観劇
(後編)




 どこか慌てた様子で、お休みの挨拶をして部屋を出ていくハインリヒを、王子達は不思議そうに見送った。
 最も、ハインリヒは実に紳士的に、寝具の具合を確かめたり王子達の希望を聞いたりして、礼儀正しく下がったのだったが。

 ハインリヒは自室に戻り、どのようにしてシュヴァルツを王子達に引き合わせようかと思案した。
 なかなか良い案が浮かばず、イライラと部屋中を歩き回っていると。
 椅子の上に投げ出したままにしていた新聞が目に止まった。
 何気なくそれを広げると、帝国劇場の歌舞伎の広告が目に飛び込んできた。
(そうだ!王子達を帝劇にお連れしよう!)
 ハインリヒは、そう考えた。
 シュヴァルツと共に劇場に行くのは実に不自然だが、偶然会ったのならば、問題はあるまい。
 思うが早いが、ハインリヒは家人の目を潜んで電話口に向かった。
 諳じている彼の人の家の番号を回すと、シュヴァルツの忠実な付き人であるグレートの声が、受話器の向こうから聞こえてきた。
「コズミ様のお宅ですか?シュヴァルツをお願いしたいのですが・・・」
「ボグートの若様でごさいますかな?もう、夜も遅い時間でありますし・・・」
 のらりくらりとした口調に些か苛立ちながら、
「まだ起きているはずだ」
 重ねて言うと、電話口からため息のような声。
「しばらくお待ち下さい」
 廊下の壁に掛けられた時計の音が、やけに大きく聞こえる。
 ハインリヒには、待っている時間が無限に思われるような気がした。

 やがて、受話器を手に取るような音がして、シュヴァルツの声が聞こえてきた。
「お前から連絡してくるとは、また珍しいことだな。どういう風の吹き回しだ?」
 単刀直入に、ハインリヒは言った。
「お前に、頼みがあるんだ。明後日の帝劇を見に来いよ。オレも、シャムの王子のお供で出かけるんだ」
「フン・・・」
 鼻先で、笑う声が聞こえる。
 断られるのではないかと思ったが、
「良かろう。可愛いお前のたっての頼みだ。明後日だな?確かに」
 以外にも、承諾の返事を聞くことができ。ハインリヒは驚きと同時に小さな喜びを感じた。
 その感情を押し隠すようにして、
「じゃあ、またな」
 ハインリヒが受話器を置こうとすると。
「アルベルト」
 名前を、呼ばれた。
「何だ?」
「お休み・・・良い夢を」
 受話器の向こうから耳元に触れられたような気がして、ハインリヒは微かに身じろぎ。
「お休み」
 口早に告げて、電話を切った。



 そして、観劇の日がやってきた。
 ハインリヒは学校帰りにジェットを伴い、ジョー殿下とピュンマ殿下と合流して帝劇へと向かった。
 勿論、シュヴァルツが『偶然』同じ劇場にやってきている、という事はジェットには話していなかった。
 この日の演目は歌舞伎で、日本の芝居を見ていただこうという趣旨から、ハインリヒは今回の演目を選んだのだった。
 芝居の簡単な内容をジェットが王子達に英語で説明している様子をボンヤリと眺めながら、ハインリヒはシュヴァルツが劇場に来ているだろうかと思いを馳せた。

 一行が劇場に辿り着いた時には、既に芝居が始まっていた。
 王子達を用意した席へと案内しながらも、ハインリヒはすぐに、シュヴァルツがどこに座っているかを把握する事ができた。
 彼が持つ独特の雰囲気は、このような場所でも一際眩しく色彩を放っているように、ハインリヒには感じられ。
 そして、ハインリヒはそのことを誇りに思った。
 チラリと飛んできた紅い視線に軽く目配せして、ハインリヒは自席に着いた。
 芝居の間も、後ろの席にいるシュヴァルツの視線を時折感じて、ハインリヒは落ち着かなかった。


 やがて、幕間となった。
 ハインリヒはジェットに、偶然シュヴァルツもこの芝居に来ていることを耳打ちしたが、シュヴァルツを振り返ったジェットが、その偶然を信じていないことは一目瞭然だった。
 人波が、ロビーへと向かう。
 その波に乗せられるようにしてロビーに出て、ハインリヒはシュヴァルツを手招いた。
「従兄のシュヴァルツです」
 誇らしげな思いを胸にして王子達に紹介すると、シュヴァルツは実に優雅な仕草で西洋風のお辞儀をした。
 薄い唇から、美しい英語が流れ出す。
「シュヴァルツです。お目にかかれて嬉しく思います」
 王子達の前で、シュヴァルツには些かの物怖じも感じられなかった。
 優雅で堂々としたその立ち居振る舞いを、ハインリヒはうっとりと眺めた。
 その振る舞いは勿論、三つ揃えの黒いスーツを嫌味なく着こなすその姿は、誰の目から見ても実に立派に思えるだろう。
 シュヴァルツが何か冗談を言ったのだろうか。
 王子達とジェットが、声を立てて笑う。
 一人、ハインリヒがキョトンとしていると、紅い視線が流れてきた。
「何をボンヤリとしているのだ、アルベルト?」
「べっ、別に・・・!」
 クスクスと、ジョー殿下が笑う。
「誰か好きな子のことでも考えていたのかな?」
「・・・そんなコトはありませんっ!!」
 ジェットがチラリと視線を投げかけてきた。
 その視線を避けるようにして、ハインリヒはクイと自身の顎を持ち上げた。

 やがて、次の演目の開始を合図するベルが、辺りに鳴り響いた。

 席に戻り際、ジョー殿下がハインリヒに耳打ちした。
「素晴らしい人だね!ボクは気に入ったよ」
 ピュンマ殿下もジョー殿下に賛同の意を示した。
「また是非、一緒に話をしてみたいね」
 ハインリヒの胸は、誇らしさでいっぱいになった。
 ふとシュヴァルツに視線を当てると。
 視線と視線がぶつかって、シュヴァルツがニヤリと笑った。
 どうにも居心地が悪いような気がして、ハインリヒは慌てて、舞台へと顔を向けた。



  〜 了 〜




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観劇は好きな場面なのですが、
自分の脳内で思うようには美しく書けませんでした・・・。
美しい文章って、本当に難しい(涙)。
そして、性別の壁は本当に高い・・・。
とにかく、観劇のテーマは黒様馬鹿のハインリヒなので、
その部分だけは書けたからそれで良しとしたいと思います。







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