秋の午後
(前編)
アルベルト・ハインリヒは、庭の芝生の上に転がってボンヤリと辺りの風景を眺めていた。 その傍らで、ジェットも黙って空を見上げていた。 初秋の陽射しが二人を柔らかく包み込んでいた。 「空が青いな」 その呟きに、ジェットは顔をハインリヒに向けた。 そして眩しそうに琥珀色の瞳を細めた。 ハインリヒの白銀の髪は、太陽の光りを反射してキラキラと輝いていた。 彼が今、起き上がって頭を揺らせば、その髪は辺りに光の粒子を美しく散らすだろう。 しかし、ジェットの知る限りでは、彼は自分の美しさに全くと言っていいほど注意を払ってはいなかった。 その日は、ひどく良い天気だった。 何かの予感が胸をよぎり、ジェットは思わず口走った。 「素晴らしい日だな。こんな日は、一生に何回もないだろう」 どこか物憂げな瞳がジェットを見つめた。 「お前は、幸せについて言っているのか?」 「さあね。ただ、何となくさ。だって、こんなに気持ち良くてイイ天気だろ?」 「オレにはとても、お前のようなことは言えない。何だか怖いような気がしてな」 ジェットは苦笑した。 「それは、キミが欲張りすぎているからじゃないか?」 答えることはしないで、ハインリヒは空を見上げた。 「まあ、確かに素晴らしい日ではあるが・・・」 ジェットは、寝転がっていた芝生から身体を起こした。 「ボートに乗ろう!」 突然に思いついてそう言うと、どこかほんやりとしながら、ハインリヒが立ち上がった。 「ジェロニモに、漕いでもらうよう頼もうか?」 肩を竦めてジェットは答えた。 「キミが一人ならね。でも今日はオレっていう漕ぎ手がいるんだから、わざわざ彼の手を煩わすこともないだろう?」 二人はボートに乗り、ジェットはオールを取って器用に漕ぎ始めた。 水面を掻き分けながら、ボートはゆっくりと進んだ。 不意に、強く視線を感じたような気がして、ジェットはその方向を振り仰いだ。 視線の先、池に架かっている桟橋の上。 橋を渡る人々の中の男が一人、こちらを見ていた。 その瞳の色は、辺りで色付いている紅葉よりも更に深い紅。 ジェットの視線に気付いたのか、男はニッと唇の端を曲げて笑った。 「ハインリヒ、橋の上にいる、あの人は誰だ?」 男に視線をやりながら、ハインリヒはなおざりに答えた。 「シュヴァルツだ。お前にも話したことがあるだろう?」 そう言ったハインリヒの表情が僅かに固くなったのをジェットは感じた。 ハインリヒの従兄であるシュヴァルツについては、ジェットも何度か話を聞いて知っていた。 自分の家系に雅が欠けていると考えたハインリヒの父のボグート侯爵は、幼いハインリヒをある華族の家に預けた。 その家の一人息子で、ハインリヒを可愛がっていたのがシュヴァルツだった。 ハインリヒがシュヴァルツを苦手に思っていることを、ジェットは何となく感じ取っていた。 幼い頃の自分を良い意味でも悪い意味でも支配していのは彼なのだから、その存在を煙たく思う気持ちも分からないでもない。 けれども、ハインリヒの胸の奥深くには、もっと他の感情も渦巻いているのではないかとジェットは邪推し、そんな思いを慌てて打ち消した。 「シュヴァルツは、この家に足を踏み入れる機会を決して逃さないんだ」 苦々しい口調でそう言い捨て、ハインリヒはフイとシュヴァルツから視線を逸らした。 「彼の前を歩いている男性は誰だい??」 「ああ、あれは月修寺の住職でいらっしゃる、張大叔父様だ。フン、今回シュヴァルツは、大叔父様を理由にして家にやって来たらしいな。大叔父様は、いい囮に使われている」 見るところによると、どうやら一同は、庭の一部として立っている、紅葉山に向かっているようだった。 「母上!」 突然大声を出したハインリヒに驚き、人々の目が一斉にボートの上の二人に注がれた。 「ジェット。済まないが、ボートを岸に寄せてくれないか?大叔父様に挨拶をしなくては」 言われるがままに、ジェットはボートを岸に寄せた。 ボートから降りた二人は、皆に合流すべく、歩き出した。 ハインリヒは、足早に歩く。 住職に挨拶をすると言うにしては、ハインリヒの歩き方は性急過ぎるのではないかとジェットは思った。 彼は、幼馴染の従兄に会うために、急いでいるのではないか、と。 ジェットがシュヴァルツの容姿や威風堂々として見える態度について賞賛の言葉を口にすると、 「そう思うか?」 何でもないといった風にハインリヒは答えたが、その短い言葉には「そんなことは当然」だという気持ちが込められているように感じられた。 〜 続く 〜 |
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
妄想の赴くままに、とうとう始まりました(笑)。
こんな感じの話でも付き合ってあげられる・・・!!
というお心の広い方のみ、お相手してくださると嬉しいです。
楽しいのは、本気で管理人だけだ・・・。
もちろん、原作をベースにしているのですが、
ここはこうしてみたいなぁ、とか、そんな部分は自分でアレンジしていきます。
ここが違ってる!とか、思ってくださった方は、春○雪仲間ですよ!!
さあ、管理人と握手しましょう!!
この「秋の午後」は、後編に続きます。
ブラウザを閉じてお戻りください。