインさん(笑)。
このお題は、『課長ではない御話で黒4←4気味』と、リクエストを頂戴しました。
うう〜ん。こんな話でご希望に添えたのか不安ですが・・・。
書いた自分は楽しかったりしました。うふv
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